◆外遊は国会答弁からの逃避である

あの記者会見のとき「そうではないでしょうか?」と、まさに記者たちの意見をうながすかのように、そして珍しく自信なさそうな返答だった。

それでも「(批判的な意見の人の任命拒否が)学問の自由を侵すことにはならない」と、学術会議の新会員の任命拒否を言明したのだから、国会答弁で修羅場に立たされるのは疑いないところだ。

国会で施政表明演説をするのを延期してまで、友好的な結果がみえている友邦ばかりめぐって実績づくりをした菅義偉のことである。この外遊は大荒れが予想される国会前に、不要な言質を与えないためでもあった。

しかも外遊に先立っては、戦犯を合祀している靖国神社に真榊を奉納するいっぽう、自民党・内閣の中曽根康弘合同葬を神嘗祭の日に決行するという「不敬」をはたらいたのだ。祝祭の日に半旗を強要するという、右翼的な視点で見れば、まさに「非国民」ともいうべき所業である。ために、右翼団体・神社関係者からの不満や抗議の声があがった。答弁を拒否して政府広報を取りまとめる、名官房長官時代の面影がないのは、脇役の名プレーヤーが総理になってしまったからである。


◎[参考動画]菅総理が初外遊 きょうベトナム首相と会談へ(ANN 2020年10月19日)


◎[参考動画]中曽根元総理合同葬FJRで固めたセンチュリー弔旗車列(trh200v1tr 2020年10月17日)

◆学術会議の見直しにすり替える

自民党幹部をして「政権にボディブロー的に効いてくる可能性がある」という学術会議の会員任命問題からはじめよう。

本通信10月6日付『菅総理暴走 学術会議が「特別公務員」であっても、その独立性が侵せない理由』で明らかにしたとおり、今回の任命拒否は単に、個人的な「学問の自由」を侵すものではない。問題は個人のそれではなく、国政に提言する人の「学問の自由」なのである。

ふつうに学識のある者には、これは常識的なことである。政府やその施策に批判的な人物を公的な機関(この場合は学術会議)に入れることによって、かえって有為な批判が容れられる。まさに政権の意向に選別されない「学問の自由」に担保されてこそ、その「自由な意見」が政策にとって有効な批判になる。

したがって、そこから修正された政策が批判に耐えうるものになり、晴れて有用な国の政策となるのだ。批判は政権にとって、いわば「肥し」なのである。だから国民の代表たる総理に任命権はあっても、選任権は存在しないのだ。この場合の「国民の代表」とは、予算上(形式上)のものにすぎないのだから。

このことを、菅義偉および自民党は理解できないのである。その結果、学術会議を見直すという、論軸ずらしで言い逃れようとしているのだ。


◎[参考動画]「日本学術会議」“任命見送り”説明は? 菅首相 内閣記者会のインタビューに応じる(日テレNEWS 2020年10月5日)

いわく「日本学術会議は中国人民解放軍傘下の大学留学生受け入れをどう認識しているのか」(長尾たかし衆院議員・ブログ)

学術会議に留学生を受け入れる権限も、そんなシステムもない。おそらく会員が大学で留学生を受け入れていると言いたいのだろうが、いつから日本は留学者を受け入れない「鎖国政策」に転じたのだろうか?

いわく「日本学術会議は防衛省予算を使った研究開発には参加を禁じていますが、中国の『外国人研究者ヘッドハンティングプラン』である『千人計画』には積極的に協力しています」(甘利明税制調査会長「国会レポート410号」)

これも無知の産物である。そもそも「千人計画」は、中国が海外に流出した人材を呼び戻すための政策であって、日本学術会議が関与できるものではない。何か中国がらみで、軍事研究があるかのように煽り立てているだけなのだ。のちに甘利明は「間接的に協力しているように映ります」と訂正。つまり自分の目にはそう映るのだから、自分にとって学術会議は「千人計画」を通じて中国の軍事研究に協力しているのだ、というのだ。この人の場合は、童話の世界に生きているかのようだ。
いわく「日本学術会議問題は、政府から明快な説明責任が果たされるべきであることは勿論、首相直轄の内閣府組織として年間10億円の税金が投じられる日本学術会議の実態や、そのOBが所属する日本学士院へ年間6億円も支出されその2/3を財源に終身年金が給付されていること等も国民が知る良い機会にして貰いたい」(長島昭久衆院議員・ツイッター)

事実誤認である。長島代議士はつまり、日本学術会議OB(3年で半数の105人が退会)がそのまま日本学士院の会員(150人限定の終身会員)へスライドし、終身年金を受給できるかのように思い込み、そう記述しているのだが、もちろん事実無根だ。これはさすがに恥ずかしい前言撤回となった。学士院を学術会議の上部団体とでも思い込んだのであろう。

◆菅総理の答弁能力で政権破綻も

 

菅義偉『官僚を動かせ 政治家の覚悟』(文藝春秋企画出版2012年3月12日)

その「論軸ずらし」の効果もあってか、菅義偉と梶田隆章会長との会談は「政府と共に未来志向で考えていきたい」(梶田会長)などという、論軸のずれたものになってしまっている。

そのいっぽうで、首相官邸や渋谷街頭などでの抗議行動は引きも切らない。共同通信や朝日新聞の世論調査は、菅政権を評価する半面、任命拒否の理由を明らかにすべきとの意見が60%を超えている。

いずれにしても、「任命拒否の理由については、人事に関することなので差し控えます」という答弁では、もはや済まされない。そこで問題になってくるのが、菅義偉の答弁力なのである。

なるほど記者クラブに護られた官房長官時代の答弁ならば、上記のごとき「答弁は差し控えます」で済んだかもしれない。「その批判は当たらない」などという、木を鼻でくくったような答弁でも、飲食で仲良くなっている番記者たちは許してくれただろう。しかし国会答弁では、かみ合わない答弁は許されないのだ。

しかも安倍晋三のように、質問とは関係のないことを長々と演説する能力は、菅義偉にはない。じっさいに総理就任以降、官邸において答弁の練習に明け暮れたという噂は伝わってくる。

政治家の能弁ばかりは才能である。噺家が努力によって定型の古典演目をものするのとはわけが違う。国会では事前通告のない質問すらも、答弁の仕方によって誘発してしまうのだ。そこでは実務能力や実行力などといった、冷徹さゆえの傲慢さも役には立たない。

 

菅義偉『政治家の覚悟』(文春新書2020年10月20日)

◆改訂版から消えた「公文書管理の重要性」

厳しい質問が予想される国会を前に、菅義偉総理の姑息さを顕わす事態も起きている。

自著の改訂版『政治家の覚悟』(文芸春秋)が20日に発売されたが、愕くべきことにその内容が変わっているのだ。この改訂版は野党時代の2012年に刊行した単行本を改めた新書だが、官房長官時代のインタビューが追加収録されるいっぽうで、元本にあった「公文書の管理の重要性」を訴える記述があった章が削除されているのだ。

削除されたのは、旧民主党の政権運営を口をきわめて批判した章である。東日本大震災後の民主党政権の議事録の保存状態を問題視して「政府があらゆる記録を克明に残すのは当然で、議事録は最も基本的な資料です。その作成を怠ったことは国民への背信行為」と、公文書管理の重要性を訴えていたものだ。

安倍政権時代の森友・加計問題で、安倍とともに公文書の存在を隠してきたのは、ほかならぬ菅義偉である。安倍の失言(私と妻が関わっていたら、議員辞職しますよ!)を庇うあまり、菅はみずからの政治的信条を曲げてしまったのであろう。
みずから「国民への背信行為」を行なう政権であることを、はしなくも自著の改訂、すなわち政治信条の改ざんをもって宣言してしまったのだ。これもまた、国会において政治信条を問われるネタとなった。火だるまになる菅の表情が見ものだ。


◎[参考動画]菅総理インドネシアに 真理子夫人に現地メディアは(ANN 2020年10月20日)

▼横山茂彦(よこやま・しげひこ)

編集者・著述業・歴史研究家。歴史関連の著書・共著に『合戦場の女たち』(情況新書)『軍師・官兵衛に学ぶ経営学』(宝島文庫)『闇の後醍醐銭』(叢文社)『真田丸のナゾ』(サイゾー)『日本史の新常識』(文春新書)『天皇125代全史』(スタンダーズ)『世にも奇妙な日本史』(宙出版)など。医科学系の著書・共著に『「買ってはいけない」は買ってはいけない』(夏目書房)『ホントに効くのかアガリスク』(鹿砦社)『走って直すガン』(徳間書店)『新ガン治療のウソと10年寿命を長くする本当の癌治療』(双葉社)『ガンになりにくい食生活』(鹿砦社ライブラリー)など。

月刊『紙の爆弾』2020年11月号【特集】安倍政治という「負の遺産」他

〈原発なき社会〉を求めて『NO NUKES voice』Vol.25