天皇制はどこからやって来たのか〈11〉古代女帝論-3 皇極帝(斉明天皇)── 愛と強権の女帝

◆乙巳(いっし)の変──王家独裁のためのクーデター

推古天皇のあとをうけた舒明天皇の后が、皇極帝(宝皇女たからのひめみこ)である。夫の舒明天皇が崩御すると、彼女は四十八歳で帝位に就いた。

もともと蘇我蝦夷が舒明帝を擁立したこともあって、蘇我氏の後見のもとに即位した女帝だったが、古代史上もっとも有名な政変劇が彼女の眼前でおきる。近臣の者たちが斬り合う、突然の惨劇だった。乙巳(いっし)の変(大化の改新のはじまり)である。

殺されたのは蘇我入鹿、殺したのは女帝の実の息子・中大兄皇子(のちの天智)である。

剣で斬られた入鹿は、女帝に「なぜだ?」と問う。女帝は「わたしは何も知らない」。

そして、わが子・中大兄皇子を叱責するが、息子は入鹿の悪行を並べ立てて弾劾するのだった。入鹿が殺されたことを知った蝦夷は、自邸に火をかけて自死する。

この政変は従来、専横をきわめる蘇我氏を排除するための改革とみられてきたが、どうやら天皇親政、端的に言うと王家独裁のためのクーデターだったと思われる。

というのも、律令制は蘇我氏を中心にした豪族の連合政体(官僚システム)をめざしていたからだ。蘇我馬子と聖徳太子が描いてきた政権構想である。律令のもとで豪族は位階のある貴族(公家)となり、天皇を頂点とした官僚制度がつくられつつあったのだ。

ところが、中大兄皇子は中臣鎌足とともに、筆頭貴族の蘇我氏を排除することで、律令の官僚制を骨抜きにしたのである。のちに藤原氏の祖となる鎌足にとっては、当面する政敵の打倒にほかならなかった。

◆女帝によって築かれた古代王朝の全盛時代

なお、皇極が最初に結婚した相手とされる高向王が、蘇我入鹿である可能性を指摘する説もある(『日本の女帝』梅澤恵美子)。梅澤さんによれば、信州の善光寺には、皇極が地獄に堕ちたという伝承があるという。伝承の根拠は、殺された入鹿の呪詛だろうか。だとしたら、中大兄皇子は母親の不義、奸臣との癒着を断罪したことになり、事件は甚(はなは)だ生々しい気配をおびてくることになる。

政変ののち、皇極女帝は譲位して弟の軽皇子(孝徳天皇)が即位する。皇統史上はじめての譲位だった。孝徳天皇は大化と元号をさだめ、大化の改新がこのもとで行なわれた。中大兄皇子と中臣鎌足の独壇場である。遣唐使がもたらす書物によって、律令制はさらに整備されたが、なぜか政権は空中分解してしまう。

皇太子となった中大兄皇子・鎌足・皇祖母尊(皇極)の三人が、孝徳帝が遷都したばかりの難波宮から、飛鳥に引き上げてしまったのだ。天皇は失意のうちに亡くなった。蘇我氏から人材を得た孝徳帝を、中大兄皇子らが見限ったのだといわれている。してみると、大化の改新はやはり、蘇我氏をはじめとする豪族の官僚制を掘り崩す、古代朝廷権威の発揚とみるべきであろう。その古代王朝の全盛時代は、男性の帝によってではなく、歴代の女帝によって築かれたのである。

斉明帝として重祚(ちょうそ)した女帝は、巨大な公共事業をくり広げる。香具山の西から石上山まで水路を造り、二〇〇艘の舟で石を運ばせたという。水路の掘削に要した水工夫が三万人、石垣の造営に七万人の工夫が動員された。人びとはこれを「狂心の渠(たぶれごころのみぞ)」と批判した。近年、酒船石遺跡の石積みが発掘された。それが儀式のための施設なのか、城砦なのかをめぐって古代史の議論を呼んでいる。

いずれにしても、独裁的に進められた公共事業は、天皇の強権への意志を感じさせるものがある。そして韓半島の騒乱に軍事介入し、百済復興のために出兵したものの、敗退して権益をうしなった。そして女帝も、遠征先の九州朝倉の地で没した。

◆シャーマンと官僚の闘い

政治家としてはともかく、人物はいたって優しかったようだ。母・吉備津姫王が病をえたとき、女帝は母が亡くなって喪葬がはじまるまで、そのかたわらを離れなかったという。可愛がっていた孫の健王が八歳で亡くなったときは、挽歌でその気持ちをのこしている。

飛鳥川 漲らひつつ 行く水の 間も無くも 思ほゆるかも
(飛鳥川があふれるように盛り上がって流れている、その水のように間もなく健王のことが思い出されることか)

山越えて 海渡るとも おもしろき 今城のなかは 忘らゆまじき
(山を越え海を渡って旅をしていても、健王の墓所のことが忘れられないでしょう)

女帝はまた旅行好き、温泉好きでもあった。有馬温泉、道後温泉、紀伊白浜の湯崎温泉に行幸したことが記録に残っている。

乙巳の変のまえのこと、蘇我入鹿が雨乞いをしても雨が降らなかったところ、女帝が跪いて四方を拝み天に祈ると、雷鳴とともに降雨があったという。シャーマンとしての資質もあったようだ。このシャーマンという女帝の特性を、読者諸賢はおぼえていて欲しい。古代王権をめぐる女帝と律令官僚の争闘はまさに、シャーマンと実務官僚の闘いとして帰結するのだから。

◎[カテゴリーリンク]天皇制はどこからやって来たのか

▼横山茂彦(よこやま・しげひこ)

編集者・著述業・歴史研究家。歴史関連の著書・共著に『合戦場の女たち』(情況新書)『軍師・官兵衛に学ぶ経営学』(宝島文庫)『闇の後醍醐銭』(叢文社)『真田丸のナゾ』(サイゾー)『日本史の新常識』(文春新書)『天皇125代全史』(スタンダーズ)『世にも奇妙な日本史』(宙出版)など多数。

月刊『紙の爆弾』2020年8月号【特集第4弾】「新型コロナ危機」と安倍失政 河合夫妻逮捕も“他人のせい”安倍晋三が退陣する日

《廿日市女子高生殺害事件裁判傍聴記02》犯人が明かした「父親との複雑な関係」

「思い出せる限り、当時のことを正直に話したいと思っています」

3月4日、広島地裁の第302号法廷。午前10時に始まった鹿嶋学に対する裁判員裁判の第2回公判では、被告人質問が行われた。その冒頭、鹿嶋はそう宣言し、弁護人の質問に答える形で、自分の生い立ちを詳細に語った。

鹿嶋は1983年3月、山口県下関市で生まれた。家族構成は両親と妹が1人。中学2年生の時、家族で宇部市に引っ越したために転校し、中学卒業後は市内の私立高校に進学した。中学、高校を通じて学校の成績は悪かったが、授業をさぼったりはしていないという。つまり、素行が特別悪かったわけではないようだ。

ただ、ワンパクではあったという。鹿嶋はこう打ち明けた。

「小学校の頃には、ニワトリ小屋に野良犬を離して大惨事になったり、友だちと喧嘩した際に代本板(※)で頭を殴り、血が出るようなケガをさせたりしてしまいました。中学時代も、カッとなると周りが見えなくなり、暴力をふるってしまうことがありました」

※「だいほんばん」と読む。図書館で本が本来置かれるべき場所にない時に、本の現物に代わって置かれる板のこと。

このようにワンパクだった鹿嶋だが、家ではおとなしい子供だったという。そうなった事情として語ったのが父親の存在だ。

「父については、『怖い』という思いが昔からありました。挨拶は『おはようございます』と言うように言われ、実際にそうしていました。小さい頃、理由はわかりませんが、父親に家を追い出され、家の前でワンワン泣いたことがありました」

鹿嶋によると、子供の頃、父親や母親とは必要最低限の会話しかしなかった。食事の時も両親、妹は会話をしていたが、鹿嶋は会話に参加せず、黙々と食事をしていたという。

「両親を頼ったり、両親に何かを相談したりすることもありませんでした。子供の頃からそうでした」

両親との関係が良くなかったことは明らかだが、その最大の原因と思われるのが父親と血がつながっていなかったことだ。鹿嶋によると、そのことは「25歳の時、父親から直接聞かされた」とのことだが、実は鹿嶋は生まれる前から複雑な事情を抱えた子供だった。それについては、被告人質問が終わった後、情状証人として出廷した父親自身がこう明かしている。

「妻が自分以外の男の子供を妊娠していることがわかったのは、結婚前に交際していた時期のことでした。しかし、私は自分の子供として育てようと決意し、そのまま妻と結婚したのです」

文章にすると、普通に話しているような印象になるが、この話をしている時の父親は歯切れが悪かった。鹿嶋の出生をめぐる人間模様については、父親にとって人前で話したくないことなのだろう。一方、父親が証言中、鹿嶋は被告人席から父親を険しい表情で凝視しており、父親に対して今も悪感情を抱いていることが察せられた。

広島地裁に入る、鹿嶋を乗せているとみられる車

◆剣道をやりたかったが、父親に言われるまま陸上部に入部

鹿嶋の話を聞いていると、その人間形成に父親との関係が大きく影響したのは間違いない。そのことは、中学、高校時代のクラブ活動に関する証言を聞いていてもよく伝わってきた。

「中学時代、自分は陸上部でしたが、本当にやりたかったの剣道でした。陸上部に入ったのは、小学校の頃にゼンソクで学校を休むことがあったため、父親から『体力をつけるために陸上部に入れ』と言われたからでした」

こうして中学時代、入りたくもない陸上部に入った鹿嶋は、練習に出たり出なかったりした末、3年生になって園芸部に転部。そして高校入学後、再び陸上部に入ったが、今度は練習に出なかったという。父親に入部するクラブを決められたため、屈折した青春時代になった様子が窺える。

その反動が出たのが、高校卒業時の進路選択だ。鹿嶋は大学には進学せず、就職しているのだが、就職先はこんな選び方をしたという。

「就職したのは、アルミを溶かし、板などを製造する会社です。学校から紹介された会社でしたが、選んだ理由は、機械の操作が好きだったことと、寮生活ができることでした。一人暮らしがしたかったのです」

鹿嶋はこの会社に就職を決める際も親には相談していない。とにかく家を出たかったというわけだ。

◆「一人暮らし」をしたくて選んだ会社でゲームとエッチなビデオに没頭

就職後、配属された工場は萩市にあり、実際に工場の前にある寮で生活できるようになった。この寮生活は鹿嶋にとって楽しいものだったようだ。

「自分はゲームが好きなのですが、寮では好き放題にゲームができました。それに、エッチなビデオも自由に観られました。高校の頃もエッチなビデオは観ていましたが、自分の部屋にビデオデッキがないため、親が家にいない時しか観られませんでした」

高校卒業後に一人暮らしを始めた若い男が、親の目が届かないのをいいことにゲームやエッチなビデオに没頭するというのはお決まりのパターンだ(今ならエッチなビデオではなく、エッチなネット動画かもしれないが)。ただ、鹿嶋の場合、「会社に入ってから、エッチビデオはほぼ毎日観ていました」というから、人並み以上にエッチなビデオが好きだったのだろう。

一方、女性との性行為は「してみたい」という気持ちはあったそうだが、性行為の経験は無いままだった。弁護人から「風俗店に行こうという思いはなかったのですか」と質問されると、こう答えた。

「自分は、そういうところに行く性格ではなかったので、当時は考えませんでした」

こうしてエッチなビデオを毎日のように観る一方、女性との性行為の経験が無いまま過ごした鹿嶋。このあとの話を聞く限り、こうした暮らしぶりは事件を起こしたことと決して無関係ではない。(次回につづく)

《関連過去記事カテゴリー》
 廿日市女子高生殺害事件裁判傍聴記 http://www.rokusaisha.com/wp/?cat=89

【廿日市女子高生殺害事件】
2004年10月5日、広島県廿日市市で両親らと暮らしいていた県立廿日市高校の2年生・北口聡美さん(当時17)が自宅で刺殺され、祖母のミチヨさん(同72)も刺されて重傷を負った事件。事件は長く未解決だったが、2018年4月、同僚に対する傷害事件の容疑で山口県警の捜査対象となっていた山口県宇部市の土木会社社員・鹿嶋学(当時35)のDNA型と指紋が現場で採取されていたものと一致すると判明。同13日、鹿嶋は殺人容疑で逮捕され、今年3月18日、広島地裁の裁判員裁判で無期懲役判決を受けた。

▼片岡健(かたおか けん)
全国各地で新旧様々な事件を取材している。原作を手がけた『マンガ「獄中面会物語」』【分冊版】第9話・西口宗宏編(画・塚原洋一/笠倉出版社)が配信中。

月刊『紙の爆弾』2020年8月号【特集第4弾】「新型コロナ危機」と安倍失政 河合夫妻逮捕も“他人のせい”安倍晋三が退陣する日
「絶望の牢獄から無実を叫ぶ ―冤罪死刑囚八人の書画集―」(片岡健編/鹿砦社)

【カウンター大学院生リンチ事件(別称「しばき隊リンチ事件」)検証のための覚書16】「黒田ジャーナル」の流れを汲む『新聞うずみ火』は、リンチ事件を黙過し耳触りの良い記事を掲載する前に、凄惨なリンチ事件に対する見解を明らかにせよ! 「黒田精神」は何処へ? 鹿砦社代表 松岡利康

前回の通信(7月8日)後、あらい商店・朴敏用が反応したようだと知人がそのtwの魚拓を送ってくれました。

7月10日付けの朴敏用のtw

「あらい商店って屋号に反応するしょーもないやつらが多い」とは私たちのことでしょうか? 私たちが「あらい商店」に「反応」するのは、リンチ被害者M君を精神的に追い詰めた村八分運動=「エル金は友達」祭りをあらい商店店主・朴敏用が主唱し煽ったからです。そうでなければ、カウンター/しばき隊の面々がたむろする飲み屋のオヤジぐらいの認識で、さほど問題にはしません。

◆「黒田ジャーナル」の流れを汲む『うずみ火』

『新聞うずみ火』は、かつて毎年戦争展を開いたり関西で多大の社会的影響力を持った読売新聞大阪社会部長・黒田清が読売内の権力闘争に敗れ(いろいろ評価はありますが私はそう見なしています)不本意ながら同社を去った後に部下の大谷宏昭と創設した「黒田ジャーナル」の流れを汲んでいます。発行部数は1500部前後と少ないながら、ある意味で関西メディア界の「名門」の流れといえるでしょう。黒田死後、「黒田ジャーナル」は解散し、大谷は矢野らと袂を分かちフリーのジャーナリストとして大阪読売本社の近くに事務所を構え活躍しています。

一方、「黒田ジャーナル」のスタッフだった矢野宏(現・株式会社うずみ火の代表兼編集長)と、のちに「黒田ジャーナル」に参画した栗原佳子(上毛新聞出身。現・『新聞うずみ火』副編集長)らは「株式会社うずみ火」を設立し大阪駅北側の古いビルに事務所を構え月刊『新聞うずみ火』(以下『うずみ火』と略記)の発行を始めます。私が「名誉毀損」事件で逮捕され勾留中の2005年暮れのことで、前回記したように、創刊メンバーで戦場ジャーナリストの西谷文和が神戸拘置所を訪れ創刊号に私のインタビュー記事を掲載しました。義理と仁義を人生のモットーとする私は、このことにより、鹿砦社再建後『うずみ火』に有料広告を毎月掲載してきたわけです。もう7、8年になります。

なお、リンチ本で私は、矢野が読売から黒田、大谷と「黒田ジャーナル」にスライドしたと従前から誤認し、「元読売新聞記者」と記載していましたが、矢野の前職は読売ではなく『日刊新愛媛』でした。この場を借りて訂正します。

◆「あらい商店」に通い詰めた『うずみ火』矢野、栗原は、店主・朴敏用が主唱した村八分運動=「エル金は友達」祭りを知っているのか?

ところで、何の因縁か知りませんが『うずみ火』の矢野、栗原は旧「あらい商店」にはよく通ったようで、これまでも彼らのFacebookなどでその様子が記載されていました。一例を挙げておきます。

『うずみ火』代表兼編集長・矢野宏(左)/あらい商店がご贔屓の副編集長・栗原佳子のFB(右)

そうして今回の朴敏用のインタビュー記事、不本意ながら閉店し再起を期してキムチの通販を始め新店舗開店を準備しつつある朴を応援しようということでしょうが、その前に朴がリンチ被害者M君にやった陰湿きわまる「ネットリンチ」「セカンドリンチ」である村八分運動=「エル金は友達」祭りについて総括した上でやっていただきたいものです。M君を支援してきた私たちとしては不快感を覚えざるをえません。激しいリンチを受けたM君が今でもその後遺症(PTSD)に悩まされているのが判っているのでしょうか!?

◆黒田清が生きていればリンチ事件に毅然たる態度をとった! 私たちの「質問書」に真摯に答えない『うずみ火』代表・矢野と、逆ギレした副編集長・栗原

生前の黒田清

黒田清という人は、私個人としては、以前に対談をいったんは承諾しつつも謝礼が安いことで断られたことがありましたが、それはそれとしても、時に独善的に見える、その強権的体質(昔風に言えば「スタ官」)は好きではありません。しかし、彼の正義感というか、悪いことは悪いと断じる性格は高く評価しています。矢野らもその黒田の性格を継承し、くだんのリンチ事件に対しても断固たる態度をとるものと思っていましたが、実際はまったく優柔不断なものでした。

ある方は、次のように述べられました。──

「今にして思えば、『うずみ火』の矢野さんらも事件の後に比較的早い段階で、あらい商店や呉光現らから自分たちに都合のいいような説明を聞いていて、鹿砦社からの話や質問に耳を傾ける気など微塵もなかったのではないでしょうか。
 コリアNGOセンターのマスコミへの売り込み方も相当なものです。
 自分たちを正義の被害者とするためになりふり構わず売り込んで、それが現時点ではうまくいっているのでしょう。」

おっしゃるとおりかもしれないですね。

ある時は、旧知のジャーナリスト・山口正紀(元読売記者)が『うずみ火』主催の講演会に来られるというので、鹿砦社社員が挨拶に伺ったところ、栗原は、何をとち狂ったのか、当社社員に対し凄い勢いで怒り狂い詰め寄ったということです。幸い傍に知人(証人!)がいたこともあり大事には至りませんでした。この頃、リンチ加害者に繋がる人物やメディア関係者らに「質問書」(別掲)を送りましたが、これに「もし黒田さんが生きておられたら、どう対応されたとお思いでしょうか? 正義感を奮って採り上げられたか、逆にずるく立ち振る舞われたか、いかがお考えですか?」(質問書)という箇所があったことが気に触ったからだったようです。

『うずみ火』への「質問書」
ヌエ的な矢野の回答書

「質問書」への回答がまだでしたが、催促し、別掲のような回答書を送ってきました。う~む、黒田精神を継承した者にしては弱いし、誠意のない、ずるい対応だと思いますが、読者の皆様はどうお感じになりますか? 生来鈍愚な私は当時さほど敏感に感じることなく、「回答してくれたんだから、まあいいか」と思いましたが、今あらためて読むと、真摯さに欠け、人を小バカにした回答です。

先の栗原佳子の横暴や、この回答書を読み、普通だったらこれで広告掲載も関係も終わったのでしょうが、人の好い私は、金銭的にさほどの負担でもありませんし、「もうしばらく様子を見るか」と広告掲載を今に至るまで続けたのでした。さすがに関係は疎遠にはなりましたが……。

しかし、専らリンチ被害者を村八分にし精神的に追い詰めることを目的に「エル金は友達」祭りを主唱した「あらい商店」経営者・朴敏用を、あたかもあれほどの村八分行為をやったことなど度外視し、まるでコロナ解雇の被害者の如く持て囃すに至り、私も重大な決断をする決意をしています。遅きに失したかもしれませんが……。

ところで、黒田が生きていたら、どういう態度をとったでしょうか? 黒田の性格、正義感から、リンチやこの加害者らに対しきっぱりした態度をとったとのではないでしょうか。矢野や栗原らが真に黒田精神を継承するというのであれば、リンチという不浄な蛮行に対しては毅然とした態度をとるべきではないのか!? ここでも、私が言っているのは間違っていますか? はっきり答えよ!

ちなみに、講師として講演した山口正紀は、さすがに元新聞記者、その時までリンチ事件を知りませんでしたが、みずから調べM君訴訟で詳細かつ適格で長文の「意見書」まで書いてくれたのでした。ジャーナリストたる者、こうでないといけません。

矢野の回答に対する取材班のコメント(リンチ本第2弾『反差別と暴力の正体』より)

◆「鹿砦社、潰れたらええな」だって!?

呉光現の名誉毀損ツイート

さて、『うずみ火』に幾つか問題のある人物の記事が大きく掲載されています。

まずは、呉光現(オ・グァンヒョン。日本聖公会生野センター総主事/在日本済州4・3犠牲者遺族会会長)。この人はキリスト教団体の幹部ということですが、宗教が決して人格に影響しないことの見本のようなツイートをしています。「鹿砦社、潰れたらええな」だって!? 「文句あったら言ってこいやあ」だって!? 

そう言うから、かの香山リカの「どこに送ったか、ちょっと書いてみては?」と同じく、取材班スタッフが抗議したところ、あえなく謝罪し撤回。鹿砦社に限らずひとつの会社を「潰れたええな」と非難するなど問題ありと判断、鹿砦社として、彼が所属するキリスト教団体上部組織に正式に抗議の内容証明を送ろうと考えましたが、謝罪、撤回したので、心優しい私たちはこれ以上の追及はやめた次第です。

3ページにわたり呉光現が登場する『うずみ火』2018年5月号

◆リンチ事件解決に日和見主義的態度をとり続ける「コリアNGOセンター」を弾劾する!

コリアNGOセンターは、李信恵による「保守速報」らネトウヨに対する訴訟の事務局となり、郭辰雄(カク・チヌン。代表理事)、金光敏(キム・グヮンミン。事務局長)の2人はセンターの執行部を務めています。

リンチ直後には、李信恵ら加害者に対して事情聴取を行っています。当初は、李信恵らに「謝罪文」を書かせたり、それなりに常識的な態度をとり「中立」的立場をとっていたようですが、次第に日和見主義的態度をとり明確に加害者側に立つようになっていきました。

ですから、リンチ事件の真相究明のためにも解決のためにもコリアNGOセンターがどう対応するかが極めて重要だと考え、その2人には各々「質問書」と本を数度送り、その考えを聞こうとしました。

しかし、金光敏は電話取材に応じましたが、郭辰雄はナシの飛礫で一貫して無視しました。コリアNGOセンター、とりわけ幹部の2人が血の通った人間として対応し続けたら、事件の解決も可能だったと私は思っています(甘いかな?)。

なぜ、コリアNGOセンターは日和見主義的対応をとり続けたのでしょうか? 李信恵に弱みを握られているのでしょうか? 私たちが与り知らぬ利害関係があるのでしょうか? あなた方がしっかりしないから、訴訟は中途半端な形で終結したとはいえ、本質的解決には至らないのです。本質的解決には至らないとは、リンチ事件を起こした者たちも、その隠蔽に加担した者らも、M君を誹謗中傷した者らも何ら事件を反省せず、畢竟しばき隊/カウンターやその周辺の社会運動において今後同様の、あるいはもっと取り返しのつかない暴力事件が起こり得るということです。そうではないですか?

そうした中で、『うずみ火』は能天気に2人についてページを多く割きレポートを掲載しています。ジャーナリズムの大義に立ち、真に黒田精神を継承すると言うのなら、こんな偏頗でキレイ事ばかり書き記すのはやめるべきでしょう。

3ページにわたりコリアNGOセンター代表理事・郭辰徳が登場する『うずみ火』2020年1月号(左)/同じく3ぺージにわたりコリアNGOセンター事務局長・金光敏が登場する『うずみ火』2019年9月号(右)
取材班と金光敏との電話のやり取り
同上

矢野さん、栗原さん、あなた方が「反差別」とか「人権」を声高に叫ぶのであれば、リンチ被害者M君を村八分にし、一人の大学院生の人権を物理的に暴力で痛めつけた凄惨なリンチについて、また事後、社会的地位のある者らが多数関与し事件の隠蔽と被害者への不当極まる誹謗中傷が繰り返されたことについて、彼らがとった態度をまずしかと見据え、その上でインタビューなどやればいいでしょう。

また、あなた方も、私たちが投げかけたM君リンチ事件の内容を知り、もっと人間的な対応をとるべきではないでしょうか? すでに5冊のリンチ関連本も送っているので、知らないなどとは言わせません。黒田清の遺志を継ぎ黒田精神を体現するというのは、歯の浮くようなキレイ事を言うのではなく、身近に起きた具体的事件に対して毅然たる態度をとることから始まるのではないでしょうか? 私の言っていることは間違っていますか? 答えてください。

―――――――――――――――――――――――――――――――――――――――

4月から始めたこの連載も16回が済みました。M君の訴訟は一応終わりましたが、鹿砦社が抱える2つの対カウンター/しばき隊訴訟(対李信恵、藤井正美)は、このかんのコロナによる非常事態で一時休戦状態に入ったとはいえ、まだまだ続きます。それら訴訟の報告はじめリンチ事件の検証と総括を行うため、この連載も不定期ながら続けていく所存です。ぜひ続けてお読みください。(本文中敬称略)

《関連過去記事カテゴリー》
 M君リンチ事件 http://www.rokusaisha.com/wp/?cat=62

侵略を脱し、自分たちの夢を追うということ ── 劇映画『世宗大王 星を追う者たち』を観て 小林蓮実

2020年6月30日、中国の全国人民代表大会(全人代)常務委員会は「香港国家安全維持法(国家安全法:国安法)」を全会一致で可決・成立。香港政府はこれを即時施行し、それと同時にようやく条文が明らかになった。中国当局による香港での統制強化が可能となり、「一国二制度」は葬られた。最高刑は終身刑だ。翌7月1日の抗議行動では370人が逮捕され、3日に1名が起訴された。亡命の動きもある。

韓国の劇映画『世宗大王 星を追う者たち』を観て、まず、これらの報道を想起した。世宗(セジョン)大王とは、「聖君」として知られる李氏朝鮮の第4代国王だ。ハングルの生みの親であったことは映画やドラマをきっかけに知っていたが、鑑賞後に調べると、本作の主人公ともいえる科学者チャン・ヨンシルとともに実際、天文台・簡儀台の設置、日時計と水時計の製作などを手がけている。

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◆李氏朝鮮と現在の香港との共通性

なぜ香港の報道を想起したかといえば、やはり当時の宗主国である明の支配、そして長いもの=権力をもつ明にまかれようとする中央官職に就く人々が、世宗やヨンシルの敵として描かれているからだ。

もちろん実際、強大な国である中国は過去から現在にいたるまで拡大志向であり、いっぽうの朝鮮半島はアジア大陸の東端にあって侵略され続けた歴史のなか、幾度も立ち上がってきた。個人的には、現在の共和国の姿勢も、そのような歴史を抱えながら他の社会主義国が追いこまれていく様子を目の当たりにしてきたことが背景にあると考えている。結果、主体(チュチェ)思想が生まれたのではないだろうか。

話を戻せば、時代は変われど、また作品としてタイミングを意識したわけではないにせよ、この中国の属国として葛藤しながら耐え続けた朝鮮と、現在の香港の状況とが重なるように感じたというわけだ。

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◆「星を追う」名シーン

ちなみにお気づきの方もいらっしゃるかもしれないが、わたしは韓流ファンでもある。ドラマに始まり、映画、K-POP、バラエティーにもはまっているのだ。特に、最初に心を奪われた韓流ドラマの時代物では、下層から人柄やセンス、能力や努力によって這い上がっていくストーリーが多く、そこにはまった。

本作でも、奴婢(賤民)だったヨンシルが能力や努力を買われ、世宗と交流していくさまは、BL(ボーイズラブ)否、男2人の深い友情物語として満喫できる。ヨンシルは北極星は世宗だと言い、世宗はその脇の明るい星(四輔星:サボソンだったか)をヨンシルだと言う。星の見えない夜にも、ヨンシルは世宗に「星空」を見せる。これらのシーンはとても美しく、本作のみどころの1つといえるだろう。ただし、ラストシーンは、思い入れをもって観るほどに、複雑な心境となるかもしれない。だが実は、ここにもまた史実の一片が含まれていることを、鑑賞後に調べて知った。

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韓流映画やドラマのファンとしては、やはりスタッフや俳優陣のチェックも楽しみとなる。『世宗大王 星を追う者たち』の監督であるホ・ジノは『八月のクリスマス』『四月の雪』や最近Abema TV でも時々放送されている『オガムド 五感度』などを手がけている。世宗役のハン・ソッキュは、映画なら同じく『八月のクリスマス』やあの『シュリ』など、ドラマでは実は『根の深い木 世宗大王の誓い』でも世宗を演じていたのだが、『根の深い木』も大変興味深い作品なので、ぜひご覧いただきたい。ヨンシル役のチェ・ミンシクも映画では『シュリ』『オールドボーイ』『バトル・オーシャン 海上決戦』などの出演するほか、ドラマでも活躍している。もちろん脇役にも、見た顔がちらほら。そんなチェックも楽しみたい。

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◆ともに夢を見る者の間に育まれた友情

さて、侵略に話を戻す。日常でも人は、他人を味方につけ、敵でないと安心したいものかもしれない。しかし、侵略には限りがなく、現代においては多くの国家においては基本的に否定されている。ところが、武力・財力など、さまざまな武器を用い、いろいろな侵略をおこなっているのだろう。それに対抗するにはどうすればよいかという話の先に9条の議論もあるのかもしれない。

しかし少なくとも、壁と卵なら壁の側が武力を行使してはならず、また卵であるところの現場に生きる1人ひとりの市民・民衆の声に耳を傾けねばならないだろう。その点で、世宗は民が学べるようにと独自の文字を編み出したように、香港の民主化・独立を求める大きなうねりをつぶしてはならず、中国は香港の市民の声を聞かねばならない。香港には知人の活動家もいて心配であり、これは国内での思想の左右を問わない問題であるように思われる。

『世宗大王 星を追う者たち』を観て改めて、夢をともに追い求める人間の姿やその間にある愛情をぜひ感じてほしい。そして、あなたにも「星」を追い続けてほしいと思う。


◎[参考動画]映画『世宗大王 星を追う者たち』日本版予告(株式会社ハーク)

2020年9月4日シネマート新宿ほか全国順次ロードショー
監督:ホ・ジノ 出演:ハン・ソッキュ、チェ・ミンシク、シン・グ、キム・ホンパ、ホ・ジュノ、キム・テウ
【2019年/韓国/韓国語/133分/スコープサイズ】 英題:Forbidden Dream 配給:ハーク
公式HP: http://hark3.com/sejong/

▼小林 蓮実(こばやし はすみ)
フリーライター、アクティビスト。映画ファン、韓流ファンでもあり、ソウル訪問のほか訪朝も3回。『現代用語の基礎知識 増刊NEWS版』に「従軍慰安婦問題」「嫌韓と親韓」、雑誌『neoneo」No.08に「朝鮮を外から描くドキュメンタリーが抱える妄念」、ここ『デジタル鹿砦社通信』に「闘う姿に胸を打たれ、自らの闘いを問われる2作品 ── チェ・スンホ監督『共犯者たち』『スパイネーション/自白』」などを寄稿。

月刊『紙の爆弾』2020年8月号【特集第4弾】「新型コロナ危機」と安倍失政 河合夫妻逮捕も“他人のせい”安倍晋三が退陣する日
〈原発なき社会〉をもとめて 『NO NUKES voice』Vol.24 総力特集 原発・コロナ禍 日本の転機

2005年〈7・12〉「名誉毀損」逮捕事件 = 出版弾圧から15年にあたって ─── 鹿砦社 代表 松岡利康

今年も〈7・12〉がやって来ました──毎年この日になると、私たちなりに思うところがあります。それはそうでしょう、私松岡が逮捕(その後192日間の長期勾留)され、本社、東京支社、松岡自宅、取引先などに大掛かりな家宅捜索がなされ、会社が壊滅的打撃を受けたのですから──。10周年までは毎年集会を開き、この弾圧の意味をみなさん方と共有し、またみずからを鼓舞して来ました。それも10周年の2015年以来開いていませんでした(今年は『紙の爆弾』創刊15周年と併せ節目なので開くつもりでしたが、コロナ蔓延で中止になりました)。

朝日新聞(大阪本社版)2005年7月12日朝刊
朝日新聞(大阪本社版)2005年7月12日夕刊
わざわざ東京から神戸に出向き裁判を傍聴してきた、ジャーナリスト・山口正紀のレポート

捜査は、のちに厚労省郵便不正事件に連座し逮捕・失脚する大坪弘道神戸地検特別刑事部長(当時)の指揮によって行われ、これに絡んだパチスロ大手アルゼ(現ユニバーサルエンターテインメント)創業者オーナー(当時)岡田和生も海外で逮捕、実子や妻、子飼いの社員らに会社から放逐されたり、この15年の間にいろいろなことが起きました。

大坪弘道逮捕を報じる朝日新聞2010年10月2日朝刊
ユニバーサル(旧アルゼ)のフィリピン・カジノ不正を報じる朝日新聞2012年12月30日朝刊
みずから創業し育てた会社から放逐された岡田の泣き言(『週刊ポスト』2019年3月22日号)
岡田逮捕を報じる2018年8月6日付けロイター電子版

月日の経つのは速いもので、もう15年が過ぎました。当時の新聞記事や資料などを見るたび、15年前の2005年7月12日と、これ以降の出来事が走馬灯のように甦ります。

出版弾圧は『紙の爆弾』創刊(2005年4月7日)直後になされました。このことから『紙の爆弾』が発行され続け定着することに対する先制攻撃とも言われました(元大阪高検公安部長・三井環の指摘)。

比較するにはおこがましいですが、かの『噂の眞相』の「皇室ポルノ事件」も創刊直後でした(張本人は、いまや鹿砦社ライターとなった板坂剛)。

そういうことから、出版弾圧と『紙の爆弾』創刊15周年に絡め同誌5月号巻末に多くの画像と共に長文の総括文「『紙の爆弾』が創刊された2005年に何が起きたのか?」を掲載いたしました。私なりに長年考えてきたことを書き綴りました。あまり反響はありませんでしたが、一所懸命に書きましたので、今からでもぜひお読みいただきたく望みます。

 
『紙の爆弾』2020年5月号(創刊15周年記念号)。「『紙の爆弾』が創刊された2005年に何が起きたのか?」(別帳16ページ)掲載

詳しくはそれに譲りますが、今、新型コロナウイルス蔓延で社会や経済が麻痺し、鹿砦社も売上減となり苦しんでいます。いや、書店は休業を余儀なくされ出版界全体が苦しんでいますし、社会全体が苦しんでいます。

しかし、私たちは、15年前、あれだけの壊滅的打撃を受け地獄に落とされましたが、にもかかわらず復活を遂げることができました。読者やライターら社内外の多くの心ある皆様方のご支援や、運が良かったこともあります(自分で言うのも僭越ですが、土壇場で悪運が強い!)。ですから、ちょっとやそっとで潰されない自信があります。

一方、他人の不幸を喜ぶわけではありませんが、私たちを地獄に落とし栄華を謳歌していた弾圧の張本人、大坪弘道や岡田和生らは逮捕・失脚し地獄に落ちました。人をハメた者は、みずからもハメられる、ということです。まさに「因果応報」です。

皆様方、この国難とも言うべき未曾有の困難に対し、共に苦しみの中から起ち上がり共に前進していこうではありませんか! 闘争勝利!

◎6月6日に『紙の爆弾』創刊―出版弾圧15周年集会を予定していましたがコロナ蔓延で中止せざるをえませんでした。これに参加された方には『紙の爆弾』創刊号、もしくは弾圧直後に出版された同誌2005年9月号を贈呈する予定でしたが、かないませんでした。よって、『紙の爆弾』定期購読(新規、更新)された方には、どちらか希望の号を贈呈いたします(どちらを希望か明記してください。なくなり次第終了)。定期購読によって『紙の爆弾』を支えてください!

定期購読は、1年分(12号)6600円(1号分お得!)を郵便振替(01100-9-48334、口座名=(株)鹿砦社)にて送金してください。ご住所、氏名、×号からを明記してください。

左から『紙の爆弾』創刊号(2005年5月号)、『紙の爆弾』2005年9月号(7・12弾圧緊急発行)、『パチンコ業界のアブナい実態』(紙の爆弾特別取材班・編/事件から2年余り経った2007年10月刊行。7・12弾圧から最高裁上告棄却までの経過報告と中間総括)
月刊『紙の爆弾』2020年8月号【特集第4弾】「新型コロナ危機」と安倍失政 河合夫妻逮捕も“他人のせい”安倍晋三が退陣する日
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最新月刊『紙の爆弾』8月号詳報 総理官邸・自民党本部の強制捜査が焦点に?

◆検察VS官邸

河井容疑者夫妻逮捕によって、自民党本部の犯罪・安倍総理の犯罪(「買収目的交付罪」の適用)が明らかになりつつある。いま、最もホットなテーマである安倍訴追の可能性を暴くのが、
「河井夫妻逮捕も“他人のせい”安倍晋三が退陣する日」(山田厚俊)
「安倍政権のために黒川弘務は何をしたか」(足立昌勝)
「『検察再生』が問われる“安倍犯罪”立件」(青木泰)
および「黒川前検事正と記者3人起訴でキシャクラブ解体を」(浅野健一)であろう。

『週刊文春』(オンライン)によれば、河井容疑者の捜査は7月中の『勇退』が決まった稲田伸夫検事総長、元東京地検特捜部長の堺徹次長検事、元特捜部副部長の落合義和最高検刑事部長のラインが主導する形で、現場の広島地検を動かして行われていたという。そして水面下で特捜部を動かしながら、広島地検を使って河井夫妻の捜査を実質的に指揮していたのは、実質的に最高検刑事部長の落合刑事部長だったとされる。

2010年の大阪地検特捜部証拠改竄事件、小沢一郎元民主党代表の秘書取り調べで東京地検特捜部が『虚偽』の捜査報告書を作成などで、「仮死状態」だった特捜検察が復権したのである。それというのも、安倍総理肝いりの黒川弘務の定年延長・検事総長昇進構想が、ほかならぬ黒川自身の賭博常習癖の露呈(内部リーク)によって潰えたからである。

この先、検察に「再生」の道があるとしたら、自民党本部・総理官邸の容疑にかぎりなく近づく(総理を逮捕できないまでも警鐘を鳴らす)ことであろう。安倍一強・党本部一元支配の構造がゆらぎ、自民党が「本来の分権的な多様性と寛容さ」を取りもどす可能性はそこにある。そして三権分立(報道をふくめて四権)の原則と健全さも、安倍総理の退陣とともに回復される可能性があると指摘しておこう。

◆再開発という「まちこわし」に異議申し立てする立石・十条の住民たち

「せんべろ立石・十条不屈の闘い」(取材・編集部)は、葛飾区立石の再開発との闘いを紹介したものだ。立石はわたしも自転車でとおる猥雑な街で、記事のタイトル「せんべろ」は1000円で満足できる呑み屋が連なるという意味である。近年はB級グルメガイドにも紹介され、地方からの観光客が東京スカイツリー見学の延長で観光飲みすることも多くなっていた。そしてタイトルにある「不屈の闘い」は、ながらく計画されていたタワーマンション・高層ビル化(再開発)がひとつの矛盾とともに行き詰っていることを明らかにする。

すなわち、先行する京成線の高架化によって、立石駅の南北に計画されていたバスターミナルが、高架の下に確保されることだ。阪神電鉄本線や京浜急行の例にみられるように、高架化には交通渋滞の解消とともに、多角的な駅前再開発を可能にする利点がないではない。いっぽう、タワーマンションは武蔵小山で豪雨災害にたいする脆さ、管理費の高騰によるスラム化が取りざたされている。とくに大規模修繕工事(ゴンドラ設置など)における億単位の支出が、管理組合会計を大幅にこえる例が多発しているのだ。再開発でスラム化するのでは意味がない。

立石のような再開発計画は、東京では北区十条・板橋区大山でも起こっている。再開発が「まちこわし」では、ゼネコンのためのスクラップ&ビルド。壊すための経済がはてしなく繰り返されることになる。長期にわたる住民の異議申し立てこそが、地域にとっての希望だ。

◆広告業界経験者が書く、電通の不思議

「なぜ『電通』に委託するのか 巨大化する電通と官公庁の癒着」(本間龍)は、持続化給付金をめぐる「中抜きシステム」を謎解きする。1500億円の巨額案件で、電通に抜かれたのは数十億円。全体では20%に近い金額になると推定している。通常の広告マージン20%というわけだ。しかしこれは広告ではなく、血税で中小企業を救済するたけの公的な支援事業なのである。レポートする本間氏は「彼ら(電通マン)の常識は世間の非常識である」と喝破する。

われわれの疑問は、記事中にある「なぜ広告代理店がこういう仕事を受注するのか」であろう。この疑問に、本間氏は「デンパク(電通と博報堂)」の巨大化と官庁との結びつきの強さであると解説する。それはデンパクが官僚の天下り先であり、多数の業者に事業を説明するよりも効率的に進められる、つまり官僚がラクをできるからだと。そして「週刊文春」でも明らかになった電通の「下請け圧力問題」である。徹底した公金使途の透明化が、今後のジャーナリズムの使命であろう。そして政治によるルールづくりである。

◆セックスワーカーへの視点

「セックスワーカーを含む すべての人の尊厳を守れ」(小林蓮実)は、「AWASH」代表・栗友紀子氏のインタビューで構成されている。AWASH(Sex Work And Sexual Health)はセックスワーカーの健康と安全のための、当事者によるグループだ。日本におけるセックスワーカーの法的な位置が、合法化と非犯罪化(合法化と犯罪化という法概念がある)にあることを、この記事で改めて確認できた。

非合法化とは、一般労働者と同じ権利を確保するというものだ。しかし風営法などで、一部合法化されているのも事実である。物議をかもした「岡村発言」への批判も、視点によって微妙なものをもたらす。このあたりは21世紀のジェンダーを考えるうえで、記事を手にとって欲しい。栗友氏の「労務自主管理」という提案は斬新だ。小林氏の仕事にも敬意を表したい。

▼横山茂彦(よこやま・しげひこ)

編集者・著述業・歴史研究家。歴史関連の著書・共著に『合戦場の女たち』(情況新書)『軍師・官兵衛に学ぶ経営学』(宝島文庫)『闇の後醍醐銭』(叢文社)『真田丸のナゾ』(サイゾー)『日本史の新常識』(文春新書)『天皇125代全史』(スタンダーズ)『世にも奇妙な日本史』(宙出版)など。医科学系の著書・共著に『「買ってはいけない」は買ってはいけない』(夏目書房)『ホントに効くのかアガリスク』(鹿砦社)『走って直すガン』(徳間書店)『新ガン治療のウソと10年寿命を長くする本当の癌治療』(双葉社)『ガンになりにくい食生活』(鹿砦社ライブラリー)など。

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《廿日市女子高生殺害事件裁判傍聴記01》普段はまじめで堅物だった殺人犯

「持っていたナイフで刺した時、聡美さんは『え、なんで?』という表情をしました。自分は『なんで、こーなったんか』という感情が爆発し、『クソ』『クソ』と言いながら、何回も聡美さんを刺しました。私は、人を刺したことを認められず、聡美さんのせいにしようとしたのです」

2004年10月に広島県廿日市市(はつかいちし)で発生し、13年半も未解決だった「廿日市女子高生殺害事件」。一昨年4月に検挙された鹿嶋学(37)は、3月に広島地裁であった裁判員裁判の被告人質問で、犯行を克明に語った。

事件が未解決の頃、警察が情報を集めるために作成したポスター。ニキビの跡などは本物の鹿嶋と似ている

上は黒い長袖のTシャツ、下は黒いジャージという室内着のようないで立ち。頭髪は坊主刈りにしているが、年齢のわりに白いものが目立つ。大きなマスクをつけているため、顔は目より上しか見えないが、見た目はどこにでもいそうな普通の男だった。

事件当日、当時21歳だった鹿嶋は「女子高生をレイプしたい」と思いつつ、ターゲットを探して原付で走り回っていた。そんな時、路上で見かけた被害者の高校2年生・北口聡美さん(当時17)が家に入っていくのを見かけたのだという。

そこで鹿島は聡美さん宅に侵入し、部屋でくつろいでいた聡美さんにナイフを向け、「脱げ」と迫った。しかし、聡美さんが逃げ出そうとしたため、冒頭の証言のような凶行に及んだのだ。そして──。

「最後は、『これで終わらせよう』と思い、首を切りました」

鹿嶋はこうして聡美さんを殺害すると、聡美さんの悲鳴を聞いて駆けつけた祖母のミチヨさん(同72)も刺し、瀕死の重傷を負わせた。さらに聡美さんの小学生の妹も追いかけ回したが、捕まえられず、現場を立ち去ったのだった。

事件後、精神的ショックも大きかったミチヨさんは「解離性健忘」に陥り、事件のことが思い出せない状態に。幼かった妹は、事件を忘れたいと思いつつ、「犯人を見たのは自分だけだから……」と犯人の顔を忘れないように努め、長年に渡って辛い記憶に囚われ続けたという。

◆勤務先の社長「殺人犯だとは、今でも信じられない」

鹿嶋の裁判員裁判が行なわれた広島地裁

さて、このように鹿嶋の口から明かされた犯行は、弁明の余地がない凶悪な犯行だというほかない。公判で意見陳述した聡美さんの両親はともに死刑を望む思いを明かしたが、それも当然過ぎるほど当然だ。しかし一方で、検察官が公判で朗読した調書によると、鹿嶋が逮捕前に勤めていた山口県宇部市にある土木会社の社長は鹿嶋の人物像について、こんな供述をしていたという。

「鹿嶋は無口で、おとなしい人間でした。人付き合いも苦手だと思います。たばこも吸いませんし、酒も誘わないと飲みません。そして酒を飲んでもまったく変わらず、無口なままでした。ただ、仕事はまじめで、私にとっては信頼でき、憎めない、かわいいやつでした。鹿嶋が殺人犯だとは、今でも信じられません」

事件発生から13年半の年月が過ぎた頃、鹿嶋がこの事件の犯人だと判明したきっかけは、別件の傷害事件だった。鹿島が会社の部下である同僚男性の尻を蹴り、警察に任意で調べられたという事件だ。この際、事件発生当時に聡美さん宅で採取されていたDNA型と指紋が鹿嶋のものと一致すると判明したのだ。

だが、社長はこの別件の傷害事件についても、鹿嶋を擁護するようなことを供述していた。

「鹿嶋は気性も穏やかで、暴力をふるったりする人間ではありません。蹴られた部下のほうが先輩の鹿嶋に対して失礼な態度をとったのが原因だと思います」

つまり、普段の鹿嶋を知る人からすると、鹿嶋が殺人犯だということを信じがたいばかりか、鹿嶋が人に暴力をふるうというのも大変意外なことであるらしい。さらに社長は、鹿嶋のこんな一面を証言していた。

「鹿嶋は、私が知る限り、友人はKくんという人だけで、職場に仲が良かった人間は過去にも今にもいません。趣味はゲームだそうで、休みの日は『家でゲームをしている』と聞いたことがあります。女性の交際については、『無い』と思います。鹿嶋はとにかく女っけがなく、私たちが仕事の時に女性の話や風俗の話をしていても、『僕はいいです』と言って、まったくのってきませんでした」

女性と疎遠で、友だちもほとんどおらず、ゲームが趣味。しかし、無口でありながらも仕事は真面目で、上司からは信頼されていた。そんな男がなぜ、21歳だったあの日、見ず知らずの女子高生をレイプしようなどと思い立ち、生命まで奪ったのか。そもそも、事件を起こすまでの鹿嶋の21年間はどんな人生だったのか。それらのことも鹿嶋は法廷で詳細に語っている──。(次回につづく)

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長く未解決だった広島県廿日市市の女子高生殺害事件は、一昨年検挙された犯人の鹿嶋学が今年3月18日、広島地裁の裁判員裁判で無期懲役判決を受け、ようやく一区切りついた感がある。ただ、この事件に関しては、裁判で明らかになりながら世間に知られないままになっている事実も少なくない。筆者が全5回の公判を傍聴して知った事件の深層をこの場で改めて報告する。

【廿日市女子高生殺害事件】

2004年10月5日、広島県廿日市市で両親らと暮らしいていた県立廿日市高校の2年生・北口聡美さん(当時17)が自宅で刺殺され、祖母のミチヨさん(同72)も刺されて重傷を負った事件。事件は長く未解決だったが、2018年4月、同僚に対する傷害事件の容疑で山口県警の捜査対象となっていた山口県宇部市の土木会社社員・鹿嶋学(当時35)のDNA型と指紋が現場で採取されていたものと一致すると判明。同13日、鹿嶋は殺人容疑で逮捕され、今年3月18日、広島地裁の裁判員裁判で無期懲役判決を受けた。

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▼片岡健(かたおか けん)
全国各地で新旧様々な事件を取材している。原作を手がけた『マンガ「獄中面会物語」』【分冊版】第9話・西口宗宏編(画・塚原洋一/笠倉出版社)が配信中。

7日発売!月刊『紙の爆弾』2020年8月号【特集第4弾】「新型コロナ危機」と安倍失政 河合夫妻逮捕も“他人のせい”安倍晋三が退陣する日
「絶望の牢獄から無実を叫ぶ ―冤罪死刑囚八人の書画集―」(片岡健編/鹿砦社)

大阪府警のS(スパイ)だった森山さんはなぜ、大阪府警本部に車で突っ込んだのか? 本日9日(木)13時半より大阪地裁で第2回口頭弁論! 事件から26年を経て、国と大阪府を提訴した森山光博さんの法廷闘争 尾崎美代子

今から26年前の1994年、12月17日午前7時55分、大阪府警本部に一台の乗用車が突入し、運転していた男性が現行犯逮捕された。男性は東警察署で取り調べをうけたのち二度にわたり精神鑑定をうけ、その後大阪府立中宮病院の閉鎖病棟に放り込まれた。

1994年12月17日付け産経新聞
1994年12月18日付け大阪新聞

私がその男性・森山光博さん(現在62歳)を知ったのは、事件から2年後の1996年、大阪市内千日前の派出所に、ホームレスの男性が放火した事件がきっかけだった。放火した男性・冨村順一さんは裁判で、南警察署が倒れたホームレス仲間を放置し見殺しにしたことに抗議し、ガソリンを撒き火をつけ、火中に自ら座りこみ、自殺するつもりだったと証言した。

冨村さんといえば、沖縄県出身の活動家、著述家で、天皇制反対を訴え「東京タワー事件」などを起こした人物だ。私は、彼が難波の高島屋前でシェパード犬2匹を引き連れ、自身の書籍を販売していた時に出会った。冨村さん逮捕を知った私は、彼が懇意にしていた沖縄出身のスナックのママや常連客らと救援会を作り、裁判の支援を始めた。その裁判の過程で知り合った人物が森山さんで、彼は冨村さんに紹介され、大阪府警のスパイ(協力者)として活動していたと話していた。

◆森山さんをスパイに仕立てた府警本部の大山、山下刑事

森山さんは思想的には保守系だったが、当時街頭で宣伝活動をする冨村氏にあこがれ、自らも街頭宣伝したいと考えるようになったという。1989年5月頃から難波駅前で冨村さんの隣で街宣を始めた森山さんは、冨村さんに大阪府警本部の井上を紹介され、後に井上から大山、山下刑事を紹介された。年かさの大山が40代半ば、山下が森山さんと同じ30代半ばだったため、その後の連絡は山下が担当することになった。

2人からたびたび飲食の接待をうけるようになったころ、森山さんは大山に「我々警察が『正義』と思うか、それとも爆弾闘争をも辞さない極左が『正義』と思うか?」と聞かれたり、「勉強しろ」と左翼関連の書物を貸与されるなどした。

その後「勉強のために」と称して反天皇制や三里塚の集会に参加することを勧められた。もちろん彼らの目的は内部の様子を探ることだ。事後の打ち合わせで小さな切手ほどの顔写真を見せられ、「集会でこの人物がいたかどうか?」などと質問されることがあったが、会場で周囲を見回し顔を覚えておくことなど到底無理だった。また集会の受付では必ず名前、住所を記帳し、団体の郵便物が届くようにと指示されるが、そういう集団に住所などを知られる不安を常に感じていた。

またこの頃、失業中だった森山さんは、山下から茨木市にある松下電器の下請け工場を紹介されたが、慣れない作業で長くは続かなかった。その後もときどき飲食など接待され、山下とは関係が続いていった。彼らに受けた接待の中で、一番高額だったのは、山下と行ったキタのピンクサロンであった。

◆協力者を捨て駒のように扱う大阪府警

ある日、森山さんは山下からある集会への参加を頼まれた。「一般に広く参加をよびかけた市民集会だ」と言われたが、実際は会場も狭く、少人数の閉鎖的な集会で、森山さんは「これでは、自分が何者かと疑われるのではないか?」と恐怖を覚え、大山、山下にそのことを電話で抗議した。2人に呼び出され話し合った喫茶店で、森山さんは2人に警察手帳の提示を求めたところ、大山も山下も偽名であったことが判明した。「自分は本名を名乗っているのに、最初から偽名とわかっていたら、協力などしないのに…」。森山さんの不満や不審が次第に募っていった。しかし、2人に「いざというときには、我々が全力で助ける。君は我々警察をしてくれれば良いし、信用できない筈もないだろう」と説き伏せられ、関係が続いた。

ある日、山下に泉南地区のゴルフ場に誘われてプレイしてきた帰り、ある集会への参加を依頼された。しかし、そこはかなり過激な団体だったため、森山さんは断った。その後山下らとのホットラインで使っていた電話に、関係を断ち切る旨の電話を何度かするが、適当にあしらわれることが増えたため、いよいよ関係をやめなければと考えるようになった。

森山さんは、山下の依頼で入会した左翼団体の会費の建て替え分を精算して欲しい旨を簡易書留で送ったところ、山下に呼び出され、金を精算したあと、こう言われた。「もりちゃん、このことは一生胸の内にしもうといてや(しまっておいてや)。口外したらもりちゃん自身に危険が及ばんとも限らへんからな……」。恫喝とも取れる言葉に森山さんは何も言わず、黙って別れた。

警察との関係が続いていた突入事件(1994年12月17日)の2年ほど前、会社勤めをしていた頃の森山光博さん

◆26年ぶりの訴え

その後、森山さんが個人的に活動する中で警察に通報される騒ぎがあった。森山さんはそこで刑事に自分は大阪府警のスパイを行なっていたことなどを話した。「口外したらもりちゃん自身に危険が及ぶとも限らへんからな」。山下の言葉が思い出され、不安になった森山さんは、再び府警本部に電話し、身分の保証などを訴えたが、取り合ってもらえなかった。そして森山さんは、一層のこと「事件」を起こし、逮捕され、裁判で全てを明らかにしようと考えるに至った。それが冒頭の「事件」を起こした理由である。

しかし、大阪府警は、事故を起こした森山さんを「精神異常者扱い」し、精神病院へ送り込んだのである。森山さんは、この処遇について、昨年12月、26年ぶりに国と大阪府に対して国家賠償請求と措置入院の無効を求めて提訴した。具体的に何を訴えているか、森山さんにお聞きした。

森山光博さん近影

「大阪府警本部の正面玄関奥に乗用車に乗ったまま進入した私は、建造物侵入と損壊の罪で現行犯逮捕されました。ところが裁判で全てを明らかにしようと考えていた私は、その刑事裁判を受ける権利を否定され精神病院に送られてしまいました。 事件は26年前のことなので、時効などの規定により、国家賠償請求は認められないと承知の上で、少なくとも措置入院(精神病院への強制入院)の処分の無効の確認判決だけは勝ち取りたいと、昨年12月16日に本人訴訟で訴状を大阪地裁に提出し受理されました。
 被告の国と大阪府は、原告の主張する事実関係や、提示した証拠能力を積極的に争う姿勢は示さず、予想通り国家賠償請求権の時効などによる消滅を主張し、措置入院の処分の無効についても、措置は解除されているのだから、たとえその経歴が残っても、訴える理由がないと主張しています。
 裁判の情勢は芳しくありませんが、私が訴えたいのは、警察は一般人を、危険を伴うスパイとして利用するだけ利用し、必要なくなるとすっぱり切り捨てる組織であること、それを主張するために「事件」を起こした私を「精神異常者」として精神病院に送り込み、私の刑事裁判を受ける権利を奪ったことが許せないということです」。

筆者はほかに、石川県警のスパイをさせられた男性が、その後覚せい剤使用の罪をでっちあげられ逮捕された件について、えん罪であると主張して起こした裁判を支援してきた。一市民を捨て駒のように利用して行う警察の違法な捜査などが許せないからだ。引き続き、この裁判の行方に注目していきたい。

◎第2回口頭弁論期日 7月9日(木)午後13時30分~ 大阪地裁806法廷

▼尾崎美代子(おざき みよこ)

新潟県出身。大学時代に日雇い労働者の町・山谷に支援で関わる。80年代末より大阪に移り住み、釜ケ崎に関わる。フリースペースを兼ねた居酒屋「集い処はな」を経営。3・11後仲間と福島県飯舘村の支援や被ばく労働問題を考える講演会などを主催。自身は福島に通い、福島の実態を訴え続けている。
◎著者ツイッター(はなままさん)https://twitter.com/hanamama58

月刊『紙の爆弾』2020年8月号【特集第4弾】「新型コロナ危機」と安倍失政 河合夫妻逮捕も“他人のせい”安倍晋三が退陣する日
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【カウンター大学院生リンチ事件(別称「しばき隊リンチ事件」)検証のための覚書15】 リンチ被害者M君を村八分にした「エル金は友達」祭りの首謀者・朴敏用が「あらい商店」再開! 再びしばき隊/カウンターの根城構築か?  鹿砦社代表 松岡利康

私の会社・鹿砦社が、ここ7、8年広告を出している月刊『新聞うずみ火』(代表・矢野宏)7月号が届き、ざっと開いてみて驚きました。別掲の通りですが、ここに見開き2ページに渡りインタビュー記事が掲載されている「あらい商店」と、この経営者・朴敏用(パク・ミニョン。日本名・新井俊秀)は、私たちが被害者救済・支援と真相究明に携わってきた「カウンター大学院生リンチ事件」に深く関わっているからです。

『うずみ火』ともあろうものが、あろうことかリンチ事件に深く関わっている者を大きく採り上げるとは……『うずみ火』代表・矢野宏には質問書も送り、リンチ本5冊も発行の都度送ってきました。私たちがこのリンチ事件の被害者M君救済・支援と真相究明に携わってきたことを知らないわけはありません。矢野さん、そうではないですか?

『うずみ火』については別途記述いたしますが、元読売新聞大阪社会部出身の黒田清(故人)が始めた「黒田ジャーナル」の流れを汲み、創刊は『紙の爆弾』と同じ2005年。その創設メンバーの一人、西谷文和が、神戸拘置所に勾留中の私に面会に訪れ、この記事が『新聞うずみ火』創刊号に掲載されました。西谷とは、彼がまだ大阪・吹田市の公務員で、その労組の雑誌に寄稿して以来面識がありました。この恩義もあり、鹿砦社が再起して以来、長年広告を出してきました(『うずみ火』に毎月有料広告を出しているのは鹿砦社のみ)。だからといって内容に口出ししたこともありませんし、くだんのリンチ事件に多少なりとも関わっている者(コリアNGOセンター理事・金光敏ら)が登場しても、これを詰ったこともありません。しかしあらい商店・朴敏用の場合は違います。「『うずみ火』も遂にしばき隊化したのか」との感が否めません。

矢野さん、なんだよ、このインタビュー記事は!? あなたも「反差別」とか「人権」とか言うのなら、朴敏用が首謀者となってリンチ被害者M君に行った村八分行為「エル金は友達」祭りの事実をきちんと踏まえた上でインタビューを行い記事を書くべきではなかったのか? 村八分が差別行為だということは分かっていますよね? 冒頭に記したように、『うずみ火』には、リンチ本は発行の都度送っていますしリンチ本の広告も出していて、知らないわけはないでしょう。知らないなどとは言わせません。朴敏用について耳触りの良い内容の一方で、度し難い村八分行為を黙過しているのなら偏頗な内容と断じざるをえません。

『新聞うずみ火』2020年7月号

◆リンチ事件に至る道程は「あらい商店」から始まった!

私たちが「カウンター大学院生リンチ事件」と呼び、一般に「しばき隊リンチ事件」といわれる集団暴力事件は、かつて「十三(じゅうそう)ベース事件」と呼ばれていました。これは、リンチの舞台が、大阪・十三のホルモン料理屋「あらい商店」で行われたと噂されていたことから発しています。

その後、この事件の全貌が私たちの真相究明の中で明るみに出るに従い、リンチが大阪最大の飲食店街「北新地」で行われていたことが明らかになり「十三ベース事件」は死語になっていきました。

しかし、このリンチ事件は、2014年12月16日、この日は李信恵が「保守速報」らネトウヨを訴えた民事訴訟の弁論の日で、これが終了し、李信恵ら5人はまず「あらい商店」から始め5軒目の北新地のワインバーに至るまで泥酔するほど飲み歩いています。リンチ事件は、日付が変わった17日深夜に起きました。

泥酔した李信恵らはM君を呼び出し激しいリンチを加えたのです。一説には、リンチの謀議をあらい商店で行ったと言った人もいました。リンチ事件はあらい商店で起きたのではありませんが、李信恵ら5人は、このあらい商店から飲み歩きに出発したのです。

また、あらい商店は、カウンター/しばき隊のメンバーらがたむろする根城になっていたことは自他共に認めるものです。有田芳生参議院議員は、なぜかリンチ事件の翌日に訪れています。このことはじめ、有田議員には、四国の自動車販売会社社長・合田夏樹脅迫事件への関与など聞きたいことが山ほどありますが、頑なに取材を拒否していますので確認は今のところできていません。国会議員たる公人は、合田脅迫事件に自らの宣伝カーが使われたという疑惑や、「反差別」運動の中心メンバー5人が行った集団リンチ事件について説明責任があるというのは当然です。私の言っていることは間違っていますか? 有田は「鹿砦社には答えない」と言っていますが、じゃあ鹿砦社以外の者がたずねたら答えるのか? どうですか?

あらい商店の経営者・朴敏用は、カウンター/しばき隊の中心メンバーと言ってよく、娘もかのSEALDs KANSAIの活動家で、名を出してメディアにも登場しています。あらい商店の屋号は、日本名の「新井(あらい)」から名づけているものと思われますが、朴みずから言っているように客を選び、客のほとんどはカウンター/しばき隊界隈の人間だったようで、いきおい一般の客は寄せ付けなかった、あるいは寄り付かなかったのではないでしょうか。あらい商店は、有田議員ら“上客”を常連としつつも3年半ほど前に潰れましたが、このことが要因になっているものと考えられます。

あらい商店閉鎖後、朴は、ある焼肉屋に就職しますが、これもみずから言っていますが厨房でタバコを吸っていて先輩に叱られたということで、勤務態度には疑問符が付くようです。このたびのコロナによる休業で解雇されたということですが、そんな勤務態度だと経営者としては渡りに船だったのかもしれません。

◆朴敏用が主唱した「エル金は友達」祭りとは?

朴敏用について、どうしても忘れられないのは、2015年5月初頭の「エル金は友達」祭りです。これは、朴敏用が主唱しカウンター/しばき隊関係者ぐるみで行ったもので、リンチの実行犯・エル金こと金良平は友達と多人数で発信することで、被害者M君に対し「お前の味方は誰もいない」と見せつけ、M君を村八分にするという陰湿極まる「ネットリンチ」「セカンドリンチ」でした。

M君いわく、「これだけ多くの人物らが自分一人に対し悪意を向けているのか……」と精神的にかなり参ったというものです。かつての仲間だった多くが「エル金は友達」祭りに加担し、M君は「あいつも」「こいつも」と仲間外れされ追い詰められていったそうです。この時期ITOKENこと伊藤健一郎(当時大学院生)が悪名高い「説明テンプレ」をカウンター/しばき隊関係者に送り共有し、M君を悪者にでっち上げる口裏合わせの済んだ後のことですから、「エル金は友達」祭りの参加者相互にM君に対する悪意が共有されていたと考えて間違いないでしょう。

「エル金は友達」祭りに加担した者はかなり多数にわたりますが、なかには、例によって中沢けい、金明秀らの名もありました。

朴が、「エル金は友達」祭りを主唱し、エル金やリンチ加害者らを応援しても、店の売上に貢献し経営を応援してくれる仲間はいなかったのか、旧あらい商店は2016年10月末日に閉店となります。有田芳生や中沢けい、伊藤大介ら高額所得者は金銭的応援はしなかったのでしょうか? 「エル金は友達」ならぬ「あらい商店は友達」なら、閉店するかどうかの正念場にはポンと50万円、100万円出して助けてやれよ。

リンチ被害者M君を村八分にした「エル金は友達」祭り。これに参加した者の人権感覚を問う!
同上
同上

◆「あらい商店」再開後は以前の言動を反省し、特に衛生面には留意してください! 

旧「あらい商店」厨房内でふざける朴敏用(左)と野間易通(右)。朴の後ろに吸い殻山盛りの灰皿が見える

朴は解雇後、キムチの製造・販売(通販)に乗り出し、遂に物件の契約も済ませ店舗の再開に漕ぎ着けようとしているということで慶賀の至りです。早速、西岡研介や中沢けいらがエールを送っています。まだオープンしていませんが、再開後は、以前の反省から、客を選んだり仕事中に厨房でタバコを吸ったりせずに広く愛される店になってほしいものです(以前のあらい商店の写真を見ると、調理台の上に吸い殻が山盛りになった灰皿が無造作に置かれているのが確認できますが、これも飲食店としては大いに問題があると言わざるを得ず、新店舗では、こうしたことも改善してくれるものと期待します)。

ところで、キムチの製造・販売(通販)ですが、値段は高くはありませんか? 相場よりちょっと高いんじゃないかとの声も聞かれますが、従前からの競合業者に割って入るには、まず値段が問題、高いと勝てません。いやいやオレには有田先生や中沢先生ら高くても買ってくれる人がいっぱいいる……とか思っているのかな? 有田先生、中沢先生、大量注文お願いしますね。

読者は目敏い! 吸い殻山盛りの灰皿を拡大しツイート

また、「食品衛生法」とか、こちらはクリアしているのでしょうか? キムチは、自宅の台所で製造して自家用とするのは問題ないとして、素朴な疑問ですが、対外的に販売用に製造するのには保健所の許可など要らないのでしょうか? 

「食品衛生法」は、かなり厳しく、対外的に販売用に家庭の台所で製造することはできないとされていて、「住居部分と完全に区画された専用の製造施設、販売施設が必要です」と定められていますし、また「容器包装に入れられた加工食品は正しく表示しなければ販売できません」と記されています。「正しく表示」していますか?

当初からあらい商店の通販サイトを見ていると、そうしたことは明示してありませんし、そんなことなど眼中になく製造と販売(通販)を始めたように思われますが、問題ないのでしょうか? 問題ないのならいいんですが、くれぐれも衛生面には留意し(作業中にタバコなど吸ったらいけません!)、食中毒とか出さないように頼みますよ。

あっ、それから、再開前にすでに仲間内で齟齬も発生しているようです(別掲画像参照)。なにか新生「あらい商店」の近未来を予兆させる齟齬です。商売人、特に飲食関係なら、もっと鷹揚に対応してほしいものです。(続く。本文中敬称略)

新生「あらい商店」の近未来を予兆させる齟齬

《関連過去記事カテゴリー》
 M君リンチ事件 http://www.rokusaisha.com/wp/?cat=62

明日にも起訴? 河井克行・元法務大臣と河井案里・元参議院議員の〈政治とカネ〉 要は安倍総理が主導した〈官邸と党本部の犯罪〉ではないのか? 横山茂彦

◆安倍総理の名でカネを配っていた河井夫妻は7月8日に起訴される見通し

マスコミ報道によると、河井案里容疑者が選挙スタッフに、少なくとも200万円の違法な報酬を支払っていたことが明らかになった(捜査関係者情報)。

これによって、案里容疑者の公職選挙法違反は決定的になった。広島選挙区の自治体首長への「陣中見舞い」など、名目不明の「買収」とは異なり、原則無報酬の運動員に報酬をあたえる、直接的な違法行為であるからだ。

とくに河井克行容疑者においては、法務大臣として公選法を熟知していながらの確信的な犯行である。悪質極まりないというべきであろう。この結果、河井案里容疑者と河井克行容疑者は、7月8日に起訴される見通しだ。

◆主導したのは安倍総理ではないのか?

そもそも自民党総裁としての安倍総理の参院広島選挙区へのテコ入れ自体、みずからに批判的な(安倍総理のことを「過去の人」と発言)溝手顕正氏を追い落とすことにあった。名目的には2議席獲得を掲げながら、案里容疑者に1億5,000万円もの軍資金(政党助成金=血税である)を投入し、溝手顕正氏陣営の有力者を狙い撃ち的に買収するという、まことに不格好かつ強引な手口であった。その結果、割を食ったのは自民党広島県連および溝手氏である(下記の選挙結果)。

当選 森本真治 無所属 現 329,792票 32.31% 立憲・国民・社民・連合推薦
当選 河井案里 自民党 新 295,871票 28.99% 公明推薦
落選 溝手顕正 自民党 現 270,183票 26.47% 公明推薦

その実態も明らかになっている。

「現金を受け取った自民党の地方議員らが、克行容疑者の妻案里容疑者(46)の推薦はがきを用意するなどの支援に動いていたことが3日、関係者への取材で分かった」(中国新聞、7月4日)という、カネで裏切りを強要するものだった。

まさに党本部と官邸の思惑どおり、安倍一強・党本部支配が貫徹され、総理に逆らう者は血祭りにあげられるという個人独裁制を党内外にアピールしたのである。
だがそれは、総理官邸(および党本部)の犯罪でもある可能性が高いのだ。現金を受け取った北広島町の宮本裕之町議会議長は「しんぶん赤旗」の取材にこう答えている。

「受け取ってはいけない金と思ったが、安倍総理の名前を出して強引に渡され、返せなかった。後悔している」(7月5日付)

府中町の繁政秀子町議も「『安倍さんから』と30万円入った封筒を渡された」「『もらえない』と拒否したが、安倍総理の名前を聞いて断りきれなかった」(前出)と証言している。まさに、総理の名による買収だったのだ。


◎[参考動画]「安倍さんから」河井夫妻“買収”めぐり証言続々と(ANNnews 2020年6月25日)

◆買収目的公布罪の立件も視野に

共産党の志位和夫委員長は、安倍総理に「買収目的公布罪」の疑いが浮上したとしている。いや、安倍総理の犯罪を指摘するのは、ひとり共産党だけではない。元東京地検特捜部検事の郷原信郎弁護士も、河井夫妻に現金を供与した自民党関係者に「買収目的交付罪」が適用される可能性に言及している。

郷原氏は「それ(買収)が行われることを認識し、目的を持って金銭の交付をする行為は交付罪になる」と説明し、「交付を決定した人」が罪に問われる可能性を指摘した(立憲民主、国民民主、共産、社民の野党4党の「実態解明チーム」の会合で。6月24日)

その「買収目的交付罪」の条文を挙げておこう。

「当選を得若しくは得しめ又は得しめない目的をもつて選挙人又は選挙運動者に対し金銭、物品その他の財産上の利益若しくは公私の職務の供与、その供与の申込み若しくは約束をし又は供応接待、その申込み若しくは約束をしたとき。」(公選法221条1号)

「第一号から第三号までに掲げる行為をさせる目的をもつて選挙運動者に対し金銭若しくは物品の交付、交付の申込み若しくは約束をし又は選挙運動者がその交付を受け、その交付を要求し若しくはその申込みを承諾したとき。」
(公選法221条5号)

「三年以下の懲役若しくは禁錮又は五十万円以下の罰金に処する。」(公選法第十六章 罰則【買収及び利害誘導罪】)

そしてこの犯罪の構成要件をみたす、重要な事実関係も明らかになっているのだ。すなわち、このときの選挙で安倍総理の秘書団が、河井陣営を支援するために広島入りしている事実である。

安倍秘書団は河井陣営の先頭に立って、溝手顕正氏陣営の有力者の切り崩しに奔走したとされている。また、河井陣営の運動員を引き連れて企業回りをしては、安倍総理の名を出して強引に面会をもとめたという。


◎[参考動画]検察は“ルビコン川”を渡った!河井前法相事件、今後の展開は?(郷原信郎の「日本の権力を斬る!」#19 2020年6月23日)

◆カネの動きは明白である

参院選前に党本部から計1億5,000万円が送金されていたのは、すでに動かない事実である。検察はこの1億5,000万円の一部が違法報酬の原資になった可能性があるとみて調べているという。

そもそも河井容疑者の自己資金(歳費4,200万円)と自民党から交付された選挙資金(1億5,000万円)に、区別がつくものなのだろうか。検察がいまこの区別をつけようとしているのは、自民党本部および官邸にその責を及ばせようとしているからにほかならない。

森友・加計疑惑、そして桜を見る会における公選法違反疑惑、そして河井選挙買収事件においても、安倍総理(総裁)の関与が疑われている。そうであるがゆえに、安倍総理は賭博常習者の黒川弘務の定年延長を押し通し、検事総長に押し上げることでみずからへの訴追を回避しようと画策したのである。もはや安倍総理の逃げ道は、巷間噂されている今秋の解散総選挙による訴追逃れしかないのかもしれない。


◎[参考動画]2020年6月30日 野党合同国対ヒアリング「河井買収事件実態解明チームヒアリング」(原口一博 2020年6月30日)

▼横山茂彦(よこやま・しげひこ)

編集者・著述業・歴史研究家。歴史関連の著書・共著に『合戦場の女たち』(情況新書)『軍師・官兵衛に学ぶ経営学』(宝島文庫)『闇の後醍醐銭』(叢文社)『真田丸のナゾ』(サイゾー)『日本史の新常識』(文春新書)『天皇125代全史』(スタンダーズ)『世にも奇妙な日本史』(宙出版)など。医科学系の著書・共著に『「買ってはいけない」は買ってはいけない』(夏目書房)『ホントに効くのかアガリスク』(鹿砦社)『走って直すガン』(徳間書店)『新ガン治療のウソと10年寿命を長くする本当の癌治療』(双葉社)『ガンになりにくい食生活』(鹿砦社ライブラリー)など。

本日発売!月刊『紙の爆弾』2020年8月号【特集第4弾】「新型コロナ危機」と安倍失政 河合夫妻逮捕も“他人のせい”安倍晋三が退陣する日