2021年7月に入所者の90代男性がゼリーを誤嚥して死亡したのは施設職員が男性の誤嚥を防ぐ義務を怠ったことなどが原因として、広島市内に住む60代の長男が施設を運営する社会福祉法人平和会(佐伯区)に3465万円の損害賠償の支払いを求めた訴訟の判決が11月6日、広島地裁でありました。大浜寿美裁判長は施設側の責任の一部を認め、平和会に2365万円の支払いを命じました。

◆「介護をするのが怖くなる」判決

筆者を含めて、この判決に介護現場の労働者には「介護をするのが怖くなる。」という声が広がっています。

ある介護福祉士は以下のようにX(旧Twitter)で発信しています。

仕事として介護をするのが怖くなる。
「ゼリー喉に詰まらせ窒息死 判決で被告の介護施設側に2365万円支払い命令」ってニュースを見たけど、あなたはどう思う?
僕も毎日、利用者さんに水分ゼリーを配るし、他人ごとではないと思った。
裁判長は「ゼリーを配る職員は他の利用者に配膳し、男性が誤嚥する様子を見ていなかった」とした。
と書かれていたけど、他の利用者さんに配膳するときは食べやすい位置にセッティングして、ゼリーがゼリーであることを説明(認知症の方はゼリーをゼリーと認識できない方は多い)
他にも介護職が気を配る要素は数えきれない。
ゼリーを配っているときにトイレに席を立たれる方、ズンズン玄関に向かって歩かれる方、お茶をこぼしてしまわれる方…同時多発的にハプニングが起こるのが介護の現場の現実です。
信じられないかもしれませんが、特別養護老人ホームで高齢者20人の食事を終えるために配置される介護職員は2人~3人。(平均介護度は要介護4)
「職員らが食事の介助などの措置を講じていれば防げた」と言っているみたいですが、現場を見てから、体験してから言ってほしい。
みんなギリギリで頑張ってる。全神経を張りつめて、事故が起きないように頑張っている。
ぶっちゃけ「2365万払え」なんてなにもわかってない。
悔しすぎ。介護をするのが怖くなる。
こういう記事が出るたびに思うのが、介護する人がいなくなる。介護職不足が加速するだけ。

◆そもそもゼリーこそが「誤嚥防止」の最大限の努力

そもそも、食事や水分摂取をゼリーの形態にするのは、最大限の誤嚥防止の努力なのです。まず、普通食では危ないと思われるご利用者については、刻み食にしてお出しします。それでも危ないと思われる方にはミキサー食にしてお出しします。さらに危ないと思われる方にはゼリーの形にしてお出しします。

水分についても、普通の状態で危ないと思われる方にはとろみをつけてお出しします。それでも危ないならゼリー状にしてお出しします。

そして、それ以上、誤嚥を防ごうと思えば、今度は胃婁(いろう)にするしかありません。おなかに穴をあけて胃に直接栄養分を流し込むのです。

ただ、それだと、生きていることの楽しみの大きな要素である食べるということ、味わうということの楽しみは一切ありません。それでいいのかどうか? それはそれで、ご家族、ご利用者の間でもきちんと話し合ってそこまでして後悔しないかどうか、合意形成をしていただく必要があります。

◆コロナで、てんやわんやだった2021年当時

今でこそ、コロナは5類に降格し、むしろしばらく大流行がなくて皆が集団免疫を喪失しつつあるインフルエンザの方が脅威になっています。しかし、2021年7月と言えば大変な時期でした。東京方面で再び感染者が増え、そんな東京からIOCのバッハ会長が大勢を引き連れてお見えになる、そして、月末からは再び広島でも感染爆発が始まる。そんな状態でした。

現場では、感染防止にまず最大限の注意を払っていたのです。その上で、誤嚥防止など、通常業務もしなければならない。精一杯の状態でした。その状態で、「過失があった」として損害賠償をそれも要求額の約3分の2にあたる2365万円も認められたのでは「やっていられるかよ?!」というのが多くの介護現場職員の本音でしょう。裁判長は、当時の状態をもうお忘れになったのでしょうか?

当時は感染対策もあって、レクリエーションなどもやりにくかった。そういう中で、嚥下機能含めて急速に衰える方も多かったということもあります。いろいろな背景をご理解いただきたかった。

◆現状の人員体制ではこれが限界

そして、現状の介護保険制度が定めている人員基準では、「これが限界」です。国がべらぼうに人員基準を強化し、介護報酬もそれに応じてアップしてくれているのであれば、もっと誤嚥を防止するために力を注ぐことはできるでしょう。しかし、現状では、上記のXにもあるように、20人の利用者の食事を2-3人でケアしなければなりません。それでも、誤嚥しそうな人には後回しで配膳するか、職員がつくかします。だが、普段は誤嚥の恐れが少ないような人がいきなり誤嚥するということも起きるのです。それこそ、おやつの時間中に、先ほどまで、それなりに元気だった人が誤嚥でもないのに、いきなりぶっ倒れて亡くなる、ということも筆者も経験しています。あちらが立てばこちらが立たず。そういうことはよくあります。
 
◆「安全至上主義」で入所者は幸せなのか?

誤嚥と並んで多いのは転倒です。今回のような判例が定着してしまうと何が起きるか?介護職員側としては、転倒による負傷を恐れて、ご利用者様に歩かせない、という方向にどうしても走ってしまいます。それが果たしてご利用者様にとって幸せなのでしょうか?それなりに、普段しっかり歩けている人でも、認知症や薬物依存症の後遺症の症状で、職員の目が届かないところで、いきなり走り出して転倒するなどのことは実際に筆者も経験しています。夜間であればトイレへ行こうとして転倒ということは日常茶飯事です。利用者が動き出したことを知らせるセンサーマットをつけていたとしても、駆け付けた時には転倒ということもあります。

だが、だからといって、例えば、その方に歩かせずに車いすを利用していただくことが本当に幸せなことなのでしょうか? そもそも、夜間だったら、寝ぼけていることもあり、車いすではなく歩き出すでしょう。安全性の追求にはきりがない。このあたりは、介護職員、ケアマネ、そしてご本人、ご家族で合意形成すべきではないでしょうか?

◆合意形成にご家族も本気で参加を

ところが、その合意形成に腰を入れて参加しようとしないご家族も少なくないのが実情です。中には「自分は親と仲が悪いので行きません」とおっしゃりながら何か起きればすごい剣幕で電話をしてこられる方もおられます。 それこそ、三波春夫の「お客様は神様です」を完全に誤解しておられるのではないか?としか思えないご家族も中にはおられますし、数は少なくとも、介護職員は消耗させられます。

もちろん、いまはヤングケアラーだけでなくビジネスケアラーの問題も深刻です。そうした中で、在宅ではなく施設でというのも、大事な選択肢ではあります。しかしながら、そうであるならば、食事や移動・行動(入浴時に機械に依存するか、ご自分で一定程度されるのかも含めて)をどうするのか?どの程度のリスクを許容するのか?

完全に安全を求められるのであれば、それこそ、在宅で、訪問介護・看護を24時間、べったり、介護保険以外の自腹負担も含めて利用するということしかなくなるのではないか?そのことも、現行の介護保険制度のもとで、ご理解いただくしかないのではないでしょうか?実際に、「転倒に関しては施設の責任を問わない」という同意書を取っている施設もあるそうです。

◆伊方原発広島裁判も「大浜裁判長」! 現実をきちんと理解した上で仕事を!

大浜裁判長が女性だからと言って、介護のことをきちんとわかっているわけではないことはよくわかりました。まじめに現場を理解しようともしていないことは今回の裁判でよくわかりました。

こんな判決を判例として定着させてはいけない。もしそうなれば、ただでさえ、給料も低く、労働もキツイ介護職員を誰もやらなくなってしまいますよ。

その上で、大浜裁判長が筆者も原告である伊方原発運転差止広島裁判の裁判長でもあることも気がかりです。

もちろん、原告弁護団は最大限、裁判長にわかっていただくような書面を書いておられます。しかし、それでも、このままでは原発の問題でも、十分に現実を踏まえないで判決を出されるのではないか?という危惧がぬぐえないのです。もちろん、どうか、大浜裁判長には、「介護」でも「原発」でもきちんと現実を理解した上での仕事をお願いしたいと思います。

▼さとうしゅういち(佐藤周一)
元県庁マン/介護福祉士/参院選再選挙立候補者。1975年、広島県福山市生まれ、東京育ち。東京大学経済学部卒業後、2000年広島県入庁。介護や福祉、男女共同参画などの行政を担当。2011年、あの河井案里さんと県議選で対決するために退職。現在は広島市内で介護福祉士として勤務。2021年、案里さんの当選無効に伴う再選挙に立候補、6人中3位(20848票)。広島市男女共同参画審議会委員(2011-13)、広島介護福祉労働組合役員(現職)、片目失明者友の会参与。
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