「専門職大学院」と文科省が区分する大学院がある。「大学院のうち、学術の理論及び応用を教授研究し、高度の専門性が求められる職業を担うための深い学識及び卓越した能力を培うことを目的とするもの」のことである(学校教育法第99条第2項)。

通常の大学院は学部の上に位置し、研究を主たる目的としているのに対して、「専門職大学院」は「職業」を明確に視野に入れた教育研究がなされる場所とうことである。

その範疇に「法科大学院(ロースクール)」がある。法学部を卒業して法曹界に仕事を求めようとする人(司法試験受験を志す人)が学ぶ場所だ。司法試験受験は「法科大学院」進学以外にも方法はあるが、現在大多数の受験生は法科大学院を修了した人だ。

◆全国73校の6校しか募集定員に達していない法科大学院の惨状

そもそも「法科大学院」が設置された背景には法曹界の「人材不足」があった。あるいは「日本の裁判は時間がかかりすぎる」という批判も理由とされた。裁判官、検事、弁護士が足らないのだから人数を増やしましょう、ということで旧司法試験を大幅に改編して「司法改革」(裁判員制度の導入)とも併せて各大学は「法科大学院」を競うように設置した。

設置当初はどの大学も学生募集に関する限りは好調だった。「司法試験が大幅に簡易化される」=「合格しやすくなる」という安易な誤解がその背景にはあった。

だが、予想外の問題が起きた。スタッフを揃えそれなりの教育をしているのだから「司法試験」にはせめて半数位の合格者は出せるだろう、と考えていた大学のほとんどが、受験者中2割の合格者すら出せない有様に陥ってしまったのだ。そうなると「法科大学出身ながら司法試験不合格者」というマイナスのイメージを背負って仕事を探さなければならない。「潰し」が効きにくくなるのだ。たちまちその情報は大学生にも伝わり、志願者の急激な減少が始まる。2014年度、定員を満たしているのは全国にある73の「法科大学院」のうち、わずか6校に過ぎない。

既に募集停止を決めた大学も10以上出てきたし、これからも「法科大学院」の閉校は続くだろう。

◆遠からず破綻するロースクール制度

法科大学院地盤沈下、もとはと言えば明らかな国策の誤りだ。勿論それにホイホイと乗ってしまった各大学の軽薄さも情けなくはあるが、法曹関係者の人材不足だけがこの国の法曹界の問題ではなかったということだ。確かに弁護士不足は(数の上では)解消された。いや、むしろ弁護士の中には仕事にありつけない人が少なからずいる。かつては弁護士になれば余程無能でない限り、食べていくことに困ることはなかった。が現在は年収200万円得ることが出来ない弁護士が山ほどいる。

一方で「過払い金の取り戻し」を専門に派手に広告を打つ弁護士事務所はぼろ儲けしている。いつ世のでもあざとい奴は食いはぐれない。

法科大学院が実質的に「破綻」に陥り、法務省も今後は司法試験合格者数の抑制を打ち出した。何とも場当たり的な対応だ。

大学院は一般的に大学よりも学費が安い。が、専門職大学院は例外だ。入学金を含めると年間200万円を超えるところもある。国立でも年間100万円近くの学費がかかる。これだけでも経済的負担は推して知るべしだ。合格可能性の少ない司法試験を目指すための先行投資としてはあまりにも高すぎる。当然志願者も減る。そこで今法科大学院ではなりふり構わない「割引競争」が始まっている。もとより奨学金制度を持っている大学院は別だが、学費の割引を売り物にしている法科大学院は「志願者が寄り付かない」学校と考えてよい。遠からず潰れる。

◆法意識に疎い「市民感覚」で採決を下す「裁判員裁判」の恐ろしさ

不思議なのは、法科大学院と直結はしないものの「裁判員裁判」制度が日弁連も同意する中で導入されたことだ。裁判員に選考されて人を裁こうと裁判所に出かけるのは「国民の義務」らしいけれども、私は同意しない。どうして法律の素人が凶悪犯罪に限り判断を下すことが出来るというのか。裁判に臨む前に裁判員は報道や噂などから完全に隔絶されていて「ニュートラル」な考えの人ばかりであろうか。たった数日の法廷で被告人の量刑を決める。そんな知識や見識のようなものを裁判員が持ち合わせているだろうか。弁護士、検事、裁判官は皆何年も法律を勉強し、司法試験に合格し、司法修習生を経て法廷でそれぞれの役割の仕事をしている。

そんな学習を一切していない市民の「市民感覚」を参考にする必要なんてあるのか。

批判を恐れずに無茶を言う。裁判員として法廷で被告人を裁くに躊躇ない人は、法に無知であるか、心の中にサディスティックな因子を持っている人が多数だ。

裁判員を勤めたけれども、余りも激烈な内容に心を病み、生活に支障を来たすまでになった方が、国家賠償(国賠)を求める裁判が昨年、提訴された。この方以外にも裁判員を軽い気持ちで引き受けてしまったものの、後悔をしている方は少なくないだろう。

法科大学院と同様、裁判員裁判もこれから問題が噴出してくるだろう。

▼田所敏夫(たどころ としお)
兵庫県生まれ、会社員、大学職員を経て現在は著述業。大手メディアの追求しないテーマを追い、アジアをはじめとする国際問題、教育問題などに関心を持つ

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