昨年12月27日にフジテレビが放送した『報道スクープSP 激!世紀の大事件V』という番組では、和歌山カレー事件で死刑判決を受けた林眞須美死刑囚の長男に取材したうえで「林眞須美の長男が真相告白」と銘打った放送がなされた。

しかし、その放送内容は事実関係に間違いが多いばかりか、虚偽の事実を担造したとみなすほかない場面や、事実を歪める編集がなされたとみなすほかない場面も散見された。

前編では、この番組の和歌山カレー事件に関する放送の6つの問題場面のうち、4つについて検証結果を報告した。後編では、残り2つの問題場面とフジテレビ側の主張について報告する。

◆問題場面5 長男が林死刑囚を犯人視し、動機を知りたがっていると思わせる編集

5つ目の問題場面は、番組の放送が始まって38分を過ぎたあたりで現れる。それは次のような場面だ。

夜の公園でインタビューを受けている長男。「それにしても長男はなぜ私たちの取材を受けてくれたのか」というナレーションに続き、次のような長男の発言が流される。

「ま、裁判の経過を見た時、動機だったり、あのお、そういう部分がちょっとこお、ちゃんと解明されてなくて、真実として、真相っていうんですか、それが一番知りたいです」

そして次に、林死刑囚の裁判の一審の判決文が画面に映し出され、こんなナレーションが流される。

「死刑判決は林眞須美がカレーにヒ素を入れたその動機について、未解明としています。長男はどうしても動機を知りたいのです。なぜなら、あの日の母はいつもと少しも変わらなかったから」

このナレーションの途中から林死刑囚の若い頃の写真が画面に映し出され、「なぜ母はカレーに毒を?」という大きなテロップが画面に映し出される――。

【問題場面5】長男が林死刑囚を犯人視し、動機を知りたがっていると思わせる編集

私はこの場面を観た時も驚きを禁じ得なかった。これでは、あたかも長男が林死刑囚のことを和歌山カレー事件の犯人だと認識したうえで、林死刑囚がカレーにヒ素を入れた動機をどうしても知りたいと思っているかのようだからだ。実際には、前編で述べたように長男は林死刑囚を無実だと信じ、その雪冤のために活動し続けている。なぜ、こんな放送になったのか。

私は放送後、長男に事実関係を確認したが、この番組の取材を受ける中で「動機」云々の話をしたのは、「母がカレーにヒ素を入れた動機を知りたい」という趣旨からではなく、「母が和歌山カレー事件の犯人だという判決を出すならば、裁判所には動機をしっかり説明してほしい」という趣旨からだとのことだった。つまり、裁判で「動機が未解明」とされていることは、林死刑囚が犯人だと認定されていることにも疑いを抱かせる事実ではないかと長男は考えているわけだ。

この場面も事実を歪める編集が施されたものだとみなすほかない。

◆問題場面6 公開済み捜査資料を「未公開」と偽り、新事実がわかったかのような虚偽

問題場面6は、番組の放送が始まって41分30秒あたりで現れる。

ホースで水をまいている林死刑囚の映像。そこで「林眞須美はなぜ、カレー鍋にヒ素を入れたのか」というナレーションが流される。そして次に、『和歌山市園部におけるカレー毒物混入事件捜査概要』というタイトルの捜査資料が「未公開」という大きなテロップと共に画面に映し出され、今度はこんなナレーションが流されるのだ。

「今回入手した、警察の未公開捜査資料には、犯行に至る経緯が記されています。未解明とされた動機に結びつく、警察がそう判断した出来事です」

その後、夏祭り会場の隣にある民家のガレージにおいて、女性たちが夏祭りで提供されたカレーを調理するなどしながら、その場にいない林死刑囚の陰口を言ったり、その場に現れた林死刑囚を阻害したりする再現ドラマが流される。

そして最後は、「こうした対応に疎外感を募らせた眞須美は激高し、犯行に及んだ。それが警察の見立ての1つです。その後、1人で見張り番に立った眞須美は、致死量の1000倍を超える、100グラム以上のヒ素を鍋に入れた」というナレーションが流され、林死刑囚役の女優がガレージに置かれたカレーの鍋の中にヒ素を入れて再現ドラマは終わっている――。

【問題場面6】公開済み捜査資料を「未公開」と偽り、新事実がわかったかのような虚偽

この場面には主に3つの虚偽があった。

第一に、『和歌山市園部におけるカレー毒物混入事件捜査概要』という捜査資料が「未公開」のものだというのが虚偽だ。この捜査資料は2002年の時点で複数の週刊誌の誌上で公開されており、それ以後もコピーを入手した林死刑囚の弁護団によって市民集会で公開されるなどしており、まったく未公開のものではないからだ。

第二に、「林眞須美はカレーの調理をした女性たちの対応に疎外感を募らせて激高し、犯行に及んだ」という“警察の見立ての1つ”の紹介の仕方が問題だ。

実際には、この警察の見立ては林死刑囚の裁判で審理の俎上に載せられながら事実と認められておらず、それもあって裁判では、林死刑囚がカレーにヒ素を入れた動機は未解明とされている。しかし、この問題場面6では、そのことに一切言及せず、実際にはすでに公開されている捜査資料が未公開のものだという虚偽の事実を示したうえ、この捜査資料によりこの“警察の見立ての1つ”が今回初めてわかったかのように紹介している。

虚偽に虚偽を重ねた悪質な放送だとみなすほかない。

第三に、問題場面6の再現ドラマについて、『和歌山市園部におけるカレー毒物混入事件捜査概要』に記された情報のみをもとに制作したかのように紹介しているのも虚偽だ。この再現ドラマで女優たちが述べているセリフには、判例雑誌や判例データベースに収録された林死刑囚の裁判の確定判決(=一審判決)をもとに制作されたことが明白なものが複数あるからだ。

それは、以下のように並べて比べてみれば、一目瞭然だろう。

(1)再現ドラマで「群馬さん」という仮名の女性が述べたセリフ
「朝の調理にこうへんかったし、来るかどうか分からへんわ」

〈1〉『判例タイムズ』第1122号に掲載された林死刑囚の確定判決で、「群馬」という仮名の人物が述べたとされている発言
「朝調理に来なかったから、来るかどうか分からへんわ。」

(2)再現ドラマで林死刑囚が「群馬さん」という仮名の女性に対し、述べたセリフ
「群馬さん、氷、どうなってんやろ」

〈2〉『判例タイムズ』第1122号に掲載された林死刑囚の確定判決で、林死刑囚が「群馬」という仮名の人物に対し、述べたとされている発言
「群馬さん、氷どおなってんのかな。」

(1)と〈1〉、(2)と〈2〉はいずれもセリフが酷似しているのみならず、実在する女性につけられた「群馬」という仮名まで一致している。こんな偶然はありえない。

つまり、林死刑囚の確定判決で事実と認められなかった“警察の見立ての1つ”について、この番組の制作スタッフは林死刑囚の確定判決も参考に再現ドラマ化しておきながら、「すでに公開されているのに、未公開のものだという虚偽の説明をした捜査資料」により初めてわかった事実であるかのように紹介しているわけである。

これは極めて悪質な虚偽だというほかない。

◆「公正な報道」と主張する「株式会社フジテレビジョン報道部」

さて、前後編の2回に渡り紹介したような様々な問題があったこの番組の放送内容について、フジテレビの制作スタッフたちはどのように考えているのだろうか。

私はまず、この番組の和歌山カレー事件の放送部分を担当したディレクター尾崎浩一氏に電話で取材を申し入れた。

しかし、尾崎氏は電話口で責任を免れようとする態度に終始し、結局、「番組の担当者から取材にはこたえないように言われた」とのことで取材に応じなかった。その「番組の担当者」とは誰のことかと尋ねても、尾崎氏はそれすらも答えようとしなかった。

このような尾崎氏とのやりとりのあと、私はどのように取材を進めるべきかを考えた末、フジテレビの代表取締役社長である宮内正喜氏に対し、手紙で取材を申し入れた。手紙では、前後編で報告した6つの問題場面の問題点を書面にまとめて指摘したうえ、これらの放送内容の問題について、どのように受け止め、今後、どのような対処をするつもりかを回答するように宮内氏に依頼した。

結果、配達証明郵便により「株式会社フジテレビジョン報道局」名義で回答があったが、その内容は以下の通り。

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ご回答

貴殿から当社宮内正喜宛の平成30年2月19日付文書(「貴殿文書」)に対し,以下の通りご回答致します。

当社が昨年12月27日に放送した番組「報道スクープSP 激動!世紀の大事件V」のうち和歌山カレー事件に関する部分(「本件放送」)は,関係者に対するインタビューを含む適切かつ十分な取材に基づいた,公正な報道であり,貴殿文書に「問題場面」として記載された各ご指摘はいずれも本件放送に該当しないものと考えます。

上記の通りですので,当社側は,貴殿による取材には応じかねます。

以上

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つまり、「株式会社フジテレビジョン報道局」は、前後編で紹介したような様々な問題があるこの番組の放送内容を「公正な報道」だと主張するわけだ。これでは、この番組に限らず、フジテレビの報道全般の公正さを疑われても仕方がない。

なお、この番組では、チーフプロデューサーを石田英史氏、総合演出を加藤健太郎氏がそれぞれ務めている。

▼片岡健(かたおか けん)
1971年生まれ、広島市在住。全国各地で新旧様々な事件を取材している。

『紙の爆弾』5月号 安倍晋三はこうして退陣する/編集長・中川が一から聞く日本社会の転換点/日本会議系団体理事が支持「道徳」を〝数値評価〟していた文科省研究開発学校 他

「絶望の牢獄から無実を叫ぶ ―冤罪死刑囚八人の書画集―」(片岡健編/鹿砦社)