3月14日、2020年に政府が行ったコロナ支援策「特別定額給付金」を、住民票がないことを理由に、給付されなかった、大阪市西成区内に居住していた10名が、大阪市・松井一郎市長を提訴した。

原告の1人Sさんに「裁判が始まるよ」と報告した

◆2007年、釜ヶ崎に暮らす2088名の住民票を強制削除した大阪市

「特別定額給付金」は、新型コロナウイルスの感染が猛威を振るい始めた2020年、すべての人を対象にした唯一出された支援対策であった。政府は、4月20日、一律10万円の特別定額給付金の給付を閣議決定、その際、2020年4月27日付けで、住民基本台帳に名前の記載がある者、つまり住民票がある者と条件づけた。

しかし、ご存知のように、釜ヶ崎には、様々な理由で住民票を持てない者がいる。野宿生活を余儀なくされた人たち、ドヤ、アパートに住んでいるが、そこでは住民票が取れない人たち、元の住所あるいは本籍地から、様々な理由で住民票を移せない人たちだ。

かつて、大阪市は、釜ヶ崎では住民票が取れない労働者に対して、白手帳(日雇い労働者の失業保険)をとったり、各種資格を取る必要がある場合には、釜ヶ崎地域合同労組が入る「解放会館」などで住民票を置くことを進めておきながら、2007年2088名の住民票を強制削除した。今回、住民票がない人の中には、その被害者もいた。

アルミ缶、銅線などを集めて暮らす彼は「解放会館」に置いていた住民票を強制削除された被害者だった

◆市長室にはほとんどいない松井市長

私は、釜ヶ崎地域合同労組、日本人民委員会、釜ヶ崎炊き出しの会、釜ヶ崎公民権運動のメンバーとともに、大阪市・松井市長に対して、住民票を持たない、持てない人たちにも必ず給付金を渡すようにと要請活動を行ってきた。4月28日、西成区役所に要請行動を行った際、「給付については大阪市役所市民局が行う」と返答されたため、5月8日、松井一郎・大阪市長と大阪市役所市民局に対して「特別定額給付金が、住民票をもっていない人にも必ず渡るように」との要望書を提出した。

市長室にも要望書を届けようとしたが、松井市長は市長室にいないことがほとんどで、いつも秘書課職員に渡すだけで終わった。松井市長は、登庁する日も、ほかの自治体首長と違って極端に低いようだ。しかも、この時、市民局の職員はわずか12名しかいない一方で、IR事業、大阪万博を推進する副首都推進局のスタッフは80名もいた。大阪市は、根本的に、住民の命を守る気などないのだ。

◆行政の責任者は、すべての人に行き渡る施策を執る努力をすべきなのに……

その後も大阪市は、「給付対象者は令和2年4月27日において、住民基本台帳に記載されている者であること」と繰り返し主張するばかりであった。しかし、この給付金は、コロナウイルス感染拡大防止に伴う自粛要請などで経済活動が停滞するなか、「簡素な仕組みで迅速かつ的確に家計へ支援を行う」(実施要項)として、国から唯一出された支援策であり、各自治体、行政の責任者は、すべての人に行き渡る施策を必死で執る努力をすべきだった。

実施要項には、「記載がなくてもそれに準ずるものとして、市町村が認める者を含む」とあり、実際、DVで、住民票のある家からシェルターなどに避難している人や、出生届けが出されず、戸籍の記載がない約800名の「無戸籍者」なども受け取れるような緊急措置が、各自治体で執られ、じっさいに給付されていた。

「住民票のあるなし」にこだわり続けていた大阪市は、その後、NPO釜ヶ崎支援機構が運営するシャルターに、1日でも泊まれば、そこで住民登録を行うとした。しかし、シエルターに泊まることが嫌だから、野宿している人がいることも事実だし、前述したように、様々な理由で住民票をとることが困難な人、あるいは嫌な人がいることも事実だ。

人権問題に詳しい弁護士の南和幸さんは「給付金について、ホームレスの人だから、受け取る権利がないというのは間違い。住民票のあるなしは、権利のあるなしの問題ではなく、とのように受け取れるかの手続きの問題でしかない。それについて、この住民登録があるないだけで、権利があるなしかのように取り扱うのは間違いである」と述べている。

つまり、野宿している人が、その場で、本人確認が行われればいいのだ。大阪市は回答書には、住民登録されれば給付対象となることなどを「周知を図ってまいります」とあるが、野宿者に「周知」して回る際、その場で野宿者の名前、本籍などを確認すればいいではなかったか。じっさい、2008年リーマンショック後の2009年、一律12000円が支払われた給付金の際には、住民票を持たない野宿者らが、西成市役所1階のロビーで、職員らにより本人確認の手続きが行われ、給付金をうけている。今回も同じようにするよう要請したが、「コロナなので」を理由に断られた。何百人も殺到する訳でもないのに。

閉められたままのセンター(右)と、南海電鉄高架下に入ったセンター仮庁舎(左)

◆住民票がないことを理由に特別定額給付金を給付をしないのは違法である

私たちは、2020年8月18日、原告10名とともに、原告の住所、氏名、生年月日を記載した特別定額給付金申請書を持参し、被告である大阪市西成区保険福祉センター分館に赴き、申請を行った。しかし、松井市長により、住所地に住民登録がないとの理由で、給付がなされなかった。そのため、10名の原告から委任状を受け、今回提訴することになった。

訴状によれば、「ホームレス状態にある原告らに被告が、住民登録がなされていないことなどを理由に、特別定額給付金の給付をしないことは、憲法14条及び31条が規定する平等原則及び比例原則に反する。よって、被告の原告らに対する本件給付金の不給付は、いずれも、被告大阪市長に与えられた実施主体としての裁量を逸脱あるいは濫用するものであって、違法であることは明らかである」としている。

さらに「被告の公権力の行使にあたる公務員は、原告らのように、ホームレス状態にある人々に対し、その状態に相応しい住民登録の方法を工夫するなどして、特別定額給付金の給付を実施すべき義務があるにもかかわらず、これを漫然放置し、不給付とした点において、重大な過失がある。従って被告は国家賠償法第1条により損害を賠償する責任に任ずる」とし、「原告らは、本件申請拒否によって、各自、少なくとも、給付額と同額の被害を蒙った」として、1人10万円の損害賠償請求を行った。

今回弁護団を構成する武村二三夫弁護士、遠藤比呂通弁護士、牧野幸子弁護士は、いずれも釜ヶ崎のセンターをめぐる訴訟、監視カメラ訴訟の弁護団を兼任し多忙を極めていたため、提訴が遅れてしまった。しかし、いよいよ裁判は始まった。全国でもおなじように、住民票がないことを理由に受け取れなかった人がいるのではないか。ぜひ、この裁判にご注目していただきたい。

▼尾崎美代子(おざき みよこ)
新潟県出身。大学時代に日雇い労働者の町・山谷に支援で関わる。80年代末より大阪に移り住み、釜ケ崎に関わる。フリースペースを兼ねた居酒屋「集い処はな」を経営。3・11後仲間と福島県飯舘村の支援や被ばく労働問題を考える講演会などを「西成青い空カンパ」として主催。自身は福島に通い、福島の実態を訴え続けている。
◎著者ツイッター(はなままさん)https://twitter.com/hanamama58

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