「思い出せる限り、当時のことを正直に話したいと思っています」

3月4日、広島地裁の第302号法廷。午前10時に始まった鹿嶋学に対する裁判員裁判の第2回公判では、被告人質問が行われた。その冒頭、鹿嶋はそう宣言し、弁護人の質問に答える形で、自分の生い立ちを詳細に語った。

鹿嶋は1983年3月、山口県下関市で生まれた。家族構成は両親と妹が1人。中学2年生の時、家族で宇部市に引っ越したために転校し、中学卒業後は市内の私立高校に進学した。中学、高校を通じて学校の成績は悪かったが、授業をさぼったりはしていないという。つまり、素行が特別悪かったわけではないようだ。

ただ、ワンパクではあったという。鹿嶋はこう打ち明けた。

「小学校の頃には、ニワトリ小屋に野良犬を離して大惨事になったり、友だちと喧嘩した際に代本板(※)で頭を殴り、血が出るようなケガをさせたりしてしまいました。中学時代も、カッとなると周りが見えなくなり、暴力をふるってしまうことがありました」

※「だいほんばん」と読む。図書館で本が本来置かれるべき場所にない時に、本の現物に代わって置かれる板のこと。

このようにワンパクだった鹿嶋だが、家ではおとなしい子供だったという。そうなった事情として語ったのが父親の存在だ。

「父については、『怖い』という思いが昔からありました。挨拶は『おはようございます』と言うように言われ、実際にそうしていました。小さい頃、理由はわかりませんが、父親に家を追い出され、家の前でワンワン泣いたことがありました」

鹿嶋によると、子供の頃、父親や母親とは必要最低限の会話しかしなかった。食事の時も両親、妹は会話をしていたが、鹿嶋は会話に参加せず、黙々と食事をしていたという。

「両親を頼ったり、両親に何かを相談したりすることもありませんでした。子供の頃からそうでした」

両親との関係が良くなかったことは明らかだが、その最大の原因と思われるのが父親と血がつながっていなかったことだ。鹿嶋によると、そのことは「25歳の時、父親から直接聞かされた」とのことだが、実は鹿嶋は生まれる前から複雑な事情を抱えた子供だった。それについては、被告人質問が終わった後、情状証人として出廷した父親自身がこう明かしている。

「妻が自分以外の男の子供を妊娠していることがわかったのは、結婚前に交際していた時期のことでした。しかし、私は自分の子供として育てようと決意し、そのまま妻と結婚したのです」

文章にすると、普通に話しているような印象になるが、この話をしている時の父親は歯切れが悪かった。鹿嶋の出生をめぐる人間模様については、父親にとって人前で話したくないことなのだろう。一方、父親が証言中、鹿嶋は被告人席から父親を険しい表情で凝視しており、父親に対して今も悪感情を抱いていることが察せられた。

広島地裁に入る、鹿嶋を乗せているとみられる車

◆剣道をやりたかったが、父親に言われるまま陸上部に入部

鹿嶋の話を聞いていると、その人間形成に父親との関係が大きく影響したのは間違いない。そのことは、中学、高校時代のクラブ活動に関する証言を聞いていてもよく伝わってきた。

「中学時代、自分は陸上部でしたが、本当にやりたかったの剣道でした。陸上部に入ったのは、小学校の頃にゼンソクで学校を休むことがあったため、父親から『体力をつけるために陸上部に入れ』と言われたからでした」

こうして中学時代、入りたくもない陸上部に入った鹿嶋は、練習に出たり出なかったりした末、3年生になって園芸部に転部。そして高校入学後、再び陸上部に入ったが、今度は練習に出なかったという。父親に入部するクラブを決められたため、屈折した青春時代になった様子が窺える。

その反動が出たのが、高校卒業時の進路選択だ。鹿嶋は大学には進学せず、就職しているのだが、就職先はこんな選び方をしたという。

「就職したのは、アルミを溶かし、板などを製造する会社です。学校から紹介された会社でしたが、選んだ理由は、機械の操作が好きだったことと、寮生活ができることでした。一人暮らしがしたかったのです」

鹿嶋はこの会社に就職を決める際も親には相談していない。とにかく家を出たかったというわけだ。

◆「一人暮らし」をしたくて選んだ会社でゲームとエッチなビデオに没頭

就職後、配属された工場は萩市にあり、実際に工場の前にある寮で生活できるようになった。この寮生活は鹿嶋にとって楽しいものだったようだ。

「自分はゲームが好きなのですが、寮では好き放題にゲームができました。それに、エッチなビデオも自由に観られました。高校の頃もエッチなビデオは観ていましたが、自分の部屋にビデオデッキがないため、親が家にいない時しか観られませんでした」

高校卒業後に一人暮らしを始めた若い男が、親の目が届かないのをいいことにゲームやエッチなビデオに没頭するというのはお決まりのパターンだ(今ならエッチなビデオではなく、エッチなネット動画かもしれないが)。ただ、鹿嶋の場合、「会社に入ってから、エッチビデオはほぼ毎日観ていました」というから、人並み以上にエッチなビデオが好きだったのだろう。

一方、女性との性行為は「してみたい」という気持ちはあったそうだが、性行為の経験は無いままだった。弁護人から「風俗店に行こうという思いはなかったのですか」と質問されると、こう答えた。

「自分は、そういうところに行く性格ではなかったので、当時は考えませんでした」

こうしてエッチなビデオを毎日のように観る一方、女性との性行為の経験が無いまま過ごした鹿嶋。このあとの話を聞く限り、こうした暮らしぶりは事件を起こしたことと決して無関係ではない。(次回につづく)

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 廿日市女子高生殺害事件裁判傍聴記 http://www.rokusaisha.com/wp/?cat=89

【廿日市女子高生殺害事件】
2004年10月5日、広島県廿日市市で両親らと暮らしいていた県立廿日市高校の2年生・北口聡美さん(当時17)が自宅で刺殺され、祖母のミチヨさん(同72)も刺されて重傷を負った事件。事件は長く未解決だったが、2018年4月、同僚に対する傷害事件の容疑で山口県警の捜査対象となっていた山口県宇部市の土木会社社員・鹿嶋学(当時35)のDNA型と指紋が現場で採取されていたものと一致すると判明。同13日、鹿嶋は殺人容疑で逮捕され、今年3月18日、広島地裁の裁判員裁判で無期懲役判決を受けた。

▼片岡健(かたおか けん)
全国各地で新旧様々な事件を取材している。原作を手がけた『マンガ「獄中面会物語」』【分冊版】第9話・西口宗宏編(画・塚原洋一/笠倉出版社)が配信中。

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