4月も残りあとわずか。入学、就職、転職、転勤など今年の春、新生活をスタートさせた人たちもそろそろ新しい環境に慣れてきた頃だろう。そんな中、筆者には、「この人はどんな新生活を送っているのだろうか」と気になっている人物が1人いる。元和歌山県警刑事の丸山勝という人物だ。

丸山は元々、暴力団捜査を長く担当した刑事だったが、1998年にあった和歌山カレー事件の捜査に関わったのをきっかけに、世間に少し名を知られるようになった。事件後、マスコミで次のように「美談の人」として取り上げられるようになったためだ。

=================================

「10年でも通過点」 カレー事件支援の警官(共同通信2008年7月24日)
【魚拓】http://u111u.info/kci5

和歌山毒物カレー事件16年 「支援に終わりない」交番相談員、思い新たに(産経新聞2014年7月24日)
【魚拓】http://u111u.info/kci6

=================================

つまり、マスコミが伝える丸山勝とは大体こういう人物だ。地域の夏祭りのカレーにヒ素が混入され、60人以上が死傷した大事件の捜査に関わったのち、業務として被害者支援に携わった。そして支援業務が終わっても異動願いを出し、現場近くの交番のお巡りさんさんになって現地の被害者たちを支え続けた。さらに定年退職後も相談員として地域を見守り続け、今年3月に引退するまで被害者や遺族たちに大変慕われていた――。

とまあ、マスコミ報道の中では、丸山はまさに「美談の人」なのだが、実は被害者の中には、こんなことを言う人もいるのである。

「あの人には、見守ってもらっているというより、見張られているように感じることがあるんですよ」

筆者はそう聞かされ、十分にありえることだな、と思った。丸山が現地の交番に勤務した目的が「被害者たちの支援」ではなく、実際には「被害者たちの見張り」や「被害者たちの監視」だと推認させる事情があるからだ。

◆捏造捜査に関与か

和歌山カレー事件の犯人とされて死刑判決を受けた林眞須美(53)については、近年冤罪を疑う声が増えている。だが一方で、眞須美が事件前、夫や知人の男らにヒ素や睡眠薬を飲ませ、保険金詐欺を繰り返していたという「別件」の疑惑は今も世間の多くの人に真実だと思われたままだ。

実際には、夫や知人の男らは眞須美にヒ素や睡眠薬を飲まされていたのではなく、保険金をだまし取るために詐病で入退院を繰り返すなどしていただけだった。裁判ではそれを裏づける数々の事実が明らかになっていたのだが、ほとんど報道されず、誤解が残ったままなのだ。

では、なぜこんな話をするかというと、この眞須美の「別件」の疑惑が捜査当局によって捏造される際、丸山も捜査員の1人として加担したと疑われて仕方ない立場にあるからだ。というのも、和歌山県警はこの事件の捜査中、問題の知人の男らを山奥の警察官官舎に2カ月以上拘束するなどし、眞須美にヒ素を飲まされていたかのようなストーリーを供述させたのだが、県警の内部資料によると、その任務をになった「特命捜査班」の一人に丸山も名を連ねていたのだ。

そういう事情を抱える丸山なら、捜査終結後もこの事件の真相が明るみになるのを防ぐための業務として、現場の近くで被害者たちを「見張り」続けたとしても不思議ではない。実際、現地の被害者やその家族の中には、眞須美が冤罪ではないかと疑う人もちらほらいるのだが、「見張られているように感じる」と訴えた上記の被害者もその1人だった。警察に疑いを抱く被害者にとっては、丸山はプレッシャーを感じさせる存在だったのだ。

◆疑惑追及の取材に応えず

実を言うと筆者は今年3月下旬、相談員を引退する間際の丸山に対し、取材を申し込んでいる。カレー事件に関する不正捜査の内幕や、交番のお巡りさんになってまで現場の近くに居続け、被害者たちに関わり続けた本当の目的を追及するためだ。が、しかし――。

そのような取材の趣旨をまとめつつ、「反論したいことがあれば、反論しても構わない」と書き添え、テレフォンカードを同封のうえに取材依頼の手紙を勤務する交番に出したところ、丸山から手紙がそのまま返送されてきた。そこで、「何も反論しないなら、疑惑が真実だとみなす」との旨を明記したうえ、もう一度取材依頼の手紙を交番に出したのだが、再びそのまま返送されてきた。最初の返送の際には、封筒に差出人として「丸山勝」と名前が明記されていたが、2度目の返送の際には、封筒に差出人の名前すら書かれていないという非常識な対応だった。

林真須美については、冤罪を疑う声が広まっているとはいえ、2009年の死刑確定直後になされた再審請求の結果はまだ出ていない。丸山としては、「美談の人」として警察人生をまっとうし、なんとか無事に逃げ切れたと思っているのかもしれない。そこで、この事件を8年余り取材し、林真須美が冤罪であることを確信している筆者は、長い警察人生を終え、新生活をスタートさせたばかりの丸山にこの言葉を贈りたい。

丸山さん、逃げ切れたと思うのはまだ早いですよ。

写真は、筆者の取材依頼の手紙をそのまま返送してきた丸山

筆者の取材依頼の手紙をそのまま返送してきた丸山

▼片岡健(かたおか けん)
1971年、広島市生まれ。早稲田大学商学部卒業後、フリーのライターに。新旧様々な事件の知られざる事実や冤罪、捜査機関の不正を独自取材で発掘している。広島市在住。

◎新聞協会賞「和歌山カレー事件報道」も実は誤報まみれだった朝日新聞
◎国松警察庁長官狙撃事件発生20年、今年こそ「真犯人」の悲願は叶うか
◎《独占公開》冤罪確定疑惑の下関女児殺害事件──湖山忠志氏の手記[Ⅲ]
◎《我が暴走05》元同僚が実名顔出しで語る「マツダ工場暴走犯の素顔」