岡田万祐子検事が作田学・日本禁煙学会理事長を不起訴に ── 横浜副流煙事件、権力構造を維持するための2つのトリック 黒薮哲哉

2022年3月15日、横浜地検の岡田万佑子検事は、日本禁煙学会の作田学理事長を不起訴とする処分を下した。

この事件は、作田理事長が患者を診察することなく、「受動喫煙症」等の病名を付した診断書を交付した行為が、医師法20条に違反し、刑法160条を適用できるかどうかが問われた。

医師法20条は、次のように患者を診察することなく診断書を交付する行為を禁止している。

【引用】「医師は、自ら診察しないで治療をし、若しくは診断書若しくは処方せんを交付し、自ら出産に立ち会わないで出生証明書若しくは死産証書を交付し、又は自ら検案をしないで検案書を交付してはならない。但し、診療中の患者が受診後二十四時間以内に死亡した場合に交付する死亡診断書については、この限りでない。」

一方、刑法160条は、次のように虚偽診断書の「公務所」(この事件では、裁判所)への提出を禁じている。

【引用】「医師が公務所に提出すべき診断書、検案書又は死亡証書に虚偽の記載をしたときは、3年以下の禁錮又は30万円以下の罰金に処する。」

横浜地検が送付した処分通知書

告発人の藤井敦子さんらは、岡田検事が下した不起訴処分(嫌疑不十分)を不服として、検察審査会へ審理を申し立てた。しかし、4月16日で事件が時効になるために、作田医師が起訴されないことがほぼ確実になった。作田医師は、岡田検事による法解釈と時効により、2重に「救済」されることになる。

◎[参考資料]審査申し立ての理由書全文
 http://www.kokusyo.jp/wp-content/uploads/2022/03/mdk220321-2.pdf

筆者は、この刑事告発を通じて日本の司法制度のからくりを理解した。2つの「装置」の存在を確認した。法律を我田引水に解釈することを容認する慣行と、時効による「免罪」である。いずれも権力構造を維持するための「装置」にほかならない。検察は昔からおなじ手法を繰り返してきた可能性が高い。

この点に言及する前に事件の概要を説明しておこう。

◆事実的根拠に乏しい診断書で4518万円を請求

この事件の発端は、2017年11月にさかのぼる。ミュージシャンの藤井将登さんが自宅で煙草を吸っていたところ、同じマンションの住民一家3人(夫妻とその娘)から、副流煙で健康被害を受けたとして4518万円を請求する裁判を横浜地裁で起こされた。3人が金銭請求の根拠にしたのが、「受動喫煙症」等の病名を付した娘の診断書だった。

ところが審理の中で、この診断書を作田理事長が娘を診察しないまま交付していたことが分かった。作田医師は、娘となんの面識もなかった。さらに3人の原告のうち、ひとりに25年の喫煙歴があることも判明した。

つまり高額訴訟の根拠となった事実に強い疑念が生じたのである。

横浜地裁は、単に原告3人の請求を棄却しただけではなく、作田医師による診断書交付が医師法20条違反にあたると認定した。これまでの判例によると医師法20条違反は、刑法160条の適用対象になる。

そこで前訴で被告にされた藤井将登さんが、作田医師に対して虚偽診断書行使罪で神奈川県警青葉署へ刑事告発したのである。告発人には、将登さんのほかにも、妻の敦子さんら数名が加わった。青葉署は2021年5月に刑事告発を受理して捜査に入った。そして2022年の1月に横浜地検へ作田医師を書類送検した。

しかし、横浜地検の岡田検事は、事件の当事者から事情聴取することなく嫌疑不十分で不起訴を決めたのである。

◆動物の診断書も無診察は許されない

藤井敦子さんは、不起訴の理由を岡田検事に電話で問い合わせた。わたしはその録音テープを視聴した。その中で最も気になったのは、作田医師が娘の診断書を交付する際に、娘が別の医療機関で交付してもらった診断書等を参考にしたから、虚偽診断書とまではいえないという論理だった。

◎[参考資料]藤井敦子さんによる取材音声
 https://rumble.com/vy7w3h-57475133.html?fbclid=IwAR1pbAQZ505EuewQY0s6dg7PRo24OPh3r__-u11DG6UvU55QH2hEV1l94ek

しかし、作田医師が交付した診断書には、娘が「団地の一階からのタバコ煙にさらされ」ているとか、「体重が10Kg以上減少」したといった事実とは異なる記述が多数含まれている。これらの記述は、作田医師が参考にしたとされる他の医師が書いた診断書には見あたらない。つまり作田医師が交付した診断書の所見には明らかな「創作」が含まれているのだ。

こうした診断内容になった原因のひとつは、作田医師が娘を診察しなかったからにほかならない。あるいは事件の現場を検証しなかったからである。さらに禁煙運動という日本禁煙学会の政策目的があったからだ。

ちなみに獣医師が動物の診断書を交付する際にも、診察しないで診断書を交付する行為を禁じている。次の法律である。

【引用】「第十八条:獣医師は、自ら診察しないで診断書を交付し、若しくは劇毒薬、生物学的製剤その他農林水産省令で定める医薬品の投与若しくは処方若しくは再生医療等製品(医薬品、医療機器等の品質、有効性及び安全性の確保等に関する法律(昭和三十五年法律第百四十五号)第二条第九項に規定する再生医療等製品をいい、農林水産省令で定めるものに限る。第二十九条第二号において同じ。)の使用若しくは処方をし、自ら出産に立ち会わないで出生証明書若しくは死産証明書を交付し、又は自ら検案しないで検案書を交付してはならない。ただし、診療中死亡した場合に交付する死亡診断書については、この限りでない。」

動物についても、人間についても、無診察で診断書を交付する行為は法律で厳しく禁じられているのだ。

改めて言うまでもなく、法律は文字通りに解釈するのが原則である。好き勝手に解釈することが許されるのであれば、秩序が乱れ、法律が存在する意味がなくなるからだ。

医師法20条は、他の医師の診断書を参照にすれば、患者を診察することなく診断書を交付することが許されるとは述べていない。

現在の司法制度の下では、検事が我田引水の法解釈をすることで、起訴する人物と起訴しない人物を選別できるようになっている。これが公正中立の旗を掲げて、権力構造を維持するためのひとつの「装置(トリック)」なのである。

◆時効というトリック

もうひとつの「装置」は、時効のからくりである。作田医師を被告発人とするこの事件の時効は、2022年4月16日である。藤井さん夫妻は、検察審査会に審理を申し立てたが、この日までに起訴されなければ、事件は時効になってしまう。検事が「牛歩戦術」を取れば、時効がある事件では被疑者を無罪放免にできる制度になっているのだ。「時効」も権力構造を維持するための巧みな「装置」なのである。

なお、岡田検事はこの事件の処分を決めるに際して厚生労働省に相談したという。内容は、藤井敦子さんが岡田検事に対して行ったインタビューで確認できる。この事実は、「民主主義」の仮面の下に、日本を牛耳っている面々が隠れていることを物語っている。

◆岡田検事に対する質問状
 
筆者は、岡田検事に対して下記の問い合わせを行ったが回答はなかった。

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2022/03/23  

岡田万佑子検事殿
発信者:黒薮哲哉

 はじめて連絡させていただきます。
 わたしはフリーランス記者の黒薮哲哉と申します。

 貴殿が担当された横浜副流煙事件(令和4年検第544号)を取材しております。
 3月15日付で貴殿が下された不起訴処分について、お尋ねします。告発人の藤井敦子氏と貴殿の会話(18日)録音を聞いたところ、貴殿が処分を決める前に厚生労働省に相談されたことを裏付ける発言がありました。

 つきましては、次の点について教えてください。

1,厚労省の誰に相談したのか。

2,相談した相手から、どのようなアドバイスを受けたのか。

 また上記質問とは別に、次の点について教えてください。

3,他の医師の診断書を参照にした場合は、無診断で診断書を交付してもかまわないという法律はあるのでしょうか。

 25日(金曜日)の午後1時までに、ご回答いただければ幸いです。よろしくお願いします。

【連絡先】
Eメール:xxmwg240@ybb.ne.jp
電話:048-464-1413

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◎[参考動画]【横浜副流煙裁判】ついに書類送検!!分煙は大いに結構!!だけどやりすぎ「嫌煙運動」は逆効果!!

▼黒薮哲哉(くろやぶ・てつや)
ジャーナリスト。著書に、『「押し紙」という新聞のタブー』(宝島新書)、『ルポ 最後の公害、電磁波に苦しむ人々 携帯基地局の放射線』(花伝社)、『名医の追放-滋賀医科大病院事件の記録』(緑風出版)、他。
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黒薮哲哉『禁煙ファシズム-横浜副流煙事件の記録』

「押し紙」が1部もない新聞社、熊本日日新聞社、地区単位の部数増減コントロールは見られず 黒薮哲哉

「押し紙」は、新聞業界が半世紀にわたって隠し続けてきた汚点である。しかし、すべての新聞社が「押し紙」政策を経営の柱に据えてきたわけではない。例外もある。この点を把握しなければ、日本の新聞業界の実態を客観的に把握したことにはならない。

かねてからわたしは、熊本日日新聞は「押し紙」政策を採用していないと聞いてきた。1972年代に「押し紙」政策を廃止して、「自由増減」制度を導入した。「自由増減」とは、新聞販売店が自由に新聞の注文部数を増減することを認める制度である。

社会通念からすれば、これは当たり前の制度だが、大半の新聞社は販売店に対して現在も「自由増減」を認めていない。新聞社が注文部数の増減管理をしている。「メーカー」が「小売店」の注文数量を決めることは、常識ではあり得ないが、新聞業界ではそれがまかり通って来たのである。

熊本日日新聞社が「押し紙」制度を導入していないという話は真実なのか? わたしはそれを検証することにした。

◆マーカーが示す熊日と読売の著しいコントラスト

次に示す表は、熊本市の各自治体(厳密には自治体にある新聞販売店)に熊本日日新聞社が搬入した新聞の部数の変化を、時系列に入力したものである。出典は、日本ABC協会が年2回(4月と10月)に発行する『新聞発行社レポート』に掲載する区・市・郡別のABC部数である。新聞社ごとのABC部数が表示されている。

熊本日日新聞社が熊本市の各自治体(厳密には自治体にある新聞販売店)に搬入した新聞部数の推移

この表から、ABC部数が微妙に変化していることが確認できる。新聞販売店が毎月、注文部数を自由に増減していることが読み取れる。部数の「ロック」は一か所も確認できない。

これに対して、たとえば次の表はどうだろう。兵庫県を対象にした読売新聞のケースである。

兵庫県を対象にした読売新聞のABC部数

熊本日日新聞の表には、マーカーがなく真っ白なのに対して、読売新聞の表はいたるところにマーカーが表示されている。同じ数量の部数が年度をまたいでロックされている箇所が多数確認できる。地域単位で部数増減がコントロールされているのである。たとえば神戸市灘区における読売新聞のABC部数は、次のようになっている。

2017年04月 : 11,368
2017年10月 : 11,368
2018年04月 : 11,368
2018年10月 : 11,368
2019年04月 : 11,368

神戸市灘区に住む読売新聞の購読者が2年半に渡って1人の増減もないのは不自然だ。普通は月単位で変化する。つまり購読者数の増減とは無関係に、部数をロックしているのである。その原因が新聞社にあるのか、販売店にあるのかはここでは言及しないが、いずれにしても正常な商取引ではない。購読者が減少すれば、それに相応する部数が残紙になっていることを意味する。

本稿で示した熊本日日新聞と読売新聞の表を、「腫瘍マーカー」にたとえると、熊本日日新聞は、「健康体」と診断できるが、読売新聞は公正取引委員会や裁判所による緊急の「精密検査」を要する。科学的に「病因」を探る必要がある。他の中央紙についても、読売と同じことがいえる。何者かが地域単位で部数増減をコントロールすることが制度として定着している可能性が高い。

【参考記事】新しい方法論で「押し紙」問題を解析、兵庫県をモデルとしたABC部数の解析、朝日・読売など全6紙、地区単位の部数増減管理が多地区で、独禁法違反の疑惑 http://www.kokusyo.jp/oshigami/16859/

◆「押し紙」廃止で業績が向上

熊本日日新聞が「押し紙」政策を廃止したのは、『熊日50年史』によると、1972年10月である。今からちょうど50年前である。当時の森茂販売部長が信濃毎日新聞の販売政策に触発されて、「押し紙」、あるいは「積み紙」の廃止を宣言した。社内には反対の意見も強かったそうだが、森販売部長は改革を進めた。その結果、店主の士気があがり、熊本日日新聞の部数は急増した。

「予備紙」として販売店が確保する残紙の部数も、搬入部数の1.5%とした。このルースは現在でも遵守されている。それが前出の表で確認できる。

熊本日日新聞社の販売改革は高い評価を受け、同社は1983年に新聞協会賞(経営・営業部門)を受けている。受賞理由は、「新聞販売店経営の近大化-新しい流通システムへの挑戦」である。

◆独禁法の新聞特殊指定が定義する「押し紙」とは?

ところで残紙(「押し紙」、「積み紙」)が独禁法の新聞特殊指定に抵触する可能性はないのだろうか。この点について考える場合、まず最初に新聞特殊指定が定義する「押し紙」とは、何かを正確に把握する必要がある。

幸いにして、江上武幸弁護士ら「押し紙弁護団」が、新聞特殊指定でいう「押し紙」の3類型を整理し、提示している。次の3つである。

1,販売業者が注文した部数を超えて供給する行為(注文部数超過行為)

2,販売業者からの減紙の申し出に応じない行為(減紙拒否行為)

3,販売業者に自己の指示する部数を注文させる行為(注文部数指示行為)

「1」から「3」の行為は、いずれも「注文部数」の増減コントロールに連動している。従って新聞特殊指定でいう「注文部数」とは何かを定義する必要がある。これに関して、江上弁護士らは、新聞特殊指定(1955年告示・1964年告示・1999年告示)に次の定義が記されていることを明らかにしている。

「新聞販売業者が実際に販売している部数に正常な商慣習に照らして適当と認められる予備紙等を加えた部数」

つまり実配部数に若干の予備紙を加えた部数を超える残紙は、すべて「押し紙」ということになる。「押し売り」の事実があったか否かは枝葉末節の問題なのである。健全な販売店経営に不要な部数は、理由のいかんを問わず原則的に「押し紙」なのである。

かつて新聞業界は業界の内部ルールで予備紙の割合を2%と定めていた。しかし、この内部ルールを1999年ごろに撤廃して、残紙はすべて「予備紙」に該当するという詭弁を公言するようになった。たとえば搬入部数の50%が残紙になっていても、この50%は販売店が注文した「予備紙」だと主張してきたのである。

しかし、「予備紙」の大半は古紙回収業者の手で回収されており、「予備紙」としての実態はない。

従来、「押し紙」とは、新聞社が販売店に対して「押し売り」した新聞であると定義されていた。わたしもそのような説明をしてきた。しかし、この説明は新聞特殊指定に即して厳密な意味で言えば間違っているのである。実配部数に「予備紙」加えた残紙は、すべて「押し紙」なのである。

地区単位の部数増減コントロールは独禁法違反ではないか? 公正取引委員会は中央紙に対して調査すべきではないか。

▼黒薮哲哉(くろやぶ・てつや)
ジャーナリスト。著書に、『「押し紙」という新聞のタブー』(宝島新書)、『ルポ 最後の公害、電磁波に苦しむ人々 携帯基地局の放射線』(花伝社)、『名医の追放-滋賀医科大病院事件の記録』(緑風出版)、他。
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黒薮哲哉の最新刊『禁煙ファシズム-横浜副流煙事件の記録』

横浜副流煙事件の元被告夫妻が、日本禁煙学会・作田学理事長に対して1,000万円の損害賠償裁判を提起、訴権の濫用に対する「戦後処理」 黒薮哲哉

煙草の副流煙で「受動喫煙症」などに罹患したとして、隣人が隣人に対して約4,500万円を請求した横浜副流煙裁判の「戦後処理」が、新しい段階に入った。前訴で被告として法廷に立たされた藤井将登さんが、前訴は訴権の濫用にあたるとして、3月14日、日本禁煙学会の作田学理事長ら4人に対して約1,000万円の支払いを求める損害賠償裁判を起こしたのだ。前訴に対する「反訴」である。

 

原告には、将登さんのほかに妻の敦子さんも加わった。敦子さんは、前訴の被告ではないが、喫煙者の疑いをかけられた上に4年間にわたり裁判の対応を強いられた。それに対する請求である。請求額は、10,276,240円(将登さんが679万6,240円万円、敦子さんが330万円、その他、金員)。

被告は、作田理事長のほかに、前訴の原告3人(福田家の夫妻と娘、仮名)である。前訴で福田家の代理人を務めた2人の弁護士は、被告には含まれていない。

原告の敦子さんと代理人の古川健三弁護士、それに支援者らは14日の午後、横浜地裁を訪れ、訴状を提出した。「支援する会」の石岡淑道代表は、

「禁煙ファシズムに対するはじめての損害賠償裁判です。同じ過ちが繰り返されないように、司法の場で責任を追及したい」

と、話している。

◆医師法20条違反、無診察による診断書の交付

この事件は、本ウエブサイトでも取り上げてきたが、概要を説明しておこう。2017年11月、横浜市青葉区の団地に住む藤井将登さんは、横浜地裁から1通の訴状を受け取った。訴状の原告は、同じマンションの斜め上に住む福田家の3人だった。福田家が請求してきた項目は、次の2点だった。

(1)4,518万円の損害賠償

(2)自宅での喫煙の禁止

将登さんは喫煙者だったが喫煙量は、自宅で1日に2、3本の煙草を吸う程度だった。ヘビースモーカーではない。

喫煙場所は、防音構造になった「音楽室」で、煙が外部へ漏れる余地はなかった。空気中に混合した煙草は、空気清浄器のフィルターに吸収されていた。たとえ煙が外部へ漏れていても、風向きや福田家との距離・位置関係から考えて、人的被害を与えるようなものではなかった。(下写真参照)

 

福田家の主婦・美津子さんは、「藤井家の煙草の煙が臭い」と繰り返し地元の青葉警察署へ駆け込んだ。その結果、青葉署もしぶしぶ動かざるを得なくなり、2度にわたり藤井さん夫妻を取り調べた。しかし、将登さんがヘビースモーカーである痕跡はなにも出てこなかった。結局、この件では青葉署が藤井夫妻に繰り返し謝罪したのである。

が、それにもかかわらず福田家は裁判を押し進めた。この裁判を全面的に支援したのは、日本禁煙学会の作田学理事長(勤務先は、日本赤十字医療センター)だった。作田医師は、提訴の根拠になった3人の診断書を作成したうえに、繰り返し意見書などを提出した。判決の言い渡しにも姿をみせる熱の入れようだった。自宅での喫煙を禁止する裁判判例がほしかったのではないかと思われる。

 
黒薮哲哉『禁煙ファシズム-横浜副流煙事件の記録』

ところが審理の中でとんでもない事実が発覚する。まず、福田家の世帯主・原告の潔さんに、25年の喫煙歴があったことが発覚した。「受動喫煙症」に罹患しているという提訴の前提に疑義が生じたのである。また、潔さんの副流煙が妻子の体調不良の原因になった可能性も浮上した。

さらに作田医師が、真希さんの診断書を無診察で交付していたことが発覚したのだ。患者を診察しないで診断書や死亡証明書を交付する行為は医師法20条で禁止されている。これらの証書類を交付するためには、医師が直接患者に対面して、医学上の客観的な事実を確認する必要があるのだ。しかし、作田医師はそれを怠っていた。

福田家は、隣人に対して高額訴訟を起こしてみたものの、訴因となった事実に十分な根拠がないことが分かったのだ。当然、訴えは棄却された。控訴審でも福田家は敗訴して、2020年10月に前訴は終了した。

これら一連の経緯については、筆者の『禁煙ファシズム-横浜副流煙事件の記録』に詳しい。事件の発端から、勝訴までを詳細に記録している。

◆「ごめんなさい」ですむ問題なのか? 

その後、藤井さん夫妻は、2021年4月、数名の支援者と一緒に作田医師を虚偽公文書行使の疑いで青葉署へ刑事告発した。青葉署は告発を受理して捜査を開始した。そして2022年1月24日、作田医師を横浜地検へ書類送検した。現在、この刑事事件は横浜地検が取り調べを行っている。

このような一連の流れを受けて藤井さん夫妻は、福田家の3人と作田医師に対して約1000万円の損害賠償を求める裁判を起こしたのである。「支援する会」の石岡代表が言うように、この裁判は「禁煙ファシズム」に対するはじめての損害賠償裁判である。前例のない訴訟だ。

最大の争点になると見られるのは、福田家の娘・真希さんの診断書である。既に述べたように作田医師は、真希さんを診察せずに「受動喫煙症レベルⅣ」「化学物質過敏症」という病名を付した診断書を交付した。そして福田家は、この診断書などを根拠として、高額な金銭請求をしたのである。将登さんの喫煙禁止だけを求めていたのであればまだしも、事実ではないことを根拠に高額な金銭請求をしたのである。この点が最も問題なのだ。

訴因に十分な根拠がないことを福田家の弁護士や作田医師は、提訴前に認識していたのか?たとえ認識していなかったとしても、「ごめんなさい」ですむ問題なのか? これらのテーマが裁判の中でクローズアップされる可能性が高い。

◆訴権の濫用には「反訴」で

筆者は2008年から、高額訴訟を取材するようになった。その糸口となったのは、わたし自身が次々と高額訴訟のターゲットにされた体験があったからだ。2008年から1年半の間に、わたしは読売新聞社から「押し紙」報道に関連した3件の裁判を起こされた。請求額は、総計で約8000万円。読売の代理人は、喜田村洋一・自由人権協会代表理事だった。

最初の裁判は、1審から3審までわたしの完全勝訴だった。2件目の裁判は、1審と2審がわたしの勝訴で、3審で最高裁が口頭弁論を開き、判決を高裁へ差し戻した。そして高裁がわたしを敗訴させる判決を下した。3件目の裁判(被告は、黒薮と新潮社)は、1審から3審までわたしの敗訴だった。

3件の裁判が同時進行している時期、わたしは「押し紙」弁護士団の支援を受けて、読売による3件の裁判は「一連一体の言論弾圧」いう観点から、読売新聞に対して5500万円の支払いを求める損害賠償裁判を起こした。しかし、訴権の濫用の認定はハードルが高く敗訴した。喜田村洋一弁護士に対する懲戒請求も申し立てたが、これも棄却された。

筆者は訴権の濫用を食い止めるという意味で、不当裁判の「戦後処理」は極めて大事だと思う。とはいえ、訴権の濫用に対する「反訴」の壁は高い。日本では提訴権が憲法で保証されているからだ。米国のようなスラップ防止法は存在しない。

しかし、だからといって訴権の濫用を放置しておけば、自由闊達な言論の場が消えかねない。「反訴」したり、スラップ禁止法などの制定を求め続けない限り、言論の自由が消滅する危険性がある。

▼黒薮哲哉(くろやぶ・てつや)
ジャーナリスト。著書に、『「押し紙」という新聞のタブー』(宝島新書)、『ルポ 最後の公害、電磁波に苦しむ人々 携帯基地局の放射線』(花伝社)、『名医の追放-滋賀医科大病院事件の記録』(緑風出版)、他。
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5G通信基地局の設置をめぐる電話会社とのトラブルが急増、マンション管理会社が仲介、電磁波による人体影響は欧米では常識に 黒薮哲哉

2月中旬のことである。東京都内に住むわたしの友人Aさんが相談ともぼやきとも受け取れるメールを送付してきた。家族が居住する350世帯ほどの集合住宅の管理組合に対して、マンション管理会社が楽天モバイルの携帯基地局を、同マンションの屋上に設置する計画を打診してきたというのだ。Aさんは、5Gで使われる電磁波による人体影響を懸念している。

わたしは2005年から携帯電話の基地局設置をめぐる電話会社と住民のトラブルを取材してきた。その関係で、わたしのところに住民からの相談が相次いでいる。1年半ほど前から、平均すると月に2、3件の相談が寄せられている。今週も1件。こうした現象の背景に電話会社が、競い合うように通信基地局を設置している事情がある。特に、電話ビジネスへの参入が遅れた楽天に関するトラブル相談が多く、全体の9割を占める。

Aさんは電気工学の専門家である。退職するまで有名大学で教鞭を取っていた。電磁波問題を取材しているわたしが、助言をお願いしている研究者である。電磁波による人体影響の評価がどう海外で変化しているかについてもよく把握されている。

実はAさんが基地局問題に巻き込まれたのは、今回が初めてではない。静岡県のリゾート地に所有している別宅のマンションでも、数年前に同じ体験をした。電話会社が屋上に基地局を設置する計画を持ち掛け、しかも、事前に管理組合の理事らと懇意な関係を築き、強引に基地局を設置したのだ。

Aさんは居住者たちに、電磁波による人体影響を説明しようとしたが、大半の住民が電磁波については全く何も知らず、健康上のリスクを理解してもらえなかったという。

「無知とは恐ろしいものだ」と、呟き、泣き寝入りしたのである。

様々な形状の携帯基地局

その後、5Gの普及に拍車がかかった。新聞・テレビから電磁波の健康リスクについての話題がほぼ消えた。そして既に述べたように、Aさんの身の上に2度目の試練が降りかかってきたのである。もちろん楽天に基地局の設置を許可するかどうかは、マンションの管理組合に決定権があるが、そもそも大半の住民が電磁波による人体影響を聞いたことがないので、総会で設置の是非を採決した場合、設置に反対する住民側が勝つとは限らない。むしろ基地局の賃料収入を得ることで、管理組合の財政が潤うという観点から、設置に賛成する住民の方が多い可能性もある。

楽天基地局の設置を阻止するためには、Aさんは住民運動を組織しなければならない。チラシを作成し、電磁波学習会を開催し、住民運動体を組織したうえで署名活動などを強いられる。それが計画を撤回させるオーソドックスなプロセスである。それでもなお設置反対派が勝を制すとは限らない。この問題が身の上に降りかかってきたことで、Aさんは老後の大事な時間を奪われてしまうのである。これだけでも大きなストレスになる。

◆わたし自身の2つの体験

実は、わたし自身もこれまで2度に渡ってAさんと同類の問題に直面させられた。1度目は、2005年だった。埼玉県朝霞市にある9階建て中古マンションの9階の一室を買った翌年のことである。KDDIとNTTドコモが基地局の設置を打診してきたのである。しかも、設置場所は、わたしの書斎の真上、天井をひとつ隔てた屋上だった。屋上はマンションの共有スペースだから、わたしがいくら設置に反対しても、管理組合が設置を承諾すればどうすることもできない。1年365日、1日24時間、延々と電磁波のリスクにさらされる。

幸いにわたしの両隣の住民も基地局設置に猛反対して計画は、中止になった。実は、わたしが電磁波問題を取材するようになったのは、この事件が引き金なのである。

その後、わたしは2020年の6月に2度目の試練に遭遇した。発端は、自宅から100メートルの位置にある城山公園(朝霞市の所有地)で、KDDIが基地局の設置工事をしているのを発見したことである。わたしはKDDIに工事の中止を申し入れた。KDDIは、工事を中止して、一旦は機材や重機を現場から搬出した。そして工事現場に囲いを設置した。しかし、8月に入るとわたしに事前通知することなく、再び工事を再開して、強引に基地局を設置したのである。ちなみに朝霞市には、工事再開を通知した。

埼玉県朝霞市の城山公園。KDDIが基地局設置の場所で柵で囲った

ちなみにKDDIが朝霞市に支払う賃料は、月額で360円程度である。5万円から6万円ぐらいが相場であるから、賃料が相場からかけ離れている。

この件では、現在も朝霞市とKDDIに対して解決を求めている。朝霞市が撤去に応じないので、富岡勝則市長を提訴することを視野に入れている。賃料が法外に安いので、相場との差額分を市に返済するように求める裁判である。次に、「予防原則」を根拠に基地局そのものを撤去させる裁判を視野に入れている。

◆自宅から退去を余儀なくされた被害者たち

Aさんやわたしが遭遇しているような基地局問題は、日本の隅々で日常的に起きている。電磁波による人体影響が住民の間に周知されていないために、水面下に埋もれているケースが多いが、これはだれにでも起こり得る身近な問題なのだ。

わたしが受けた相談の事例をいくつか紹介しよう。

(1)2020年、川崎市、KDDIのケース。基地局の設置場所は、7階建ての分譲マンション。25世帯ほどが入居している。世帯数が少ないために各世帯が負担する管理費が高い。そのために管理組合は基地局の設置を受け入れた。

 基地局の設置に反対したのは、自宅の真上に基地局が位置する最上階の住民家族である。設置当初、基地局からの低周波音に悩まされてホテルに避難することもあったらしい。この家庭の主婦は、フィンランドの人で、「自国では自宅の屋上や直近に基地局を設置することはありえない」と非常識な工事強行に憤慨していた。

(2)2021年、川崎市、楽天のケース。マンションに基地局が設置された後、居住者のBさん(女性)が身体の不調を訴えるようになり、Bさんの夫からわたしに相談があった。楽天と撤去の交渉をしたが、当該物件が賃貸マンションであるために、設置の是非を決める権限はオーナーに属しているとして、撤去には応じなかった。Bさん夫妻は、別の場所へ転居すると話していたが、その後、連絡がない。

(3)2021年、埼玉県志木市、楽天のケース。楽天が集合住宅(分譲)の屋上に基地局を設置する計画を打診した。Cさん(女性)がわたしに相談してきた。電磁波に対する感受性が強く、基地局が設置されると自宅から退避せざるを得ないという。Cさんは、電磁波の健康リスクを伝えるチラシをポスティングしたり、署名活動を展開した。仕事の時間を割いて、基地局設置に反対する運動にエネルギーを投入せざるを得なかったのである。疲弊している様子だった。

しかし、マンションの総会で基地局の設置が承認されてしまった。通常、住民の4分の3の承認が必要なのだが、このケースでは2分の1で可決されてしまったという。その後、Cさんからは志木のマンションを捨てて、郷里で老後を過ごすと連絡があった。自宅を失った可能性が高い。

(4)2020年、千葉県柏市、楽天のケース。自宅の直近に電柱と基地局を設置する計画が浮上した。直接被害を受けかねない2家族が、チラシなどを配布した。楽天は計画を断念した。

◆「楽天さんが多いです。特に管理費が乏しい賃貸マンションが対象になっているようです」

 
楽天の基地局

私的なことになるが、わたしは2020年2月19日、自宅がある集合住宅で開かれた理事会の後、管理会社の(株)東急コミュニティーの担当者にある質問をしてみた。管理会社に対して電話会社から基地局設置計画の仲介を求める動きがあるかを質問してみた。担当者はあると応えた。

「楽天さんが多いです。特に管理費が乏しい賃貸マンションが対象になっているようです」

賃貸マンションの場合、管理組合が存在しないので、オーナーの判断だけで基地局設置の是非を決めることができる。そのために住民からの反対運動はあまり起きない。反対する住民がいても、電話会社は強引に計画を押し切ってしまう傾向がある。沖縄県読谷村の例がその典型である。

◎5Gの時代へ、楽天モバイルの通信基地局をめぐる3件のトラブル、懸念されるマイクロ波の使用、体調不良や発癌の原因、軍事兵器にも転用のしろもの 

住民運動を組織するために被害者は、莫大はエネルギーを投入せざるを得ない。しかも、会社に勤務している人の場合、住民運動にかかわっていることをあまり口外できないので、秘密裡に活動するしかない。さらに都市部の場合、近隣との交流が少ないので、運動体を立ち上げるのがなかなか難しい。逆に地方都市では、封建的な人間関係がある場合が多く、企業や目上の人に物を言いにくい空気がある。住民運動などを起こすと「村八分」にされかねない場合もある。こうしたすきを突いて、電話会社は急速に拡大しているのだ。

基地局設置をめぐるトラブルは、水面下で進行している同時代の深刻な問題なのである。マスコミはこの問題を直視しない。電磁波と何らかのかかわりをもつ産業界(電話、電気、自動車他……)が、メディアの大口広告主であることに加えて、無線通信網を充実させる国策があるからだ。そのために自粛が働く。この問題は、実は「押し紙」よりもタブー視されているのである。

◆総務省の電波防護指針そのものがデタラメ

2月15日、東京都板橋区の山内えり議員(共産)が板橋区議会で、基地局問題をとり上げた。電磁波のリスクを指摘して、基地局設置に一定の規制を求めた。これに対して坂本健区長は、「電磁波については50年以上にわたる研究の中で一定の知見が得られており、それに基づいて、国は電波防護指針を策定し、事業者に対して遵守を求めている」と答弁した。電磁波による人体への影響はないとする趣旨の答弁である。

しかし、2018年11月、米国・国立環境衛生科学研究所の一大プロジェクト「NTP(国家毒性プログラム)」が、ラットの実験でマイクロ波(スマホ等の電磁波)に発がん性が認められたとの研究結果を発表している。これは携帯電話の端末を想定した研究であるが、マイクロ波の遺伝子毒性という点では、無視できない結論である。事実、ドイツ、イスラエル、ブラジルなどでは大規模な疫学調査により、基地局周辺に癌患者が多いとする調査結果も出ている。

こうした動きを受けて、欧米では電磁波利用を規制する動きが強まっている。

参考までに電波防護指針の国際比較を紹介しておこう。総務省が1990年に定めた1000μW/c㎡ (マイクロワット・パー・ 平方センチメートル)は、たとえば欧州評議会に比べて1万倍もゆるやかで、実質的には規制になっていない。しかも、総務省は規制値の更新を1度も行っていない。

日本:1000μW/c㎡
欧州評議会:0.1μW/c㎡、(勧告値)
ザルツブルグ市:0.0001μW/c㎡(目標)

さらに問題なのは、5Gで将来導入されるミリ波に関する研究がまだほとんど始まっていない点である。ミリ波による人体影響は、評価そのものが定まっていない。従って予防原則に即して言えば、安全とは言えないのである。50年の研究歴があるから、安全だという坂本区長の答弁は、客観的な事実とは言えないのである。

わたしは板橋区に対して区長の答弁を修正するように申し入れた。すると担当者は、総務省の説明をそのまま転用したことを認めた。そして電磁波問題は区の管轄ではないと逃げた。

電磁波問題の背景に政府の誤った国策があるのだ。水俣病と同じ過ちを繰り返しているのである。

【東急コミュニティーのコメント】

お世話になっております。
東急コミュニティー 広報センター 小笠原と申します。
このたびは、当社にお問合せいただきありがとうございます。
早速取材の件を社内で協議させていただきました。
その結果は誠に残念ですが今回の取材は見送らせていただきたく存じます。
本件は、管理組合様の個別の内容となりお客様情報に関わることから
ご要望にお応えできない形となってしまい大変申し訳ございません。
なにとぞ事情をご賢察のうえ、ご寛容賜りますようお願い申し上げます。
今後ともどうぞよろしくお願いいたします。

※なお、電磁波とは何かについては、筆者の次のブログを参考にしてほしい。
◎日本人の3%~5.7%が電磁波過敏症、早稲田大学応用脳科学研究所「生活環境と健康研究会」が公表

▼黒薮哲哉(くろやぶ・てつや)
ジャーナリスト。著書に、『「押し紙」という新聞のタブー』(宝島新書)、『ルポ 最後の公害、電磁波に苦しむ人々 携帯基地局の放射線』(花伝社)、『名医の追放-滋賀医科大病院事件の記録』(緑風出版)、他。
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黒薮哲哉の最新刊『禁煙ファシズム-横浜副流煙事件の記録』2月1日発売開始!
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新聞衰退論を考える ── 新聞人の知的能力に疑問、新聞社のビジネスモデルの闇、ABC部数検証・兵庫県〈3〉 黒薮哲哉

今回の記事は、兵庫県全域を対象として新聞のABC部数の欺瞞(ぎまん)を考えるシリーズの3回目である。ABC部数の中に残紙(広義の「押し紙」、あるいは「積み紙」)が含まれているために、新聞研究者が新聞業界の実態を分析したり、広告主がPR戦略を練る上で、客観的なデーターとしての使用価値がまったくないことなどを紹介してきた。連載の1回目では朝日新聞と読売新聞を、2回目では毎日新聞と産経新聞を対象に、こうした側面を検証した。

今回は、日経新聞と神戸新聞を対象にABC部数を検証する。テーマは、経済紙や地方紙のABC部数にも残紙は含まれているのだろうかという点である。それを確認した上で新聞部数のロック現象の本質を考える。結論を先に言えば、それは新聞社の販売政策なのである。あるいは新聞のビジネスモデル。

日経新聞と神戸新聞のABC部数変化を示す表を紹介する前に、筆者は読者に対して、必ず次の「注意」に目を通すようにお願いしたい。表の見方を正しく理解することがその目的だ。

【注意】この連載で紹介してきた表は、ABC部数を掲載している『新聞発行社レポート』の数字を、そのまま表に移したものではない。『新聞発行社レポート』の表をエクセルにしたものではない。数字を並べる順序を変えたのが大きな特徴だ。これは筆者が考えたABC部数の新しい解析方法にほかならない。

『新聞発行社レポート』は、年に2回、4月と10月に区市郡別のABC部数を、新聞社別に公表する。しかし、これでは時系列の部数変化をひとつの表で確認することができない。時系列の部数増減を確認するためには、『新聞発行社レポート』の号をまたいでデータを時系列に並べ変える必要がある。それにより特定の自治体における、新聞各社のABC部数がロックされているか否か、ロックされているとすれば、その具体的な中身はどうなっているのかを確認できる。同一の新聞社におけるABC部数の変化を長期に渡って追跡したのが表の特徴だ。

◆日経新聞のABC部数変化(2017年~2021年)

2017年4月から2021年10月までの期間における日本経済新聞のABC部数

部数のロックは経済紙の日経新聞でも確認できる。たとえば神戸市兵庫区では、2018年4月から2020年4月までの2年半の間、部数の増減は1部も確認できない。2年半にわたり部数がロックされていた。兵庫区の日経新聞の購読者数が2年半のあいだ1部たりとも増減しないことなどは、正常な商取引の下ではまずありえない。新聞社サイドが販売店に対して「注文部数」を指示していた可能性が極めて高い。

◆神戸新聞のABC部数変化(2017年~2021年)

2017年4月から2021年10月までの期間における神戸新聞のABC部数

表が示すように、地方紙である神戸新聞でもロック現象が確認できる。たとえば赤穂市では、2017年から2020年までの3年半に渡りABC部数が6222部でロックされている。赤穂市における日経新聞の読者数に1部の増減も生じないことなどまずあり得ない。新聞社が販売店に対して新聞部数のノルマを課している可能性が極めて高いのである。

ただ、ロックの規模は読売新聞や朝日新聞ほど極端ではない。これら2紙の部数表では、いたるところにロックを表示するマーカーが付いたが、神戸新聞の場合は、マーカーが付いていない自治体のほうが多い。これは他の地方紙でも観察できる傾向である。地方紙にも残紙はあるが、中央紙に比べるとその規模は小さい。

たとえば販売店が勝訴した佐賀新聞の「押し紙」裁判(2020年5月判決)では、おおむね10%から20%が「押し紙」だった。この数字は、中央紙に比べるとはるかに少ない。

◎判決文の全文 http://www.kokusyo.jp/wp-content/uploads/2020/05/saga_oshigami_sumi.pdf

◆新聞業界ぐるみの大問題

兵庫県全域を対象とした新聞のABC部数調査(朝日・読売・毎日・産経・日経・神戸)を通じて、新聞部数をロックする販売政策が新聞業界全体で行われていることが明白になった。もちろん熊本日日新聞のように注文部数を店主が自由に増減する制度を採用している社もあるが、それは例外である。部数をロックして、新聞を定数化(ノルマ化)する商慣行が構築されていると言っても過言ではない。その結果、大量の残紙が日本中の販売店に溢れているのである。

ちなみに、部数のロック行為は独禁法の新聞特殊指定に抵触する。新聞特殊指定の下では、「新聞の実配部数+予備紙」(「必要部数」)を超える部数は、理由のいかんを問わず原則として、すべて「押し紙」と定義されている。部数のロックにより、「必要部数」を超えた新聞が販売店に搬入されることになるわけだから、新聞特殊指定に抵触する。新聞社による「押し売り」の証拠があるかどうかは、枝葉末節なのである。

改めて言うまでもなく、残紙には予備紙としての実態がほとんどない。その大半が予備紙として使われないままトラックで回収されている。

残紙問題は新聞人の足元で展開している問題である。しかも、それが少なくとも半世紀は持続している。新聞人にその尋常ではない実態が見えないとすれば、知力とは何かというまた別の問題も浮上してくるのである。

◎黒薮哲哉 新聞衰退論を考える
公称部数の表示方向を変えるだけでビジネスモデルの裏面が見えてくる ABC部数検証・兵庫県〈1〉
新聞社が新聞の「注文部数」を決めている可能性、新聞社のビジネスモデルの闇、ABC部数検証・兵庫県〈2〉
新聞人の知的能力に疑問、新聞社のビジネスモデルの闇、ABC部数検証・兵庫県〈3〉

▼黒薮哲哉(くろやぶ・てつや)
ジャーナリスト。著書に、『「押し紙」という新聞のタブー』(宝島新書)、『ルポ 最後の公害、電磁波に苦しむ人々 携帯基地局の放射線』(花伝社)、『名医の追放-滋賀医科大病院事件の記録』(緑風出版)、他。
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新聞衰退論を考える ── 新聞社が新聞の「注文部数」を決めている可能性、新聞社のビジネスモデルの闇、ABC部数検証・兵庫県〈2〉 黒薮哲哉

本稿は、兵庫県をモデルとした新聞のABC部数の実態を検証するシリーズの2回目である。1回目では、朝日新聞と読売新聞を取り上げた。これらの新聞のABC部数が、多くの自治体で複数年に渡って「増減ゼロ」になっている実態を紹介した。いわゆるABC部数のロック現象である。

※1回目の記事、朝日と読売のケース http://www.rokusaisha.com/wp/?p=41812

今回は、毎日新聞と産経新聞を取り上げる。朝日新聞や読売新聞で確認できた同じロック現象が、毎日新聞と産経新聞でも確認できるか否かを調査した。

【注意】なお、下記の2つの表は、ABC部数を掲載している『新聞発行社レポート』の数字を、そのまま表に入力したものではない。『新聞発行社レポート』は、年に2回、4月と10月に区市郡別のABC部数を、新聞社別に公表するのだが、時系列の部数変化をひとつの表で確認することはできない。時系列の部数増減を確認するためには、『新聞発行社レポート』の号をまたいでデータを時系列に並べ変える必要がある。それにより特定の自治体における、新聞各社のABC部数がロックされているか否かを確認できる。

次に示すのが、2017年4月から2021年10月までの期間における毎日新聞と産経新聞のABC部数である。着色した部分が、ロック現象である。ABC部数に1部の増減も確認できない自治体、そのABC部数、ロックの持続期間が確認できる。ロック現象は、「押し紙」(あるいは「積み紙」)の反映である可能性が高い。新聞の読者数が、長期間にわたりまったく変わらないことは、通常はあり得ないからだ。

2017年4月から2021年10月までの期間における毎日新聞のABC部数
2017年4月から2021年10月までの期間における産経新聞のABC部数

前回の連載で紹介した読売新聞ほど極端ではないにしろ、毎日新聞も産経新聞もABC部数がロックされた状態が頻繁に確認できる。ロックしたのが、新聞社なのか、それとも販売店なのかは議論の余地があるが、少なくともABC部数が新聞の実配部数(販売店が実際に配達している部数)を反映していない可能性が高い。従って広告主のPR戦略の指標にはなり得ない。

◆新聞のビジネスモデルは崩壊

新聞のビジネスモデルは、新聞の部数を水増しすることを核としている。それにより新聞社は、2つのメリットを得る。

まず、第1に新聞の販売収入を増やすことである。ABC部数は新聞社が販売店へ販売した部数であるから、搬入部数が多ければ多いほど、新聞社の販売収入も増える。逆説的に言えば、販売収入の減少を抑えるためには、販売店に搬入する新聞の部数をロックするだけでよい。

新聞社は最初に全体の発行部数を決め、それを基に予算編成することもできる。

第2のメリットは、ABC部数が増えれば、紙面広告の媒体価値が相対的に高くなることである。それゆえにABC部数をロックすることで、媒体価値の低下を抑えることができる。もっとも最近は、この原則が崩壊したとも言われているが、元々は紙面広告の媒体価値とABC部数を連動させる基本原則があった。

一方、ABC部数を維持することで販売店が得るメリットは、折込広告の収入が増えることである。販売店へ搬入される折込広告の枚数は、搬入部数(ABC部数)に連動させる基本原則があるので、たとえ搬入部数に残紙(「押し紙」、あるいは「積み紙」)が含まれていても、それとセットになった折込広告の収入を得ることができる。客観的にみれば、この収入は水増し収入ということになるが、販売店にとっては、残紙の負担を相殺するための貴重な収入になる。

もっとも最近は広告主が、折込広告の水増しを知っていて、自主的に折込広告の発注枚数をABC部数以下に設定する商慣行ができている。そのために従来の新聞のビジネスモデルは、崩壊している。残紙による損害を、折込広告の水増しで相殺できなくなっているのである。

◆コンビニの商取引と新聞販売店の商取引の違い

最近の「押し紙」裁判では、だれが新聞の「注文部数」を決めているのかが争点になっている。コンビニなど普通の商店では、商店主が商品の「注文部数」を決めるが、新聞の商取引では、新聞社が「注文部数」を決めていることが指摘されている。その結果、ABC部数のロック現象が顕著化しているとも言える。

これまで兵庫県をモデルケースとして朝日、読売、毎日、産経のABC部数検証を行った。その結果、部数のロックという共通点が明らかになった。

次回の3回目の連載では、日経新聞と神戸新聞に焦点を当ててみよう。経済紙や地方紙にも、ABC部数の「ロック」を柱とした販売政策が敷かれているのかどうかを検証したい。(つづく)

◎黒薮哲哉-新聞衰退論を考える ── 公称部数の表示方向を変えるだけでビジネスモデルの裏面が見えてくる ABC部数検証・兵庫県〈1〉

▼黒薮哲哉(くろやぶ・てつや)
ジャーナリスト。著書に、『「押し紙」という新聞のタブー』(宝島新書)、『ルポ 最後の公害、電磁波に苦しむ人々 携帯基地局の放射線』(花伝社)、『名医の追放-滋賀医科大病院事件の記録』(緑風出版)、他。
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選挙人名簿流出事件に揺れる神奈川県真鶴町、松本町長ら4人を刑事告発へ、超党派の運動が始まる 黒薮哲哉

何年にも渡って君臨した独裁政権が崩壊した後に選挙を実施する場合、国際監視団が現地入りして、選挙を厳しく監視する体制が敷かれることがある。汚点のない選挙の実現。わたしが知っている先駆け的な例としては、1984年のニカラグアがある。軍事独裁政権が崩壊した後、外国からの選挙監視団やマスコミが続々と乗り込んできて、この中米の小国は、初めて公正な自由選挙を実施したのである。

同じような制度と原理を導入するために、真鶴町の住民らが動きはじめた。住民の橋本勇さんが言う。

「外部の選挙監視団を入れて公正で清潔な選挙を実施できる制度を作る必要があります。その制度を真鶴から全国へ広げたいものです。そのために、汚職に関与した松本町長や選挙管理委員会の書記長など、4人の刑事告発を超党派で検討しています。また、選挙管理委員会も総入れ替えをする必要があります。不正を犯した書記長の残党が残っていますから」

橋本さんは、会社勤務を経て約40年前に真鶴に移り住み、光の海が一望できる岬に旅館とレストランを開業した。その真鶴が一部の人々の手で壊されていくことに心を痛めている。それが住民運動を始めた動機である。

選挙人名簿流出事件に揺れる神奈川県真鶴町

◆広がる選挙管理委員会に対する不信感、選挙監視団制度の導入が不可欠

汚職事件は昨年の秋、ひとりの勇敢な男性の内部告発にはじまる。森敦彦氏。真鶴町の役所に勤務した後、2017年に町議になった。しかし、再選を目指した2021年9月の町議選では落選した。

その後、選挙運動の残務整理をしていると、1通の大きな封筒が出てきた。開けてみると、中に真鶴町の選挙人名簿や住民基本台帳などが入っていた。森さんが言う。

「この封筒は、町の選挙管理委員会の尾森書記長(当時)が届けたものですが、事前に松本一彦町長から、あなたの選挙に活用できる資料を届けさせると連絡を受けていたので、中身は町長が作成した自分の支援者名簿だと思っていました。そのようなものは必要なかったので、わたしは封も切らずにそのまま放置していました。自分の基礎票だけで再選できると思ったのです。選挙が終わってから、封を切ったところ、中から選挙人名簿や住民基本台帳が出てきたのです。わたしはびっくりして、警察に届け出ました」

知人の勧めで、マスコミにも通報した。中央紙はほとんど報じなかったが、地元の神奈川新聞やローカル紙が熱心にこの事件を取り上げた。その結果、松本町長は10月26日に記者会見を開いて、自らの責任を認めた。選挙管理委員会の尾森書記長に選挙人名簿や住民基本台帳などをコピーさせ、外部に持ち出させたことを認め、辞任を表明したのである。また、その後、これらの書面を青木健議員と岩本克美議員(議長)にも配布したことを公表した。

不祥事により政治家が辞任すること自体は特に珍しいことではない。しかし、松本町長は、辞任した後、お詫び回りを続け、町長選がはじまる直前に再出馬を表明した。そして次点候補と88票の僅差で町長選に勝利したのである。この88票も、開票の最終ステージで逆転したものだという。そのために選挙管理委員会に対して再び不信感を募らせる市民もいた。

◆汚職を告発した者が悪者に、デマが拡散

わたしは松本町長が当選したことを知ったとき、正直なところ真鶴町の住民は無知ではないかと疑った。同時に、これは真鶴町だけの現象なのか、それとも国家の劣化の縮図なのだろうかと自問した。他の自治体でも、水面下で同じようなことが起きているのではないかと疑った。

1月28日、わたしは橋本勇さんを尋ねてJRの電車で東京から真鶴町へ向かった。海が一望できる橋本さん経営のレストランで、橋本さんの他にも2人の人物を取材した。この事件を告発した森敦彦さんと、真鶴町議会の天野雅樹副議長だった。

森さんは、告発後の予期せぬリアクションに戸惑ったという。

「一番悪いのは森だというデマが広がったのです。これは予想しませんでした」

森さん自身が松本町長から提供された選挙人名簿を使って、町議選の選挙活動をしたという噂を、だれかが町中に広げたのである。しかし、森さんの告発には、理由があった。みずからが真鶴町の職員として働いていた約35年の間に、職員らが町長の人事権の前に、自由にものが言えない実態を目の当たりにしたからである。森さん自身、職場を点々とさせられた。異動の繰り返しに悩まされたのだ。特に、住居を真鶴町から隣町へ移してからは、この種の差別的な扱いが顕著になったという。縦の人間関係を重視しなければ生きられない実態を目の当たりにしたのである。

町の職員たちは、町長の人事権に縛られて自由にものが言えない。その苦しみを森さんは知っていた。実際、この事件についても、町役場の職員らは、不快な思いをしているという。

このあたりの事情について、天野雅樹さんが次のように話す。

「事件後に、わたしのところにこの事件は公職選挙法違反に該当するのではないかという意見が多数寄せられました。そこでわたしから町の選挙管理委員会にその声を伝えたところ、選挙管理委員会にも直接、町民から苦情が来ていることが分かりました。それに対処する町役場の職員らも悩んでいます。町長との板挟みの状態です。内心では怒っています」

天野さんは真鶴町で生まれ、千葉県やロサンゼルスなどで働いたあと、結婚を期に真鶴町に戻った。30歳の時である。会社を経営した後、2017年に町議になった。天野さんが続ける。

「松本町長が再選された後、職員の退職が相次ぎました。たとえば加藤哲三教育長は、2022年1月末で辞任しました。消防団の団長と副団長も辞任しかねない状況です。1月の成人式では、松本町長が式辞を述べるのであれば、参加しないという町民が相次いで、松本町長が出席を辞退しました。さらに松本町長が、隣の箱根町の町長に面談を申し入れたところ拒否されました」

松本町長が再選されたとはいえ、多くの町民が名簿流出事件を許していないのである。

ちなみに、松本町長から、選挙人名簿などの持ち出しを指示され、それに従った尾森選挙管理委員会書記長は、11月11日に懲戒免職処分となった。名簿流出事件の責任を背負わされることになった。

◆選挙管理委員会と町長の汚職

真鶴町議会は、2021年11月30日に、名簿を受け取った青木健議員と岩本克美議員に対する議員辞職勧告決議を採択した。議員辞職勧告決議に法的な拘束力はないが、真鶴町議会は両議員が、町議としふさわしくないと決議したのである。

ちなみに青木議員は、元町長でもある。今回の事件に関与しただけではなく、みずからが出馬した2016年の町長選の際には、当時、真鶴町役場の職員だった松本現町長に選挙人名簿をコピーさせ、外部へ持ち出させた。本人はそれを否定しているが、松本町長は、メディアに対してそんなふうに事情を説明している。これに関して、たとえば神奈川新聞(11月5日)は次のように報じている。

 
「自らの利益のために住民の個人情報を漏洩させた 神奈川県真鶴町松本一彦町長に抗議の声を! 緊急」作成者:真鶴町個人情報漏洩被害者の会(まなづる希望)

【引用】松本氏によると、同年(2016年)の町長選前に青木氏から選挙人名簿を提供するように依願されたという。「上司と部下という意識が引きずり、青木氏の返り咲きを求める気持ちもあった」。役場庁舎内のロッカーの上に積まれていた全有権者約6800人分の名簿を別の職員1人とともに40分かけて庁舎内でコピー。青木氏に自ら名簿を手渡したという。

汚職は今に始まったことではない。従来から前近代的な人間関係が温床としてあった。

◆広がる超党派の動き、刑事告発は秒読み段階

この事件の核心にメスを入れて、正常な真鶴町を取り戻そうと、住民たちが動き始めている。それは橋本さんたちだけではない。真鶴個人情報漏洩被害者の会(まなづる希望)も運動体のひとつである。ウエブサイトをたちあげて、超党派で事件に関与した4人の刑事告発を予定している。橋本さんが言う。

「他にも4人の告発を検討しているグループがあるので、わたしはみんなをひとつにまとめていきたいと思います。真鶴町は先人らが築いた美しい町です。それを守るために動きます」

議会制民主主義は、戦争という不幸な歴史を経て、戦後日本が獲得したかけがいのない遺産であるが、それがいま形骸の様相を強め、崩壊し始めている。一旦、失ってしまうと取り戻すのに変な犠牲を強いられる。

その意味で真鶴の事件は、単なる一地方の問題ではない。思想信条の違いを超えて熟考しなければならない同時代のテーマなのである。

◎[参考記事]すでに崩壊か、日本の議会制民主主義? 神奈川県真鶴町で「不正選挙」、松本一彦町長と選挙管理委員会の事務局長が選挙人名簿などを3人の候補者へ提供


◎[参考動画]令和4年1月28日午後6時30分開催真鶴町第8回議会報告会(真鶴町公式チャンネル)

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新聞衰退論を考える ── 公称部数の表示方向を変えるだけでビジネスモデルの裏面が見えてくる ABC部数検証・兵庫県〈1〉 黒薮哲哉

新聞販売店に放置された残紙(「押し紙」、あるいは「積み紙」)の写真がインターネットで拡散されるケースが増えてきた。店舗の内部や路上に、その日の残紙を積み上げた光景は、今や身近なものになってきた。「押し紙」で画像を検索すると、凄まじい残紙の写真が次から次へ画面に現れる。動画もアップされている。(文尾の動画参照)

が、新聞衰退を論じる学者やジャーナリストの多くは依然として、残紙問題を直視しない。なぜ、それが間違いなのだろうか? 本稿で考えてみたい。

 
ビニール包装されているのが残紙。新聞で包装されているのが折込広告

◆ABC部数には残紙が含まれている

新聞衰退論を語る論者が、その根拠として持ち出す根拠のひとつに新聞のABC部数の激減がある。ABC部数とは、日本ABC協会が定期的に公表している新聞の発行部数である。厳密に言えば、新聞社が販売店に対して販売した部数である。それが「押し売り」であるか否かは別にして、卸代金の徴収対象になる新聞部数のことである。

そのABC部数が減っていることを根拠として、新聞社が衰退のスパイラルに陥っているとする論考が後を絶たない。具体例をあげる必要がないほど、新聞産業の衰退を語るときには、この点が強調される。

しかし、このような論考には根本的な誤りがある。妄言とはまではいえないが、本質に切り込むものではない。客観的な事実認識を誤っているからだ。

ABC部数は、新聞社が販売店に販売した新聞部数を表している。しかし、必ずしもそれが新聞購読者数とは限らないからだ。たとえば新聞社が、販売店に対して3000部の新聞を販売していると仮定する。だが、販売店と新聞購読契約を結んでいる読者が2000人しかいない場合、ABC部数との間に1000部の差異が生じる。実際には2000人しか新聞購読者がいないのに、3000人の読者がいるという間違った認識が生まれてしまう。

それを前提として新聞の部数減を論じても、それは正確な事実に基づいたものではない。ABC部数に残紙が含まれていることに言及しなければ、読者をミスリードしてしまう。しかも、残紙でABC部数をかさ上げしている数量は、膨大になっていると推測できる。

本稿では、兵庫県における朝日新聞と読売新聞を例にして、ABC部数のグレーゾーンを検証しよう。

◆データを並べ変えると新聞のビジネスモデルのからくりが見えてくる

次に示すのは、兵庫県全域における読売新聞のABC部数である。期間は2017年4月から2021年10月である。カラーのマーカーをつけた部分が、部数がロックされている箇所と、その持続期間である。言葉を変えると、読売新聞が販売店に対して販売した部数のロック実態である。

【注意】なお、下記の2つの表は、ABC部数を公表している『新聞発行社レポート』の数字を、そのままエクセル表に移したものではない。『新聞発行社レポート』は、4月と10月に区市郡別のABC部数が、新聞社ごとに表示されるのだが、時系列の部数変化を確認・検証するためには、号をまたいで時系列に『新聞発行社レポート』のデータを並べてみる必要がある。それにより特定の自治体における、特定の新聞のABC部数が時系列でどう変化しいたかを確認できる。
 
いわばABC部数の表示方法を工夫するだけで、新聞業界のでたらめなビジネスモデルの実態が浮かび上がってくるのである。

2017年4月から2021年10月の『新聞発行社レポート』(年に2回発行)を基に筆者が作成した兵庫県における読売新聞のABC部数の変化表である。日本ABC協会が作成したものではない

たとえば神戸市北区におけるABC部数の変化に注視してほしい。3年半に渡って、17,034部でロックされている。つまり読売は北区にあるYCに対し、3年半に渡って同じ部数を販売したことになる。しかし、新聞の購読者数が3年半に渡って1部の増減も生じない事態はまずありえない。あまりにも不自然だ。なぜ、このような実態になったのだろうか。

それは読売が販売店に対して新聞仕入れ部数のノルマを課しているか、さもなければ販売店が自主的に一定の部数を買い取っているかのどちらかである。わたしは、これまでの取材経験から前者の可能性が高いと考えている。

他の地域についてもロック現象が頻繁に観察できる。南あわじ市のABC部数にいたっては5年間にわたり1部の増減も観察できない。

このようなデータを鵜呑みにして論じた新聞衰退論には、正確な裏付けがない。

朝日新聞のABC部数の変化も紹介しよう。読売新聞と同様に、部数がロックされている実態が各地で確認できる。

2017年4月から2021年10月の『新聞発行社レポート』(年に2回発行)を基に筆者が作成した兵庫県における朝日新聞のABC部数の変化表である。日本ABC協会が作成したものではない

◆「押し紙」裁判の資料は裁判所で公開されている

上記の2件の調査から、ABC部数と新聞の購読者数の間にかなりの乖離があることが推測できる。それでは新聞の衰退を部数減という面から論じるとき、なにが必要なのだろうか?

まず、第一にそれは全国で多発している「押し紙」裁判を通じて、残紙の実態を把握することである。現在、読売の「押し紙」裁判だけでも、全国で少なくとも3件起きている。

(東京本社が1件、大阪本社が1件、西部本社が1件)裁判資料は原則として、裁判所で閲覧できるので、裁判の当事者が閲覧制限でもしていない限り、残紙の実態は簡単に把握できる。そのうえで、ABC部数の性質を把握する必要がある。

第2に、新聞社の残紙を柱とした新聞のビジネスモデルを分析することである。熊本日日新聞などは例外として、大半の新聞社は、残紙でABC部数をかさあげすることで、販売収入と広告収入を増やしている。一方、販売店は残紙で生じた損害を、折込広告の水増しや補助金で相殺することで、経営を成り立たせる。この従来のビジネスモデルが成り立たなくなってきたのである。実は、この点が新聞衰退の本質的な原因なのである。ABC部数の増減は枝葉末節にすぎない。

2008年ごろに週刊誌や月刊誌がさかんに「新聞衰退」の特集を組んだことがある。これらの特集は、数年のうちに新聞社が崩壊しかねないかのような論調だった。が、そうはならなかった。その要因は、残紙の損害を折込広告で相殺するビジネスモデルがあったからにほかならない。従ってそれがどのようなものであるかを解明しない限り、新聞衰退の実態を正しく把握することはできない。ABC部数の増減だけが問題ではないのだ。むしろこれは世論をあざむくトリックなのである。

◆データとしての価値に疑問

なお、余談になるが公表されている新聞の発行部数が正確な購読者数を反映していなければ、広告主にとっては使用価値がない。少なともABC部数と読者数の間にほとんど差異がないことが、データとしての価値を保証する条件なのである。

この点に関して、日本ABC協会は次のようにコメントしている。

【日本ABC協会のコメント】

お世話になっております。以前にも同様のお問い合わせをいただいておりますが、
ABCの新聞部数は、発行社が規定に則り、それぞれのルートを通じて販売した部数報告を公開するものです。

この部数については、2年に1度新聞発行社を訪問し、間違いがないかを確認しています。

広告主を含むABC協会の会員社に対しては、ABCの新聞部数はあくまで販売部数であり、実配部数ではないことを説明しています。

販売店調査では、実配部数も確認していますが、サンプルで選んだ販売店のみの調査となります。

個々の販売店調査の結果は、公査終了後、各社の販売責任者に報告していますが、公査の内容に関しましては、守秘義務があり、当事者以外の方には公表していません。

また、部数がロックされているということに関しては、新聞社と販売店の取引における現象であり、当協会はあくまで報告された部数の確認・認証が主な業務のため、お答えする立場ではございません。

どうぞよろしくお願いいたします。


◎[参考動画]残紙の回収場面(18 Mar 2013)Oshigami Research

▼黒薮哲哉(くろやぶ・てつや)
ジャーナリスト。著書に、『「押し紙」という新聞のタブー』(宝島新書)、『ルポ 最後の公害、電磁波に苦しむ人々 携帯基地局の放射線』(花伝社)、『名医の追放-滋賀医科大病院事件の記録』(緑風出版)、他。
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日本禁煙学会・作田学理事長を書類送検、問われる医師法20条違反、横浜地検が捜査に着手 黒薮哲哉

請求額は約4500万円。訴えは棄却。煙草の副流煙で体調を崩したとして、同じマンションの隣人が隣人を訴えたスラップ裁判の「戦後処理」が、新しい段階に入った。

日本禁煙学会の作田学理事長に対する検察の捜査がまもなく始まる。この事件で主要な役割を果たした作田医師に対する捜査が、神奈川県警青葉署ら横浜地検へ移った。

それを受けて被害者の妻・藤井敦子さんと「支援する会(石岡淑道代表)」は、24日、厚生労働省記者クラブで会見を開いた。

◆藤井さんの勝訴、診断書のグレーゾーンが決め手に

 
告発人の藤井敦子さん

事件の発端は、2019年11月にさかのぼる。藤井さん夫妻と同じマンションの2階に住むAさん一家(夫・妻・娘の3人)は、藤井さんの夫が自宅で吸う煙草の副流煙で、「受動喫煙症」などに罹患したとして、4500万円の損害賠償を求める裁判を起こした。しかし、審理の中で、提訴の根拠となった3人の診断書(作田医師が作成)のうち、A娘の診断書が無診察で交付されていた事実が判明した。無診察による診断書交付は医師法20条で禁じられている。刑事事件にもなりうる。

さらにその後、A家の娘の診断書が2通存在していて、しかも病名などが微妙に異なっていることが明らかになった。同じ患者の診断書が2通存在することは、正常な管理体制の下では起こり得ない。これらの事実から作田医師がA家の娘のために交付した診断書が偽造されたものである疑惑が浮上した。

横浜地裁は3人の請求を棄却すると同時に、診断書を作成した作田医師に対して医師法20条違反を認定した。また、日本禁煙学会が独自に設けている「受動喫煙症」の診断基準が、裁判提起など「禁煙運動」推進の政策目的で作られていることも認定した。この裁判では、日本禁煙学会の医師や研究者が次々と原告に加勢したが、なにひとつ主張は認められなかった。

また審理の中で、原告の1人が元喫煙者であったことも判明した。

その後、控訴審でも藤井さんが勝訴して裁判は終わった。

◆広義の「スラップ訴訟」、訴権の濫用に対する責任追及

 
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このスラップ裁判に対する「戦後処理」を、藤井さん夫妻らは刑事告発というかたちで開始した。告発の対象にしたのは、診断書を作成した作田医師、3人の原告、それに弁護士である。今回、青葉署が書類送検したのは、このうちの作田医師のみである。

告発人らの主張は、作田医師の医師法20条違反は、刑法という観点からは虚偽診断書行使罪に該当するというものである。事実、そのような判例は存在する。「作成罪」ではなく、「行使罪」としたのは、前者が時効の壁に阻まれたからにほかならない。

ちなみに作田医師が3人の診断書に付した「受動喫煙症」という病名は、WHO(世界保健機関)が決めた疾患の国際分類である「ICD10」コードには含まれていない。つまり「受動喫煙症」という病名は、日本禁煙学会が独自に作ったものである。従って保険請求の対象にもならない。化学物質による人体影響を診断する正確な病名は、化学物質過敏症である。これについては、「ICD10」コードには含まれている。

近々に藤井さん夫妻は、スラップ訴訟に対する損害賠償裁判(民事)も提起する。今度は民事の観点から関係者の責任を追及する。最初のスラップ訴訟を提起した根拠が、疑惑だらけの診断書であるからだ。それを前提に作田医師らが、自論を展開したからだ。

また弁護士に対する懲戒請求も視野に入れている。弁護士職務基本規程は、「弁護士は、偽証若しくは虚偽の陳述をそそのかし、又は虚偽と知りながらその証拠を提出してはならない」(第75条)と規定しているからだ。

スラップ訴訟の「戦後処理」は、これから本格化する。

【藤井敦子さんのコメント】

「わたしたちは分煙には賛成の立場です。しかし、根拠なく喫煙者に対して高額訴訟で恫喝するなど過激な行為は容認できません。横浜地検が今後、この事件をどう処理するかは分かりませんが、今後も引き続きラジカルな禁煙運動に対しては警鐘を鳴らし続けます」

【石岡淑道代表のコメント】

「多くの医師の規範となるべき作田医師は、医師法20条違反を犯しながら見苦しい言い訳に終始しています。反省も謝罪もしていません。どんな弁明をしても、その行為は正当化されるものではないと考えます」

※なお、この事件については、筆者の最新刊『禁煙ファシズム-横浜副流煙事件の記録』(鹿砦社)に詳しく書いている。2月1日に書店発売になる。

【参考記事】煙草を喫って4500万円、不当訴訟に対して「えん罪」被害者が損害賠償訴訟の提訴を表明、「スラップ訴訟と禁煙ファシズムに歯止めをかけたい」

▼黒薮哲哉(くろやぶ・てつや)
ジャーナリスト。著書に、『「押し紙」という新聞のタブー』(宝島新書)、『ルポ 最後の公害、電磁波に苦しむ人々 携帯基地局の放射線』(花伝社)、『名医の追放-滋賀医科大病院事件の記録』(緑風出版)、他。
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米国が台湾で狙っていること 台湾問題で日本のメディアは何を報じていないのか? 全米民主主義基金(NED)と際英文総統の親密な関係 黒薮哲哉

赤い絨毯(じゅうたん)を敷き詰めた演壇に立つ2人の人物。性別も人種も異なるが、両人とも黒いスーツに身を包み、張り付いたような笑みを浮かべて正面を見据えている。男の肩からは紫に金を調和させた仰々しいタスキがかかっている。メディアを使って世論を誘導し、紛争の火種をまき散らしてきた男、カール・ジャーシュマンである。

 
蔡英文総統と勲章を授与されたカール・ジャーシュマン(出典:全米民主主義基金のウェブサイト)

マスコミが盛んに「台湾有事」を報じている。台湾を巡って米中で武力衝突が起きて、それに日本が巻き込まれるというシナリオを繰り返している。それに呼応するかのように、日本では「反中」感情が急激に高まり、防衛費の増額が見込まれている。沖縄県の基地化にも拍車がかかっている。

しかし、日本のメディアが報じない肝心な動きがある。それは全米民主主義基金(NED)の台湾への接近である。この組織は、「反共キャンペーン」を地球規模で展開している米国政府系の基金である。

設立は1983年。中央アメリカの民族自決運動に対する介入を強めていた米国のレーガン大統領が設立した基金で、世界のあちらこちらで「民主化運動」を口実にした草の根ファシズムを育成してきた。ターゲットとした国を混乱させて政権交代を試みる。その手法は、トランプ政権の時代には、香港でも適用された。

全米民主主義基金は表向きは民間の非営利団体であるが、活動資金は米国の国家予算から支出されている。実態としては、米国政府そのものである。それゆえに昨年の12月にバイデン大統領が開催した民主主義サミット(The Summit for Democracy)でも、一定の役割を担ったのである。

◆ノーベル平和賞受賞のジャーナリストも参加

民主主義サミットが開催される前日、2021年12月8日、全米民主主義基金は、米国政府と敵対している国や地域で「民主化運動」なるものを展開している代表的な活動家やジャーナリストなどを集めて懇談会を開催した。参加者の中には、2021年にノーベル平和賞を受けたフィリピンのジャーナリスト、マリア・レッサも含まれていた。また、香港の「反中」活動家やニカラグアの反政府派のジャーナリストらも招待された。世論誘導の推進が全米民主主義基金の重要な方向性であるから、メディア関係者が人選に含まれていた可能性が高い。(出典:https://www.ned.org/news-members-of-us-congress-activists-experts-call-to-rebuild-democratic-momentum-summit/

この謀略組織が台湾の内部に入り込んで、香港のような混乱状態を生みだせば、米中の対立に拍車がかかる。中国が米国企業の必要不可欠な市場になっていることなどから、交戦になる可能性は少ないが、米中関係がさらに悪化する。

◆国連に資金援助して香港の人権状況をレポート

香港で混乱が続いていた2019年10月、ひとりの要人が台湾を訪問した。全米民主主義基金のカール・ジャーシュマン代表(当時、)である。ジャーシュマンは、1984年に代表に就任する以前は、国連の米国代表の上級顧問などを務めていた。

ジャーシュマン代表は、台湾の蔡英文総統から景星勳章を贈られた。(本稿冒頭の写真を参照)。景星勳章は台湾の発展に貢献をした人物に授与されるステータスのある勲章である。興味深いのは、台湾タイムスが掲載したジャーシュマンのインタビューである。当時、国際ニュースとして浮上していた香港の「民主化運動」についてジャーシュマンは、全米民主主義基金の「民主化運動」への支援方針はなんら変わらないとした上で、その活動資金について興味深い言及をした。

【引用】NED(全米民主主義基金)は、香港の活動家に資金提供をしているか否かについて、ジャーシュマンは「いいえ」と答えた。同氏は、NEDは、香港について3件の助成金を提供しているが、それは国連が人権と移民労働者の権利についての定期レポートを作成するためのものだと、述べた。(出典:https://www.taipeitimes.com/News/taiwan/archives/2019/12/14/2003727529

 つまり全米民主主義基金が、国連に資金援助をして香港の人権状況を報告させていたことになる。国連での勤務歴があり、国連との関係が深いジャーシュマンであるがゆえに、こうした戦略が可能になったと思われるが、別の見方をすれば、全米民主主義基金は、国際的な巨大組織を巻き込んだ世論誘導を香港で行ったことになる。その人物が、香港だけではなく、台湾にも接近しているのである。

カール・ジャーシュマンが景星勳章を授与されてから1年後の2020年8月、中国政府は香港問題に関与した11人の関係者に対し制裁措置を発動した。その中のひとりにジャーシュマンの名前があった。他にも米国系の組織では、共和党国際研究所のダニエル・トワイニング代表、国立民主研究所のデレク・ミッチェル代表、自由の家のマイケル・アブラモウィッツ代表の名前もあった。(出典: https://www.ned.org/democracy-and-human-rights-organizations-respond-to-threat-of-chinese-government-sanctions/

◆米国の世界戦略の変化、軍事介入から世論誘導へ

意外に認識されていないが、米国の世界戦略は、軍事介入を柱とした戦略から、外国の草の根ファシズム(「民主化運動」)の育成により、混乱状態を作り出し、米国に敵対的な政府を転覆させる戦略にシフトし始めている。その象徴的な行事が、米国のバイデン大統領が、昨年の12月9日と10日の日程で開催した民主主義サミットである。

トランプ大統領は、大統領就任当初から、「米国は世界の警察ではない」という立場を表明するようになった。同盟国に対して、軍事費などの相応な負担を求めるようになったのである。

その背景には、伝統的な軍事介入がだんだん機能しなくなってきた事情がある。加えて、米国内外の世論が伝統的な軍事介入を容認しなくなってきた事情もある。

 
アントニー・ブリンケン(出典:ウィキペディア)

バイデン政権が発足した後の2021年3月4日、アントニー・ブリンケン国務長官は、「米国人のための対外政策」と題する演説を行った。その中で、対外戦略の変更について、過去の失敗を認めた上で、次のように言及している。

「われわれは、将来、費用のかかる軍事介入により権威主義体制を転覆させ、民主主義を前進させることはしません。われわれは過去にはそうした戦略を取りましたが、うまくいきませんでした。それは民主主義のイメージを落とし、アメリカ人の信用失墜を招きました。われわれは違った方法を取ります。」

「繰り返しますが、これは過去の教訓から学んだことです。 アメリカ人は外国での米軍による介入が長期化することを懸念しています。それは真っ当なことです。介入がわれわれにとっても、関係者にとっても、いかに多額の費用を要するかを見てきました。

とりわけアフガニスタンと中東における過去数十年間の軍事介入を振り返るとき、それにより永続的な平和を構築するための力には限界があることを教訓として確認する必要があります。大規模な軍事介入の後には想像異常の困難が付きまといます。 外交的な道を探ることも困難になります。」(出典:https://www.state.gov/a-foreign-policy-for-the-american-people/

実際、米国軍は2021年8月、アフガニスタンから完全撤廃した。そして既に述べたように昨年12月、バイデン大統領が民主主義サミットを開催し、そこへ全米民主主義基金などが参加して、その専門性を発揮したのである。

◆第11回世界の民主主義運動のための地球会議」が台湾で

しかし、実態としては米国政府が本気で非暴力を提唱しているわけではない。ダブルスタンダードになっている。事実、外国で「民主化運動」なるものを展開して、国を混乱させた後、クーデターを起こす戦略がベネズエラ(2002年)やニカラグア(2018年)、そしてボリビア(2019年)で断行された。香港でも類似した状況が生まれていた。米国の戦略は、当該国から見れば内政干渉なのである。

筆者は、台湾でも米国が香港と同様の「反中キャンペーン」を展開するのではないかと見ている。火種は、米国側にある。香港と同じような状況になれば、中国も反応する可能性がある。

今年の10月には、「第11回世界の民主主義運動のための地球会議」が台湾で開催される。主催者は、「民主主義のための世界運動」という団体だ。しかし、この団体の事務局を務めているのは、米民主主義基金なのである。(出典:https://www.ned.org/press-release-11th-global-assembly-world-movement-for-democracy/

【参考記事】全米民主主義基金(NED)による「民主化運動」への資金提供、反共プロパガンダの温床に、香港、ニカラグア、ベネズエラ…… 

▼黒薮哲哉(くろやぶ・てつや)
ジャーナリスト。著書に、『「押し紙」という新聞のタブー』(宝島新書)、『ルポ 最後の公害、電磁波に苦しむ人々 携帯基地局の放射線』(花伝社)、『名医の追放-滋賀医科大病院事件の記録』(緑風出版)、他。
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