ワールドカップの一次リーグでジャパン(日本代表)が世界2位のアイルランドを19対12で破り決勝トーナメント進出への足掛かりを得た。これをメディアはこぞって「奇跡がふたたび」「大番狂わせ」と報道しているが、そうではない。観ていた方はわかると思うが、フィットネスの面でジャパンはアイルランドを圧倒していた。


◎[参考動画]【ラグビーワールドカップ2019ハイライト】日本×アイルランド(DAZN Japan 2019年9月29日公開)

この勝利は勝つべくして勝ったというべきである。そもそも、ラグビーというスポーツに「偶然」は「ラッキー」はない。いや、楕円ボールのラッキーバウンドすらも、練習によって見きわめられた想定内の運動なのである。ラグビーを多少やっていた人間として、ジャパンの強さを解説しておこう。

◆世界にほこるトレーニングの量

もう十数年前になるが、わたしは鹿砦社の松岡社長の紹介で日本ラグビーフットボール協会のA氏(慶応OB)を紹介されたことがある。それが機縁で社会人ラグビー(当時)のプロ化の準備に向けたサイトの運営、テストマッチ(国の代表チームの対戦)や日本選手権の取材などを引き受けていた。

そしてその中で、代表チーム(ジャパン)の個別のトレーニング管理という、きわめて徹底したマネジメントを知って驚いたものだ。代表候補選手に携帯のメーリングシステムを通じて、個人練習(その日に何キロ走ったか、など)を管理するというものだ。そこまでやるのかという、わずかに嫌な印象を持ったものだ。

現在はプロ化(完全ではない)が達成され、代表チームの招集も個別の所属チームに優先するようになったので、スマホで個人トレーニングを管理する必要もなくなったが、それでも激しいトレーニングは世界レベルでもトップではないか。

エディ・ジョーンズヘッドコーチの時代、ボールを使った練習中にホイッスルが鳴ると、数分間走り続ける、選手にとってはうんざりするようなトレーニングが課せられたものだ。80分間走るフィットネスにかけては、世界に敵はいないだろう。

アイルランド戦の勝利は、けっして奇跡ではないのだ。アイルランド選手が動けなくなっているときに、ジャパンの選手たちは体を躍動させていたではないか。そしてリザーブ選手がすぐに試合に順応できる層の厚さも、アイルランドとは好対照だった。

◆日本のラグビー文化の素晴らしさと限界

今回のジャパンの活躍で、にわかラグビーファンが増えるのは悪いことではないが、その反面でラグビーというスポーツ文化への一知半解が従来のラグビーファンの眉を顰めさせることもあるはずだ。

たとえば、テレビでは「サポーター」というサッカー用語をさかんに使っているが、ラグビーのサポーターという意味ならばともかく、個別のチームのサポーターがラグビーに存在するわけではない。よいプレイがあれば相手チームであれ、応援しているチームであれ、拍手で讃えるのがラグビーの観戦マナーである。

サッカーJリーグはファンにサポーターという地位を与えることで、応援で「活躍」する場をあたえた。これは野球にみられる応援文化を、そのまま海外におけるサッカーの応援シーンに合致させたものだ。ラグビーにもプロがあり、南半球のラグビー応援シーンはなかなか派手だ。しかし、大学ラグビーを底辺に構築されてきた日本のラグビー文化は、サッカーのそれを後追いするには異質なものがある。

たとえばアイルランド戦で活躍した福岡啓太選手は、医者を志望しているという。ラグビー選手がプロとしてチームに残る際も、企業のマネージャーとしての立場が必要である。高学歴ゆえに、組織マネージメントや技術者としての役割性を期待されるのだ。

ひるがえって、フリーランスでラグビー解説者やタレント化するほど、ラグビー人気に厚みはない。プロ化のいっそうの推進がどこまで可能なのか。ファンの支援が、サッカー並みに「サポーター」として厚みを持てるのか、これも昔の話で恐縮だが、伊勢丹ラグビー部が解散するときに「おカネがないのなら仕方がないね」で済まされたものだ。ラグビーはエリート社員たちの「余暇」としかみなされなかったのである。

◆ウエイトトレーニングが決め手だった

かつて、早明ラグビー人気を中心に、80年代にはラグビーブームという言葉があった。伏見工業ラグビー部をモデルにしたテレビドラマ「スクールウォーズ」の人気もあって、ラグビー精神のオールフォアワン、ワンフォアオールが人口に膾炙したものだ。その後、早明両校の低迷やJリーグサッカーの隆盛もあって、ブームの去ったラグビーは低迷期に入った。早明に代わって大学ラグビーの王者となった関東学院の生活事故(部員の大麻栽培)による凋落、出発したトップリーグも旧来の社会人ラグビーをリニューアルした以上の印象ではなかった。

ラグビーの変革はやはり、大学ラグビーに表象した。早明ラグビーはラックの早稲田(スピード)モールの明治(圧力)、早稲田の横の展開力に明治の縦の突進という戦術思想に限界がきていた。日本代表もスピードを基本に、日本人に合ったラグビー戦術を採っていたが、世界標準は戦略・戦術の総合力をもとめていた。それをいち早く達成したのは、岩出雅之監督がひきいる帝京大学だった。ウエイトトレーニングの導入で選手の体格・パワーアップに成功。相手をリスペクトするメンタルの高度化によって、規律のある(反則をしない)プレイを徹底した。この戦略は、じつに大学選手権9連覇という偉業を達成した。

そして名門明治がウエイトトレーニングを本格的に導入することで、もともと素材に勝る明治が帝京を破るという流れが、このかんの大学ラグビーである。このような動きと、ジャパンの強化策も同じである。けっきょく、スピード(軽さ)とパワー(重さ)という相反しがちなテーマは、徹底したウエイトトレーニングと走りこむことによってしか得られない。その苦行に、ジャパンは勝ち抜いてきたのである。

かつて、ジャパンはフランス大会においてニュージーランド(オールブラックス)に17対145(ワールドカップ記録)という大敗を余儀なくされていた。ヨーロッパ各国代表とのテストマッチでも100点差ゲームはふつうだった。奇跡ではなく、総合力のアップがジャパンの躍進をささえている。ジャパンのいっそうの活躍を期待したい。

▼横山茂彦(よこやま しげひこ)
著述業、雑誌編集者。近著に『ガンになりにくい食生活』(鹿砦社ライブラリー)『男組の時代――番長たちが元気だった季節』(明月堂書店)など。

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