病院経営の闇──検査や注射の回数が多い開業医は「やぶ医者」と疑え!

◆営業目標を露骨に掲げるクリニックの事情

忘年会真っ盛りである。「一年間お疲れ様」なのか「理由はどうでもいいからまあ飲もうや」なのか、とにかく忘年会である。

地方都市で個人経営のクリニックに勤務する知人がいる。そのクリニックは地域ではなかなか盛況らしく、医師は一人だがスタッフは常勤非常勤を合わせると20名を超える。例年12月中盤の土曜午後に忘年会が行われるそうでそこには医師、スタッフのほか出入りの製薬会社や関係者も顔を出すので総勢は30名を超える規模になる。

先ごろ行われた忘年会の乾杯前の挨拶で、院長は参加者へのねぎらいを述べた後「まだ目標にする数字○○○人には到達していません!」と目標患者数を挙げたそうだ。常勤スタッフだけでなく、参加者の多くが少し惑いの表情を見せたという。この話を聞いて私自身、開業医が保険会社じゃあるまいに、「患者の来院目標数」を設けているのかと聞いて驚いた。医師不足、病院不足が問題にされる中、個人開業医のなかにはあたかも株式会社のごとく、収益目標を露骨に掲げて経営が行われているクリニックがあるようだ

◆領収書の明細でわかる病院の食い扶持

クリニックや病院から受け取った領収書をお持ちの方はそれをご覧いただきたい。領収書の明細は病院を問わず「区分」がほぼ同じであることがわかる。

「そういえば」と知人は続ける。整形外科であるその医師はやたらと患者に検査を行うそうだ。初診の患者には症状の如何にかかわらず、ほぼ例外なくX線撮影を行う(「画像診断」)。病院の治療代は点数制だ。1点が10円である。厚生労働省に尋ねたところ、X線撮影(画像診断)は同じ部位でも角度や撮影方法により点数が細分化しており、「一概に何点(何円)かかるとは言えない」そうだ。「それではX線撮影の最低は何点からあるか」と聞くと「30、40点くらいですね」という回答だった。いかにもあいまいでわかりにくい。それだけクリニックや病院が自由に判断する幅があるという事だろう。ちなみに今年私自身が大病院で腰を5、6枚撮影してもらった際には581点かかっていた。

このクリニック平日の午前診療時間(9時から12時)で平均20名弱の被撮影者がいるという。現在X線撮影はほとんどデジタル化されており、消耗品は少ない。昔のように現像する必要もない。だからはっきり言えば「X線撮影」は非常に儲かる。患者一人平均のX線撮影点数が仮に200点とすると、1日の撮影人数は午前、午後合わせて約40名だから40×200で8000点となる。8000点は8万円ということだ。クリニックの開業日数は年間240日あまり。だからX線撮影だけでも年間2000万円近い収入があることになる。

平日午前の診療は高齢の患者さんが中心らしい。X線撮影をしても医師はほとんどの場合、「まあ、たいしたことはないわ。お歳もお歳やから、うまく付き合っていくしかあらへんね」としか言わず、リハビリにまわすか投薬をするだけだという。年配者だけならばまだしも、幼稚園にも通わないような年齢の幼児にも通院のたびにX線撮影を行うことが多い。明らかに過剰なX線の乱用だとクリニックスタッフも内心心配しているどうだが、いかんせん医師一人が経営するクリニックだからなかなか進言できる雰囲気ではない。人柄は穏やかだそうだが明らかに「ヤブ医者」だ。

しかも、前述のとおり「営業目標」を掲げるような考えの持ち主である。「営業目標」が語られた忘年会はたぶん出入りの製薬会社が経費の一部(もしくは全部)を負担しているのではないか、と知人は述べる。忘年会のほかにも年数会、同様の会合がありその際は製薬会社が会費を負担するという。

企業がクリニックに便宜をはかるのは構わないが、患者を「営業目標」の対象と見られてはたまったものではない。

◆こんな開業医は要注意!

知人は言う。「開業医でやたらに検査を行う医師は疑ってかかったほうがいい」、「歯科で患者数がさほど多くなさそうなのに虫歯の治療に何ヶ月もかけるクリニックも要注意」、「軽症で患者が積極的に望んでいないのに、やたら注射を打ちたがる医師は要注意」だそうだ。

一方で公立の大病院では過酷な労働条件の下働く医師も多い。やはり知人で大病院に医師として勤務する知人は「開業医と勤務医の収入は別業種位に差があるよ」と言う。彼は最近地方都市に「30年ローン」でマンションを購入したと言うので「お前みたいな高給取りがなんでローンなんや」と聞くと「俺たちの手取りなんか夜勤含めても○○万円くらいやで」と意外に低い数字を口にした。

ともあれ、体にかかわることなので、病院(クリニック)選びは慎重さが必要なようだ。

▼田所敏夫(たどころ としお)
兵庫県生まれ、会社員、大学職員を経て現在は著述業。大手メディアの追求しないテーマを追い、アジアをはじめとする国際問題、教育問題などに関心を持つ

速報!『革命バカ一代』塩見孝也氏が清瀬市議選に出馬へ!
「守る」ことの限界──「守る」から「獲得する」への転換を!
秘密保護法施行日の抗議活動を自粛した金沢弁護士会にその真相を聞いてみた
自民党の報道弾圧は10日施行の秘密保護法を後ろ盾にした恫喝の始まり
読売「性奴隷表記謝罪」と安倍2002年早大発言が歴史と憲法を愚弄する

いつも何度でも福島を想う

 

速報!『革命バカ一代』塩見孝也氏が清瀬市議選に出馬へ!

やはり、そうだったのかと得心した。消息筋によると、元赤軍派議長で現在駐車場管理人を勤める塩見孝也氏(73)が来年行われる東京都清瀬市の市会議員選挙に出馬の意向であることが明らかになった。塩見氏が11月に鹿砦社から『革命バカ一代 たかが駐車場、されど駐車場』を出版したことは以前の記事で触れた。また11月9日に私自身初めて同氏にお会いしたことにも言及した。その時既に「何かやるんじゃないだろうか、この人は・・・」の予感はあった。

が、ご当人の口からは具体的な内容の話はなかったので私の感触に留めておくこととし、記事内での明言は避けた。しかし塩見氏は「議会制民主主義」の中、その最も身近な場所からとはいえ、自身が「政治」の場に身を進める決断を下したそうだ。同氏は先週都内で行われた会合で「国政や、県政に臨む力はないし、まだ早い。でも地方からの変化が必要だ」と語り、市議選への出馬を明言したという。

「たかが市会議員」と侮ってはいけない。全国の市会議員の大半は地域ボスだったり、土建屋の公共事業調整役、はたまた何もしないでひたすら歳費を貪る輩だが、中には1人で市の行政を市長かと見まがうほどに動かしている実力者もいるのだ。ただし、それには相応の行政知識や思想行動力が必要であることは言うまでもない。塩見氏がどんな活躍を見せてくれるか、清瀬市には要注目だ(当選を前提の話だが)。

私は塩見氏の市議選挙出馬をある種の驚きと、逆に納得を持って受け止めている。かつて「革命」を指向し「日本のレーニン」とまで呼ばれた人物が73歳にもなって(ご本人には失礼!)まさか地域の選挙に出るのかとの思いは多くの人共通の驚きだろう。一方ご本人と話をして、『革命バカ一代』を読めば「このままこの人おとなしくしてるんだろうか」との意気込みが嫌でものしかかってくる。勿論往時の体力はないし、「世界革命を!」とは主張されないだろうけども、今日の惨憺たる政治状況に喝を入れる起爆剤になるに違いない。

気が早いが来年の清瀬市会議員選挙の際には清瀬市にぜひご注目を!

塩見孝也氏

▼田所敏夫(たどころ としお)
兵庫県生まれ、会社員、大学職員を経て現在は著述業。大手メディアの追求しないテーマを追い、アジアをはじめとする国際問題、教育問題などに関心を持つ

「守る」ことの限界──「守る」から「獲得する」への転換を!
衆議院総選挙──「人間には夢がある。夢を実現する力もある」の物語
秘密保護法施行日の抗議活動を自粛した金沢弁護士会にその真相を聞いてみた
自民党の報道弾圧は10日施行の秘密保護法を後ろ盾にした恫喝の始まり
読売「性奴隷表記謝罪」と安倍2002年早大発言が歴史と憲法を愚弄する

絶賛の嵐!『革命バカ一代 たかが駐車場、されど駐車場』

 

「守る」ことの限界──「守る」から「獲得する」への転換を! [田所敏夫]

数えられるくらいしかまともに出席しなかった大学時代の講義。マスプロ教室での詰め込みと講義内容の中くだらなさを理由に大いにさぼっていた。気まぐれだったか、友人に誘われてだったか定かではないが差別問題を扱う講義に出席した時のことだ。履修登録者の数は数十名はいるだろうに、教室には学生が4名だけだった。

講師の先生は非常勤の方で、関西の部落解放運動に関わっていて、かつ身体障害を持った方だった。こちらはたった4名出席者だった。嫌でも先生の鋭い視線から逃げられない。でもそんな状況とは関係なく、その先生が日本の戦後社会状況を俯瞰的に語った内容を今でも明確に記憶している。大学講義の中でこれほど明晰に記憶している場面は他にない。

「革新陣営はいつも『守る』ことにことさらこだわり過ぎではなかったのか。憲法を、人権を、平和を『守る』とみんな語る。それらは十分に満足すべき状況なのか? 今日的な危機の根本は変革を求める側が『変える』のではなく『守る』ことに足場をおいたことに端を発するのではないか」

◆「守る」だけでは勝てはしない

この講義を聞いたのは80年代半ばだが、こう語られた先生の言葉を今、当時より実感をもって首肯できるような気がする。「守る」ことが悪いわけではないけれども、「守って」いるだけでは決して勝負に勝つことは出来ない。長時間守備にばかりついていれば、いずれ隙を作り攻撃側に得点を与える。こちらも得点を得なければ。得点を得るためには「攻撃」をしかけなければ。

戦争を露骨に指向する悪辣な自民党の改憲案には平和主義の立場から、憲法(とりわけ9条)を「守り」たいという心境が働くのはごくごく自然なことではある。しかし「守る」だけで勝てはしない。

しかもこの改憲攻撃には一理ある。護憲派は前文から始まる憲法を総体として好感するあまり、前文と9条の間に挟まれた第一章、1条から8条、すなわち「天皇制」の問題、この憲法に凡そ決定的な不協調として無理矢理に押し込まれたような「天皇制」を軽くとらえ過ぎてきたのではないか。憲法前文の中に「天皇」の文字はない。「詔勅」という一文字がほのかにそれを想像させるだけだ。。前文と直接に呼応するのは2章以降の9条であり、21条で、その他の多くの条文もそれに次いで前文と意味のやり取りが成立する。が、1条から8条はどう読んでも全文精神との親和性を持たない。だから、自民党の改憲案は全文を含めて憲法を変えようとしているのだ。

憲法前文(またはその精神)や「9条」を具現化したいと考えるのであれば、「1条から8条まではこの憲法にそぐわない」との論理が成立してもおかしくないのではないか。と、今さら知らないふりをしているのではない。何も私が今頃言い返すまでもなく、そのような議論は何十年も前からあったことは承知している。護憲派はそれは腹に収めた上で、最大公約数的に「9条」を「象徴」として護憲を語りそれを「守る」活動を続けてきたのだろう。

◆「守る」姿勢を構えたのが間違いだった

「わかってるよ、でもな」と面倒くさがられながら「私は改憲派だ」と憲法が話題になる度にぼそっと語ってきた。冒頭紹介した大学時代に聞いた講義の影響が多少はあったように思う。「でも、お前、前文や9条には賛成なんやろ? 天皇制反対ってそりゃこっちの多数はそうやがな、やけど、そんなこと言い出したら混乱するから改憲なんて言わへんだけや」昔はたいていそんな風に叱られた。が、状況ここにいたって、やはり「守り」に徹してきた(そうでなく攻撃をしかけた陣営もあるけども)護憲派の多数は圧倒的に押しまくられている。

憲法も、人権も、平和も、生存権もこの国では、歴史的に時限付きで与えられたものだったのじゃないだろうか。少なくとも私たちの世代はより豊かな社会を獲得するためにそれなりの力を注いだといえるだろうか。80年代以降は60年代、70年代の遺産と預金で辛うじて生き延びてきたのではないか。与えられたものを「守る」ことには無意識に賛成していた。でも「守り」、「保つ」社会的態度は「保守」という言葉に置き換えられなくはないか。

再度、大学時代の講義である。先生はさすがに「保守」という言葉までは引っ張り出さなかった。ましてや「反動」を匂わせることも。でも彼は喉元までそれが出かかっていたと感じた。私なりに推測すれば彼の本音はこうだ。

「戦後革新運動の一部方針に誤りがあった。『守る』姿勢を構えたのが間違いだった。そこから敗北は始まった」

解釈改憲、原発、特定秘密保護法、戦争、消費税値上げ、沖縄の米軍基地・・・それらに反対する勢力の共通の弱点が、実は「守る」こと(あるいは言葉)に依拠していることではないだろうか。

見渡してみればもう「守る」ものなどほぼ実質的に奪われつくしているじゃないか。これから益々寒風の吹きさらす時代が進むだろう。「守る」から「獲得する」へと転換を、と言っても遅すぎる気がしないでもないが、絶望よりははるかにましだろう。

▼田所敏夫(たどころ としお)
兵庫県生まれ、会社員、大学職員を経て現在は著述業。大手メディアの追求しないテーマを追い、アジアをはじめとする国際問題、教育問題などに関心を持つ

衆議院総選挙──「人間には夢がある。夢を実現する力もある」の物語
秘密保護法施行日の抗議活動を自粛した金沢弁護士会にその真相を聞いてみた
自民党の報道弾圧は10日施行の秘密保護法を後ろ盾にした恫喝の始まり
読売「性奴隷表記謝罪」と安倍2002年早大発言が歴史と憲法を愚弄する

衆議院総選挙──「人間には夢がある。夢を実現する力もある」の物語

極寒の中、投票日を迎えた総選挙の結果劇的だった。低投票率が懸念されたが最終投票率は80%を超え、史上最高を記録した。自公が200も議席を減らすとはどのメディアも予想しなかったし、私だってまさかと思っていた。事前の新聞報道では「自民単独で300超えも」とか「自公安定多数確定」などの見出しが躍り、連日これでもか、これでもかと与党有利の報道が続いていたが、あれはやはり自民党に恫喝された報道機関が泣く泣く世論誘導に協力させられていたのだろう。

選挙期間中に特別秘密保護後法が施行されたり、何とも嫌な雰囲気ではあった。「この国も本当に終わるのかな」と暗い気分になってはいたけれども、まだこの国の有権者は捨てたもんじゃない。理性と良心が勝利したということだろう。今後の焦点は連立の組み合わせがどう進むかだ。意外にも議席数を復活させた「民主」が政権の中核を担うことにはなろうが、前回国民を無視した「原発再稼働」や「消費税引き上げ」と言った裏切りを行ったことの愚を猛省して運営にあたって欲しい。

全員当選の「生活」と「社民」の発言力も無視はできまい。「民主」は今回積極的に「維新」と選挙協力を進めたが、「維新」は連立に入らないと既に表明している。またしても橋下は江田と共同代表として意見が合わないらしい。近く「維新」は解党になるだろう。橋下の自爆はもとより想像できたことであるので驚きはない。

60議席を獲得した「共産」が連立に加わることへ前向きな意向だ。「自社さ」政権を超える「民主」から「共産」まで幅広い大連立政権の調整が政権運営のカギになるだろう。日本版「オリーブの木」は何と命名されるだろうか。

原発の再稼働・推進勢力は絶対少数になった。民主党内の「連合」密着議員も、ここにきて「原子力村との決別宣言」を発表した。安倍政権横暴の象徴「解釈改憲」は組閣後速やかに取り消されることが、連立政権参加予定各党党首の会談でいち早く同意をみたことが明らかになった。特定秘密保護法案は施行を一時止めて、法律自体の破棄も含めて議論が始まるらしい。

何より喜ばしいのは東京電力を倒産させ資産を整理し、被災者への賠償と避難を早急に行うことで各党が一致したことだ。東電幹部の私有財産や天下り先へも債権の取り立てを行うらしい。これで原発事故被害者の方々には遅きに失したといえようやく手が差し伸べられるだろう。捻出できる東電関連資産の合計は8兆円近いという。派遣法の見直し(廃止)と、TPP不参加についてもほぼ同意が固まったようだ。今朝の報道では、名護市辺野古周辺から防衛施設庁と海上保安庁の職員の姿が消えたという。

一部議員の間からは「消費税廃止法案」の提案が議論になっているそうだ。所得税の累進課税最高税率を75%へ引き上げれば、消費税は不要とのシンクタンクの試算がある。自民党と経団連が主張していた「法人税」の引き下げは白紙見直しとなるそうだ。

超党派の「奨学金を考える議員連盟」は現在、日本学生機構が行っている有利子の「2種」奨学金の全廃を実現すると表明した。代わりに成績優秀かつ経済的に困難な学生には返還不要な「給付奨学金」を2万人の枠確保することを目的に、臨時国会で早くも議員立法として提出する。

一方「自民」は選挙敗北の責任を取って、安倍が党総裁の辞任を明らかにした。「この道しかない」道は故郷山口へ帰る一方通行の道だった。安倍は政界引退をほのめかすコメントも口にしている。「お腹がいたい」そうだ。

「産まないほうが悪い」とまたしても本音を吐露し総叩きにあった麻生も「総理までやってみたが、正直面白くなかったのでこれからは趣味の漫画を中心に福岡で活動したい」と発言。まずは自身の蔵書(マンガ)を中心に漫画喫茶「ア・ソウ」を始めるという。身の丈を知るとはこのことを言うのだろう。

おやじの横暴が乗り移り、放射性廃棄物の中間(実際は「最終」)処分施設について「最後は金目でしょ」と発言した石原伸晃はまさかの落選にうなだれ、記者会見にも姿を見せなかった。さすが環境大臣を歴任しただけのことはある。空気は読めるらしい。

法務大臣として11人の死刑執行命令に署名した谷垣禎一は、日弁連から「殺人罪」で告発され、落選を嘆く間もなく、今朝身柄を検察庁に拘束された。元法務省が職責により逮捕されるのは異例中の異例であるが、検察幹部は「いくら合法と主張されても11名の命を奪う行為は正当化できない。国連の勧告もあるので」と語っている。

予想もしなかった方向にこの国が変わりつつあるのかもしれない。

人間には夢がある。夢を実現する力もある。

▼田所敏夫(たどころ としお)
兵庫県生まれ、会社員、大学職員を経て現在は著述業。大手メディアの追求しないテーマを追い、アジアをはじめとする国際問題、教育問題などに関心を持つ

秘密保護法施行日の抗議活動を自粛した金沢弁護士会にその真相を聞いてみた
自民党の報道弾圧は10日施行の秘密保護法を後ろ盾にした恫喝の始まり
読売「性奴隷表記謝罪」と安倍2002年早大発言が歴史と憲法を愚弄する

秘密保護法施行日の抗議活動を自粛した金沢弁護士会にその真相を聞いてみた

12月10日、特定秘密保護法案(秘密保護法)が施行された。12月では太平洋戦争奇襲開戦の日(12月8日)と並んで後世惨禍時代の始まりの日として歴史に刻まれることになろう。

施行されたからといって即日誰かが逮捕されたり、集会に警察が押し掛けたりするわけではないけれども、暗黒時代への階段をまた一つ下ってゆく日になったことは間違いない。地方紙の多くは一面トップでかなり大きく取り上げている。首都圏に止まらず全国各地で昨日秘密保護法施行反対の集会やデモが行われたことが報じられているし、論説にも秘密保護法の危険性を指摘する記事が目立つ。

新聞はここまで危機を感じるのであれば、何故、国会審議以前に同じ程度の扱いで報道してくれなかったものかと残念に思う。時を同じくして総選挙となり、やれ「アベノミクス」の評価だ、「消費税」だ、「解釈改憲」だと、争点は山ほどある中でこの日を迎え、意図したわけではなかろうが、秘密保護法を制定した安倍自公政権への直接の批判は緩和されているように思われる。

◆なぜ金沢弁護士会は「活動自粛」を決定したのか?

が、既にこの悪法が人々を委縮させるかのごとき印象を与える報道に接した。施行日と同じ12月10日、金沢弁護士会は秘密保護法への反対行動を予定していたが、弁護士会が県の選挙管理委員会に確認したところ、「公職選挙法に抵触する可能性が高い」と、指摘を受け金沢弁護士会の飯森和彦会長が「活動が公職選挙法に抵触するという認識はないが、慎重に検討し活動を中止した」と書かれている。
東京でも、大阪でも、地方都市でも施行前日の12月9日には弁護士を含む多数の人々が抗議活動に参加している。施行当日の10日もそうだろう。選挙期間中であるから抗議活動を行ってはならない、などとは公職選挙法のどこにも書いていないし、選挙中こそ今後我々の生活に影響を与える政策や法律についての議論がなされるのは至極当然だ。何を考えて金沢弁護士会は「活動自粛」の決定をしたのだろうか?

◆「報道は正確ではない」という飯森和彦=金沢弁護士会会長

真偽のほどを確かめるべく、金沢弁護士会に電話取材した。
金沢弁護士会事務局の宮嶋氏は「マスコミの報道は正しくない。活動は中止ではく延期だ、次回は12月24日を予定している」と回答した。また「そもそも弁護士会が選挙管理委員会にお伺いを立てるというのはおかしいのではないか」との質問には「弁護士会の総意ではなく、ある人物(弁護士)がたまたま電話をかけてしまった」そうだ。「金沢弁護士会としては選挙管理委員会へ問い合わせたこと自体に問題があるとは考えないか」と問うと「それは分からないので会長へ直接聞いてくれ」との回答だった。

そこで金沢弁護士会会長の飯森和彦弁護士にも電話で事情を聞いた。
「報道は正しいか」との問いに「正確ではない」と言う。飯森会長によると、金沢弁護士会執行部の一人が県の選挙管理委員会に質問をしたのは事実だそうだ。その際選管は「公職選挙法に抵触する可能性がある」と回答したそうだ。それを受け疑問に感じた飯森会長自身が公職選挙法を読み返したところ、どこにもそのような条文は見当たらない。そこで選管に再質問すると「政治団体や政治献金を行う団体には公職選挙法205条の10号が適応されるので」との説明があったという。

しかし弁護士会は政治団体ではないし、政治献金を行うこともない。飯森会長はその説明は弁護士会には該当しないと判断した。但し、選管に質問した弁護士を含め弁護士会が団結して末永く闘っていくためには、なるべく余計な要素を排除しようと考え、10日の予定を24日に延期するとの決定を行ったそうだ。また1月、2月、3月にも連続して秘密保護法及び解釈改憲反対のビラ配りやデモなどの運動を続けていくという。

「弁護士会として選管にお伺いを立てたことについて問題は感じないか」との問いには「ある弁護士が念のために個人の判断で確認をしたが、それ自体が問題だとは考えていない、むしろ長期的に弁護士会が団結していく方向を維持することを重視した」との回答だった。「金沢弁護士会としては秘密保護法に反対なのですね」との私の質問に飯森氏は「当然です。解釈改憲にも反対です。末永く戦って観点から今回の延期をしましたが、その趣旨を歪めて報道されていて迷惑しています。弁護士を『甘く見るな!』と言いたいです」とのコメントが返ってきた。
ベタ記事であったが、新聞はあたかも金沢弁護士会が「圧力に屈した自粛した」印象を与える報道をしてしまっていたのだ。

▼田所敏夫(たどころ としお)兵庫県生まれ、会社員、大学職員を経て現在は著述業。大手メディアの追求しないテーマを追い、アジアをはじめとする国際問題、教育問題などに関心を持つ

自民党の報道弾圧は10日施行の秘密保護法を後ろ盾にした恫喝の始まり
読売「性奴隷表記謝罪」と安倍2002年早大発言が歴史と憲法を愚弄する

「被曝強要作文」に内閣総理大臣賞を与えるこの国の「人権週間」とは?

12月4日から10日まで「人権週間」であるという。法務省のHPには、

平成26年度北朝鮮人権侵害問題啓発週間ポスター(法務省)

「国際連合は,1948年(昭和23年)12月10日の第3回総会において,世界における自由,正義及び平和の基礎である基本的人権を確保するため,全ての人民と全ての国とが達成すべき共通の基準として,世界人権宣言を採択したのに続き,1950年(昭和25年)12月4日の第5回総会においては,世界人権宣言が採択された日である12月10日を「人権デー」と定め,全ての加盟国及び関係機関が,この日を祝賀する日として,人権活動を推進するための諸行事を行うよう,要請する決議を採択しました。我が国においては,法務省と全国人権擁護委員連合会が,同宣言が採択されたことを記念して,1949年(昭和24年)から毎年12月10日を最終日とする1週間(12月4日から同月10日まで)を,「人権週間」と定めており,その期間中,各関係機関及び団体の協力の下,世界人権宣言の趣旨及びその重要性を広く国民に訴えかけるとともに,人権尊重思想の普及高揚を図るため,全国各地においてシンポジウム,講演会,座談会,映画会等を開催するほか,テレビ・ラジオなど各種のマスメディアを利用した集中的な啓発活動を行っています。皆さんもお近くの催しに参加して,「思いやりの心」や「かけがえのない命」について,もう1度考えてみませんか?」とある。

なるほど、「人権」意識の啓発は確かに意義がある。殊に「個人情報保護法」や「特定秘密保護法」が「人権」侵害の蹂躙を巧みに準備している今日、また隠された放射能汚染により命の危険が身に迫る庶民にとっては、国の横暴から身を守るすべとして「人権」の正しい理解が進むべきだ。

第33回全国中学生人権作文コンテスト入賞作文集(法務省)

◆奴らは無垢な中学生さえも悪用する

と、書き出したのは新聞に不思議な広告を目にしたからだ。

北朝鮮人権侵害問題啓発週間 12月10日(水)~16日(火)」との見出しで横には「日本に帰る! その日を信じて・・・」と書かれたポスターが掲載されている。どこかの拉致問題関係団体か民間右翼が主催するのかな、と思い紹介文に目を通したら、何と法務省がスポンサーの広告ではないか。

その横には「全国中学生人権作文コンテスト」で昨年、内閣総理大臣賞を受賞した中学生の顔写真と作文の要旨が紹介されている。

作文の題は「それでも僕は桃を買う」だ。

記事では「昨年度は、○○(記事では本名)さんの『それでも僕は桃を買う』が内閣総理大臣賞を受賞しました。この作文は、福島産であることを理由に、国籍の違いで差別を受けた自分を投影し、偏見を持たない差別をしない姿勢の大切さを訴えかけています」とある。

中学生はこの作文で一番伝えたかったことして、「福島産の桃が偏見を持たれて差別されていることと実体験と重なり、差別される側の気持ちを知っている身として、この間違いを伝えていかなければいけないと思い、この作文を書きました」と記している。

無知な善意を悪用する政治権力の薄汚さにムカつきを覚える。奴らは無垢な中学生さえも悪用する。

法務省のHPで作文の全文を読んでみた。中学生は心優しい子に違いない。自分が差別された経験から想像を豊かにして「偏見」や「差別」は許されないと考えている。そこまでは間違ってはいない。だが中学生は「差別」と「区別」を混同してしまっている。全くもって仕方のないことではある。大人でも放射性物質の危険性を正しく認識できていない人も多数いるし、テレビ、新聞では放射性物資の「正しい危険性」などほとんど報道されないし、学校でも教えてはもらえないのだから。

年齢が低いほど人間は放射線への感受性が強いこと、現在流通している食物、ここで言えば「桃」の出荷規制基準は1キログラムあたり100ベクレルであり、それは福島原発事故前の汚染濃度の1000倍に相当すること、同時に事故前1キロあたり100ベクレルは「低レベル放射性汚染物」であったことなどをこの中学生は知らないに違いない。中学生の「無知」を謗るのは気の毒だ。

同時に福島の農家への温かい眼差しには何の悪意もないどころか、人間的な視点にあふれている。

だが(もうここで私が繰り返すまでもないが)、福島(福島だけではない、広く東日本)は深刻に汚染されてしまった事実は消し去れない。農家には全く罪がない。いや罪がないどころか農家は明らかな「被害者」だ。「被害者」などという言葉では足りない。物静かで我慢強い東北の農家。彼らの糧である土地を修復不可能に汚染した犯罪者は東京電力とこの国の政府だ。贖われるべきは放射能被害被災地の人々の生活であり、健康だ。中学生が善意で「桃を買う」ことは犯罪を隠ぺいする行為に加担させられているだけであると気が付いてほしい。

東京の駅頭などで地元から持ってきた作物を売っている福島県の農家の方を目にすると、何とも複雑な気持ちになる。心の中で「ごめんなさい」とつぶやきながら目を合わせることができない。こんな関係性を作り出した連中を心底許せないと思う。

◆「拉致問題」解決を「北朝鮮敵視」にすり替えた安倍自民

で、「北朝鮮人権侵害問題啓発週間」である。

「北朝鮮当局による人権侵害問題に対する認識を深めましょう」とのリードで始まる文章はもうここで紹介したくない。

私は朝鮮民主主義人民共和国の政治が好ましい状態だとは全く思わない。同国は独裁国家であり人権問題が多数存在するだろうと認識している。日本人拉致も重大な犯罪だ。拉致されたご本人、ご家族の苦境は底知れないと思う。

しかし、拉致被害者の家族は明らかに恣意的な勢力に利用されている。私は拉致問題を本気で解決しようと思うなら朝鮮と直接交渉をして、机の下で幾らの金を渡してもいいから人命第一で交渉するしか方法は無いと考えてきた。そうしなければいたずらに時間が過ぎるし、被害者ご当人、家族にとっての心労が増すだけだからだ。

が、安倍を先頭に、拉致被害者家族を取り巻く連中はそうはさせなかった。「拉致問題」の解決を「北朝鮮敵視」にすり替えて、被害者家族を利用し尽した。「北朝鮮は危険な国だぞ!北朝鮮はミサイルを飛ばしてくるぞ!支援なんかもってのほかだ!」と世論を煽り、国会議員の多くは「拉致被害者救出に協力する意思表示」の青いバッチを身に着け始めた。在日朝鮮人、韓国人の人への差別も「拉致問題」をきっかけに極めて悪辣になり、「いい朝鮮人も悪い朝鮮人も殺せ」というプラカードが平然と街を闊歩するようになる。「拉致問題」を政府は軍事化に利用し、民間右翼は更なる「差別」の助長に利用しただけだ。奴らに「拉致被害者の早急な解決」意思など微塵もない。

独裁国家に「圧力」をかけたら意固地になるに決まっているじゃないか。現代の国際紛争や過去の戦争を見れば一つの例外もなく「サンクション」(経済制裁)は当該独裁国の反発しか生んでいない。更に「拉致問題」を米国の力を借りて解決しようと被害者家族を米国議会に送って発言させるに至っては、狂気の沙汰としか表現できない。問題解決を目指すなら決定的な逆効果だ。

かつて拉致被害者家族会の事務局長を務めていた蓮池薫はやがてこのことに気が付き、「家族会」を離れることになる。最近の蓮池さんは「家族会事務局長」当時の憑き物が落ちたように穏やかな表情になり、私同様「北朝鮮を潰しては被害者も返って来ない」との立場から発言されることも多い。

だいたい「人権週間」に税金を使い特定の国を名指しで攻撃する「啓発」などどのように合理的な理由づけができるというのだ。人権問題を抱えた国など世界中にあるではないか。いや、世界を見渡さなくとも「人権週間」に「被曝強要作文」に最高賞を与えたり、特定の国に言いがかりをつけて無駄金を使う国の権力者にこそ「人権教育」がなされるべきだ。しかし、ここまでの「確信的」人権蹂躙犯罪者には「教育」で矯正は無理だろう。

▼田所敏夫(たどころ としお)
兵庫県生まれ、会社員、大学職員を経て現在は著述業。大手メディアの追求しないテーマを追い、アジアをはじめとする国際問題、教育問題などに関心を持つ

◎《大学異論18》「過激派」は学生でなく今の日本・安倍政権!──京大集会見聞記
自民党の報道弾圧は10日施行の秘密保護法を後ろ盾にした恫喝の始まり

『NO NUKES voice』鹿砦社本領発揮の第2号!

 


自民党の報道弾圧は10日施行の秘密保護法を後ろ盾にした恫喝の始まり

ついに政権権力が牙を剥き出しにメディア恫喝を始めた。自民党がNHKと在京民放テレビ局に対し、選挙報道の公平中立などを求める要望書を渡していたことが11月27日判明した。街頭インタビューの集め方など、番組の構成について細かに注意を求める内容は異例中の異例であり、テレビ関係者からは「編集権への介入に当たる」と懸念の声もあがっているそうだ。

だが、そんな軽いものではないだろうと私は思う。この恫喝は12月10日に施行される「特定秘密保護法」を受け皿に、現与党権力が「選挙中に俺たちに不利な報道をしたら、痛い目にあわせるぞ!わかってるだろうな!」という明確なメッセージを発したと理解すべきである。

「新党ひとりひとり」の山本太郎=参議院議員
「新党ひとりひとり」の山本太郎=参議院議員

毎日新聞によると、「要望書は、解散前日の20日付。萩生田光一・自民党筆頭副幹事長、福井照・報道局長の両衆院議員の連名。それによると、出演者の発言回数や時間▽ゲスト出演者の選定▽テーマ選び▽街頭インタビューや資料映像の使い方--の4項目について『公平中立、公正』を要望する内容になっている。街頭インタビューをめぐっては11月18日、TBSの報道番組に出演した安倍晋三首相が、アベノミクスへの市民の厳しい意見が相次いだ映像が流れた後、『これ全然、声が反映されてません。おかしいじゃありませんか』と不快感を示していた。また要望書では、『過去にはあるテレビ局が政権交代実現を画策して偏向報道を行い、大きな社会問題になった事例も現実にあった」とも記し、「1993年の総選挙報道が国会の証人喚問に発展したテレビ朝日の『椿問題』とみられる事例をあげ、各局の報道姿勢をけん制している」そうだ。

出演者の選定や、テーマ選び、果ては街頭インタビューにまで選挙前に事細かく指示するなど「編集権」への配慮など微塵もなく、明らかな「放送法」違反である。さすが「大企業の利益と戦争をする国造り」だけに熱を入れる安倍政権らしい行為と呆れるほかない。違法行為も不法行為もやりたい放題(解釈改憲)。嘘もオッケー、ねつ造問題なし(オリンピック招致演説で「福島原発の放射能は完全にブロックされています! 過去も、現在も、未来も健康被害は生じません!」と言い放った安倍をまだ読者もご記憶だろう)を旨とする安倍自民党らしい暴挙と拍手を送っておこう。

◆テレビがたれ流す「どちらかと言えば」世論の誘導政治

さすがの無茶苦茶ぶりに日本民間放送労働組合連合会(赤塚オホロ委員長)は11月28日、抗議声明を発表した。

声明では「政権政党が、報道番組の具体的な表現手法にまで立ち入って事細かに要請することは前代未聞であり、許し難い蛮行と言わざるを得ない」として報道への介入を厳しく批判している。当然だ。だが、労組だけで何故、民放各局は抗議をいないのだろうか。

自民党がそんなに気を遣わなくてもマスコミ(特にテレビ)は十分権力者に対して過剰なほど従順になっているようだが、それでもでもまだ奴らには不満なようだ。

争点の分かれる問題について「中立報道」など、どだいありえないのだ。「両論併記」という腰の引けた報道姿勢もないではないけども、過去の両論併記報道のほとんどは結果として政府与党意見への誘導へと導かれている。「原発再稼働」、「消費税」、「解釈改憲」などは問題の性質上、「賛成」か「反対」しか選択肢はありない。あたかも中間の選択肢があるかのごとく、世論調査では「どちらかと言えば賛成」、「どちらかと言えば反対」などという選択肢が恣意的に設けられるが、それ自体が世論の間違った誘導なのだ。

そもそも「報道」の役割は「権力チェック」だ。「権力チェック」を基本スタンスに持たない報道などに存在意義はない。「権力チェック」を行えば、たとえどのような政党が与党であろうが、与党に批判的な言説を中心に据えることが、「公平」の原則となる。

権力は必ず腐敗する。自民党の腐臭など地方に居てもプンプン嫌というほどに鼻をつくし、短期間だったけども民主党だって充分に腐敗したのを我々は目にしたじゃないか。自民党による「要望書」の内容は「報道機関はその本務を捨てて、与党に有利な報道をせよ」と迫っている。このような行為を「権力による悪質な圧力」というのだ。

◆「解釈改憲」は最大級の「違憲犯罪」

自公巨大与党が、やりたい放題の暴挙を続けてきたこの2年間、報道(一部の良心的メディアを除いて)は決して「中立」ではなかった。「特定秘密保護法案」は戦前の「治安維持法」よりも下手をしたら危険な法律であるのに、その危険性を国会審議前からしっかり報道がなされていただろうか。

消費税8%への引き上げは、増税に止まらず物価上昇を引き起こし、弱者を直撃することは明らかだったが、その引き上げを問題にしたメディアがどれだけあったか。新聞は民主党菅政権時代に「軽減税率適応」の裏約束を政権と交わしていたという噂があるが、それを信じてしまうほど、消費税の引き上げに対する報道は腰が引けていなかったか。そして、「解釈改憲」という最大級の「違憲犯罪」こそ報道機関であれば、その存立をかけて言論で挑むべき重大課題だったはずだが、そんな覚悟がどこかのメディアにあっただろうか。

地方紙の中には目を見張る論陣を張るものもあるにはある。『琉球新報』や『沖縄タイムス』、『東京新聞』などには全国紙に比較して余程読むべき記事や論説が目立つ。が、全国紙の凋落は「無残」の極みである。

「あなたが自民党に投票した一票は、『赤紙』になって帰ってきますよ!」
昨年の参議院議員選挙で山本太郎さんが訴えていた言葉はこの選挙にも通じている。

▼田所敏夫(たどころ としお)
兵庫県生まれ、会社員、大学職員を経て現在は著述業。大手メディアの追求しないテーマを追い、アジアをはじめとする国際問題、教育問題などに関心を持つ

◎田所敏夫の《大学異論》
《大学異論18》「過激派」は学生でなく今の日本・安倍政権!──京大集会見聞記

『NO NUKES voice』鹿砦社本領発揮の第2号!
『NO NUKES voice』鹿砦社本領発揮の第2号!

 

読売「性奴隷表記謝罪」と安倍2002年早大発言が歴史と憲法を愚弄する

読売新聞社は、同社発行の英字紙「デイリー・ヨミウリ」(現ジャパン・ニューズ)が1992~2013年、従軍慰安婦問題を報道する際に「性奴隷」(sex slaves)などの不適切な表現をしていたとして、読売新聞の11月28日付朝刊に謝罪記事を掲載したという。

「性奴隷」は事実であるからその表現がそれほど大きな間違いであろうか。一般的に「慰安婦」を英訳する際には”comfort women”が用いられるが、これは「慰安」を”comfort”と直訳しているのであり、英語の語感としては、注釈でもつけないと違和感があるし、正しく理解しにくい。「慰安婦」は実態として「性奴隷」であったわけで、”Slave”が適切性を欠く表現とは思われない。

謝罪記事の中では、「慰安婦問題に関する読売本紙の翻訳など計97本の記事に不適切な表現があったことが社内調査で判明。このうち85本が『性奴隷』に当たる単語を不適切に使用し、政府・軍による強制連行や売春の強要が客観的事実であるかのように記述した記事も12本確認された」としている。

ちょっと待て。「政府・軍による強制連行や売春の強要が客観的事実であるかのように記述した記事も12本確認された」のどこが謝罪の対象となるというのだ。事実ではないか。

これは「謝罪」に名を借りた「慰安婦は無かった」と歴史のねつ造を画策する首相安倍や、右翼連中の主張を後押し、推進するための開き直りに他ならないではないか。読売新聞は「新聞がどこまで翼賛化できるか」の実験をしているようだが、歴史事実までを捻じ曲げないと「翼賛化」の先頭には立てないということか。朝日の「吉田問題」を散々叩いた以上、それに符合する歴史事実は全て歪曲しないと「翼賛化」は担えないということかこの新聞、中には良心的な記者もいるのだろうが、総体としては「市民の敵」でしかない。新聞の名に値するレベルに到底到達していない。嘘をばら撒く歴史改竄主義のアジビラだ。

◆トンデモ過ぎる2002年早大講演での安倍発言

安倍がまだ小泉政権の官房副長官であった2002年、早稲田大学で講演をした。その際安倍は以下のように述べている。

「有事法制を整えたとしてもですね、ミサイル基地を攻撃することは出来ます」

「先制攻撃はしませんよ。しかし、先制攻撃を完全に否定してはいないのです」

(日本に対するミサイル攻撃を準備した)基地を叩くことは出来るんです、憲法上ですね」

「大陸間弾道弾はですね、その、憲法上はですね、憲法上は問題ではない」

「日本は非核三原則があるからやりませんけども、戦術核を使うということは昭和35年の岸総理答弁で、違憲ではない、という答弁がされています。それは違憲ではないのですが、日本人はちょっとそこを誤解しているんです」

「憲法自体を変えるというのは(中略)ちゃんとやらなければいけないと思うのですが、安全保障の問題というのはいつ突然起こるか分かりませんから、解釈を変えておかないとですね、もう詭弁に詭弁を弄していますから、限界なんですよね」

この発言「サンデー毎日」6月9日号でスクープされたが、読売新聞はその時だって何もコメントを発していない。

安倍が首相になるなど、当時は「悪い夢」でしかなかったけれども、その後不幸なことに我々は、奴を2度も首相に頂いてしまった。

第一次安倍内閣では、「防衛庁」が「防衛省」に格上げされた。教育基本法が改悪された。そして安倍は本気で改憲に向かっていたところ、持病で辞任に追い込まれた。

その後自民党政権が崩壊して民主党が政権を取った際、私は大して期待はしなかったけれども、最低「改憲」や「軍事化」への速度が収まるなぁと少し安堵していた。当時自民党の総裁は谷垣。谷垣は宏池会(自民党の中では比較的リベラルとされる派閥)に属する人間で党内での受けはよくなかった。

野党時代の自民凋落が止まらないので谷垣は総裁選挙で出馬すら認められず、安倍が総裁に就任する。暗雲はこのあたりから見えてはいた。

そして民主党の野田政権の「自爆解散」により、安倍自民党が圧勝し、今日の暗黒時代へと続く。

◆詭弁に詭弁を弄す安倍、読売の「愚弄」行為

読売新聞は、万々歳だろう。そして安倍は2002年に早稲田大学の講演で言い放ったように、「憲法自体を変えるというのは(中略)ちゃんとやらなければいけないと思うのですが、安全保障の問題というのはいつ突然起こるか分かりませんから、解釈を変えておかないとですね、もう詭弁に詭弁を弄していますから、限界なんですよね」を「解釈改憲」で強行した。

注目すべきは安倍自身がこの講演の中で、「もう詭弁に詭弁を弄していますから、限界なんですよね」と本音を述べていることだ。

そうだ。「詭弁に詭弁を弄して」きたのだ。詭弁とは「大辞泉」(小学館)によると、「道理に合わないことを強引に正当化しようとする弁論。こじつけ」となっている。

「道理に合わないことを強引に正当化しようと弁論してきた」と自認するのが安倍なのだ。そしてその「詭弁使い」の尻馬を足らと血道を上げてるのが読売新聞だ(「産経新聞は新聞ではない(週刊金曜日社長北村氏)」の見解に私も賛同するので「産経新聞」は議論の対象とはしない)。

安倍や、読売の行為を日本語で「愚弄」という。

▼田所敏夫(たどころ としお)
兵庫県生まれ、会社員、大学職員を経て現在は著述業。大手メディアの追求しないテーマを追い、アジアをはじめとする国際問題、教育問題などに関心を持つ

『NO NUKES voice』本領発揮の第2号!田中俊一委員長をおっかけ直撃!

 

橋下市政に「違憲」判決の天誅!──大阪に「偏狭なファシスト」はいらない!

すっかり影が薄くなった小沢一郎が自民党の幹事長時代に記者団に向かって「君たち、『反権力』っていきまいてるけど、この国の権力は国民にあるんだ!何を勘違いしてるんだ!」と怒鳴ったことがあった。当時の小沢は田中角栄の後釜よろしく、土建屋政治の継承者。少なくとも評価に値する人間ではなかったが、今となってはこの恫喝が新鮮に響く。

湾岸戦争(1990年)に90億ドルを支出した小沢にしたところで、立憲政治の根本が「国民主権」にあることは意識されていた、と解釈することができなくもない。無法、乱暴をを働きながらも「建前」としての「国民主権」を否定することは自民党幹事長として許されなかった。

◆「教職員組合に便宜供与を禁じる」条例を成立させた大阪市の「違憲」性

さて翻って毎度、毎度で恐縮だが、大阪市長の橋下である。

11月26日、またしても裁判所から断罪された。今回は教職員組合に「便宜供与を禁じる」条例に基づき大阪市教組に小学校を使わせなかったことが大阪地裁で「違憲」(違法ではない)と認定された。教員が組合活動に学校を使うのが「便宜供与」とする条例自体の違憲性も指弾されたわけだが、この判決も当たり前と言えば、当たり前過ぎる判決である。

学校の教諭が職場で組合活動を禁じられたら、どこで組合活動を行えというのか。工場労働者が工場で組合の会議を開こうとして経営者から「工場を組合活動に使ってはいけない」などと明言したら、労基局は即座に「不当労働行為」として経営者に指導若しくは勧告を行うだろう。

時代の風とは恐ろしいもので、「教職員組合に便宜供与を禁じる」という趣旨の条例が大阪市では成立してしまっているのである。何が「便宜供与」だ。

労組は職場に存在するのであり、そこでの活動を「便宜供与」などと言い換えるのは詭弁でしかない。このような条例は「違憲立法審査権」により本来速やかに廃止されるべき性格のものであるが、橋下のやりたい放題はあまりにもえげつなく、多岐にわたったし、マスコミの応援もあり、こと手の「違憲」行為を2,3年前まで連発していた。

◆橋下市政は「反中央」でなく、ただの「無法」

もっと悪質かつ分かりやすい「違憲行為」に、市職員への「思想調査」があった。これを主導したのは橋下と中央大学教授の野村修也である。野村は弁護士資格も有しているが、橋下と同様に憲法の基礎さえ理解できない人間だ。「政治運動にかかわったことがあるか」、「どの政党に投票したか」などを実名記入の上全職員に提出を義務づける「アンケート」と称する「思想調査」を行ったのである。こんな無茶は民間企業でも余程の独裁経営者でなければ行いないだろうに、マスコミはその当時橋下に対して大した批判も行わず、むしろ後押しとも取れる報道がほとんどだった。野村は今でも平然とマスコミに登場しているようだが、マスコミの諸君もこの大罪人を少しは批判しようとは思わないものか。

前後するが大阪市の労組も情けないことに、知事から市長へと橋下が転じた直後、組合幹部が頭を下げ、橋下に握手を求めに行っていた。「何をしとんねん!このドアホ幹部が!」と頭に来たのを記憶している。

その後、どう考えても「違法」かつ「違憲」な行為を連発する橋下に対して、ようやく反撃が始まる。しかしその間大阪市は教育委員長に民間出身で公募で公立高校の校長も歴任した大ばか者を就任させている。この人物は高校の校長時代に教員が卒業式、入学式の際に「君が代」しっかり歌っているかどうか、口の動きを監視させ人物だ。さらに「平和教育を実践する」として生徒を自衛隊に体験入隊までさせている。橋下の言う「開かれた学校」とは「戦争に」が主語につくことを忘れてはいけない。

大阪は「浪速文化」とか「反東京、反中央、反権力」とか言われることもあるけども、こと行政の内部に限ってはこの数年「無法、無憲法」状態に置かれていたといってもいい。

◆大阪に橋下のような「偏狭なファシスト」はいらない!

前述した教職員組合への弾圧に対して橋下は「労組を弱体化させる意図があれば労使交渉していない」とか「むしろ労働組合法の原理原則にかなっている」などと「バカもたいがいにしとけよ」としかコメントできない言い訳を並べている。この男、気ままに知事から市長へ、そして無意味な辞職で再選挙、さらには「大阪都構想」(大阪ファシズム化構想)が進展しないので総選挙への出馬もにおわせたが、公明党から裏取引の申し出があると直ぐに出馬を引っ込めた。

橋下はことあるごとに「人、モノ、金を大阪に集めて!」と連呼する。で、どうなるのだ? 大阪が人、モノ、金の集積都市になれば大阪市民は幸せになるのか? 朝夕の地下鉄御堂筋線に乗ってみろ。あれ以上人間が乗車できるのか? 大阪(梅田)駅周辺に百貨店や大規模商業施設を乱立させたが、既に大阪駅上の商用施設で閑古鳥が泣き始めているじゃないか。大阪駅前の第一から第四ビルも空室だらけだ。

在特会会長桜井誠と共同で猿芝居を演じた橋下が共同代表の「維新の党」に、間違っても期待などしてはいけない。自民、公明は勿論論外だし、民主だって前科者だ。が、橋下は絶対に許せない。

大阪が必要としているのは橋下のような偏狭なファシストではない。

[関連記事]
橋下・桜井面会はファシスト差別者同志の猿芝居!(2014年10月23日)

▼田所敏夫(たどころ・としお)
兵庫県生まれ、会社員、大学職員を経て現在は著述業。大手メディアの追求しない問題をフォローし、アジアをはじめとする国際問題、教育問題などに関心が深い。

「脱原発」国会議員の山本太郎インタビュー掲載! 『NO NUKES Voice』Vol.2絶賛発売中!

 

盲導犬オスカー君だけじゃない!呉市の猫連続虐殺事件も犯人はいなかった! 

「週刊現代」11月22日号のスクープ記事が話題だ。今年7月、埼玉県でオスの盲導犬オスカー君(ラブラドール・レトリバー)が飼い主の60代全盲男性と出勤中、何者かにフォークのようなもので背中を刺されたというニュースは日本全国を激怒させたが、同誌の追跡調査によると、実は「犯人はいなかった」というのだ。

この記事は、「現代ビジネス」にも掲載されている。記事によると、警察の大がかりな捜査で犯人がいつまでも捕まらないのは、オスカー君の背中の傷が実は刺し傷ではなく、皮膚病によるものだったからだという。記事には、オスカー君を治療した獣医師も実名で登場し、そもそも治療した際もオスカー君の背中の傷をフォークで刺されたものとは断定しておらず、皮膚病の可能性も十分あると思っていたとコメントしている。日本全国を激怒させた事件で、こんな真相が明らかになるとは驚くばかりだが……。

実を言うと、最近話題になった動物虐待事件の中には、秘かに同じような幕引きになっていた事件が他にもある。広島県呉市の猫連続虐殺事件がそれだ。

◆秘かに終わっていた警察捜査

猫の死骸が見つかった公園

呉市では2012年3月、西惣付町で上半身だけの猫の死骸が見つかったのを皮切りに同8月に1件、同10月に6件、同11月に2件…と同様の事件が断続的に発生。2013年4月までに事件は計26件を数え、週刊誌やスポーツ紙も取り上げて全国的に注目された。所轄の呉署関係者によると、当時は署長が「なんとしても犯人を捕まえろ!」と号令をかけ、この猫の事件は同署の管内で最重要事案という位置づけだったという。

ところが、呉市では昨年7月、LINE上の口論をきっかけに16歳の女子高等専修学校生が元同級生の少女ら16~21歳の男女7人にリンチされ、市内にある灰ヶ峰の山中で殺害されて遺棄されるという大事件が発覚。この事件が大々的な注目を集める一方で、呉署の最重要事案だったはずの猫の事件に関しては、続報をすっかり聞かなくなった。

猫連続虐殺事件の情報提供を求める警察のポスター。捜査本部解散後も放置され、ボロボロに

そこで今年7月、この事件がどんな現状なのか、改めて取材に動いたところ、警察捜査は意外な終わり方をしていたのである。

「昨年4月に26件目の事件があって以来、猫の死骸が見つかった情報提供はありません。一方、野犬が猫に噛みつき、ぐるぐる回していたという目撃情報があったことなどから警察は大部分が野犬の仕業だったと判断し、呉署の捜査本部も昨年6月に解散しました」(捜査関係者)

この相次ぐ猫の虐殺が仮に人間の犯行なら、そのうち大事件に発展するのではないかとも危惧されていた。それだけに本当にこの事件の犯人が野犬なら、ひと安心とも言えるのだが……。

実は地元には、「野犬犯人説」に釈然としない思いを抱えている人もいる。呉市動物愛護センターの佐々木一隆所長だ。

「昨年6月頃、警察からうちに『野犬の捕獲をしっかりやって欲しい』と要請がきたのです。今思えば、警察はあれで事件を幕引きしたのでしょう。ただ、事件が本当に野犬のせいなのかは疑問です。呉は決して野犬の多い地区ではないですから……」

野犬たちがある日を境にピタリと猫殺しをやめるかというと、たしかに疑問だ。筆者は地元で猫の死骸が見つかった現場を見て回ったが、市の中心部に近い公園など、野犬が猫を襲うために出現する場面がイメージしにくい現場もあった。報道によると、7月にあった佐世保の女子高生殺害バラバラ事件では、犯人の女生徒が「事件前に猫を解剖した」と供述しているという。呉市で今後、大変な事件が起きて、実は犯人はあの猫の……などという事態にならないことを願うばかりだ。

▼片岡健(かたおか けん)
1971年、広島市生まれ。早稲田大学商学部卒業後、フリーのライターに。新旧様々な事件の知られざる事実や冤罪、捜査機関の不正を独自取材で発掘している。広島市在住。