厚生労働省の労働政策審議会は2月13日、長時間働いても残業代などが払われない新しい働き方を創設する報告書をまとめた。安倍は12日の施政方針演説で「労働時間に画一的な枠をはめる労働制度、社会の発想を、大きく改めていかなければならない」と語り、「残業代ゼロ」となる働き方をつくるのは、その岩盤規制に風穴を開ける「改革」という位置づけ、更に「時間ではなく、成果で評価する新たな労働制度を選べるようにする」として、政権の成長戦略にこの制度の創設を盛り込んだそうだ。

ここまでは、どの新聞でも読める。

◆真っ当な労組が存在していればゼネストをを打つ事態

この「残業代抹殺法」制定への動きを報道している方々は単純な疑問に気が付かないだろうか。

「フレックス制」はどこへ行ったのか?
消えてはいない。多くの企業で出勤時間の自己申告による調整は行われている。新聞社にも夜勤はあるだろう。自己申告により自分の生活と仕事の調整をはかる「フレックス制」には企業、労働者双方にメリットがある。それで「労働時間の画一的な枠」は解決済みじゃないか?

でも安倍の本音は「労働時間」うんぬんではなく「残業代」という概念を消し去ってしまいたいのだ。これを明言するから恐れ入る。安倍の暴走に私の語彙がついてゆけない。

「残業代抹殺法」による労働者のメリットは皆無である。この「蟹工船政策」とでも呼んでやりたい安倍の本心は何も隠すことなく吐露されているから、これ以上の説明は不要なのかもしれないけれども、あまりにもえげつなさすぎる。「連合」などといった腐れ組合ではなく、本当の労組が生きていればゼネストを打つだろう。

◆労働者の基本的権利を「審議会」の密議で奪う日本

安倍が「改めていかなくてはならない」としている「労働時間に画一的な枠をはめる労働制度」とは世界の資本主義発展の中で膨大に生まれた労働者階級の労働条件を如何に「人間的なもの」とするかの闘争の末に勝ち取られた基本権ではなかったのか。国により労働時間の長短はあるが、当初は1日10時間労働、そして1日8時間勤務実質7時間労働(週40時間労働)という基本合意が日本では成立した。その合意を超える労働はいわば「約束違反」だから本俸よりも高い割合で「残業代」が支払われる。これ、常識じゃなかったのか?

何故その基本的権利を「労働政策審議会」などと言う一部の人間の密議で奪われなければならないのか(議事録が公開されていたって内容がインチキだからあんなものは「密議」もしくは「謀議」と呼ぶ)。安倍があたかも旧弊のように言う「労働時間に画一的な枠をはめる労働制度」とは「資本により過剰な労働時間を労働者が押し付けられないように防御する権利」であり労働者と使用者間で最低限の約束ではなかったのか。

対象は年収1075万円以上(平均年収額の3倍以上)、個人と会社の合意が前提、研究開発や金融ディーラーなど専門職に限る、とあたかも一部の労働者のみを対象にしているとの印象造りに余念がない。読者の皆さんはこの約束は守られるとお考えになるだろうか。

◆PKO法と同様に「残業代抹殺法」も必ず変容する

例が違うがPKOは当初「紛争地帯」へは絶対に行かないはずだった。政府は「武器も小火器しか持たせません。日本には平和憲法があるから、あくまでも非軍事部門での国際貢献です。決して戦闘地域へ行くようなことはありません」と嘯いていたではないか。だがカンボジアを皮切りに気が付けばアフリカにまで派兵する実績を作った後に安倍が言い出したのが「解釈改憲」と「積極的平和主義」=「軍事国家化宣言」だ。さっそくその反作用として「イスラム国」から「テロ支援国家」指定をされたではないか。

「残業代抹殺法」も必ず変容する。対象者の年収が700万円に下がりやがて500万円、300万円を経て最後には「全労働者」に広げたいというのが本音だ。「個人と会社の合意」など最初から守られることはないだろう。中規模以上の企業へお勤めの方であればお分かりだろう。職場にそんな「個人の自由」など端からありはしないことを。労組だってあてにならない中で、勇気をもって「拒否」の姿勢を明らかにすることは「兵役拒否」宣言をするに等しい。出来るわけがない。

専門職とされている対象だって、舌の根も乾かぬ内に無原則に広げられるだろう。詭弁使いにかけてこの国の政治家・官僚は世界でもトップクラスだ。「朝令暮改」、「羊頭狗肉」は一切気にならない。無神経と開き直りが成功する政治家の必須条件なのだ。

◆NTT、ベネッセ、イオン、日本郵船などが名を連ねる審議会

「労働者奴隷化計画」は着々と進行する。「労働政策審議会」の中には労働側代表として10名の大規模組合関係者が入っていた。使用者側はNTT、ベネッセ、イオン、日本郵船、経団連など同様に10人だ。これに「公益代表委員」が10名、主として大学教員で構成されている。

この手の「審議会」や「諮問委員会」は最初から結論ありきで、その結論に賛成するであろう者を7割ほど、反対するだろう者を3割ほど入れて、一応「審議」をした形跡だけは残しておく。が、反対意見が多数を占めて政府の思惑通りに進まないことは絶対と言ってよいほどない。

金の亡者「経団連」、「イオン」、「ベネッセ」(社長兼会長は元日本マクドナルド社長の原田泳幸)らと安倍が織りなす「悪の枢軸」の暴走を止めなければならない。ただでさえ非正規労働者はまともな生活をおくることすらままならないのに、「残業代抹殺法」が成立すれば「働いても食えない」社会が益々進行するのは明らかだ。

▼田所敏夫(たどころ としお)
兵庫県生まれ、会社員、大学職員を経て現在は著述業。大手メディアの追求しないテーマを追い、アジアをはじめとする国際問題、教育問題などに関心を持つ

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