◆個別政策に具体性がなさすぎる

個別の政策で、国民の目に見えるかたちで改革を進める。というのが菅政権の特質であるかもしれない。しかし細かい個別政策でありながら、大雑把な印象をまぬがれない。

たとえば、菅政権が声高に打ち出している携帯料金の値下げだが、具体性がよくわからないのだ。どのような使用条件で、どこまで安くなれば良いのか。これ自体、野党時代からの献策にもかかわらず、「必需品となっているのだから、安くせよ」という具合で、内容がよくわからないのである。

通信システムに詳しい「bit Wave」によれば、ガラケー(携帯電話)の最低料金は1126円、スマホは3313円だという(いずれも月額)。大手3社の料金プランからの算出だというから、格安スマホではない。じつは格安メーカーでは税抜きで月額1000円を謳うところは少なくない。

ぎゃくに月額料金が5000円を超えるのは、いわゆるギガホと呼ばれるデータ量の多いスマホで、ゲームでの使用や動画視聴を前提にしている。じっさい、筆者のスマホは大手だが、G4で月額2000円強(5分以内カケホ)である。大手もじっさいは、かなり格安に近づいているのだ。おそらく菅総理は、現状を知らないのであろう。
上記のとおり電気やガスとちがい、使用条件や内容がまるで違うものに大雑把な網を掛けることで、かえって混乱を招くのではないか。ガラケーの最低標準料金を指し示すとか、乗り換えの自由化(2年継続契約の破棄)など、現実に進んでいることも視野に入れながら、この案件は担当政務官を置くとかの策がもとめられる。具体性を欠いた菅の思い付き政策が実るのかどうか、楽天モバイルが参画する2年後(1年間のサービス低価格は無視)の結果を興味を持って待ちたいものだ。

ところで、気になるのは菅総理の取り巻き。ブレーンである。

加藤勝信官房長官を議長に、西村康稔経済財政・再生相、梶山弘志経済産業相が副議長を務めるという。参加者は金丸恭文(フューチャー会長)、国部毅(三井住友フィナンシャルグループ会長)、桜田謙悟(SOMPOホールディングス社長)、竹中平蔵(人材派遣会社パソナグループ会長)、南場智子(ディー・エヌ・エー会長)、三浦瑠麗(山猫総合研究所代表)、三村明夫(日本商工会議所会頭)だ。


◎[参考動画]成長戦略の“具体策検討会議”スタート(ANN 2020年10月16日)

◆竹中提言の縮小経済論

かりに菅総理に秀でた政治哲学があるとすれば、数十年単位のヴィジョンや国家モデルではなく、その実行力なのであろう。反対や異見があっても、粛々と進めるのが官房長官時代からのスタイルである。手続きさえ踏めば、それはそれでもいいかもしれないが、問題は中身なのである。

すでに上記の通り、成長戦略会議で菅のブレーンが明らかになっている。そのうち、竹中平蔵の存在がクローズアップされているのが気になる。そして、さっそくとんでもない発言が飛び出した。社会保障を廃止し、ベーシックインカムを導入するというものだ。

コロナ禍はこれから先、来年の決算期を待たずに、大規模な倒産をもたらすであろう。もはや雇用の問題ではなく、国民と生活と生存の問題である。この機に、労働市場自由化の仕掛け人でもある竹中平蔵が「ベーシック・インカム」を唱えはじめたのは、偶然ではない。

竹中の提言は「国民全員に毎月7万円を給付するなら、高齢者への年金や生活保護者への費用をなくすことができる。それによって浮いた予算をこちらに回すので、財政負担はそれほど増えることにはならない」というものだ。年金崩壊どころか、廃止してしまえというのだ。

これに対して、宇都宮健児がツイッターで、「7万円では家賃を払って生活ができるはずがない」「お金を支給するので教育や医療などの福祉サービスはお金で買えというベイシックインカム案では教育や医療が商売になる危険性がある」「まず教育や医療などの福祉サービスをしっかりと低価格または無償で提供する社会をつくるのが先だ」と投稿した。正論である。


◎[参考動画]竹中平蔵氏 【後編】アフター・コロナに勝ち残るために Part3. 2020年9月17日(木)放送分 日経CNBC「GINZA CROSSING Talk」(ソニー銀行2020/10/05)

◆社会保障費・生活保護こそがベーシック・インカムである

ベーシック・インカム論の基礎には、ケインズ派(ウィリアム・ベヴァリッジ)の「ゆりかごから墓場まで」を目標としたイギリスの社会保障や雇用施策に対して、新自由主義派の「小さな政府」論がある。

前者は社会保障を前提に、補足的な公序モデルであり、マクロ的には有効需要創出の公共投資(ニューディール)である。後者である竹中提言は、社会福祉の切り捨て(それにともなう行政コストの削減)を財源に、いわば緊縮財政で構造不況を乗り切ろうというものだ。そこには個別の事情、妊娠休業や子育て、病傷などの多面的な社会保障を切り捨て、カネ(7万円)を渡すから自助努力をしろという新自由主義の発想が見え見えである。竹中が切り捨てようという社会保障費・生活保護こそが、じつは現代のベーシック・インカムの実体なのである。

コロナ禍が示すように、経済というものがおカネの動き、経済の血流としての消費をまったく理解できないがゆえの、竹中流緊縮論なのである。大企業の内部留保の解消、格差の是正(最低賃金の底上げ)こそが、消費の回復につながるのだと、あらためて指摘しておこう。

◆中小企業の「淘汰」をいとわない最賃論

もうひとり、菅総理のブレーンとして成長戦略会議に名を連ねるのが、デービッド・アトキンソン(経済政策アナリスト・小西美術工藝社社長)である。アトキンソンの主張は、最低賃金制の底上げが基調となっている。が、最賃制に対応できない中小企業の経営者は、潰れて退場するのもやむなし、というものなのだ。

言うまでもなく、最低賃金制の底上げ(たとえば山本太郎は時給1500円、年収で300万円弱を主張)は、達成企業に減税措置をはかることで、企業経営の健全化と購買力(消費)の活性化を目標にしたものである。しかるにアトキンソンは、最低賃金制の底上げに対応できない中小企業を淘汰し、その結果は労働者が路頭に迷うこともいとわないのだ。淘汰とは起業による市場原理である。いまこの日本に、企業の展望が微塵ほどもあるというのだろうか?

このような人物の影響が「自助・共助・公助」なる、菅政権のスローガンなのだ。一見すると正論に聞こえる菅総理の言外に「(わたしのように)努力しない者は救われない」という新自由主義の発想があることを指摘しておこう。


◎[参考動画]【ダイジェスト】デービッド・アトキンソン氏:日本人が知らない日本の「スゴさ」と「ダメさ」マル激トーク・オン・ディマンド 第934回(2019年3月2日)

◆正月明けは11日? 誰が10兆円を決めたのか?

菅ブレーンの危険性とともに、とんでもない思い付きとは、このことであろう。
西村康稔経済再生相が語ったという「「(1月)11日の月曜日が休みでありますので、そこまでの連続休暇とかですね、あるいは休暇を少し分散をしていただくとか。もちろんテレワークも、それぞれの企業でも積極的にやられていると思いますけれども、是非そうした休暇が集中しないような取り組みも是非ご検討いただければ」を冗談交じりに聞いていたところ、本気だというのだ。経済3団体にもこれを要請するという。コロナ対策という意味なのだろうが、経済に与える影響は少なくない。


◎[参考動画]年末年始の長期休暇を 西村再生相が新経連と会談(KyodoNews 2020年10月21日)

たとえば、これで少なくとも1月の上旬に刊行される雑誌は、年内の刷了・取次搬入が要求されることになる。いや、取次が上記の要請に応じてしまえば、発行日を遅延させるしかないのだ。他の業界もおおむね、とんでも発想と考えることだろう。政府は少しでも経済の停滞を考慮したのだろうか。

そのいっぽうで、コロナ対策をふくむ臨時予算に、10兆円が計上されたという。国会を開かないまま、政権が勝手に決めたのである。ここにも法律を理解しない菅総理の「とんでもなさ」が明らかだ。国会という国民の代表から、あたかも全権委任されたかのように勝手に予算を組んでしまう暴挙である。すべて政治家の行動は法律の裏付けが必要であることを、この男は知らないのである。

すでに学術会議の会員任命拒否において、菅が法律を理解していないのは明白になった。このさき、とんでもない発想から非常識なことを実行しかねない政権であることが、徐々に明らかになってきた。そして怖ろしいのは異論を排除する、蛇の執念のような実行力を持っていることだ。

菅の蛇のように冷酷な眼を見ていると、内容はともかく「失敗しても、まだ次のチャンスがある日本にしたいんです」「事実、わたくしは失敗したんです」と、明るく力説していた安倍晋三が懐かしくなってくるというものだ。


◎[参考動画]菅総理 初の所信表明演説(ANNnewsCH 2020年10月26日)

▼横山茂彦(よこやま・しげひこ)

編集者・著述業・歴史研究家。歴史関連の著書・共著に『合戦場の女たち』(情況新書)『軍師・官兵衛に学ぶ経営学』(宝島文庫)『闇の後醍醐銭』(叢文社)『真田丸のナゾ』(サイゾー)『日本史の新常識』(文春新書)『天皇125代全史』(スタンダーズ)『世にも奇妙な日本史』(宙出版)など。医科学系の著書・共著に『「買ってはいけない」は買ってはいけない』(夏目書房)『ホントに効くのかアガリスク』(鹿砦社)『走って直すガン』(徳間書店)『新ガン治療のウソと10年寿命を長くする本当の癌治療』(双葉社)『ガンになりにくい食生活』(鹿砦社ライブラリー)など。

月刊『紙の爆弾』2020年11月号【特集】安倍政治という「負の遺産」他

〈原発なき社会〉を求めて『NO NUKES voice』Vol.25