◆なぜか急がれるマイナンバーカード導入

河野太郎デジタル相は10月13日の記者会見で、現行の健康保険証を2024年年秋に廃止し、マイナンバーカードと一体化した「マイナ保険証」に切り替える方針を正式に発表した。「利便性が高まり、医療の質が向上する」とマイナ保険証の意義を強調し「理解を頂けるようしっかり広報したい」と語った。この会見を実質上の「マイナンバーカード義務化」と判断し、多くの報道機関がそのように報じた。


◎[参考動画]【ライブ】紙の保険証2024年秋に原則廃止 マイナンバーカード“実質義務化”へ 河野デジタル担当大臣会見(2022年10月13日)| TBS NEWS DIG

政府発表も、報道も「デジタル化」「IT化」が、あたかも社会を豊かにし、生活を豊かにするかのような誤解を毎日流布しているが、非常に危険な現象だ。政府が目指すものは、国民の利便性でなどはなく、全国民の『総背番号制』構築により、可能な限りの個人情報を一元化し独占したいとの思惑だけだ。

ロシアを見るがいい。ウクライナへの戦争で兵力が不足したとみるや、たちまち30万人の予備役に召集令状を送り付けたではないか。日本政府が目指す姿としてロシアの予備役招集は格好の参考になるであろう。

さらに、現実問題として高齢化が進行する日本社会でマイナンバーカードが機能するのか。体に不自由があったり、認知症の高齢者が医療機関へ通院する際、頻繁にマイナンバーカードを持ち歩くのは安全面から問題はないのだろうか。

制度発足当時は「自宅に厳重にしまっておいてください」と広報しながら、保険証だけでなく、年金、税金、果ては免許証までを1枚のカードに集約して持ち歩かせるのは、窃盗、詐欺などの犯罪を増加させる要因にはなり得まいか。高齢者でなくともクレジットカードなどカード類を置き忘れたり、紛失された経験のあるかたは少なくないだろう。その際再発行にかかった手間の面倒を思い起こしていただければ、何が起きるかは明らかだ。

◆厚労省が明言「紙の保険証はなくなりません!」

13日の河野大臣がおそらく「義務化」を匂わす会見をを開くだろうと予想したので、筆者はまずデジタル庁に問い合わせたところ「健康保険は厚生労働省の管轄だ」というので、厚労省保健局に質問した。

「健康保険とマイナンバーカードを2024年秋までに統合するとの報道を目にしましたが間違いありませんか」との問いに、担当者は「今のところ具体的な方針が決まっている事実はございません。あくまで選択制ですね。紙の保険証も使える、マイナンバーカードも利用可能ということです」

報道で流布されている情報と随分内容が違うので「ということは2、3年後に保険証が廃止されて、マイナンバーカードを使わなければいけないということは『ない』と理解してよいのですね」と念を押すと、「はい、そうです。保険証がなくなるわけではありません」と保健局保険課の主査は明確に回答してくれた。

「マイナンバーカードの実質義務化」はまったくの虚偽であることが判明した。

◆マイナンバーカードだけでは自分の情報も見ることができない不便さ

ところが12日にマイナンバーカードに関する総合受付に電話で問い合わせると、オペレーターによって回答内容がずいぶん異なる。ある人物は「義務化です」と回答し別の人物は「義務化ではなく選択制」だと答える。

このように河野大臣の会見直前であっても内部の調整は取れていないのが実情のようである。ただ取材を通じてていくつかの事実が明らかになった。

仮にマイナンバーカードを取得しても、まず「マイナポータル」というアプリケーションをダウンロードしないとサービスの利用はできない。そしてログインするたびにカードリーダーにマイナンバーカードを通さなければいけない。インターネット接続環境にあっても、カードリーダ―若しくはスマートフォンをお持ちでない方は基本的にこのサービスを受けることはできない。

ではどこで自分の情報を閲覧できるのかといえば、市町村役場であるという。これで「利便性の向上」が図れるというのであるから政府の過大広告はたとえようもなくたちが悪い。

ご自身がスマートフォンをお持ちでないかたは自宅のパソコンから各種情報を閲覧できるが、その際にはマイナンバーカード番号と暗証番号(マイナンバーカード発行時に付与される)を入力するのに加えて、カードリーダーに毎回マイナンバーカードを通す必要があるという。

商売以外の用途で、個人宅にカードリーダーを備えているお宅がどの程度あるものだろうか。そしてカードリーダー購入は個人負担で賄ってもらうと、マイナンバーカード受付の担当者は語っていた。こんなにも複雑で使用感の悪いシステムが生活の利便性向上に寄与するとは到底考えられない。

◆複雑・膨大データ統合はトラブルのもと

そもそも自動車免許、保険証、年金、税金などはどれも膨大な情報量であり、また日々値が変化する性質の情報でもある。年金ひとつをとっても5000万件を超える入力ミスが発覚し、社会保険庁が社会保険機構と組織名を変えたように、データ自体の誤謬は手入力であろうと、機械による読み取りであろうと起こりうるし想定される事態である。

マイナンバーカード化を推進する議論の理由として「情報がいち早く掴めなかったから、過去低所得者世帯への補助金入金が遅れたことがある」という説があるが、それは情報の一元化とは関係ない。各世帯の所得状況(おそらくは地方税非課税世帯の状況)を各自治体が適切に把握していたかどうかの問題である。

また免許証は更新時期が異なるし免許書更新については、過去の違反、事故歴などが影響するが、そのような情報までを「保険証」としても使うカードの中に集約してもよいものであろうか。

さらには巨大システムほど障害が発生すると回復が困難だ。みずほ銀行の度重なるシステム障害については読者もご記憶があろうが、ケーブルを利用していようが、電波で情報を交換していようが、システムトラブルは起きるのだ。

最近はこれまであまり例のなかった携帯電話での通話、テータ送受信の障害も発生している。スマートフォンは利便性もあろうが通話、データ通信、検索、動画視聴など本来別の端末でなされてきたものを一つの手段に集約しているので通信システム障害が発生すると、そのすべてが利用できなくなる欠点が避けられない。

◆すでに潰れていた!「住基ネット」

ところでかつて「マイナンバーカード」同様の「住基ネット」なる企みがやはり国主導で行われたことがある。「住基ネット」には多くの反対があり導入取り消しを求める訴訟が全国で13件起こされた。はたして今日「住基ネット」はどのように活用されているのであろうか。

総務省のホームページにはひっそりと「平成28年1月からマイナンバーカードが発行開始されたことに伴い、住基カードの発行は平成27年12月で終了しています。」と書かれている。さらに図々しくも「住基カードをお持ちの方は、マイナンバーカード交付時に返却してください。」との記載もある。要するに「住基ネット」は巨額の税金を浪費しただけだけで潰れてしまったのだ。

今日公共事業は旧来型の道路建築やハコモノ、ダム建設などからソフトを利用したイベント型に急速に転換が進んでいる。「住基ネット」のソフト開発や地方間の専用線敷設に幾らの費用が掛かったのか、筆者は精査をしていないが、ソフトを利用した公共事業は、ダムやハコモノのように視覚上の残滓を持たない点、発注者側にとっては、より気楽に金を使えるメリットがある。

東京五輪、アベノマスク、安倍元首相首相の国葬。いずれもイベント会社や広告会社が山ほどの利権をむさぼっている。ようやく東京五輪についてはカドカワ会長が逮捕されるなど贈収賄事件が明るみに出てきてはいるが、にもかかわらず、さらなに巨大なシステムで国民情報の一括管理=監視社会の構築を図ろうとするのは、ひとえに国民にとってではなく国にとって「管理の利便性が上がる」ことが為政者にとって何よりの魅力だからであろう。

◆井戸元裁判官が警鐘を鳴らす事態

裁判官時代金沢裁判所で「住民基本台帳ネットワークシステム差止等請求事件」で住基ネットの差し止めを認め、問題点の多くを判決で指摘した井戸謙一弁護士は、マイナンバーカードの推進について、こう語る。

「住基ネットの頃は『国民総背番号制』に抵抗が強くありました。昔から政府はやりたかったのですが、住基ネットでようやくスタートしたのですね。国民の情報すべてが紐づけられて丸裸になるとの懸念から、私も判決を出したのですが、最近国民の抵抗感が短期間で急速に小さくなっています。一部マイナンバーに対しても反対意見がありますが、住基ネットの時のように話題になっていませんし、国がやりたいようにどんどん進んでゆくな、という感じです。デジタル社会という言葉の下抵抗感がなくなっているのではないでしょうか。行政が個人の情報を一元管理することへの恐ろしさ怖さが薄れていますね。しかし、最低限保険証と免許書はマイナンバーカードと分けて発行させる道を残しておかないと、とんでもないことになります。それこそ『国民総背番号制』の完成ですよ。」

井戸弁護士(元裁判官)が警鐘を鳴らすように、近年「デジタル化」が錦の御旗のように広く受け入れられている姿には、強い危機感を筆者も覚える。小学生が晴天の校庭でタブレット端末をもって何かの勉強(であろう)をしている姿は、いかにもアンバランスな光景である。

デジタルを全否定するわけではないが、身体性と精神性、神経の間には密接な関係があり、長時間のスマートフォンやパソコンの使用が、脳に悪影響を与えることは、既に医学的に証明されている。「マイナンバーカード」の広がりは「デジタル統一教」とでもいうべき信仰の一環として、ますますこの国のひとびとを住みにくくすることに違いないだろう。わたしはマイナンバーカードを作るつもりはない。

▼田所敏夫(たどころ としお)
兵庫県生まれ、会社員、大学職員を経て現在は著述業。大手メディアの追求しないテーマを追い、アジアをはじめとする国際問題、教育問題などに関心を持つ。主著に『大暗黒時代の大学』(鹿砦社)。
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鹿砦社 http://www.rokusaisha.com/kikan.php?bookid=000528
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田所敏夫『大暗黒時代の大学 消える大学自治と学問の自由』(鹿砦社LIBRARY007)

タブーなきラディカルスキャンダルマガジン 月刊『紙の爆弾』2022年11月号