古代の6人の女帝たちは、慌ただしい政治情勢に翻弄されながらも、大王(おほきみ)としての強権政治をもって政局を乗りこえた。その態様はおよそ「中継ぎ」という飾りではなかった。

蘇我・物部両氏の権力闘争を、そのいっぽうで体現した推古女帝。政争と戦争に身を投じた皇極(斉明)女帝。壮大な藤原京造営を実現し、古代律令制国家の天皇権力の頂点をきわめた持統女帝。女系天皇として君臨した元明女帝・元正女帝。そして藤原氏との仏教政策をめぐる暗闘ののちに、古代巫女権力の最後を飾った孝謙(称徳)女帝。

三十三代推古から四十八代称徳までの十五代(207年間)のうち、女帝の在位はじつに六人八代(80年間)におよんでいる。その天皇権力の全盛時代、女帝は男性天皇と天を二分していたのである。

武家の時代には将軍家の北条政子や日野富子、今川氏の寿桂尼など、政治に辣腕をふるう女性たちが歴史をかざった。戦国期の井伊直虎、立花誾千代、北条氏姫など、武家の当主として名を残した女性たちもいる。そのいっぽうで、逼塞する禁裏には女性が活躍する場はなかった。それは朝廷が政治的な求心力をうしなっていたからだ、と見るべきであろう。

皇統の中にふたたび女帝が現れるのは、儒教的な男尊女卑の気風がつよくなった江戸期においてだった。徳川幕府の禁中並公家諸法度によって、朝廷が政治的な権能をうしなっていたからこそ、新たなパワーが公武の緊張感をつくりだしたのではないか。それは公武の軋轢でもあり、新しい時代への萌芽でもあった。具体的にみてゆこう。

称徳(孝謙)天皇いらい、じつに八五九年ぶりに女性として帝位についたのは、明正(めいしょう)天皇である。「和子入内」でもふれたとおり、幕府の公武合体政策によって生まれた皇女である。

明正天皇

◆孤独の女帝

践祚したとき、女帝はわずか七歳だった。彼女の即位は、実父・後水尾天皇の突然の譲位によるものだ。この天皇交代劇には、三つの事件が背景にある。

そのひとつは、後水尾天皇に将軍秀忠の娘・和子を嫁さしめようとしていたところ、女官の四辻与津子とのあいだに子があることが発覚したのである。幕府は天皇の側近をふくむ六名の公卿を「風紀紊乱」の名目で処罰し、四辻与津子の追放をもとめてきた。後水尾天皇に抵抗のすべはなかった。禁中並公家諸法度がただの空条文ではなく、幕府の強権であることに禁裏は震えあがった。

幕府の政治介入はつづく。後水尾天皇はこれまでの慣習どおり、沢庵ら高僧十人に紫衣着用の勅許をあたえた。だが、これが幕府への諮問なしに行なわれたため、法度をやぶるものとして勅許は無効とされる。これにたいして沢庵宗彭(そうほう)、玉室宗珀(そうはく)らが意見書をもって抗議するや、幕府は高僧たちを流罪としたのである。怒ったのは後水尾天皇である。

さらに幕府は和子の入内にあたって、春日局(斎藤ふく)を参内させる。前例のない暴挙と受けとめられた。無位無官の女房が昇殿したことに、宮中は大混乱となる。怒り心頭にたっした天皇は突如として譲位し、七歳の少女を帝位に就けたのがその顛末である。

この譲位はまた、幕府からの血である皇后和子の娘・明正を帝位に就けることで、皇統から排除しようというものでもあった。朝廷は徳川家が外戚になることを嫌ったのである。女帝が生涯婚姻できず、したがってその血脈は独身のまま絶えてしまうのだから──。

在位中の明正天皇はまったくのお飾りであって、後水尾上皇の院政はその後に生まれてくる皇子を後継とするものだった(中和門院の覚書)。じっさいに女帝は二十一歳で退位し、異母弟である後光明天皇が即位する。

この譲位の直前に、将軍徳川家光は四か条からなる黒印状を、新しい院となる明正天皇に送付した。すなわち、官位など朝廷に関する一切の関与の禁止。および新院御所での見物催物の独自開催の禁止(第一条)。

血族は年始の挨拶のみ対面を許し、他の者は摂関・皇族といえども対面は不可とする(第二条)。

行事のために公家が新院御所に参上する必要がある場合は、新院の伝奏に届け出て、表口より退出すること(第三条)。

両親のもとへの行幸は可。新帝(後光明天皇)と実妹の女二宮の在所への行幸は、両親いずれかの同行ならば可。新院のみの行幸は不可とし、行幸の際にはかならず院付の公家が二名同行するべきこと(第四条)であった。これら上皇の院政を寸分もゆるさない、徳川幕府の異様に強権的な命令で、女帝は駕籠の鳥となったのである。院政をみとめない幕府の方針は、時代は前後するが霊元天皇の項でみたとおりである。

のちに明正は得度して太上法皇となり、仙洞御所で72歳の孤独な生涯をすごす。手芸や押し花が趣味だったという。まことに、政治の犠牲となった生涯であった。

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▼横山茂彦(よこやま・しげひこ)
編集者・著述業・歴史研究家。歴史関連の著書・共著に『合戦場の女たち』(情況新書)『軍師・官兵衛に学ぶ経営学』(宝島文庫)『闇の後醍醐銭』(叢文社)『真田丸のナゾ』(サイゾー)『日本史の新常識』(文春新書)『天皇125代全史』(スタンダーズ)『世にも奇妙な日本史』(宙出版)など。

鹿砦社創業50周年記念出版『一九六九年 混沌と狂騒の時代』