「生まれつき茶色い髪について、学校で何度も黒く染めるように指導されて精神的苦痛を受けた」

大阪府羽曳野市の府立懐風館高校に通っていた女性(21)がそのように主張し、府に約220万円の慰謝料などを求めていた訴訟で、大阪地裁(横田典子裁判長)が16日、府に33万円の賠償を命じる判決を出した。

報道によると、判決は「教師たちは女性の髪を直接見て、地毛が黒色だと認識して指導していたため、違法性があったとはいえない」と認定。一方で、女性が2年生の9月から不登校になったのをうけ、学校側が出席名簿から女性の名前を消したことなどについて「女性の心情に配慮したものといえない」と違法性を認めたという(FNNプライムオンライン16日17時21分配信)。

私はこの訴訟について、裁判記録を閲覧するなどの取材をし、当欄でも2018年の時点で以下のような原稿を書いている。

◎大阪「髪染め強要」訴訟 ほとんど報じられない学校側の主張を伝える
・2018年1月18日【前編】 http://www.rokusaisha.com/wp/?p=24417
・2018年1月22日【後編】 http://www.rokusaisha.com/wp/?p=24423
私は現時点でまだ判決を見ていないので、判決の当否について踏み込んだことは言えない。しかし、取材で把握した「確定的な事実」によって認められる限りでも、この訴訟を取り巻く現状には見過ごしがたいことがある。

◆教師たちは女生徒に「髪を黒く染め直す」ように指導していた

それは、この訴訟が2017年に最初に話題になった当時の報道に「重大なデマ」があったことだ。

「女生徒の髪は生まれつき茶色なのに、学校側は黒く染めさせていた」

マスコミ各社は当時、女性側のこのような主張を揃って鵜呑みにし、懐風館高校で生徒へのとんでもない人権侵害が行なわれているように報じた。あたかも同校の教師たちが女性の髪は生まれつき茶色だと認識しつつ、校則通りに黒く染めるように強要していたように伝えたのだ。

こうした報道をうけ、ジャーナリストや学者、評論家、弁護士らがSNSなどで一斉に同校で理不尽な指導が行われていたかのように批判した。ツイッターで個人的にそのような批判をしている新聞記者も見受けられた。ひいては、これに同調した有名・無名の無数の人たちによって、同校の教師たちに対する凄絶なバッシングが巻き起こったのだ。

しかし訴訟で本格的な審理が始まると、女性の生まれつきの髪の色が本当に茶色だったか否かは大きな争点になった。つまり、同校の教師たちは「女生徒の髪が生まれつき茶色でも黒く染めさせる」という指導はしておらず、あくまでも「女生徒は生まれつきの髪の色が黒なのに、茶色に染めている」と判断し、黒く染め直すように指導していたのである。

前掲の報道では、判決は「教師たちは女性の髪を直接見て、地毛が黒色だと認識して指導していたため、違法性があったとはいえない」と判断したと伝えられているのに対し、女性側の代理人弁護士が判決の事実認定を不服とし、控訴を検討しているという報道もある。

ただ、いずれにしても、同校の教師たちは「女生徒の髪が生まれつき茶色でも黒く染めさせる」という指導をしていたわけではないので、同校の教師たちがそのような指導をしているように伝えた報道はデマだ。また、報道のデマを信じ、同校の教師たちをSNSなどで批判した者たちは、同校の教師たちを侮辱し、その名誉を不当に傷つけたのである。

◆デマ被害者である教師の方々、そのご家族に伝えたいこと

さらに見過ごしがたいのは、こんな重大なデマが明らかになったのに、デマを報じたマスコミや、デマを信じて同校の教師たちを侮辱したジャーナリストや学者、評論家、弁護士、個人の新聞記者らが何ら訂正もせず、謝罪もせず、しらばくれていることだ。一体、どういう倫理観をしているのか、頭の中をのぞいてみたい思いだ。

これだけ酷いデマ被害を目の当たりにしつつ、被害回復のために何もできない私自身、無力さを痛感している。しかし、せめて理不尽なデマによって傷つけられた同校の教師の方々、そしてそのご家族の方々に「世の中には、この酷いデマに気づいている人間もいないわけではありません」ということを伝えたく、この原稿を書いた。

問題の訴訟が行なわれた大阪地裁

▼片岡健(かたおか けん)
全国各地で新旧様々な事件を取材している。近著に『もう一つの重罪 桶川ストーカー殺人事件「実行犯」告白手記』(著者・久保田祥史、発行元・リミアンドテッド)など。

「絶望の牢獄から無実を叫ぶ ―冤罪死刑囚八人の書画集―」(片岡健編/鹿砦社)