予告した通りとはいえ、こうもアッサリ辞任(総裁選出馬取り下げ)するとは、やや拍子抜けである。もうすこし未練たらたら、総理の椅子にしがみつきながら、最後は「菅おろし」という不名誉を党史に刻むのではないかと期待したものだ。

かつての「三木おろし」は、清廉の士である三木武夫が闇将軍田中角栄のロッキード疑惑解明に、指揮権発動(関係者の証人喚問)をもって踏み込もうとしたところ、党内反主流派(多数派)の謀略的な政局によって退陣に追い込まれた。いわば名誉ある退陣だった。

だが、菅の場合は「コロナ禍への対応の遅れ」「学術会議への政治介入」「桜を見る会究明からの逃避」「国民への発信力・説明不足」「答弁原稿の棒読み」その結果としての「国政選挙(補選・再選)での連敗」「首長選挙での相次ぐ敗北」そしてその必然的な帰結として「菅が選挙顔では勝てない」という、党内の不満によって総裁再選への道が閉ざされたのである。あまりにも格好が悪いというしかない。
横浜市長選の敗北で、ほぼ99%まで菅の退路はふさがれていた。われわれはこう予言していた。

「菅総理には、9月の早い段階での総理大臣辞職しかない。自民党総裁の座にしがみつくことで『菅おろし』と言われる惨めな末期を遂げ、党史に芳しくない名を残すのか、それとも後継指名をすることで党内に政治的影響力を残すのか。道は二つしかないのだ。」(【速報】横浜市長選挙 野党候補が勝つ! 菅総理の命脈が尽きた日」2021年8月23日)

しかしそれでも、わが菅総理は総裁選と総選挙の勝利に一縷の望みをかけ、続投を表明してきた。その先にある「自民党下野」をも怖れずに? いや、その前に党内から隠然たる「菅おろし」が始まったのである。あまりにも当然の成り行きではないか。

派閥の思わく(猟官運動にほかならない)で菅が再選された場合、自民党の密室政治に国民は「政権交代」という投票行動で応えるであろうと考えられていた。われわれはこう宣告していた。

「もしも岸田が地方票で多数を獲得し、しかし2012年のように決選投票となって派閥力学で菅が再選された場合である。自民党は民意を反映しない、ひとにぎりの幹部たちの思わくで政治を動かす。国民の一部とはいえ、地方党員の意志を踏みにじった結果、総選挙がどのようなものになるか。もはや火を見るよりも明らかであろう。」(「今後の10年を分ける自民党総裁選 ── 菅再選なら、自公の下野も」2021年8月31日)

いずれにしても、われわれの予想どおりの退陣表明だった。

◆詰めの一手は、二階おろしだった

菅を詰ませたのは、岸田の「党役員の任期を3年に」という、二階おろしの提言だった。これはじつに、妙手と言うべきであろう。

発信力が貧弱な岸田が、一皮むけた瞬間である。それに対する菅の反応は、「党役員の人事刷新」すなわち、二階に引導を渡すことだった。

メディアはこの菅の人事発動を「岸田消し」と評したが、そうではない。二階を罷免するまで、菅が追い詰められたのだ。二階が幹事長権力を維持するために、菅の続投を支持しているという、いわば老々介助的な政権維持に耐えられず、二階を更迭することで墓穴を掘る。これは詰将棋のように理詰めだった。この秘策を岸田に授けたのは誰だろう。自分で編み出した技なら、岸田の政治力の成熟を認めないわけにはいかない。

◆ネットで意外な人気投票が

さて、そこで問題なのは菅の不出馬によって、菅に恩顧のあった河野太郎が出馬宣言し、政調会長を辞任してからと菅に指摘されて出馬を思いとどまった下村博文、そして様子見をしていた石破茂が出馬を検討していることだ。

そればかりではない。総裁選への出馬が悲願の野田聖子、さきに出馬宣言していた高市早苗の後ろ盾に、それぞれ二階派、細田派が付きそうな成り行きである。

そして今回はフルセットの総裁選挙であれば、候補者の地方票の獲得が焦点になってくる。そこで、このかんのアンケートのうち、特異なものを紹介しておこう。

以下はヤフーニュースによる、ネット上の投票による結果だ。初顔という清新さ、喋りの明快さが人気を博しているのか、河野太郎が他を圧倒している。これはある意味で、新しいもの好きのネット人気なのかもしれない。

707,979人が投票!実施期間:2020/8/28(金)〜9/1(火)
河野太郎  61.7% 437,039票
石破茂   15.2% 107,590票
菅義偉   11.9%  84,341票
麻生太郎  04.0%  28,214票
岸田文雄  02.5%  17,654票
その他   02.2%  15,872票
野田聖子  01.4%   9,637票
茂木敏充  00.9%  6,373票
下村博文  00.2%  1,259票

ところが、夕刊フジ(zakzak)が行なったアンケートでは、思わぬ結果が出ているのだ。高市早苗が80%という他を圧倒する数字をたたき出したのだ。8月20日時点でのアンケートなので、河野太郎はふくまれていない。

この80%という数字はネット特有のおもしろいノリの結果かもしれないが、高市早苗総理大臣の可能性が現実のものとして浮上してきたのだ。最新の派閥構成をみておこう。

◆自民党の派閥構成の概要。★は総裁選出馬

派閥名       国会議員数     総理・総裁候補
細田派(清話会)  97人       ★下村博文
麻生派(志公会)  54人       河野太郎
竹下派(平成研)  52人       加藤勝信、茂木敏充
岸田派(宏池会)  46人       ★岸田文雄
 谷垣グループ   15人 
二階派(志帥会)  47人       林幹雄、※党外[小池百合子]
菅派(ガネーシャ) 23人       ★菅義偉
石破派(水月会)  16人       石破茂※この時期の総裁選挙に批判的
石原派(未来研)  10人       
無派閥       26人       ★高市早苗(細田派系)、
                   ★野田聖子(二階派系)

このうち、河野太郎は麻生太郎ら派閥幹部から「立候補に賛成ではないが、止めはしないから自分で決めろ」と玉虫色の回答しか得られなかった。麻生の返答には理由がある。河野太郎では派閥がまとまらない、というのだ。

本通信の読者なら周知のとおり、河野太郎は原発反対派であり、党内では「赤い自民党員」と呼ばれている。本気で「河野太郎は共産主義者だ」と思っている自民党員も少なくないのだ。国民的な人気と、自民党員の人気はちがう。

上掲した遊びごころのネット投票はともかく、読売新聞の世論調査では、次の総理は石破茂が19%、河野太郎が18%である。

この通信でも反安倍という立場で擁護してきた石破茂だが、彼の場合も国民的な期待はともかく、党内人気のとくに国会議員レベルでの人気がなさすぎる。いちど党を離れていることも、「同志を裏切った人物」として、派閥の幹部クラスの脳裡には刻印されている。政治は政策でやるものではない。感情と利害で動くものなのだ。
岸田文雄の発信力は、上述した二階おろし(役職3年制の提案)のごとく、見違えるように充実した。派閥均衡の鼎立同盟が成り立たない場合、河野太郎との地方票の獲得数が焦点になるのは言うまでもない。

このように、男性有力候補が票を食い合って、過半数に至らない場合が問題なのだ。決選投票は派閥の論理で縛りがかかるはずだが、今回は自由投票に踏み切る派閥が多い。そこで、女性候補が思わぬ得票で躍り出る可能性があるのだ。

◆高市早苗総理の可能性

小池百合子都知事の国政復帰もうわさされる中、自民党の女性総理総裁について検討しておくべきであろう。

そう、高市早苗元総務相の「総裁選に出馬します!――力強く安定した内閣を作るには、自民党員と国民からの信任が必要だ。私の『日本経済強靭化計画』」(文藝春秋9月号)を念頭においてのことだ。

高市は安倍の側近と称されるほど、極右系の政治信条で党の役職と総務相を務めてきた。今回、細田派(安倍晋三)が立候補推薦人の20人を都合することで、高市は総裁への挑戦権を得るばかりか、決戦投票の成り行き次第では、ガラスの天井を突き破る可能性が出てきた。日本初の女性総理の誕生である。(つづく)

▼横山茂彦(よこやま・しげひこ)
編集者・著述業・歴史研究家。歴史関連の著書・共著に『合戦場の女たち』(情況新書)『軍師・官兵衛に学ぶ経営学』(宝島文庫)『闇の後醍醐銭』(叢文社)『真田丸のナゾ』(サイゾー)『日本史の新常識』(文春新書)『天皇125代全史』(スタンダーズ)『世にも奇妙な日本史』(宙出版)など。

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