衰亡の北九州と繁栄の博多(福岡市) 工業都市の凋落に見る昭和の歩み

衝撃的なニュース。いや、予期されていた大型百貨店の閉店である。

2020年5月20日付西日本新聞

【北九州市八幡西区の百貨店「井筒屋黒崎店」が入居する商業ビルを運営する「メイト黒崎」が、東京地裁から破産手続き開始決定を受けたことが20日、分かった。決定は11日付。破産管財人の弁護士によると、負債総額は約25億2600万円。井筒屋黒崎店は同じビル内の専門店街「クロサキメイト」(約80店)とともに8月に閉店する。】(西日本新聞・5月20日)

「北九州市の衰亡」とでも表現しておこう。2000年の小倉そごう、2001年の門司山城屋、2002年の小倉玉屋の閉店につづき、北九州からまたひとつ、商業・情報発信の拠点がうしなわれたことになる。

いっぽう、福岡市(博多)はこの5月に人口が160万を超えた。政令指定都市の中で160万人をこえるのは、横浜市・大阪市・名古屋市・札幌市についで5番目だという。福岡市の年間移入者数は1万4千人あまりで、じつにその8割が15歳から24歳である。つまり、高校・大学進学と就職の両面で、地方における一極集中が加速しているのだ。

2020年5月20日付西日本新聞

北海道における札幌市、東北における仙台市、中国地方における広島市と、ミニ東京への人口集中が、その他の地方の衰亡を招いている。そんな中でも、北九州市の衰亡は昭和型工業都市の凋落、福岡市は商業都市の隆盛として典型的であろう。

◆重厚長大産業の崩壊

北九州の凋落と福岡市の隆盛は、まさに戦後の日本の歩みを象徴しているといえよう。もともと福岡市(博多)は黒田52万石の城下町で、戦国時代いらいの博多商人の商業地でもあったのは史実である。

しかし、わたしが北九州に生まれた昭和30年代には、博多は単なる地方の商業都市にすぎなかった。というのも、北九州が五市合併(小倉・八幡・門司・若松・戸畑)で沸き立ち、県庁所在地(福岡市)を圧倒するいきおいで人口が増えていたからである。東京都の向こうを張って「西京市」という新市名が検討されたほどである。なぜ博多(福岡市)のように地味な町に県庁があるのか、子供ごころに不思議だと思っていたものだ。

合併のなった昭和38年に、三大都市圏(京浜・阪神・中京)以外では、初の政令指定都市となった。世に言う「日本四大工業地帯」のひとつでもある。すごいのは工業だけではなかった。門司鉄道総局とその機関区は九州の国鉄の司令部であり、西鉄の路面電車は80年代に全国最長を誇った。3大新聞の西部本社が存在するという意味でも、北九州市は博多(福岡市)を圧倒していたのだ。※松本清張は朝日新聞社の嘱託だった。

だが、その産業構造は石炭(炭田)と鉄(八幡製鉄)・セメント(石灰石産地)・化学工場(三菱・住友)・窯業(TOTO・黒崎播磨)など、重厚長大そのものであった。※佐木隆三は八幡製鉄、草刈正雄は東洋陶器の社員だった。

♪天に炎をあぐる山 鉄の雄叫び洞海に

わが母校の校歌の一節である。炎をあげている山は筑豊炭鉱(炭田)のぼた山、洞海湾にとどろく鉄の雄たけびは、いうまでもなく八幡製鉄である。なんともワイルドで、高度成長下の昭和を感じさせる歌詞ではないか。じっさいに校舎の近くには石炭列車の引き込み線があり、教室の窓から洞海湾が望めたものだ。

往時の八幡製鉄は2交代制勤務で、八幡の山沿いに住んでいる労働者たちは、リポビタンDを早朝・深夜営業の薬局でもとめ、ゾロゾロと工場の門に吸い込まれていた。また、小倉の繁華街では明け方まで、夜勤の新聞印刷労働者たちが酒を酌み交わしていたという。

若松港や門司港は、火野葦平の父親・玉井金五郎親分の時代から、港湾労働者(沖仲士)のメッカでもあり、喧嘩っぱやい気質は「北九モン」(北九州者)と、他県の人々から怖れられていたものだ。その地に仕事をもとめて、日豊線・筑豊線・日田彦山線・山陽線からの労働力が集中したのである。

だがその重厚長大な産業構造は、高度成長の限界とともに下降線を描くことになる。博多(福岡市)にくらべて、土地の狭隘さも仇となった。北九州市は海に面しているとはいえ、旧五市の中心地が山に遮られた盆地のような形状なのだ。住宅地は山裾に貼りつき、風光明媚な風景の反面で住みにくい町でもあった。

工業地帯としての凋落は、八幡製鉄と富士製鉄の合併(新日本製鐵・昭和45年)から始まった。このとき、多くの鉄鋼労働者家族が千葉県の君津(新日鉄君津工場)に移住し、北九州市の100万都市「崩壊」がはじまった。オイルショックのさなか、八幡製鉄所の溶鉱炉が消える。いよいよジリ貧である。

現在では、ネットのまとめサイト(Wiki)によると、工業地帯(地域)としての産業規模も凋落している。

【京浜工業地帯約55兆円、中京工業地帯約48兆円、阪神工業地帯約30兆円、北関東工業地域約25兆円、瀬戸内工業地域約24兆円、東海工業地域約16兆円、北陸工業地域約13兆円、北九州工業地帯約7兆円となり、工業地帯とは大きな差が開き、5工業地域との比較でも最少の北陸工業地域の半数程度まで低下した。】

ちなみに、現在の北九州市は自動車産業(郊外に工場誘致)が主要な産業だという。都市特有のドーナツ現象で、小倉魚町いがいの商店街はシャッター通りと化している。

北九州市観光情報サイトより

◆天神というブランド

北九州市の凋落のいっぽうで、博多(福岡市)は広大な筑紫平野とアジアへの航路を背景に、商業都市としての発展をとげてきた。天神は東京・横浜発の流行情報を真っ先に取り入れ、中洲は歓楽・観光拠点として全国に知られるようになった。

凋落の始まった北九州が、パンチパーマとノーパン喫茶、競輪発祥の地として、社会の仇花のような名を売っていた時期である。六本木とそん色のない天神の繁華街、プロ野球ダイエーホークスの誘致によって、両者の勝負は決定的なものになった。かたや旧100万工業都市、かたやアジア経済の拠点である。

もともと、黒田52万石時代に旧領の中津などから移住がおこなわれ、とくに美女を集めたといわれている。この事情は、佐竹氏(茨城→秋田)が美女を新領地の秋田に移住させたとする説「秋田美人」と重なる、いわゆる「博多美人」である。北九州の女性の「ケバさ(関西風の厚化粧)」にくらべて、いかにも東京風に洗練されている。このあたりも一因となって、若者の北九州離れ、博多流入が加速されたとみていいだろう。

いまや北九州は全国の政令指定都市のなかで、老齢化率ナンバーワンとなって久しい。じっさいに小倉や黒崎の街を歩くと、お婆さん率の高さに驚かされる。

そんな北九州市が生き残る方法は、もはや観光しかないのだ。門司港(レトロ地区)を中心に、映画のロケ誘致、古い倉庫群の保存などが、ようやく実を結びつつあるものの、広大な市域が不均等な発展、すなわちスラム化をもたらしている。その結果が、今回の黒崎井筒屋の閉店であろう。

あまりにも希望がなさすぎるので、宣伝用に観光広告を貼らせていただく。どうか、衰亡いちじるしい北九州市をよろしく。

◎北九州市観光情報サイト https://www.gururich-kitaq.com/
◎門司港レトロ http://www.mojiko.info/


◎[参考動画]わたしの北九州 ~近代産業発祥の地に刻まれた近現代建築を訪ねて ~(北九州市観光情報ぐるリッチ北九州)

▼横山茂彦(よこやま・しげひこ)

編集者・著述業・歴史研究家。歴史関連の著書・共著に『合戦場の女たち』(情況新書)『軍師・官兵衛に学ぶ経営学』(宝島文庫)『闇の後醍醐銭』(叢文社)『真田丸のナゾ』(サイゾー)『日本史の新常識』(文春新書)『天皇125代全史』(スタンダーズ)『世にも奇妙な日本史』(宙出版)など。医科学系の著書・共著に『「買ってはいけない」は買ってはいけない』(夏目書房)『ホントに効くのかアガリスク』(鹿砦社)『走って直すガン』(徳間書店)『新ガン治療のウソと10年寿命を長くする本当の癌治療』(双葉社)『ガンになりにくい食生活』(鹿砦社ライブラリー)など。

月刊『紙の爆弾』2020年6月号 【特集】続「新型コロナ危機」安倍失政から日本を守る

自分たちこそ自民党も含めた政財界とズブズブ! 検察庁法改正案に反対した検察OBたちの正体 片岡 健

国民的な批判にさらされた検察庁法改正案について、政府・与党はついに今国会での成立を断念した。政権が検察に介入する恐れが指摘された法案が、このコロナ禍のどさくさに紛れて成立することが回避されたのは、とりあえず良かったと言えるだろう。

一方、この間に、法案に反対の声を上げた14人の検察OBがヒーロー扱いされる「異常事態」が起きたことも忘れてはならないだろう。筆者はその問題性について、5月18日付けの当欄で指摘したが、この件に関して、新たに「深刻な問題」がわかった。それを紹介しておきたい。

◆「天下り」で甘い汁を吸ったのは4人

検察庁法改正案に反対の声をあげた検察OB14人は、法務省に提出した意見書で検察が「政財界の不正事犯」も捜査対象にすることを根拠に、検察の独立性が確保されることの重要性を説いている。それ自体は正論と言えば正論だ。

しかし実際には、この意見書を法務省に提出した元検事総長の松尾邦弘氏、元最高検検事の清水勇男氏の両名が退官後に大企業に天下り、自分たちこそが財界とズブズブになっていたことは5月18日付けの当欄で指摘した通りだ。

では、新たにわかった「深刻な問題」とは何なのか。それは、問題の検察OB14人のうち、前出の松尾氏を含む4人が社外監査役や社外取締役として天下っていた企業がよりによって政権与党の自民党に政治献金をしていた、ということだ。

つまり、この4人は、検察の独立性の重要性を主張しながら、他ならぬ自分たちが検察の捜査対象となりうる政財界の仲間入りを果たし、役員報酬を与えられるなどの甘い汁を吸っていたのである。以下に、その4人の名前と各人の天下り先が自民党にどれほどの政治献金をしていたのかを示す。

なお、ここに示した各社の自民党への献金額は、令和元年11月29日付け官報に掲載された「平成30年分政治資金収支報告書の要旨」において、自民党への献金の受け皿となる政治資金団体「国民政治協会」に対する献金額として記載されていたものだ。また、天下り先の会社名の横の()内は、各人が天下り先で与えられた役職だ。

【1人目:元東京高検検事長・村山弘義氏の天下り先の平成30年の自民党への献金額】
・三菱電機(社外取締役) 2000万円

【2人目:元大阪高検検事長・杉原弘泰氏の天下り先の平成30年の自民党への献金額】
・三菱ケミカルホールディングス(社外監査役) 1000万円 ※献金をした際の名義は、三菱ケミカル

【3人目:元検事総長・松尾邦弘氏の天下り先の平成30年の自民党への献金額】
・トヨタ自動車(社外監査役)   6440万円
・三井物産(社外監査役)     2800万円
・損害保険ジャパン(社外監査役) 1360万円
・小松製作所(社外監査役)    800万円

トヨタ自動車のHPで監査役として紹介されている松尾邦弘氏

【4人目:元最高検次長検事・町田幸雄氏の天下り先の平成30年の自民党への献金額】
・三井化学(社外取締役)  250万円
・双日(社外監査役)    1100万円
・みずほ銀行(社外取締役) 2000万円 ※献金をした際の名義は、みずほフィナンシャルグループ

さて、どうだろうか。検察の独立性の重要性を主張する検察OBたちが実際には、自分たちこそ検察の捜査対象となる政財界とズブズブであることが一目瞭然だろう。

◆検察OBたちの天下り先の同業他社が検察の捜査対象に……

ところで、このように、自民党に政治献金をしつつ、大物検察OBたちの天下りを受け入れている企業の名前を見てみると、すぐに気づくことがあるだろう。それは、検察に犯罪を摘発された企業は1社もない、ということだ。

一方で、ここに社名を挙げた検察OBたちの天下り先の同業他社が検察の捜査対象になっている例は散見される。

たとえば、松尾氏の天下り先であるトヨタの同業他社である日産自動車は、会長だったカルロス・ゴーン氏が逮捕、起訴されている。また、あの有名なロッキード事件では、同じく松尾氏の天下り先である三井物産の同業他社である丸紅の元社長らが逮捕、起訴されている。しかも、松尾氏ら検察OBが法務省に提出した意見書では、このロッキード事件を絶賛しているのだから、公正さを疑われても仕方ない。

この問題は深掘りできそうなので、今後も当欄で続報をお伝えしたい。なお、以下に、今回の調査結果のエビデンスを示しておく。

……………………今回の調査結果のエビデンス……………………

【※1】村山弘義氏が三菱電機に天下っているエビデンス
三菱電機株式会社有価証券報告書 第141期(自 平成23年4月1日 至 平成24年3月31日)31ページ
https://www.mitsubishielectric.co.jp/ir/data/negotiable_securities/pdf/141.pdf

【※2】杉原弘泰氏が三菱ケミカルホールディングスに天下っているエビデンス
株式会社三菱ケミカルホールディングス有価証券報告書 第1期(自 平成17年10月3日 至 平成18年3月31日)60ページ
https://www.mitsubishichem-hd.co.jp/ir/pdf/20060705-1.pdf

【※3】松尾邦弘氏がトヨタ自動車、三井物産、損害保険ジャパン、小松製作所の4社に天下っているエビデンス
三井物産株式会社 第93回定時株主総会招集ご通知46ページ
https://www.mitsui.com/jp/ja/ir/library/business/__icsFiles/afieldfile/2015/07/13/ja_93notice.pdf

【※4】町田幸雄氏が三井化学、みずほ銀行、双日の3社に天下っているエビデンス
双日株式会社アニュアルレポート2014(2014年3月期)全ページ版 65ページ
https://www.sojitz.com/jp/ir/reports/annual/upload/ar2014j_a.pdf

【※5】上記の検察OB4人が天下った各社が平成30年に政治資金団体「国民政治協会」に献金した金額
平成30年分政治資金収支報告書の要旨(令和元年11月29日付け官報)
https://www.soumu.go.jp/main_content/000664153.pdf#page=1

▼片岡健(かたおか けん)

全国各地で新旧様々な事件を取材している。原作を手がけた『マンガ「獄中面会物語」』【分冊版】第9話・西口宗宏編(画・塚原洋一/笠倉出版社)が配信中。

月刊『紙の爆弾』2020年6月号 【特集】続「新型コロナ危機」安倍失政から日本を守る
「絶望の牢獄から無実を叫ぶ ―冤罪死刑囚八人の書画集―」(片岡健編/鹿砦社)

コロナ時代の経済学 おカネをまわすために、もっとお札を刷れ! 横山茂彦

◆コロナ自粛で明らかになった経済の本質とは、「消費」である

新型コロナウイルス対策としての「自粛」によって、現代経済の本質が誰の目にも明らかになったはずである。

経済の本質は「労働」でも「生産」でもない。われわれ消費者の「消費」なのである

その本質は「労働」でも「生産」でもない。あるいは「商品」や「サービス」でもなく、われわれ消費者の「消費」なのである。

店を開けなければ、おカネはまわらない。おカネを使わなければ、社会がまわらないのだ。商品生産も在庫も、労働力も流通も以前と変わりはないのに、おカネがまわらない(消費がない)から食べていけない。そして小規模事業者は資金繰りに行き詰まる。経済とはそもそも、おカネがまわることなのである。

じつに単純な原理だが、その原理をないがしろにしてきた結果、不況でも食べられる(貯蓄がある)人々と食えない(貯蓄がない)人々を、われわれの社会はつくってしまっていた。はなはだしい「富の偏在」である。

政治家たちは、需給バランス(生産と消費)やプライマリーバランス(税収と財政)を信奉する古典主義経済学(旧大蔵省官僚)の経済規律に縛られたまま、富の配分(賃金)を怠ってきたのだ。ピケティが言うとおり、富を独占した者たちは、けっしてそれを明け渡そうとはしない。

◆造幣局はおカネを刷れ!

だが、解決策がないわけではない。ことさらMMT(Modern Monetary Theory=現代貨幣理論)に拠らずとも、事業者(資本家)が借金を返す意志と事業計画さえあれば、銀行は金を貸し続ける。それを国家レベルに行なうのが「赤字国債」であり、カネを行きわたらせる金融緩和・財政出動(リフレーション)である。

企業が事業資金を融資されることを「赤字融資」などとは呼ばないであろう。決算も赤字にすることで、わが国の大手企業は法人税をまぬがれてきた。財務省が言う「国の借金」をひたすらまじめに返済しているのは、われわれ納税者なのである。マクロ経済政策(金融政策や財政政策)を通じて、有効需要を創出するケインズの思想を呼び起こせ。

ちょうどニュースが入った。財務省は5月8日に、国債と借入金、政府短期証券を合計した国の借金が2019年度末時点で1,114兆5,400億円となり、過去最大を更新したと発表した。2020年4月1日時点の総人口1億2,596万人(総務省推計)で割ると、国民1人当たり約885万円の借金を抱えている計算になるという(共同通信)。

べつに何の問題もない。物資不足・食料不足にならないかぎり、ハイパーインフレは来ないのである。もう20年以上もこの議論はやってきたではないか。戦間期ドイツも敗戦後の日本も、物資不足からハイパーインフレを体験したのである。それがまた、好況への起爆剤になったもの史実である。

わが国の資本家と安倍政権は、日本型経営(終身雇用)を解体するいっぽう、その補完物としての労働市場の自由化(非正規)を拡大し、消費経済は逼塞してきた。買い手におカネを配らないで、商品(およびサービス)が売れるはずはない。

そもそも大量生産は大量消費によって支えられる経済構造であるのに、片方を潰してしまったのが80年代以降の新自由主義なのである。日本型経営がじつはフォーディズム(労働者に余暇と賃金を与え、クルマと生活を保証する)であり、労使が共同体として経済成長を達成してきた原理であることを、80年代後期のバブル崩壊によって破壊してしまったのだ。

◆生産者を食べせる賃金が、資本を回転させる

にもかかわらず、安倍政権は「働き方改革」として「同一労働同一賃金」をスローガンに掲げた。この心地よいスローガンを取り入れる安倍総理のパフォーマンスを、われわれは社会主義的な労働証書制として解釈しようではないか。

1991年にソビエト連邦が崩壊し、中国も市場経済(資本主義)の道をきわめた今日、資本主義の政治的代理人が労働証書制を口にしたのである。財界・労働界・諸政党も、そして国民もこれに異論はないという。

共産主義の第一段階(社会主義)における労働証書制とは、工場委員会やコミューン(地区ソビエト)が、この労働者は何時間労働したという証明書を発行し、労働者はその範囲内で自分が必要とする生産物を、労働協同組合の倉庫から取り出すというものである。

資本主義における賃金が労働力の価値(価格)であるのに対し、労働証書は労働そのもの時間数(量)である。資本主義の労働力の価値(価格)とは、労働者が生きて明日も労働者として働ける今日の労働力の再生産費であって、実際に行なった労働の量とは異なる。この差が「剰余労働」であり、資本家が労働者から搾取している。と、マルクス主義経済学は説明する。この搾取をなくせ、というのがマルクスの主張である。

ようするに、資本+労働-賃金=剰余労働(価格)をなくしてしまえば、そこに労働量(労働証書)が残る。それは同一の労働に対して、同一の賃金で報いるということだ。

それでは、安倍政権の提唱する「共産主義の第一段階(社会主義)」は、どうすれば実現できるのだろうか。大目標(共産主義的にいえば最大限綱領)ではなく、最小限綱領(実現可能な政策)として、可能性はあるのだろうか?

方法はそれほど難しくない。国民(成人)ひとりあたり20万円のベーシックインカムを実施し、年間40兆円といわれる企業の内部留保を財源に充てればよいのだ。それができない企業は潰して(国有化して)しまえ。

問題は「同一労働同一賃金」を時間で測るのか、それとも労働の質を「同一労働」とするのかであろう。いますぐに、政府は「自粛後」の生活資金を支給せよ。配るカネがない? いや、刷ればいいのだ。


◎[参考動画]【財源の話】れいわ新選組代表 山本太郎(2019年国会質問&スピーチ集より)

▼横山茂彦(よこやま・しげひこ)

編集者・著述業・歴史研究家。歴史関連の著書・共著に『合戦場の女たち』(情況新書)『軍師・官兵衛に学ぶ経営学』(宝島文庫)『闇の後醍醐銭』(叢文社)『真田丸のナゾ』(サイゾー)『日本史の新常識』(文春新書)『天皇125代全史』(スタンダーズ)『世にも奇妙な日本史』(宙出版)など。医科学系の著書・共著に『「買ってはいけない」は買ってはいけない』『ホントに効くのかアガリスク』『走って直すガン』『新ガン治療のウソと10年寿命を長くする本当の癌治療』『ガンになりにくい食生活』など。

月刊『紙の爆弾』2020年6月号 【特集】続「新型コロナ危機」安倍失政から日本を守る

自粛同調ファシズムに抗して、渋谷と高円寺で若者たちが「要請するなら補償しろ」デモ決行! 林 克明

◆コロナ対策はゆっくり、コロナファシズムは急展開

「自粛自粛はお金が足らぬ」大日本自粛連盟(5月5日高円寺)

コロナ感染拡大防止のため、政府は4月7日から非常事態宣言を出し、5月4日には5月31日までの延長を決めた。
 
新型コロナウイルスに関する情報が膨大に流れ始めた2月中旬、社会の流れる見るポイントを、筆者は3つ決めた。

(1)医学的科学的な対処法
(2)外出自粛などによる経済恐慌と生活破壊
(3)パンデミックによる全体主義への兆候

どれも大切でそれぞれが複雑に連動しているのは言うまでもない。そして、それぞれの項目に問題が続出している。

医学的な見地では、PCR検査をめぐって様々な情報や意見が飛び交い、非常事態宣言や外出自粛要請の根拠となる専門家委員会のシミュレーションに重大な疑問が沸き上がっている。

経済と生活の問題では、自粛強制による休業で経済破綻する人が続出している。政府は休業要請する一方で、かたくなに補償を拒んでいる。そのため、経済苦境に陥る人が激増している。

もっとも懸念されるのは、度を越した同調圧力でファシズム的雰囲気がパンデミックのように広がっていることである。

そのような風潮の中で、政府の要請(命令)に従うことを絶対視し、自分の小さな正義感を満足させるために「自粛警察」「自粛ポリス」などという人たちが現れ、従わない人々を「罰する」ようになった。

一般人ならともかく、政治家にも「自粛警察」はいる。筆頭は、休業要請に従わないパチンコ店を公表して大衆の攻撃の的に誘導した吉村洋文・大阪府知事。ナンバー2は、同じことをした小池百合子・東京都知事である。

休業を要請するだけで補償をしない政府に批判の矛先を向けるべきだろう。ところが、もっと厳しく規制しろ! 私権を制限しろ! 緊急事態宣言を早く出せ! とテレビと一般庶民が下から突き上げてきたのが現状である。

このようなファシズム的な空気の中で、ストレートに政府に批判を向ける人々がいる。それが、「要請するなら補償しろ」とスローガンをかかげて街頭デモを行なっている人たちだ。

「要請するならもっともっと毎月補償しろ!」(5月5日高円寺)

◆補償がなければ外出して働くしかない

4月中旬、生活苦に陥った人たちが「要請するなら補償しろ」と東京渋谷駅周辺でデモを開催したニュースをインターネット上で知った。

デモの第一弾は、4月12日。渋谷ハチ公前広場に集まり、安倍晋三首相の私邸がある富ヶ谷、麻生太郎蔵相の私邸がある神山町などの高級住宅街を練り歩いた。

デモ第二弾が4月26日にも同じ渋谷であると聞き、取材に行ってみた。呼び掛けたのは、休業でキャバクラでの仕事を4月上旬に失ったヒミコさんだ。

「私自身も生活苦のなかで精神的にとても苦しいです。もともとアルバイトで月収が10万円を切ることもあり苦しかったです。今度のコロナでその仕事も失いました。マスク2枚じゃ食えねえぞと思っている人はいっぱいいます。安倍さんや麻生さんに、月10万円で暮らせるか聞いてみたい」

デモを呼び掛けたヒミコさん。彼女は4月上旬に職を失った(5月5日高円寺)

ちょうど、すべての住民一人当たり10万円を給付するとの決定が発表されて間もない時期だった。その決定から約1カ月経過した今も、ほとんどの人は給付されていない。

デモをやり始めると、外出要請を破ってデモのために人が集まることに対し、コロナテロリスト! 乞食! などとインターネット上で罵声を浴びせる「コロナ警察」「自粛警察」も多かったが、賛同する声も多かった。

ヒミコさんは「非難があるけれど、デモやるべきだと思った」と言っている。2回のデモは、一般庶民を苦しめる側の安倍首相や麻生財務大臣らが住む地区で実施したが、今度は、デモに参加する人に、より近い存在の杉並区高円寺を選んだ。

デモを監視しメモする警察(5月5日高円寺)

◆「絶対に生き続けてしゃべり続けたい!」

5月5日夕方、中央線高円寺北口駅前広場に110人ほどが集まった。安定した給料と補償がある公安警察も多数「参加」し、こまごまとメモをとっていた。

いろいろな人がマイクを手に取り、思いを語った。

参加した男子学生は言った。

「夜に飲食をするなというのは、水商売とかそういう仕事をしている人への差別を感じる。そうじゃなくて休ませるなら補償しろと訴えたい」

自ら右派系と称する男性も広場に駆け付けた。

「私は、弱い人にやさしい『美しい国を取り戻そう』と主張するためにここにやってきました」

「弱者と困窮者に優しい『美しい国』日本を取り戻せ」(5月5日高円寺)
「要請は補償とセット」(5月5日高円寺)

前日に、デモが東京であることを知って京都からやってきた20代に見える女性は、こう話した。

「政府のひとたちは、私みたいな人間が一人でも死んでくれればいいと思っている。今まで税金を払ってきたけれど、今のような事態のときにこそ、その税金が私たちの家賃や給料になるべきじゃないですか!? ここで警察が監視してますが、私たちが納めた税金が警察ども給料になっている。みんな大変だと思うけど、絶対に生き続けしゃべり続けたい! いまの政府の奴らを許さない!」

まったくそのとおりで、たかだが110人のデモに制服警官や相当数の公安警察を導入しているのは、どうみても税金の無駄遣いであり、その分をコロナ被害者の補償につかうべきだ。

◆諮問委員会のメンバーを見ると補償は絶望的?

だが、休業だけ要請し、従わない(あるいは従えない)人々を追い詰める政府による虐待行為は、これからも続く可能性がある。

その兆候は、コロナウイルス対策のために政府が設置した「基本的対処方針等諮問委員会」に、緊縮財政派の専門家を新たに加えたことに現れている。

諮問委員会に4人の経済専門家を加えたのだが、そのひとり小林慶一郎・東京財団政策研究所研究主幹について、京都大学レジリエンス研究ユニット長の藤井聡教授が次のようにツイートしている。

〈「経済」専門家会議に入った小林慶一郎教授。この方は、「財政再建が経済成長率を高める」と完璧な嘘話をさも正しきモノのように大学教授の名を借りて語る人物。政府がこの人物を選んだ時点で「補償も給付もやらねぇよ!」と断定した事になります(5月13日付ツイート)〉

検察庁法の改正で、政権に都合のいい人物の定年延長を図ることは、非常に迅速に進め、経済危機にあえぐ人々にへの補償は、極端に遅い。

とくに、かたくななまでに補償しない政府の方針は、世界各国と比較して病的ともいえる。となれば、声を上げ続けることと、政権を倒す以外に道はない。

「永年の低賃金でコロナの前から非正規労働者は生活困窮しているんだ!!」(5月5日高円寺)

▼林 克明(はやし・まさあき)

ジャーナリスト。チェチェン戦争のルポ『カフカスの小さな国』で第3回小学館ノンフィクション賞優秀賞、『ジャーナリストの誕生』で第9回週刊金曜日ルポルタージュ大賞受賞。最近は労働問題、国賠訴訟、新党結成の動きなどを取材している。『秘密保護法 社会はどう変わるのか』(共著、集英社新書)、『ブラック大学早稲田』(同時代社)、『トヨタの闇』(共著、ちくま文庫)、写真集『チェチェン 屈せざる人々』(岩波書店)、『不当逮捕─築地警察交通取締りの罠」(同時代社)ほか。林克明twitter

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ついに民意が追い詰めた! 安倍政権が「卑怯な法案」の今国会成立を見送る

安倍政権が「検察庁法改正案」の今国会での成立を、見送る方向で調整に入ったという。政府高官が5月18日に明らかにしたところによると、準司法権(検察)の独立を脅かす恐れがあると同改正案に反対する世論が高まる中で、採決を強行して批判を招くのは得策ではないと判断したようだ。自民党関係者も「検察庁OBの反発で官邸内の風向きが変わった」と話したという(18日、朝日新聞WEB報)。


◎[参考動画]“検察庁法”成立見送る方針 政府与党世論に配慮も(ANNnewsCH 2020年5月18日)

政府筋によると「束ね法案」になっている「国家公務員法改正案」などと併せ、秋に開会が予想される臨時国会で仕切り直す考えだという。これで、自己保身の「卑怯な法案」にたいする民意が、政権を追い詰めたことになる。新型コロナウイルス防疫の危機管理失敗によって、もはや死に体となっている安倍政権にとって、秋の舞台があるかどうかであろう。朝日新聞は18日、世論調査を発表した。以下のとおりだ。

▼「検察庁法案」反対    64%
        賛成    15%

▼同法案を急ぐべきではない 80%
        急ぐべきだ 5%

▼同法案に関する総理の説明を
       信用できない 68%
       信用できる  16%

▼「安倍総理はコロナ対策に指導力を発揮しているか」
していない         57%
している          30%

▼「安倍政権を支持しますか」
しない           47%
する            33%

前信において、安倍政権の私利私欲を担保する「卑怯な法案」、そして三権分立をも揺るがしかねない前代未聞の暴挙は「自民党の凋落を招きかねない」と指摘したとおりだ。まさに「消えた年金」いらいの党的な危機感に、安倍政権も法案成立延期へと舵を切らなければならなかったのである。

◆「戦後レジームからの脱却」は頓挫した

今回の「卑怯な法案」が日本という国家の基本的な枠組み、すなわち戦後民主主義の三権分立を侵すものであったこと。それはとりもなおさず、安倍晋三の「戦後レジームからの脱却」の内実が、近代民主主義の破壊にほかならなかったことを端的にしめしたのである。
そしてそれ以上に、新型コロナによる「国家的な危機」にもかかわらず、みずからの刑事訴追の回避を画策するという、あまりにも情けない策謀に国民は怒りを隠さなかった。芸能人たちの公然たる批判、検察OBの明快な指弾をはじめ司法人たちも声をあげ、安倍総理の暴挙を批判したのである。

「安保法制の時とおなじく、何も変わらなかったと思えるはずです」などと、安倍総理は国民の怒りの声をいなそうと懸命だった。何ごとも上からの統制や変更に、わが国民が唯々諾々としたがうと思い込んできた安倍総理にとって、ここ数日間は悪夢のような事態だったにちがいない。

これでいちおう、わが国にも民主主義社会が根付いていることを、われわれも知ることが出来た。「ほかにふさわしい政治家がいないから」とか「経済政策に期待したい」などという虚構ないしはネグレクトされた国民の政治観・政治家観に乗って、選挙でのずば抜けた強みを発揮してきた安倍政権も、いよいよ先行きが見えてきたのである。

このうえは、ウイルス防疫に失敗することで日本経済を崩壊の危機に陥らせた「戦犯」として、最終的な引導を渡すのでなければならない。

▼横山茂彦(よこやま・しげひこ)

編集者・著述業・歴史研究家。歴史関連の著書・共著に『合戦場の女たち』(情況新書)『軍師・官兵衛に学ぶ経営学』(宝島文庫)『闇の後醍醐銭』(叢文社)『真田丸のナゾ』(サイゾー)『日本史の新常識』(文春新書)『天皇125代全史』(スタンダーズ)『世にも奇妙な日本史』(宙出版)など。医科学系の著書・共著に『「買ってはいけない」は買ってはいけない』『ホントに効くのかアガリスク』『走って直すガン』『新ガン治療のウソと10年寿命を長くする本当の癌治療』『ガンになりにくい食生活』など。

月刊『紙の爆弾』2020年6月号 【特集】続「新型コロナ危機」安倍失政から日本を守る

高まる政権不信の反動で……検察OBたちがヒーロー扱いされる異常事態

黒川弘務東京高検検事長の定年を半年延長した閣議決定や、内閣の裁量で検事総長らの定年延長を可能にする検察庁法の改正案をめぐり、安倍政権が検察に不当な介入をしようとしているとの批判が巻き起こっている。そんな中、検察の大物OBたちが法務省に対し、検察庁法改正に反対する意見書を提出し、喝さいを浴びている。

実際には、意見書は、高齢の検察OBが過去の栄光をひけらかすなどしている稚拙な内容で、検察OBらしい独善的な主張も見受けられる。しかし、高まる政権不信の反動により、これが素晴らしい内容に思える人も少なくないらしい。それは大変危ういことなので、この意見書の問題をここで指摘しておきたい。

◆有罪が確定していない田中角栄氏の逮捕を自画自賛

法務省に乗り込む場面をマスコミに撮影させた清水氏(左)と松尾氏(朝日新聞デジタル5月15日配信)

意見書に名を連ねた検察OBは、検事総長経験者の松尾邦弘氏ら14人で、取りまとめたのは元最高検検事の清水勇男氏だ。その全文は、朝日新聞デジタルに掲載されているが、大きな問題は2つある。

1つ目の問題は、あのロッキード事件で検察が田中角栄氏ら政財界の大物を逮捕したことを自画自賛するようなことが書かれていることだ。

清水氏は、検察がいかに素晴らしい組織かということを主張するに際し、自分自身が捜査に関わったこの事件の話を持ち出したようだが、実際には、逮捕された田中氏は裁判で一、二審共に有罪とされたものの、最高裁に上告中に死去しており、有罪は確定していない。つまり、本来は「無罪推定の原則」により有罪扱いされてはいけない立場だ。

清水氏は現在、弁護士をしているようだが、自分の過去の仕事を得意げに語る中、ここまでわかりやすく「無罪推定の原則」を踏みにじっていたのでは、弁護士をしていることにも相当問題があると言わざるを得ない。

◆検察OBは自分たちこそ財界とズブズブ

2つ目の問題は、検察が「政財界の不正事犯」も捜査対象としていることを根拠に、「検察が時の政権に圧力を受けるようなことがあってはいけない」という趣旨の主張を繰り広げていることだ。

この主張については、まさしく検察官特有の独善的な主張だというほかない。なぜなら、この意見書に名を連ねた検察OB自身が財界とズブズブの関係にあるからだ。

まず、意見書を取りまとめた清水氏自身が退官後、公証人を務めたのちに東証一部上場企業の東計電算に監査役として天下っている。また、清水氏と共に法務省に足を運び、意見書を提出した前出の松尾氏は、検事総長経験者だけに天下り先はさらに豪華だ。あのトヨタ自動車をはじめ、旭硝子、ブラザー工業、テレビ東京ホールディングス、損害保険ジャパン、三井物産、セブン銀行、小松製作所の各社に監査役として天下ったほか、日本取引所グループに取締役として迎えられている。

これほど財界にどっぷり浸った2人が、「政財界の不正事犯」も捜査対象にしている検察の独立性の重要さを訴えるというのは、国民をバカにしすぎではないだろうか。

安倍政権は元々、「モリカケ」や「桜を見る会」など様々な疑惑が取り沙汰された中、コロナ対策も不評を買い、さらに検察の人事に関しても不可解な動きをしているので、国民の政権不信が高まるのは当然だ。しかし、その反動により、これまで数々の冤罪を生んできた検察のOBたちが、自分たちの権勢をアピールするかのようなおかしな動きをしていることまでヒーロー扱いされる現在の社会の空気は相当危うい。

▼片岡健(かたおか けん)
全国各地で新旧様々な事件を取材している。原作を手がけた『マンガ「獄中面会物語」』【分冊版】第9話・西口宗宏編(画・塚原洋一/笠倉出版社)が配信中。

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「絶望の牢獄から無実を叫ぶ ―冤罪死刑囚八人の書画集―」(片岡健編/鹿砦社)

あまりにも卑怯! 自分の保身・お友だち利権を担保する法改正 検察官定年延長法は、安倍を退陣させられない自民党の凋落をまねく 横山茂彦

これほど法案反対が国民的な運動になったのは、いつ以来だろうか。いうまでもなく、検察定年延期法案(検察庁法改正)に対する批判である。

ネット上では法案反対の声が1000万ツイートにもおよび、安倍政権への国民の怒りを象徴している。小泉今日子や東ちづるなど、国民的人気の芸能人が反対を訴えることで、コロナ不作為とはまた別の意味で、安倍政権の致命傷となりそうな気配だ。政府は強行採決も辞さない構えだが、そのことが「消えた年金」以来の自民党凋落の予兆となることを、ここに指摘しておこう。

とくに安倍政権にというよりも、官房長・事務次官時代をつうじて、政権一般に協調的・親和的といわれる黒川弘務検事長の定年延長(閣議決定)を、安倍総理はさりげなくやったつもりだった。森友・加計・桜を見る会という具合に、総理自身の利益供与、公職選挙法違反という刑事訴追の可能性も浮上してくる中、おそらく軽い気持ちでやったのではないか。じっさい、市民運動家や弁護士による安倍総理刑事告発が、複数回にわたって官邸を悩ませてきた。


◎[参考動画]東京高検のトップに黒川弘務氏が就任 抱負語る(ANNnewsCH 2019年1月21日)

◆あまりにも卑怯

しかしそれは、卑怯な戦術として国民の目に映った。国民の目には、官邸が訴追を怖れるあまり、三権分立を侵す検察官の人事権を掌握する挙に出たと映ったのは、あまりにも当然のことだった。

黒川検事の定年延長をきめた閣議が法的担保のない、行政行為(法解釈の変更)であるのとは違って、停年延長法は検察に対する官邸の優位を決定づける。もはや形式的な任命権。すなわち検察官を内閣の指名により天皇が任命するという、法手続きの域を超えてしまうがゆえだ。まさに訴追権を時の政権が掌握するという、ナチス政権ばりの独裁法(全権委任法)である。

それゆえに、松尾邦弘元検事総長は「内閣による解釈だけで法律の解釈運用を変更」することが「フランスの絶対王政を確立し君臨したルイ14世の言葉として伝えられる『朕は国家である』という中世の亡霊のような言葉を彷彿とさせるような姿勢であり、近代国家の基本理念である三権分立主義の否定にもつながりかねない」とまで安倍政権を批判しているのだ。

まさに「今回の法改正は、検察の人事に政治権力が介入することを正当化し、政権の意に沿わない検察の動きを封じ込め、検察の力を殺(そ)ぐことを意図していると考えられる」(検察定年延長 OB有志意見書)。まさに正鵠をえた批判であろう。定年延長という人事権をもって、政権が検察を支配しようとしているのだ。


◎[参考動画]検察OBが定年延長可能にする検察庁法改正に反対し記者会見(朝日新聞社 2020年5月15日)

◆安倍総理の検察支配は目論見通りにはいかない

検察庁法22条には「検事総長は、年齢が65年に達した時に、その他の検察官は年齢が63年に達した時に退官する」と定められている。

国家公務員法第81条の3は「その職員の職務の特殊性又はその職員の職務の遂行上の特別の事情からみてその退職により公務の運営に著しい支障が生ずると認められる十分な理由があるとき」は最大3年の勤務延長を認めている。

そして国家公務員法の定年制度には「法律に別段の定めのある場合」は除かれるという規定がある。したがって検察庁法に、この「別段の定め」があるのだから、今回の黒川検事長の定年延長には、そもそも違法の疑いがあった。

国家公務員の定年制度導入を論議した1981年の衆議院内閣委員会においても、政府は「検察官と大学教官につきましては、現在すでに定年が定められております」と、国家公務員法での定年制度に検察官は含まれないと明言しているのだ。

こうした違法の疑いを、停年延長法で乗り切ろうとしたところに、安倍総理の浅はかさが露呈した。

自分の保身のため(桜を見る会における公職選挙法違反)に、あるいはスキャンダルにも等しいお友だち利権(森友・加計)のためにする閣議とそれを担保する法案に、だれが賛意をしめすというのだろうか。

安倍総理のもうひとつの弱点として、いったん言い出したことは曲げない。絶対に誤りは認めない、謝罪をしないというものがある。謝れば負けを認めたことになると、彼の狭隘な政治感性がそうさせるのだ。それゆえに人事権を官邸ににぎられた官僚は政権に「忖度」し、政権も国民的な常識からかけ離れた言動を繰り返してきた。

新型コロナウイルス防疫の遅れや不作為もあり、いまや安倍政権は第一次政権時のような衰亡に晒されている。であるがゆえに、安倍総理が辞任するとともに、刑事訴追されるのではないかという観測が高まっているのだ。すでに河井克行元法務大臣、河井案里参院議員にたいする公選法違反での立件も現実性をおびてきた。そう遠くない時期に、そして自民凋落という情勢の中で、総理が逮捕されるという事態があるかもしれない。すくなくとも安倍総理においては、その危機感故に、「指揮権発動」にもひとしい検察人事に手を染めたのだから。


◎[参考動画]【アベの大嘘】黒川の定年延長は法務省が言い出した事。我々はそれを承認しただけ【隠蔽】(FckAbe 2020年5月16日)

▼横山茂彦(よこやま・しげひこ)

編集者・著述業・歴史研究家。歴史関連の著書・共著に『合戦場の女たち』(情況新書)『軍師・官兵衛に学ぶ経営学』(宝島文庫)『闇の後醍醐銭』(叢文社)『真田丸のナゾ』(サイゾー)『日本史の新常識』(文春新書)『天皇125代全史』(スタンダーズ)『世にも奇妙な日本史』(宙出版)など。医科学系の著書・共著に『「買ってはいけない」は買ってはいけない』『ホントに効くのかアガリスク』『走って直すガン』『新ガン治療のウソと10年寿命を長くする本当の癌治療』『ガンになりにくい食生活』など。

月刊『紙の爆弾』2020年6月号 【特集】続「新型コロナ危機」安倍失政から日本を守る

《福島PCR検査続報》福島市が5月19日よりドライブスルー方式PCR検査を導入 とはいえ、検査のハードルは高いまま 民の声新聞 鈴木博喜

場が増えたという意味では一歩前進、しかしPCR検査の〝ハードル〟は高いまま。残念ながら、PCR検査数が一気に増えるという事にはならないようだ。

福島市は19日から、福島県内で初めてドライブスルー方式のPCR検査を導入。14日午前に福島市保健所の駐車場でメディア向けデモンストレーションが行われた。

19日からはマイカーに乗ったままPCR検査を受けられる

福島市は既に今月1日から市内の医療機関にプレハブのPCR専門外来を設置しているが、新たに設置されるPCR専門外来はドライブスルー方式。車に乗ったまま検体が採取される。いずれも設置される病院名は公表されない。マイカーで検査に訪れるのが難しい市民には、屋内型のPCR専門外来を案内される。

これまでは症状の有無などにかかわらず医療機関(帰国者・接触者外来)で検査が実施されていたため、通常診療の合い間を縫って検査をし、1人の検査が終わるとレントゲン室の消毒などが必要になるなど医療機関の負担が大きかったという。今後は、一般クリニックや「帰国者・接触者相談センター」で「感染リスクは高いが軽症」、「早急な治療を必要としない」などと判断された人は2カ所のPCR検査専用外来(一次外来)を案内されるため、ドライブスルー方式では「1人約20分ほどで終了。1日に20検体の採取が可能になる。医師や看護師が慣れて来れば、もう少し速くなるだろう」(中川昭生保健所長)。

公開されたデモンストレーションは、検査が必要と判断された市民がマイカーでPCR検査専用外来を訪れた場面から開始。指定された場所に車が止まると、まず事前に記入された問診票と体調面で変化が無いか看護師が確認する。さらに非接触式の体温計を額に近づけて検温。続いてパルスオキシメータを指先にはさみ、血中酸素飽和度も測る。この際、なるべく対面しないよう留意するという。

看護師から報告を受けた医師が最終的な説明を行い、「スワブ」と呼ばれる長い綿棒を鼻腔の奥に挿入して検体を採取する。鼻の奥まで達したら数秒待ち、ゆっくり回転させながら引き抜く事で検体が得られる。保健所によると、喉より鼻の方が検体を得やすいという。検査結果は後日、文書で伝えられる。医師や看護師は手袋を廃棄し、手や指を消毒した後に新しい手袋を装着する。

ただ、場が増えてもPCR検査の〝ハードル〟が低くなるわけでは無い。福島市保健所総務課の担当者は「希望する市民が全て検査を受けられるようになるわけではありません。そこまで間口を広げてしまったら希望者が殺到してしまうので、やはり医師や保健所が検査の必要性を判断するという流れは今後も変わりません」と説明した。

勝山邦子副所長も「採取する検体数を増やすためです。今まで『帰国者・接触者外来』で午後の時間を使って2人とか枠が少なかったんです。福島市ではそれでも、東京都のように何日も検査を待つような事態にはなっていませんが今後、検査を必要とする人が増えたらギリギリなんです。このPCR検査専用外来が機能すれば、1日で20人くらいの検体を採取出来るようになります」と意義を説明した。

しかし、一方で「検査の〝間口〟が広がるわけではありません」とも。これまで、市内の保育園や大学学生寮で感染者が見つかっても「症状が無く濃厚接触者には該当しない」などの理由で他の園児や学生のPCR検査を積極的には行ってこなかった。その姿勢は変わらないという。「必要だと判断すればPCR検査を行います。検査を希望する市民がいて、じゃあドライブスルーに来てください、とはなりません」。

中川所長も「希望者がPCR検査を受けられるようになるのは…。そういう可能性は出て来るとは思いますが…。あとは採取した検体を調べる側のキャパの問題もありますしね」と話した。現在、福島市保健所では最大で16人分の検体を調べる事が出来る。それを超える場合には民間の検査機関に委託するため、検体数が増える事そのものには特に問題は無いという。

検査の場が増えるのは大いに賛成だが、PCR検査の〝ハードル〟は高いまま。福島市保健所の姿勢には疑問も残る

福島市内では、保育園に通う男児の感染が判明(感染源は同居する父親と思われる)したが、市保健所は保育園の他の園児や保育士などは「濃厚接触者に該当しない」としてPCR検査を実施せず、2週間の健康観察にとどめた。判断の決め手となったのは男児が無症状である事だった。感染が分かった父親(症状あり)の濃厚接触者としてPCR検査を行ったら陽性だった、しかし症状が全く無いので感染させるリスクは低い─そういう判断だった。市保健所にはわが子を通わせる保護者からPCR検査を希望する声も寄せられたが、実施しなかった。結果として、2週間経っても体調を崩した園児や保育士はいなかったという。

また、大学の学生寮に住む大学生の感染も確認されている。この大学生は市内の学習塾で講師のアルバイトをしているが、市保健所は塾側が消毒などの対策を講じている事、個人指導であるうえに生徒は壁を向いて座り講師と対面しないため飛沫を浴びるリスクが低い事などを理由に濃厚接触者には該当しないと判断。PCR検査を行わなかった。学生寮で暮らす大学生も、聴き取りをした結果3人のみ(入寮者は、帰省などで寮を離れている学生も含めて145人)を濃厚接触者に該当すると判断し、そのうち1人だけにPCR検査を実施した(結果は陰性)。PCR検査の〝ハードル〟は非常に高いのが現実だ。

「PCR検査をして陰性と判定されても2週間は健康観察をするので、その意味では検査をしてもしなくても変わらないんですよ」と話す保健所職員もいる。これまで健康観察中に体調が悪化した市民がいないため、一定の成果が出ているとも言える。
しかし、なぜそこまでPCR検査数を抑えようとするのか。いきなり希望する市民全てに検査を実施するのは難しいだろうが、感染が判明した人とかかわりのある人を濃厚接触の有無にかかわらず検査する事は出来るはずだ。せっかく場が出来ても、入り口の段階で抑制してしまうのなら、有効活用される事にならないのではないだろうか。

多くの地元記者が駆け付けたデモンストレーション=福島市保健所

▼鈴木博喜(すずき ひろき)

神奈川県横須賀市生まれ、48歳。地方紙記者を経て、2011年より「民の声新聞」発行人。高速バスで福島県中通りに通いながら、原発事故に伴う被曝問題を中心に避難者訴訟や避難者支援問題、〝復興五輪〟、台風19号水害などの取材を続けている。記事は http://taminokoeshimbun.blog.fc2.com/ で無料で読めます。氏名などの登録は不要。取材費の応援(カンパ)は大歓迎です。

月刊『紙の爆弾』2020年6月号 【特集】続「新型コロナ危機」安倍失政から日本を守る
『NO NUKES voice』Vol.23 総力特集〈3・11〉から9年 菅直人元首相が語る「東電福島第一原発事故から九年の今、伝えたいこと」他

水害被災者も叫ぶ「五輪どころでねえ」 民の声新聞 鈴木博喜

「五輪どころでねえ!」と声をあげているのは原発事故被害者ばかりでは無い。福島県災害対策課のまとめでは、2019年10月に発生した台風19号、21号に伴う水害では県内で37人が亡くなった(直接死、関連死の合計)。住宅の全半壊は、同課が把握しているだけで1万3000棟を上回った。県の災害対策本部は今年3月に解散したが特別警戒配備体制は続いており、被害回復にはまだまだ時間がかかる。

1986年の「8・5水害」に続き甚大な被害が出た郡山市水門町。女性が庭先に置かれた廃棄用コンテナを眺めながらため息をついた。

「うちは3メートルくらい水に浸かったかな。全壊と判定されて、ようやく修繕が始まったと思ったら、床板をはがしたところで作業が止まっているの。直さなきゃいけないのはうちだけじゃ無いし、家の中も乾かさなきゃならないからね。作業員さんも足りないらしいから。それに加えてコロナ騒ぎしてっばい。もう7カ月が過ぎたけど、まだまだこれからなのよ」

コロナ禍が無ければ、3月26日に「Jヴィレッジ」から聖火リレーが始まり、同月28日には郡山市内でも華々しくリレーされる予定だった。それが、新型コロナウイルスの感染拡大で1年延期。しかし、女性はコロナ禍が無かったとしても五輪どころでは無かったと話す。

水害被災地では住宅の修繕が緒についたばかり。コロナ禍が無くても「五輪どころでは無い」のだ

「夏のお盆くらいまでに作業に取り掛かってくれればいいけれど……。オリンピック? オリンピックなんて全然頭に無いよ。作業員さんがいつから来てくれるのかなって、毎日そればかり考えてる。朝、二階から眺めてさ、あゝ今日も作業員さんの車無いなってがっかりしてるんだよ」

水門町内には、不動産業者の「売地」看板が目立つ。人通りも少なくなった。年度末に家屋解体が行われ、さら地が増えたためだ。

「この家も、あそこの家も帰って来ないのよ。他の土地に移っちゃった。今年だって大水にならないなんて誰にも言い切れないからね」

甚大な被害が出た郡山市水門町では、家屋解体に伴うさら地が増加。「売地」の看板が至る所で目につく

別の女性は町内に立派な自宅を構えていたが、浸水で3月中に取り壊した。前の年に外壁を修繕したばかり。きれいな壁が哀しかった。

「うちは解体は早い方だと思います。さら地にして、同じ土地にまた家を建てるしか無いよねえ。どこかよそに移ると言っても年が年だから…」

女性はわが家を見上げながら今にも泣き出しそうな表情で話した。遠くから見るときれいな家だが、1階部分は水の力で完全に壊れてしまっている。2階は直接の浸水は無かったが、柱の損傷などを考えて取り壊す事に決めたという。

「私もオリンピックどころでは無いと思いますけど、世界の大会だしね。皆さん、今まで一生懸命練習して来て、その成果を出したいというのはしょうがないと思うの。でも、今回のコロナで来年も無理でしょ? 実際には」

女性は選手の心に想いを寄せて言葉を選びながら、東京五輪への複雑な想いを口にした。「8・5水害」を経験し、家庭菜園をやりながら静かな老後を送っていたところに再び大水害。気候が大きく変動する中で、またいつ、大雨による被害に遭ってしまうか分からない。

「雨で再び水が上がらないように、はあ、祈っています。ここで生活して行こうと考えていますから」

女性はそう言うと、家庭菜園に向かって歩き始めた。

JR東北本線・本宮駅周辺も、病院が孤立するなど大きな被害が出た。病院近くの精肉店は今年4月、半年ぶりに営業を再開させた。機械類など全てが水に浸かってしまったため新調した。「きれいになったのは良いけれど、お金の工面が大変で…」と店の女性は表情を曇らせた。

同じ本宮市内のパン店も、4月下旬にようやく営業再開にこぎつけた。再開初日には多くの常連客が駆け付け、パンはほぼ完売した。

「内装から全てやり直しましたし、職人さんも不足していたので時間がかかりました」と経営する女性は笑顔を見せた。水害被災地での職人不足は深刻で、郡山市内では青森や山形など県外から仕事に来ている職人と会った。

女性は、筆者が「オリンピックどころでは無いのではないか」、「五輪に多額の予算を充てるのであれば、水害被災地に分配するべきだ」と水を向けると「そうですよね」とうなずいた。

「補助金の申請をしたんですけど、書類に不備があったとかでまだ支払われていないんです。こういう被害ですから、書類といっても用意出来ないものもありますしね……。揃えるのにも限界があって四苦八苦しています」

本宮市のパン店は営業再開までに半年を要した。まだ振り込まれていない助成金もあるという

JOCも政府も「五輪は中止しない」と強調している。あくまで「1年間の延期」であって、それまでに新型コロナウイルス問題も片付ける算段なのだろう。その動きに呼応するように、福島市役所入り口では五輪までのカウントダウンが再開された。市内の「県営あづま球場」では、野球とソフトボールの試合が行われる事が決まっている。それだけに、他の市町村と比べても力が一段と入っている。市の担当者は「五輪に向けた気運を改めて醸成するために始めました。特に木幡市長の指示ではありませんよ」と話す。

福島県内では、原発事故避難者や県内在住者たちが2月下旬、「Jヴィレッジ」や「県営あづま球場」に集まり「オリンピックどころでねえ」と抗議の声をあげた。今年は原発事故から10年目だが、放射能汚染は続いており、なされるべき被害者救済も不十分だ。それどころか県外避難者の切り捨てが着々と進んでいる。都内の国家公務員宿舎に入居する〝自主避難者〟を追い出す訴訟を福島県が起こしたほどだ。

しかし、「五輪どころでねえ」のは原発事故被害者だけでは無いのだ。水害被災者たちは十分に救済されないまま、時間の経過とコロナ禍で忘れられてしまっている。家屋解体が本格化すれば、災害廃棄物はさらに増す。放射能汚染測定をして県外で燃やされているが、その数値は公表されない。五輪に多額の金を注ぎ込んでいる場合では無い。コロナ禍も含めて、予算は人の生活や生命を守るために分配されるべきなのだ。

▼鈴木博喜(すずき ひろき)

神奈川県横須賀市生まれ、48歳。地方紙記者を経て、2011年より「民の声新聞」発行人。高速バスで福島県中通りに通いながら、原発事故に伴う被曝問題を中心に避難者訴訟や避難者支援問題、〝復興五輪〟、台風19号水害などの取材を続けている。記事は http://taminokoeshimbun.blog.fc2.com/ で無料で読めます。氏名などの登録は不要。取材費の応援(カンパ)は大歓迎です。

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盛り上がる検察官「定年延長」法案批判、いくつかの的外れな批判 片岡 健

検察官の定年を引き上げたり、内閣や法相の判断で定年を延長できたりする検察庁法改正案に対する批判が凄まじい。そんな中、再燃しているのが、黒川弘務東京高検検事長の定年延長問題だ。

黒川氏は、本来なら今年2月、検事総長以外の検察官の定年である63歳の誕生日を迎え、検察を去るはずだった。しかし、1月に「検察庁の業務遂行上の必要性」を理由に半年間の定年延長が閣議決定され、これが「政権に近い黒川氏を次の検事総長にするための布石ではないか」と批判されていた。この問題が今、改めて取り沙汰されているわけだ。

しかし、黒川氏の定年延長問題と関連づけた法案に対する批判には、的外れなものも見受けられる。安倍内閣や黒川氏を擁護する気は毛頭ないが、その点を指摘しておきたい。

◆黒川氏の定年延長に法改正は必要ない

異例の定年延長が改めて批判されている黒川弘務東京高検検事長(東京高検のHPより)

法案に対する批判のうち、明らかに的外れなのは、「検察庁法が改正されたら、黒川氏の定年が延長される。そして安倍政権に都合のいい黒川氏が検事総長になってしまう」というたぐいのものだ。検察庁法が改正されようがされまいが、閣議決定された黒川氏の半年間の定年延長がゆらぐことはないからだ。黒川氏が次の検事総長につくために検察庁法を改正する必要もまったくない。

この法案を批判している人たちのうち、野党や大手マスコミ、弁護士などの有識者は、当然、そのことをわかっている。だから、「安倍政権は、政権に近い黒川氏を検事総長にするために検察庁法を改正しようとしている」とは言わず、「安倍政権は、問題のあった黒川氏の定年延長を“事後的に”正当化するために検察庁法を改正しようとしている」などというロジックで批判している。

しかし、このロジックもずいぶん無理がある。今年1月になされた閣議決定に問題があったなら、たとえ法律を変えようと、事後的に正当化されるわけがないからだ。「事後的に正当化される」などというのは、批判のための批判に他ならない。

◆「黒川氏は出世争いに負けていた」は本当か?

この問題をめぐる批判を見ていると、もう1点、的外れだと思える批判がある。それは、黒川氏が定年延長を閣議決定されるまで、次期検事総長の座を争っていた同期の林真琴名古屋高検検事長に「出世争い」で負けていた、というものだ。なぜなら、黒川氏と林氏の経歴を比較すると、黒川氏が出世争いでリードしていたのは明らかだからだ。

検事総長に昇り詰めるまでの出世コースとしては、法務省の刑事局長と事務次官を歴任したのち、法務・検察のナンバー2である東京高検検事長につき、最後に検事総長に就任するのが王道だ。そして2人のうち、先に刑事局長についたのは林氏だったが、その後、黒川氏が先に法務事務次官について逆転し、そのまま東京高検検事長について、検事総長に王手をかけている状態だったのだ。

「黒川氏の定年延長がなければ、林氏が次の検事総長になるはずだった」という見方をしている人たちは、黒川氏が2月に定年を迎えて検察を去っていれば、林氏がその後任として東京高検検事長につき、夏に勇退する稲田検事総長の後釜に座っていたはずだ――という筋書きを描いているようだ。

しかし近年、林氏のように法務事務次官を経ずに検事総長になった者はいない。検察では、組織の不祥事などのために期せずして検事総長に就任した笠間治雄氏ら一部の例外をのぞけば、検事総長に昇り詰めるまでにつく主要ポストはほとんど不動であり、林氏が特例的な扱いをされてまで検事総長につけたかはおおいに疑問だ。

もっとも、黒川氏が林氏に先んじて法務事務次官につき、さらに東京高検検事長へと出世の階段を昇ったことについては、官邸の強い意向がはたらいたと言われている。それ自体は事実の可能性が高そうに筆者も思う。ただ、そうだとしても、黒川氏と林氏の「検事総長レース」は、遅くとも黒川氏が東京高検検事長についた時点で勝負は決していたとみたほうが素直だ。

黒川氏の定年延長の閣議決定や、現在行われようとしている検察庁法の改正については、あちらこちらで指摘されている通り、「政権の都合により検察人事が左右される恐れがある」という問題はたしかに存在するだろう。しかし、的外れな批判をしていると、本質的な問題も見えづらくなるので、注意が必要だ。

▼片岡健(かたおか けん)
全国各地で新旧様々な事件を取材している。原作を手がけた『マンガ「獄中面会物語」』【分冊版】第9話・西口宗宏編(画・塚原洋一/笠倉出版社)が配信中。

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