2016年の冤罪判決──再審無罪も出た一方で裁判員裁判で新たに2件の冤罪判決

2016年の冤罪関係の最も大きな話題といえば、1995年に大阪市東住吉区であった女児焼死事件の再審で、女児を保険金目的で殺害したという濡れ衣を着せられていた母・青木惠子さん(52)と内縁の夫・朴龍晧さん(50)が無罪判決を宣告されて雪冤を果たしたことだろう。だが、そんな明るい話題があった一方で、私が承知しているだけでも裁判員裁判で新たに2件、冤罪判決が生まれている。2016年の終わりにそのことを改めて報告しておきたい。

宇都宮地裁であった勝又氏の裁判には毎回多くの人が集まったが……

◆自白内容に不自然な点が多かった今市事件

1件目は、2005年に栃木県今市市(現在は日光市)で小1の女の子が殺害された通称「今市事件」で、殺人罪に問われた被告人の勝又拓哉氏(34)に無期懲役判決が宣告された宇都宮地裁の裁判員裁判だ。2~4月にあった公判では、法廷のモニターで取り調べの映像が再生されて話題になったが、裁判員らが勝又氏を有罪と判断した決め手がこの取り調べの映像だった。

「決定的な証拠はなかったが、あの映像を観て、(犯人であることは)間違いないかな、と思った」
「取り調べの映像がなかったら、判決はどうなっていたかわかりません」

これらは裁判員らが判決公判後の会見で述べた言葉である。法廷で再生された取り調べ映像では、勝又氏が取り調べ担当検事の前で泣きながら罪を認め、身振り手振りを交えながら詳細に犯行を自白する場面が映し出された。その模様が裁判員らに対し、強烈な有罪心証を抱かせたのである。

ただ、録音録画された勝又氏の取り調べは計80時間に及んだにも関わらず、法廷で再生されたのは約7時間だけだった。また、殺人事件に関する検察官の取り調べは大半が録音録画されていたものの、警察官の取り調べで録音録画されていたのは、勝又氏が女児の殺害を認めた後のわずかな時間だけだった。そのため、裁判員らが取り調べの一部だけを観て、勝又氏が自白するに至る過程にあった問題を見抜けなかったのではないかと指摘する声は多かった。

私はこの事件の全公判を傍聴したが、問題はそういうことにとどまらない。なぜなら、わざわざ取り調べの全過程を映像で確認するまでもなく、勝又氏の自白内容は大変不自然で、典型的な虚偽自白だったからである。

たとえば、法廷で検察官が朗読した勝又氏の自白調書によると、勝又氏は被害者の服をすべて脱がし、デジタルビデオカメラで自撮りしながらワイセツ行為をしたという話になっていた。しかし、勝又氏は被害者が事件当日、どのような服装をしていたのか、まったく自白できていなかった。被害者の服装はきわめて特徴的であったにも関わらず、だ。

また、勝又氏は被害者のランドセルをハサミで細かく裁断し、ゴミ捨て場に捨てたと自白しながら、ランドセルの形状や中に何が入っていたかもまったく自白できていなかった。このように犯人なら語れるはずの事実について、何ら語れていないのが勝又氏の自白の特徴だった。そのほかにも現場の状況と整合しない供述など、自白には不自然な点が散見された。明白な冤罪だと断言できる。

◆鳥取地裁の裁判員裁判でも人知れず生まれていた冤罪

人知れず裁判員裁判の冤罪が生まれていた鳥取地裁

一方、今市事件のように全国的な注目はされなかったが、6~7月に鳥取地裁であった裁判員裁判でも冤罪が生まれている。被告人は石田美実(よしみ)氏(59)という男性だ。

石田氏は2009年9月、店長として勤務していた米子市のラブホテルの事務所で支配人の男性を襲って現金を奪い、植物状態に陥る傷害を負わせて2015年に死亡させたとして強盗殺人罪に問われたが、一貫して無実を訴えていた。結果、鳥取地裁から懲役18年の判決(求刑は無期懲役)を宣告されたのだが、金目的の犯行だったとは認めれず、殺人罪と窃盗罪が適用されている。しかも、判決では、石田氏が被害者を襲った理由について、何らかのいさかいが生じた可能性を指摘することしかできなかった。要するに事件の真相がよくわかっていないのだ。

実際問題、石田氏は事件があった時、現場のラブホテルに居合わせたものの、事件発生直後の時間帯にホテルの館内で従業員たちと普通に会話をしており、石田氏に怪しい様子があったという証言は一切なかった。また、現場の事務所に通じる客室のドアのノブや事務室にあった金庫から検出された石田氏の指紋が有罪の証拠とされてはいるが、そもそも石田氏は現場のラブホテルで働いていたので、その指紋は働いていた時に付着したものと考えてもおかしくなかった。しかも、石田氏の指紋が検出された客室のドアのノブからは、身元不明の第三者の指紋も検出されているなど、むしろ公判では、別の真犯人が存在する可能性が示されていた。この事件も明らかに無罪を宣告されるべきだった。

勝又氏は東京高裁に、石田被告は広島高裁松枝支部にそれぞれ控訴しており、どちらの事件も2017年中には控訴審の初公判があると思われる。何か事態に動きがあれば、当欄でも適時お伝えしたい。

▼片岡健(かたおか けん)
1971年生まれ、広島市在住。全国各地で新旧様々な事件を取材している。

「絶望の牢獄から無実を叫ぶ ―冤罪死刑囚八人の書画集―」(片岡健編/鹿砦社)
『NO NUKES voice』第10号[特集]原発・基地・震災・闘いの現場
 
商業出版の限界を超えた問題作!

2016年の鹿砦社 『ヘイトと暴力の連鎖』『反差別と暴力の正体』をめぐる疾風怒濤

 
 

 
 身の丈を考えれば、形にすることが出来るのか、仮にできたとしても、詰め込む火薬の量は不足がないか、不安がなかったわけではないが乗りかかった船だ、後戻りは選択肢にはなかった。

◆反原連からの絶縁状と「しばき隊」社員の解雇

2015年12月2日、一方的に反原連から絶縁状を突き付けられた鹿砦社は、くしくも翌日この界隈「しばき隊」の重鎮である元社員を解雇することになる(後から振り返れば、このタイミングは双方にとって偶然ではあるが象徴的でもあった)。理由は職務時間中に膨大な量の私的ツイッターを行っていたこと、その中には企業恫喝まがいの内容や鹿砦社を毀損する書き込みが多数含まれていたことだ。

言論を主戦場にしている出版社にとって、社員の個人的意見は最大限尊重されるべきではあるが、本務と全く無関係な「趣味」に多大な時間を割くことは、明確な就業規則違反であるので、この処分は致し方なかったが、まさかその数か月後に彼らの「最暗部」を突き付けられることになろうとは思いいたることもなかった。今日では言わずと知れた「M君リンチ事件」だ。

◆「M君リンチ事件」の衝撃

複数筋から持ち込まれた、この事件の情報を前に正直私たちは、背筋が凍る思いがした。しかし、持ち込まれた情報を精査してゆくうちに、事件はただならぬ背景を帯びていることが明らかになった。反原連との腐れ縁を、あちら側から「絶縁」してもらい、他の方はどうか知らないが、私は結果的に僥倖だったと感じていたが、それどころではない大事件に直面することになった。

今だから明かすが、当初は鹿砦社のような小規模出版社ではなく、中央のマスメディアで取り上げられるべき「事件」であろうと考えていた。なにせ被害者は「死んでもおかしくない」(医師の見解)暴力を受けており、事件発生直後に110番通報をしていれば、加害者たちは確実に現行犯逮捕されたに違いない。被害者M君の話を聞き、周辺関係者に取材を進める中で「これは鹿砦社が引き受けざるを得ない」覚悟が次第に固まってきた。取材に取り組むライターや資料を整理する人員も数人ではこなせないので、鹿砦社としては異例規模の「特別取材班」が立ち上がり、私自身も加わった。

当初はネット上での攻防も盛んであったが、「特別取材班」はあえて、ネットを戦場から除外した。その主たる理由は対抗する「しばき隊」が、事実がまったくない事柄でもでっち上げ、それを多数で盛り上げることにより、あたかも実在する(した)かのように作り上げる手法を得手としていることを早期に発見したからだ。

私たちは、一義的に文字媒体での発信を重視することに力点を置いた。しかしながら深夜に、本来漏洩するはずのない情報や、証拠などがネット上を駆け巡ることがたびたび発生した。情報を見つけた「特別取材班」のメンバーは共有のために、全取材班に速やかに連絡を行い、対策を協議する。眠れぬ夜を数多く過ごしたのが春から初夏にかけてであった。

◆7月14日『ヘイトと暴力の連鎖』発刊

7月14日『ヘイトと暴力の連鎖』を発刊。今読み返せば至らぬ点も見当たるが、初めて「M君リンチ事件」の情報に接して3か月余りで『ヘイトと暴力の連鎖』を世に出せたことについては、それなりの評価を得ることができ、初版は完売。重版するまでに注目が集まった。これほどたくさんの方々に読んでいただけた理由の一つには、同書の衝撃的な内容もさることながら、これまでまともに「しばき隊」現象に踏み込んだ書籍がほぼ皆無であったことも挙げられるだろう。

「反原連」、「しばき隊」、「SEALDs」、「C.R.A.C」などが類似した行動形態を持っていることは、なんとなく感じられていたが、それらを牛耳る中心人物が実は同一の集団であり、国会議員、大学教員、知識人、弁護士などを巻き込みながら、隠れ蓑を被った一大勢力にまで膨張していることを知り、取材班の中には恐怖感を訴える者も出た。しかし、繰り返しになるが「乗りかかった船」をおりるわけにはいかない。「M君リンチ事件」だけでも十分に大事件だが、彼らの行動様式を知れば知るほど、そのファナティックさ、唯我独尊さが危険極まりないものであることが認識された。

◆警察と結託する「下からのFascism」実践者たち

当初は目前に現れた、被害者M君の事件実態を明らかにし、その問題点を炙り出すことに焦点を置いていた特別取材班は、取材を進める中で、その取材方針は間違いではないもの、さらに広い視野でこの現象をとらえる必要性を感じはじめた。

 
 

彼らは「反差別」、「反安保法制」、「難民歓迎」、「反原発」、「マイノリティー擁護」、「沖縄基地反対」と一見耳障りの良い主張を展開してはいるけれども、その現場では警察と結託し、彼らと主張の異なる人々を「こいつら逮捕してくださいよ!」と機動隊に懇願する本質を有していた。これは少なくとも「市民運動」では絶対に許されない、過去の歴史にも恐らくない破廉恥な行為だ。そして実際に逮捕者が出ると彼らは拍手をして「お巡りさんありがとう!」と声を挙げる。

なんだこいつら!! どこが「Anti-Fascism」なんだ。逆だろう。彼らこそ誰に命令されることもなく、抗議行動参加者を「意見が違う」というだけで警察に差し出す「下からのFascism」実践者ではないか。「民間Fascism」と言い換えてもいいだろう。そうであるから彼らの行動は《Fascism》が必ず包含する「排除主義」、「排外主義」に陥っていくことは必然であり、その犠牲者としてM君は苛烈なリンチ被害を受けることになったのだ。

◆「M君リンチ事件」の隠蔽に関わった多数の著名人

『ヘイトと暴力の連鎖』発刊後、鹿砦社には多様な情報が寄せられるようになった。そして、手持ち資料の中に超ド級の資料も発見される。元社員が解雇に際して、おそらく必死の思いで抹消を試みたと思われる、「しばき隊」中心人物たちとの間で交わした膨大な量のメールだ。

その一部を目にした社長松岡の怒りは察して余りある。「M君リンチ事件」の隠蔽と正当化を図る「説明テンプレ」や誰がどの人間にそれを説明するか、の役割分担まで詳細に割り振られた「声掛けリスト」はこれ以上ない「組織的隠蔽と正当化」を示す証拠として、彼らの悪辣な行為を雄弁に証明している。

有田芳生参議院議員にはじまり、安田浩一、西岡研介といった有名ジャーナリストや複数弁護士、大和証券部長で身分がばれた人物まで、数多くの主要人物の名前が収められたこのリストを目にしたとき、取材班一同は「やはり…… しかし、まさかここまで」と、呆れかえったものだ。

◆11月17日『反差別と暴力の正体』を発刊

「徹底的に洗え!」松岡の指示のもと、取材班は40名(団体含む)へ質問状を送付し、主として「M君リンチ事件」への見解を伺った。まともな回答を返してくれたのは、『週刊金曜日』発行人の北村肇氏と『人民新聞』の山田洋一氏の二人だけだった。盛り込みたい証拠や情報は次から次へと現れる。しかし紙面の限界も考えなければならい。寺澤有氏は独自取材で駆け回って頂き限られた時間でほぼやれることはやり尽くし11月17日書店に並んだ『反差別と暴力の正体』は『ヘイトと暴力の連鎖』にも増して、大きな衝撃を呼んでいる。

その間にM君はツイッターで彼の名前と所属大学を明かし、幾度も誹謗中傷を繰り返した野間易通氏を5月24日名誉毀損で、7月4日李信恵氏をはじめ、エル金、凡(ともにツイッターアカウント名)、伊藤大介、松本英一の5氏に対して損害賠償の提訴を大阪地裁に行った。2つの裁判ともこれまでに複数回の期日が開かれ、対野間氏裁判は次回2月3日で結審する模様だ。

◆疾風怒濤は2017年も続く

疾風怒濤で1年が過ぎ去った感がある。まさか2016年鹿砦社がエネルギーを割く対象が「彼ら」になろうとは予想だにしなかったし、その結果一部とはいえ社会から強い注目を浴びることになろうとなど望んではいなかった。2016年鹿砦社に与えられたミッションの1つは、期せずしてやってきた「M君リンチ事件」と正面から取り組み、「下からのFascism」をけん引する勢力との全面対決だった。

2冊を世に出し、特別取材班は一息ついている。しかし一息つきながらも年末年始をゆっくりと過ごせそうにない。なぜならば『反差別と暴力の正体』を超える重大情報の山の解析に余念がないからだ。「次は死者が出ますよ」M君の言葉を現実のものにしないために資料の山との格闘は当分終わりそうにない。

(鹿砦社特別取材班)

『ヘイトと暴力の連鎖 反原連-SEALDs-しばき隊-カウンター』(紙の爆弾2016年7月号増刊。7月14日発売。定価540円)
『反差別と暴力の正体――暴力カルト化したカウンター-しばき隊の実態』(紙の爆弾2016年12月号増刊。11月17日発売。定価950円)

《本間龍14》労働局に「全面降伏」姿勢を見せる電通の意図

電通が矢継ぎ早に労働環境の改善策を発表している。

2016年9月21日付ウォールストリートジャーナル

12月2日に、来年1月を目処に全社員の約1割にあたる650人を配置転換、人材の足りていない部署の解消を目指すと発表。中途採用も拡大し、今月から60人の募集を開始するとした。また、1月から70ある局に1人ずつ、人材管理を担当する「マネジメント職」を配置する。キャリア開発支援や健康への配慮に関する研修を受けた人材が着任し、社員一人ひとりの勤務時間管理や、局全体の労働状況の管理などにあたる。

「本日の一部報道について」2016年9月23日付電通ニュースリリース

12月9日には、長く社員手帳に掲載して来た社員心得「鬼十則」を2017年版から削除することも発表した。さらに管理職を部下が評価する「360度評価制度」を導入、上司による一方的な人事判断是正を目指す。また、全ての部門で有給取得50%以上を目標にするという。

2016年10月7日付ANNニュース

◆なりふり構わず職場改善策を進める電通の意図

このなりふり構わぬ職場改善策は、1月に予想される労働局による書類送検をなんとか軽いものにしたいという、全面降伏の意思を示すものだ。強制捜査まで受けているから送検は免れないが、その内容によって東京地検の動きも変わるから、少しでも印象を良くしたいという必死の思惑が透けて見える。今回はその内容をチェックしてみる。

2016年10月14日付NHKニュース

まず全社員の1割配置転換だが、これは実は大した話ではない。電通や博報堂は年度末になると大々的な人事異動を発表する。人員の昇進や異動、局の統廃合や新設などが集中的に発表されるので、優に全社員の1割くらいは動く。要はそのタイミングを早め、人材の偏り平準化を急いだにすぎない。

しかし、いくら配置転換を前倒ししたとしても、高橋まつりさんの自殺を招いた部署間の人員不足、極端な仕事の集中を解消するというのは容易ではない。例えば、デジタル部門は高度の専門性が必要であり、知識がない人員を数合わせで投入しても、すぐには役に立たないからだ。むしろそうした人員の教育に時間を取られ、短期的には得意先へのサービス低下を招く危険性が高いだろう。

私は博報堂で18年間営業現場にいて、同時にほぼ全ての社内部門を見て来た。仕事の仕方は博報堂も電通も大して変わりはないから、人が足りないからといって頭数だけ揃えても役に立たない現実をよく知っている。残業時間が多い激務の部局は、それだけ他社との競合が激しいか、制作部門なら優秀な人材が揃うゆえに仕事が集中していると考えられる。そうしたところに他部門からいきなり人員だけ補充してもやはり役には立たず、古参部員のストレスが急激に上昇することになってしまう。昨日まで営業にいた人間を、明日からコピーライターやデザイナー職に異動しても役に立たないことは誰でも想像できるだろう。もちろんそんなことは電通経営陣も百も承知だろうが、会社の存亡がかかる事態に、なりふり構わぬ措置を取らざるを得ないのだろう。

2016年10月20日付NHKニュース
2016年11月17日付NHKニュース

◆社訓同然の「鬼十則」を封印した電通の意図

「鬼十則」の社員手帳からの削除は、社外向けのパフォーマンスであると感じる。電通の社訓同然である「鬼十則」自体を否定した訳ではないし、内容については具体的言及がないからだ。この「鬼十則」は電通中興の祖と言われる故吉田秀雄氏が昭和26年に制定したものだが、仕事への取組み方、あるべき姿勢を示したものとして、今でもビジネス書や自己啓発本などで紹介され、支持されている。改めてその内容を紹介すると、

1.仕事は自ら創るべきで、与えられるべきでない。
2. 仕事とは、先手先手と働き掛けていくことで、受け身でやるものではない。
3. 大きな仕事と取り組め、小さな仕事はおのれを小さくする。
4. 難しい仕事を狙え、そしてこれを成し遂げるところに進歩がある。
5. 取り組んだら放すな、殺されても放すな、目的完遂までは……。
6. 周囲を引きずり回せ、引きずるのと引きずられるのとでは、永い間に天地のひらきができる。
7. 計画を持て、長期の計画を持っていれば、忍耐と工夫と、そして正しい努力と希望が生まれる。
8. 自信を持て、自信がないから君の仕事には、迫力も粘りも、そして厚味すらがない。
9. 頭は常に全回転、八方に気を配って、一分の隙もあってはならぬ、サービスとはそのようなものだ。
10. 摩擦を怖れるな、摩擦は進歩の母、積極の肥料だ、でないと君は卑屈未練になる。

電通のステートメント(同社HPより)

というもので、5の「取り組んだら放すな、殺されても放すな、目的完遂までは……」以外は、現代のビジネス慣習としても十分通用すると内容だと思われる。但しこの5の「取り組んだら放すな、殺されても放すな」という部分が電通の苛烈な社内風土の原点とも言われ、高橋さんの弁護士も記者会見でこれを強く批判している。昭和26年といえば敗戦直後の痕跡がまだ色濃い時代であり、さすがにこの部分はもはや時代にそぐわなくなっていると感じる。しかし多くの電通社員にとってまさに精神的支柱でもあるから、いきなりそれを全否定するという訳にもいかないのだろう。今後の取り扱い方に注目だ。

◆上意下達意識が徹底した電通で改善策の実行は本当に可能か?

そして最後の「360度評価制度」「有給休暇の50%取得」に関しては、電通という上意下達意識の徹底した組織でどこまで有効に機能するか、それこそ電通社員ですら懐疑的に感じていることだろう。これらはまさに会社の本気度が試されるが、現在の混乱を引き起こした現経営陣がそのまま居座るのでは、多くの社員の支持を受けるのは難しいのではないか。

これらの改善策の実行は来年からだが、労働局の書類送検も1月頃と言われており、その先には東京地検による捜査の可能性もある。そうなれば電通は完全に「ブラック企業」「法令違反企業」としての烙印を押されることになる。崩壊した電通ブランドの立て直しは果たして可能なのか。これからもウオッチしていく。

▼本間龍(ほんま りゅう)
1962年生まれ。著述家。博報堂で約18年間営業を担当し2006年に退職。著書に『原発プロパガンダ』(岩波新書2016年)『原発広告』(亜紀書房2013年)『電通と原発報道』(亜紀書房2012年)など。2015年2月より鹿砦社の脱原発雑誌『NO NUKES voice』にて「原発プロパガンダとは何か?」を連載中。

『NO NUKES voice』第10号[特集]原発・基地・震災・闘いの現場
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前人未踏「プリズンコンサート」400回──Paix2(ペペ)の旅はまだまだ続く

取材を受けるPaix2の二人
Manamiさん
Megumiさん
千葉刑務所での400回記念公演を終えて深々とお辞儀をするPaix2の二人

今回の取材は東京都内からワゴンでコンサート前日に千葉刑務所で設営と音合わせを行い、同日の夕食もご一緒させて頂いた。お二人はアルコールは嗜む程度にしか召し上がらないが、食欲は旺盛であった。

TVのインタビューや記者会見で2日の間に彼女たちが何度も強調していた言葉は、
「プリズンコンサートをするからには、『良い心のスイッチを押す』ことをしないと、やっている意味がないなと思いながらいつもステージに上がっています。ステージに上がるからには何かが皆さんの心にとどまって、社会に出る良いきっかけになるものをやらなければ意味はないなとずっと考えています」(Megumiさん)

「規則の中で思いを伝えていかないといけないので1時間ですけどエネルギーは凄く使うんですね。だから終わったあとは、いい意味でかなりの疲労感がありますね」(Manamiさん)

「言葉は出せないので、表情からよみとるしかないんですけど皆さんの表情の中からその人の人生を垣間見ることがあって、貴重な体験をさせて頂いているんだなぁと感謝の気持ちがあります」(Manamiさん)

「プリズンコンサートは心のキャッチボールやっている面があるので、皆さんの表情を見ないと、どういう言葉をかけたらいいのかわからないんです。最初の頃は皆さんも緊張感があるから、こちらも固くなっていたんです。でも回数を重ねるうちに皆さんの表情を読み取ることができるようになって、こちらにも余裕が出てきたのでコンサートが終わる頃には皆さんの表情が変わるのが感じられるようになりました」(Manamiさん)

「ステージに立っていると、そこから話しかけただけでも『上から目線』な距離感になるんです。それを無くすためにコンサートの中だけでも同じ気持ちになれるように心がけています」(Manamiさん)

ステージ上の二人は歌うだけでなく、語りも交え、しかも刑務所ならではの用語(報奨金、領置金、願箋)を交えたトークで場を和ませる。そして必ず鹿砦社から出版された『逢えたらいいな』に収められた、受刑者の家族からのメッセージが読み上げられる。内容から察するに、かなり重い罪を犯した受刑者の娘さんが初めて父親の面会に刑務所を訪れた際のエピソードだ。このエピソードを通じて受刑者の皆さんに、社会へ出ることの心の準備や、再犯を犯さない気持ちを喚起したいとお二人は考えているそうだ。

「400回は長かったような気もしますし、あっという間だった気もします。最初は30回が目標だったんですが、それが50回、100回となって。でも初期から回数だけを目標にはしていなかったのが良かったのかと思います」(Manami)

「はじめて1年くらいした時に、私たちの第一回のコンサートを見てくださった方が、出所されて、手紙を持って見に来てくれたんです。それでわざわざ会いに来てくれる下さったことで、ただ楽しませるだけじゃだめだと思って、メッセージをより込めるようになりました。感想文を頂きますが、それ以外に被害者の方からもメッセージを頂くことがあります。その中で私たちも色々考えて伝えるメッセージどうしたらいいか、追っかけて来ました」(Megumi)

Manamiさん

Manamiさんは刑務所の施設や建物に詳しい。「奈良少刑(少年刑務所)は立派な建物だけど、来年で終わりになるんですよね」、「ある県の刑務所は署長さんがとても優しい方でしたが、施設管理が緩くって、これで大丈夫ですか?とお話していたら、そのあと脱走がおこっちゃって……。ちょっと気の毒でした」。

膨大な訪問経験がそうさせるのか、一目見て施設の弱点を見抜くのだからManamiさんの眼力は専門家並だといえよう。

Megumiさん

Megumiさんはハードよりも人間や各地で起こったことを詳細に記憶(記録も)している。刑務所内の人間関係や雰囲気についての洞察が深く、Paix2二人の記憶と印象を合体させると、全国の刑務所像についての立派な論評ができあがる。事実刑務所に勤務する方、あるいは法務省関係者でも全国全ての刑務所への訪問経験のある方は彼女らをおいてはいないだろう。

今回の取材を通して印象的だったのは、彼女たちのハードワークと、ハートワークだ。限られた時間と規則の中に彼女たちが重ねる思いを詰め込む作業は、常人にはまねることのできない「荒業」ですらある。

そんな緊張感の逆にこんな本音があった。コンサート前日設営を終えて、音合わせをするお二人を、お手伝いの刑務官の方々が体を揺らしながら見ていた。

「こういういイベントは貴重でしょうか」と聞くと、
「いやー自分は大ファンでしてね。楽しみで楽しみで(この間表情崩れっぱなし)。2年ぶりに逢えて本当に嬉しいんですよ。自分は刑務官向いてないのかもしれません」。
「『受刑者のアイドル』と言われていますけど刑務官にはファンがたくさんいます『刑務所のアイドル』です」
私たちにもめったに見せない刑務官の方々の笑顔は、底抜けに明るかった。

最後列には車椅子の受刑者の方々もいた

コンサートを終え、ワゴンに乗り込み東京に向かって出発したのは13:00をまわっていた。当然皆さんお腹が空いている。千葉刑務所近くのファミリーレストランで昼食をとることになった。食事をはじめてほどなくManamiさんが切り出した「終わったから言いますけど、昨夜から熱があって、今朝も38度くらいあったんです」、「え!」と片山マネージャーと私は声を挙げた。

しかし、さすがというべきか、看護師の経験と資格を持つMegumiさんは常備している薬の中から適切な薬をManamiさんに朝服用させていたそうだ。「飲んだのが8時だから、そろそろ切れてくる時間だね。一応風邪薬も飲んでおいて」と漢方薬を手渡す。食後ぐったりするManamiさんの姿を見て「インフルエンザじゃないでしょう。インフルエンザならこんなに落ち着いてないはずだから」。見事なチームワークだ。

 
 

12月13日17:00から法務大臣による表彰が行われた。大臣室で金田勝年法相は彼女らの到着を待つ間に「『元気出せよ』は何年の発売だったっけ?」と、法務省職員に問いかける。「大臣お詳しいですね」と声をかけると、「代表曲だから知っとかないと失礼にあたるからね」とかなり詳しいご様子だ。

職員の方が彼女らの到着まじかになると、インストロメンタル版の「元気出せよ」を小音量で流し始めた。お堅い印象の法務省の表彰式にしては、粋な優しい心づかいだ。

正装したPaix2のお二人が大臣室に入室して早速表彰が行われた。大臣表彰などそうそう経験するものではないだろうが、実はPaix2にとってはこれが3回目でお二人も堂々とした様子だった。

Paix2の前人未踏の旅はまだまだ続く。「プリズンコンサート」から「矯正」の大切さへの周知をも視野に入れた活動は、大きな歓声や派手な観客のアクションのない中、受刑者の心の中に輝きをともし、感涙を誘う。地道な偉業には頭の下がる思いしかない。

 

▼田所敏夫(たどころ としお)
兵庫県生まれ、会社員、大学職員を経て現在は著述業。大手メディアの追求しないテーマを追い、アジアをはじめとする国際問題、教育問題などに関心を持つ。※本コラムへのご意見ご感想はメールアドレスtadokoro_toshio@yahoo.co.jpまでお寄せください。

Paix2『逢えたらいいな―プリズン・コンサート300回達成への道のり』(特別記念限定版)
『NO NUKES voice』第10号[特集]原発・基地・震災・闘いの現場
 
商業出版の限界を超えた問題作!

昭和のキック、絶対王者への道! 武士シリーズ vol.5 とSOUL IN THE RING 14

チャンピオンたちがそれぞれ先を目指した中での意地の勝利。村田裕俊(八王子FSG)はタイ修行成果でライバル・高橋一眞(真門)を破って王座戴冠した自信と次なるメジャーリングへの野望。勝次(藤本)は歴代先輩チャンピオン記録に迫り、追い抜く目標と共にラジャダムナン王座を目指す。

村田裕俊vs優介。村田の得意の組んでのヒザ蹴りが主導権を奪った(2016年12月10日)
村田裕俊vs優介。ヒジで切られた優介だが、反撃及ばず村田に屈す(2016年12月10日)

◎武士シリーズ vol.5
12月10日(土)後楽園ホール17:30~
主催:日本キックボクシング連盟 / 認定:NKB実行委員会

◆NKBフェザー級タイトルマッチ 5回戦(過去3戦して1勝1敗1分)

チャンピオン.村田裕俊(八王子FSG/56.9kg)vs 同級2位.優介(真門/56.9kg)

勝者:村田裕俊 / KO 5R 2:36 / カウント中のタオル投入
主審:前田仁

村田は長身を利したヒザ蹴りで優位に立ち、優介が懸命に攻めてもその踏ん張りを許さず、村田は以前より自分の距離に持っていくのが上手く、ヒジで切ってパンチでダウンを奪い、優介陣営の棄権を誘い込むTKO勝利。

安田一平vsSEIITSU。SEIITSUも8年前に王座挑戦の経験を持つベテラン。安田も気を抜けなかった中、パンチで何とか勝る(2016年12月10日)

◆67.0kg契約5回戦

NKBウェルター級チャンピオン.安田一平(SQUARE-UP/67.0kg)vs 同級6位.SEIITSU(八王子FSG/66.55 kg)

勝者:安田一平 / 判定3-0 / 主審 川上伸
(副審 佐藤友章48-47. 亀川48-46. 前田48-46)

強いパンチを持つ安田が積極的に攻め、3ラウンドには左フックとパンチ連打での2度のダウンを奪い、試合ストップかと思わせるほどだったが、4ラウンドにはSEIITSUの左ハイキックを貰ってしまい、5ラウンドへ引きずって更にハイキックを貰ってダウンする安田。勿体無い逆転を許すも前半の稼ぎで何とか判定勝利。

◆ウェルター級 3回戦

NKBウェルター級2位.岡田拳(大塚/66.2kg) vs 3位.塚野真一(拳心館/69.35kg)
勝者:岡田拳 / KO 3R 2:10 / 3ノックダウン
主審:鈴木義和

次期挑戦権を持つ約7年前のチャンピオンの岡田が序盤はやや苦戦も3ラウンドにパンチとローキックで3度のダウンを奪う圧勝で前哨戦を飾る。

◆ウェルター級 3回戦

NKBウェルター級8位.野口大輔(テツ/66.0kg) vs 9位.上温湯航(渡辺/66.2 kg)
勝者:上温湯航 / 判定1-2 / 主審:佐藤友章
(副審:川上29-29. 佐藤彰彦29-30. 前田29-30)

◆ライト級3回戦

NKBウェルター級5位.マサ・オオヤ(八王子FSG/62.5kg) vs NKBライト級8位.洋介(渡辺/62.3kg)
勝者:洋介 / TKO 1R 2:02 / カウント中のレフェリーストップ
主審:鈴木義和

他、7試合を割愛しています。

岡田拳vs塚野真一。岡田、7年前のチャンピオンのパンチ復活!(2016年12月10日)
江幡睦vsクルンシン。すべてがキレる技、ハイキックも打倒ムエタイへ自信あり(2016年12月11日)

◎SOUL IN THE RING14
12月11日(日)後楽園ホール17:00~
主催:藤本ジム / 認定:新日本キックボクシング協会

◆54.0kg契約 5回戦

WKBA世界バンタム級チャンピオン.江幡睦(伊原/53.75kg) vs クルンシン・ペップームムエタイ(タイ/52.3kg)
勝者:江幡睦 / KO 2R 2:43 / カウント中のタオル投入
主審:仲俊光

いよいよ煮詰まってきた最高峰へ再構想を描く江幡ツインズ。この日の睦も圧勝で昨年3月のラジャダムナン王座挑戦失敗から6連勝。以前からアピールするとおり、来年の最高峰再挑戦の計画が進んでいるところでしょう。パンチとローキックの冴えは抜群の技。少々の被弾もまともには喰わない。隙を見つけ、ボディブローによる2度のダウンで勝利を掴む。

江幡睦vsクルンシン。先手必勝、パンチも当て勘抜群(2016年12月11日)
勝次vsジョニー・オリベイラ。沢村忠のような形相でハイキックを繰り出す勝次、似ている!(2016年12月11日)

◆日本ライト級タイトルマッチ 5回戦

チャンピオン.勝次(藤本/61.23kg) vs 日本ライト級4位.ジョニー・オリベイラ(トーエル/60.8kg)
勝者:勝次 / KO 2R 1:54 / テンカウント
主審:椎名利一

メインイベントは江幡睦でも、注目となったのは勝次の防衛戦。勝次は半年に一度のペースで防衛を重ねるキック本来の道を進む老舗の拘り。過去4戦3勝1分の相手だが、諦めない積極ファイトを展開するジョニー・オリベイラに、勝次が更に積極性で上回った。

第1ラウンドにパンチからヒザ蹴り、更に飛びヒザ蹴りでダウンを奪い、2ラウンド目には威嚇して顔面ガード空いたところに右ヒジ打ちでテンカウントを聞かせる圧倒勝利。防衛ごとに踏み込む勢いが増してきた勝次。目黒ジムを継承する藤本ジムでは過去、ライト級で石井宏樹が8度、ミドル級で松本哉朗が6度防衛した記録が新日本キックには残ります。

このまま防衛記録を伸ばすにしてもラジャダムナン王座に挑むにしても、注目を集める存在の勝次。ラジャダムナン・ライト級チャンピオンは梅野源治(PHOENIX)が居て、日本人的には好カード。しかし、タイ現地でやるべきタイトルであり、挑戦権争いでも狭き門の殿堂王座であります。

勝次vsジョニー・オリベイラ。初回早々から飛ばした勝次の前蹴り命中(2016年12月11日)
緑川創vsイッキュウサン。蹴られても攻める意欲は緑川の力(2016年12月11日)
緑川創vsイッキュウサン。我慢比べで優った緑川の攻勢(2016年12月11日)

◆70.0kg契約 5回戦

緑川創(元・日本W級C/藤本/70.0kg) vs イッキュウサン・ペップームムエタイ(タイ/69.15kg)
勝者:緑川創 / TKO 5R 2:10 / カウント中のレフェリーストップ
主審:少白竜

初回から様子見のパンチとローキックで攻める緑川だが、重たくしぶといタイ選手の手数も減らず、3ラウンドにはヒジ打ちを貰って額を切られる瞬間もあるも、緑川はやや攻勢が増し、4ラウンドに更に勢いづいた緑川が第5ラウンドに左ボディブローから左ヒザ蹴りでようやく沈める。

◆68.0kg契約3回戦

日本ウェルター級チャンピオン.渡辺健司(伊原稲城68.0kg) vs レック・エイワジム(エイワスポーツ/68.0kg)
引分け / 0-1 (29-29. 29-30. 29-29)

◆73.0kg契約3回戦

日本ミドル級チャンピオン.斗吾(伊原/73.0kg) vs コーンリーチ・エスジム(カンボジア/72.7kg)
引分け / 0-1 (29-29. 29-29. 29-30)

他、6試合を割愛しています。

◆取材戦記

12月5日のKNOCK OUT興行が終ってのふたつの興行でした。特に日本キック連盟興行では「KNOCK OUT」を意識した、マイクによる発言で目指す先が見えてきて、「そこに出るんだ」といった意識を感じます。新日本キック協会ではその類いの発言は無いものの、最高峰への意欲は以前より増しています。

緑川創と対戦した“イッキュウサン”は同名のタイ選手が存在するそうで、最近、ややこしいタイ選手名が増えています。第2試合に出場し、皆川裕哉(藤本)に判定で敗れたラジャサクレック(タイ)も同名のラジャサクレック・ソー・ワラピン(タイ)が居て、うっかりすると扱いに困ります。外国人選手名は通常使われるリングネームが当然としても、すべてパスポートから分かる本名も付随して欲しいものです。

私(堀田)は最近でも在日タイ人元選手で、レフェリーを務めるソンマーイ・ケーウセーン氏をチャンデー・ソー・パランタレー氏と顔が似ていて間違えていたことがありましたが、最近のタイ選手名には戦歴経歴にも気をつけなければならないマスコミ陣であり、直接選手に聞く事が確実で、キック取材に於いては英語とタイ語は学んでおいた方が良さそうなこの頃であります。

[撮影・文]堀田春樹

▼堀田春樹(ほった・はるき)

フリーランスとしてキックボクシングの取材歴32年。「ナイタイ」「夕刊フジ」「実話ナックルズ」などにキックのレポートを展開。ムエタイにのめり込むあまりタイ仏門に出家。座右の銘は「頑張るけど無理しない」

『NO NUKES voice』第10号[特集]原発・基地・震災・闘いの現場
タブーなきスキャンダルマガジン『紙の爆弾』2017年1月号!
『反差別と暴力の正体――暴力カルト化したカウンター-しばき隊の実態』

2016年の死刑判決──6人の死刑が新たに確定した裏で報道されない諸問題

私は近年、死刑事件の取材にも取り組んでいるが、今年は新たに高見素直、高橋明彦、伊藤和史、浅山克己、千葉祐太郎、筒井郷太という6人の被告人に対する死刑判決が裁判で確定した。私はこのうち、高橋、伊藤、千葉、筒井の4人について、面会や手紙のやりとりをするなどの取材をしており、高見についても最高裁であった弁論を傍聴している。どの事件にもマスコミ報道されていない問題があったので、ここで報告しておきたい。

高見素直死刑囚が収容されている大阪拘置所

◆本当に責任能力があったか疑問の高見素直

まず、高見について。殺人事件の裁判では、明らかに重篤な精神障害を持つようにしか思えない被告人に対し、あっさりと責任能力が認められ、刑罰が科されているケースが少なくない。高見がまさにそうだった。

高見は2009年7月、大阪市でパチンコ店の店内にガソリンをまいて火を放ち、5人を焼死させた。その動機は詳しく報道されていないが、本人は裁判でこう訴えていた。

「自分に起こる不都合なことは、自分に取り憑いた『みひ』という超能力者や、その背後にいる『マーク』という集団の嫌がらせにより起きています。世間の人たちもそれを知りながら見て見ぬふりをするので、復讐したのです」

こんな奇想天外なことを言っているだけに、高見については捜査段階から3人の医師が精神鑑定を実施している。その中には、高見が統合失調症妄想型だと診断し、「善悪の判断をし、それに従って行動することは著しく困難だった」との見解を示した医師もいた。また、私が今年1月に傍聴した最高裁の弁論では、弁護側は高見が事件から6年半が経過してもなお「今も『みひ』はそばにいる」と言っていることを明らかにした。結果、最高裁は、「精神症状が及ぼした影響は大きなものではない」と断定し、高見の死刑を確定させたのだが、私は高見に責任能力があったと言えるのか、今も疑問を拭い去れないでいる。

髙橋明彦死刑囚と千葉祐太郎死刑囚が収容されている仙台拘置支所

◆裁判員も死刑に否定的だった髙橋明彦

2012年に福島県の会津美里町で夫婦を殺害し、現金などを奪った髙橋明彦については、本人の裁判以上に裁判員が起こした裁判が注目を集めた珍しいケースだった。髙橋は2013年3月、福島地裁郡山支部であった裁判員裁判で死刑判決を受けているのだが、この裁判で裁判員を務めた女性が「審理中、血の海に横たわる遺体の写真を見せられるなどして、急性ストレス障害になった」などとして国に慰謝料など200万円を求めて提訴したのだ。

この国賠訴訟は結局、女性の敗訴に終わったが、実は女性はこの国賠訴訟で、評議の杜撰な内幕を訴え、死刑判決が出たことに否定的な見解を示していた。具体的には、次のように。

「死刑判決を下したことに間違いはなかったのか、反省と後悔と自責の念に押しつぶされそうです」(女性が控訴審で提出した陳述書より)

このようなことはまったく報道されないまま、高橋は今年3月に上告を棄却され、死刑判決が確定した。裁判員が賛同しない死刑判決が確定してしまったことは本来、裁判員制度を続けるうえでも大きな問題として検証されるべきことだろう。

伊藤和史死刑囚が収容れている東京拘置所

◆最高裁裁判官たちも死刑確定に後ろめたそうだった伊藤和史

一方、伊藤については、4月18日付けの当欄で取り上げたが、2010年に長野市であった一家3人殺害事件の首謀者とされている。だが、事件前には被害者らから奴隷的な拘束を受けており、明らかに同情の余地がある被告人だった。

そんな伊藤に対し、最高裁は4月26日、伊藤の上告を棄却し、死刑を確定させた。この時、マスコミはまったく報道していないが、最高裁は判決で「動機、経緯には、酌むべき事情として相応に考慮すべき点もある」と述べざるをえなかったほどで、裁判官たちが死刑を確定させることに後ろめたい思いを抱いていることが窺えた。げんに判決朗読後、傍聴席からは裁判官に「お前ら同じ立場になってみろ!」と罵声が飛んだが、この時、裁判官らが逃げるように法廷を出ていく様子は非常に印象的だった。

◆裁判で事実誤認の疑いが浮上していた千葉祐太郎

千葉祐太郎については、今年6月に最高裁に上告を棄却された際、犯行時少年だった被告人に対する裁判員裁判の死刑判決が初めて確定する事例として話題になった。私は祐太郎とも面会や手紙のやりとりをしていたが、祐太郎の裁判では、明らかに事実誤認の疑いが浮上していた。

確定判決によると、祐太郎は2010年2月、交際していた女性A子さん(当時18)宅に押し入り、A子さんとの交際に反対するA子さんの姉(同20)やA子さんの友人女性(同18)を持参した牛刀で刺殺。さらに居合わせたA子さんの姉の知人男性(同20)も胸を牛刀で刺して重傷を負わせたとされた。この一連の犯行に「計画性」と「残虐性」が認められたことが、死刑が選択された大きな要因だった。

しかし実を言うと、祐太郎は裁判で「A子の家に行くまでは誰も殺すつもりはなかった。牛刀は、A子と話すのをA子の姉に邪魔されたら脅すために持参していた」と殺害の計画性を否定。A子さんの姉に警察に通報されそうになって頭が真っ白になり、知らないうちに3人を殺傷してしまったのだと主張していた。そして実を言うと、こうした千葉死刑囚の主張を裏づける事実が裁判で示されていたのだ。

まず、千葉死刑囚はA子さん宅に入る前に玄関のチャイムを押しており、殺害行為に及ぶ前にA子さんらと会話をしていたことも明らかになっている。これらは、事前に殺害を計画していた犯人の行動としては不自然だ。

また、A子さんの姉に警察に通報されそうになり、頭が真っ白になったという主張についても、精神科医の鑑定により裏づけられていた。千葉被告は犯行時、自分が自分であるという感覚が失われた「解離性障害」に陥っていたというのだ。解離性障害に陥る者の多くは幼少期に親から虐待を受けているが、千葉死刑囚もそうだったという。

この事件は上告審段階で大弁護団が結成されており、確実に再審請求がなされる事案だ。今後の行方も要注目だ。

筒井郷太死刑囚が収容されている福岡拘置所

◆「無罪妄想」の可能性を感じさせた筒井郷太

最後の筒井郷太は、いわゆる「長崎ストーカー殺人事件」と呼ばれる事件の犯人だ。2011年12月、長崎県西海市にある交際女性の自宅に押し入り、女性の母と祖母を殺害した容疑で検挙され、今年7月、最高裁に上告を棄却されて死刑判決が確定した。

筒井は裁判で無実を訴えているが、有罪証拠は揃っており、冤罪の心配はまったくない事案だと言っていい。ただ、私はこの筒井と面会や手紙のやりとりをしながら、筒井本人は自分のことを本気で無実だと思い込んでいるのではないかと感じることがあった。東京拘置所の元精神科医官で、作家の加賀乙彦が言うところの「無罪妄想」ではないかと私は考えているのだが、そのことについては稿を改めて報告させてもらいたい。

死刑判決が出るような重大事件でもマスコミが報道せず、知られていない事実は少なくない。2017年も当欄では、そういう知られざる事実を随時報告していきたい。

▼片岡健(かたおか けん)
1971年生まれ、広島市在住。全国各地で新旧様々な事件を取材している。

「絶望の牢獄から無実を叫ぶ ―冤罪死刑囚八人の書画集―」(片岡健編)
『NO NUKES voice』第10号[特集]原発・基地・震災・闘いの現場
タブーなきスキャンダルマガジン『紙の爆弾』2017年1月号!

ASKAさんのドライブレコーダー映像を流出させたタクシー会社の反社会性

タクシーに安心して乗れる日は来るのだろうか? 11月28日、歌手のASKA(58)が覚せい剤取締法違反で再び逮捕された(12月19日、不起訴処分・釈放)。その際にワイドショー等で報道されたタクシー内のドライブレコーダー映像はいまだに注目を浴びている。ネット上をはじめとして「映像流出は乗客のプライバシー保護の点で問題だ」との批判が噴出している。

三陽自動車交通HPに掲載された「お詫び」

件の映像を流出させたのは三陽自動車交通株式会社(東京都江東区)である。同社は取材に対し「担当者が不在で対応できない」とのことだったが、同社が所属するタクシー会社加盟団体チェッカーキャブは取材に応じ、「ドライブレコーダーは乗務員が見たり持ち出したりできるものではなく、会社の役員レベルが複数人で取り扱うものです。なので、今回の件は会社ぐるみだったと言って間違いありません。詳しい経緯が明らかになった後、映像流出に対しグループとして同社を厳罰に処す予定です」と語った。

タクシー会社全体の質に疑いの目が向けられかねない今回の事態。全てのタクシー会社が危険、というのは暴論にも思える。しかし一部のタクシー業界関係者には反社会的な面もあるようだ。暴力団事情に詳しい、作家の影野臣直氏は語る。

「ヤクザを辞めてタクシー運転手になる人は多いですよ。この前もたまたまタクシーに乗った人が元ヤクザでした。関西方面にはよく元ヤクザのタクシー運転手に出くわします。まあそんなに堅気の上司と顔を合わせることもないし、時間も選べるので元ヤクザには向いているのでは? 映画『仁義なき戦い』でもタクシー会社を経営しているヤクザが出てきましたのでやはり歴史的なものがあるでしょう」

乗り込んだタクシーの運転手が元ヤクザということはあり得るわけだ。過去には元ヤクザのタクシー運転手がタレントを脅迫したという事件も実際にあり、恐怖感はぬぐえない。またASKA逮捕報道の際に流れた映像で明らかになったように本来、安全なタクシー運行のため設置されているドライブレコーダー映像が、カップルのエッチ画像の流出など別の用途で使われることもあるから危険だ。

一般社団法人東京ハイヤー・タクシー協会は「今回の報道でタクシー業界に厳しいご意見が寄せられていることは承知しています。ただ大多数のタクシー会社は適正な業務に従事しています。お客様に安心してタクシーを利用していただけるよう一層邁進していくのみです」としている。タクシー業界全体の一刻も早いイメージの是正が待たれる。

(伊東北斗)

とどまることなく繰り返される芸能人の薬物事件! 過去から最近の事例まで網羅した決定版!『芸能界薬物汚染 その恐るべき実態』
 
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タブーなきスキャンダルマガジン『紙の爆弾』2017年1月号!

《本間龍13》各地で復活している「原発翼賛シンポジウム」

311以前、全国で展開されていた原発翼賛広告=原発広告は福島第一原発事故の発生で一斉に姿を消したが、2013年頃から福井(関電)、新潟(東電)、静岡(中電)、青森(原燃)の各県で復活して来た。いずれも県内に原発や関連施設があるためだが、それに従って、「原発翼賛シンポジウム」も復活して来ている。これは主に経産省や県、電力会社が主催し、原発ムラに所属する専門家やタレントがパネリストとして参加する。しかし、シンポジウムとはいえ反対意見の人間は一切呼ばれないから、実際はただの原発翼賛集会だ。従って集まる観客もムラ関係企業からの動員が大半で、まともな質問も出ない。NUMOが全国各地でやっている放射性廃棄物の地層処分を呼びかける講演会と同じである。

◆ローカルメディアのおいしい収入源

こうしたシンポジウムの開催は、各地のローカル新聞社やテレビ局にとって大変おいしい収入源になっている。開催が決まれば共催社となって数ヶ月前から開催告知広告を何度も掲載するが、当然その広告費は主催者から頂戴する。シンポジウム会場も新聞社が手配するが、その際の会場使用料、設営費や実施費も手に入る。そしてシンポジウム開催翌日にはそれを独占記事にする。

さらには、そのシンポの内容を10~15段の記事風広告にして、その制作費と掲載料も頂くこともある。また、資本関係にあるローカルテレビ局は開催告知スポットCMを放送し、その放送料を頂く。出演者の手配や進行は主催者側がやるから、自分たちは元手をかける必要がない、楽に稼げるシステムが確立しているのだ。

しかし、記事風広告はわざと記事と広告の境目を曖昧にした体裁だから、それを記事だと誤認して読んでしまう読者も多い。さらに記事やニュースとして扱うことにより、まるできちんとした議論が行われているかのような錯覚さえ与える。そうした危険性を百も承知でやっているのだから、協力するローカルメディアも非常に罪深い。

◆福井新聞に「記事」として紹介された「翼賛シンポ」

2016年12月12日付福井新聞より

そうしたシンポの典型例が、12月11日に福井で開催され、それが翌日の福井新聞に「記事」として紹介された。しかし、その論調は完全に推進側の発言のみで、広告と何ら変わらないひどさであったので、紹介しよう。
2016年12月12日付福井新聞より

同シンポは原発の40年を超す運転をテーマに、福井県環境・エネルギー懇話会主催、資源エネ庁と関電担当者が出席、参加者も交えたパネルディスカッションもおこなわれたという。資源エネ庁の多田次長が「全ての原子炉を運転開始から40年で廃炉とすると、エネルギー基本計画で定める原発比率「20~22%」をクリアできないと説明。

また関電関係者は、原発のソフト、ハード面の対策を強化し「40年超のプラントも、最新のプラントと同一の基準で安全性を確認している」などと語ったらしい。しかしこれは恐ろしい詭弁である。40年前に作ったものが最新の製品と全く同じ品質を保てるなど、科学的にあり得ない。もしそんなことが可能なら、原発の安全検査など必要ないではないか。こういうトンデモ発言に全く反論がないのが、こういうシンポの特徴でもある。

さらに、県内の経済界・消費者・立地自治体・若者(どのようなカテゴライズなのか不明)の代表者4人がパネルディスカッションを実施。原発の40年超運転について「分かりやすい情報に基づいて国民一人一人が問題を咀嚼(そしゃく)し、建設的な議論を」(鈴木早苗・県地球温暖化防止活動推進員)、「安全性向上のため事業者に努力してもらい、規制する側はしっかりと規制してほしい」(田中康隆・高浜町商工会会長)、「人口減少時代に全原発を40年で止めると、発電コストが上昇する一方だ」(進藤哲次・ネスティ社長)と発言した。

◆311以前と変わらぬ発言をデジャヴのように繰り返す

原発翼賛シンポならではの酷さだが、あの甚大な原発事故を経験したというのに、311以前と全く変わらぬ発言を並べる人々を見ると、昔のシンポ広告を見ているような既視感を覚える。「分かり易い情報に基づいて」などと言うが、原発ムラがそんなものを出したことは一度もないし、「国民一人一人が問題を咀嚼して議論を」などというのなら、直近の世論調査で国民の7割近くが原発に反対という結果が出ている。国民はとっくに咀嚼済みで結論を出しているのだ。また、安全性向上のために事業者が努力をするのは当たり前である。それでも福島の事故は起きたことを忘れてはならない。また、「しっかり規制」しなどしたら、日本では原発を動かすことなど出来はしない。

さらに最後のネスティ社長の発言など、昨今の原油安で殆どの原発が停止中にも関わらず、全ての電力会社が黒字になったのを知らないらしい。人口減少と原発停止による発電コストとは何の関係性もない。要するにどれもこれも、反論がないことを良いことに、自分たちに都合のいい発言をしているに過ぎない。

そして最後の若者?代表の発言には唖然とした。『福井大生の青山泰之・ふくい学生祭元実行委員長は「専門家が考え、決めたことは信じるしかない」』と発言したらしいが、大学生が自分で考えることを放棄して御用専門家を「信じるしかない」などと口にするとは、呆れを通り越して福井大のレベルが心配になる。その御用連中の言葉を信じたばかりに原発事故が起きたのを知らないのだろうか。利権にまみれた大人たちは既に手遅れだが、前途ある学生には、是非拙著や『NO NUKES voice』を読んで欲しいと願うものだ。

▼本間龍(ほんま りゅう)
1962年生まれ。著述家。博報堂で約18年間営業を担当し2006年に退職。著書に『原発プロパガンダ』(岩波新書2016年)『原発広告』(亜紀書房2013年)『電通と原発報道』(亜紀書房2012年)など。2015年2月より鹿砦社の脱原発雑誌『NO NUKES voice』にて「原発プロパガンダとは何か?」を連載中。

『NO NUKES voice』第10号 本間龍さん連載「原発プロパガンダとは何か?」〈8〉新潟知事選挙と新潟日報の検証!
タブーなきスキャンダルマガジン『紙の爆弾』2017年1月号!
 
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報じられない「被害者」たちの覚せい剤中毒 第2次再審請求の本庄保険金殺人事件 

当欄で繰り返し冤罪疑惑を伝えしてきた本庄保険金殺人事件で、八木茂死刑囚(66)は11月28日、再審請求特別抗告審で最高裁に無実の訴えを退けられ、再審が開かれないことが確定した。しかし12月6日、弁護団はさいたま地裁にすぐさま2度目の再審請求を行い、再審無罪を目指す闘いの第2ラウンドが始まった。今後注目度が高まると予想されるのが、ある「被害者」たちのタブー情報だ。

確定判決で殺害に使われたとされている風邪薬

◆「風邪薬で殺害」を専門家が否定

埼玉県本庄市で金融業を営んでいた八木死刑囚は1999年の夏、マスコミ報道により債務者たちに保険をかけて殺害していた疑惑が表面化。一貫して無実を訴えたが、2008年に最高裁で死刑が確定した。確定判決によると、八木死刑囚は95年に元行員の佐藤修一氏(当時45)を保険金目的でトリカブトで殺害。さらに98年から99年にかけ、元パチンコ店店員の森田昭氏(同61)、元塗装工の川村富士美氏(同38)の2人に保険金目的で大量の風邪薬と酒を飲ませ、森田氏を殺害、川村氏には急性肝障害などの傷害を負わせたとされた。

しかし、死刑確定後に再審請求すると、トリカブトで毒殺されたとされる佐藤氏について、計3人の法医学者が死因を再鑑定したうえで「溺死」と判定。「佐藤氏は川で自殺した」という弁護側の主張が裏づけられる形となった。

結局、東京高裁は「鑑定結果に依拠できない」と八木死刑囚の無実の訴えを退け、最高裁も同高裁の判断を支持し、八木死刑囚の再審請求は実らなかった。しかし、このほど行われた第2次再審請求で提出された「無罪の新証拠」は興味深いものだ。それは、大量の風邪薬と酒で殺害されたとされる森田氏について、病理学の専門家が服薬と死亡の因果関係が認められないとした鑑定書だというのだが、これを私が興味深く感じる理由は大きく2点ある。

◆検証されていない「覚せい剤で死んだ可能性」

1点目は、確定判決で認定された森田氏に対する八木氏らの殺害の実行方法がそもそも不自然だったことだ。確定判決によると、森田氏は川村氏と共に八木死刑囚の愛人だった武まゆみ受刑者(49)=無期懲役が確定して服役中=から9~11カ月に渡り毎日20~30錠の風邪薬を酒と一緒に飲まされ、体を弱らせて死亡したとされている。武受刑者は2人に「健康食品」と偽る手口で風邪薬を飲ませていたとされるが、大の男がこれほどの長期間、逃げも隠れもせず、体を弱らせながら風邪薬を飲み続け、死んでしまうというのは非現実的である。

2点目は、マスコミはほとんど報道していないが、森田氏と川村氏の2人が事件当時、実は覚せい剤中毒に陥っていたことだ。覚せい剤を過剰に摂取すれば、体調が悪くなり、死ぬこともある。それは一般常識だ。しかし、八木氏の裁判では、森田氏が死んだり、川村氏が体を壊した原因が覚せい剤の摂取にあった可能性がまったく検証されていない。それだけに森田氏の死亡と服薬の因果関係を否定する医学的な鑑定結果が示された意味は大きい。今後、森田氏と川村氏の体調悪化の原因が覚せい剤だった可能性も検証されるべきだろう。

八木死刑囚の金融会社事務所は取り壊されて更地に
弁護団のブログ。事件の情報が随時報告されている。http:www.itsuwarinokioku.jp

◆「被害者」への過剰な配慮で隠されてきた真相

さて、このような指摘をすることに対しては、「被害者のプライバシー」の観点から問題があるのではないかと考える人もいるのだろう。森田氏や川村氏が覚せい剤中毒者だった事実について、マスコミがほとんど報じないのもそのためだと思われる。このように「被害者のプライバシー」が過剰に配慮されるあまり、真相が隠されてきたのもこの事件の特徴だ。

実を言うと、計3人の法医学者が「溺死」だと判定した佐藤氏についても、死の真相がトリカブトによる毒殺ではなく、自殺だったと示す事実は法医学者らの鑑定結果だけではなかった。佐藤氏は川で死んでいるのが見つかった当時、多額の借金を抱えたうえに胃癌に冒され、さらに遺書まで残していたのだ。こういう事実も「被害者のプライバシー」に配慮し、隠していたのでは、公正な裁判が行われている否かを国民は監視できないだろう。

そもそも、この事件の被害者とされている男性3人については、本当に被害者なのか否かというところから事実関係に争いがある。だからこそあえて、もう一度言おう。八木死刑囚に大量の風邪薬と酒で殺害されたとされる「被害者」たちは覚せい剤中毒者だったのである。

▼片岡健(かたおか けん)
1971年生まれ、広島市在住。全国各地で新旧様々な事件を取材している。

「絶望の牢獄から無実を叫ぶ ―冤罪死刑囚八人の書画集―」(片岡健編/鹿砦社)
『NO NUKES voice』第10号[特集]原発・基地・震災・闘いの現場
 
商業出版の限界を超えた問題作!

千葉刑務所でPaix2(ぺぺ)プリズンコンサート400回記念公演を密着取材!

千葉刑務所を囲む高い壁
千葉刑務所正門に到着
千葉刑務所に入るPaix2のワゴン
テレビクルーと共にステージに向かう

刑務所を中心とした本格的な「プリズンコンサート」を2000年から継続してきたPaix2(ペペ)が12月10日、千葉刑務所で400回目の偉業を達成した。

かねてよりPaix2の活動に共感し彼女らの著作『逢えたらいいな』を出版していた鹿砦社は、関係各氏のご協力を得て、今回記念すべき400回目の「プリズンコンサート」に密着取材の許可を得た。

12月9日、片山マネージャーがハンドルを握るワゴンに都内から同乗させて頂き、翌日の音響設備設定とリハーサルを行うべく、千葉刑務所に向かう。助手席にMegumiさん、運転席後ろの後部座席にManamiさんが座るのが定位置だそうだ。

よほどのことがない限り、片山マネージャーがハンドルを握るが、どうしても眠い時は運転をManamiさんに変わることもあるという。これまで全国すべての刑務所を訪れ、総走行距離は120万キロを超えるそうだ。重い機材の積載と長距離の走行で車の消耗も激しく、現在のワゴンは4台目だ。

Paix2が千葉刑務所で「プリズンコンサート」を行うのは今回で5回目だ。千葉刑務所の壁面が見えてくるとManamiさんが「あ!ここ」と小さく呟いた。「やはり現場に着くと気持ちが変化しますか」と伺うと「そうですね。やっぱり気持ちが入りますね」と笑みを浮かべる。正面入口にワゴンが到着すると、明治40年に建てられた煉瓦造りの中央の柵が開き敷地内に通された。

刑務官の方々が左右から「お疲れ様です」「よろしくお願いいたします」と声を掛けて来る。

Paix2が刑務所、法務省関係者の間では既に「特別な存在」と認知されていることが、正門での応対からも伺えた。とは言え、刑務所内に通信機器(携帯電話やパソコンなど)は持ち込めないので、全員が携帯電話を門衛所に預ける。

会場となる体育館近くに駐車したワゴンに、刑務官の方々が台車を次々に押しながらやって来る。ワゴンは4人乗って快適な広さがあったけれども、その後ろにはアンプ、スピーカー、ミキサーなどコンサートで使われるすべての機材が搭載されていた。しかもそれらは寸分の隙間もなく空間を残さずに詰め込まれているので、一見するとそのような大量の荷物が載せられているようには全く見えない。

片山マネージャー、Paix2のお二人は刑務官の方々の手助けを部分的に得ながらも、三人で設営を進めてゆく。物理的かつ技術的にも目配りしなければならない緻密な重労働を限られた時間でこなしてゆく。私も何かお手伝いをしたいと思ったが、彼女らの驚嘆すべき手際の良さと、緊張感に圧倒され、ついに声をかけることができなかった。

設営後は音あわせとリハーサルも行わなければならない。Paix2の活動が単に400回という数字以上に、いかに激烈なものであったのかを設営の場面からも痛感し、そのパッションに圧倒された。会場最後部に設けられたミキサーや調整機材が置かれた机の複雑な配線を終えると、片山マネージャーの合図でリハーサルが始まった。翌日のコンサートで演奏される楽曲の順番にそって、ギターやマイク、音響のバランスをステージ上の二人は短時間で手際よく確認してこの日の作業は終了した。

本番前ステージ上の二人
受刑者の方々を前にいよいよ開演
400回記念公演を祝うパネルを背に歌うPaix2

翌12月10日はホテルを7時半に出発だ。事前にテレビ朝日とフジテレビから取材の要請があり、テレビのクルーがホテルの入り口に控えている。彼女たちがホテルを出てワゴンに乗り込むシーンから撮影を始める。私を含めた関係者はタクシーに乗りワゴンの後を追う。15分ほどで千葉刑務所正門に到着した。

既に取材許可は下りているので、この日は千葉刑務所に用意していただいた控室に通される。コンサート前の意気込みや、この日にかける気持ちをテレビ取材陣は質問するが、Paix2のお二人は、特に400回という数字に大きな思い入れはない様だ。というのも実は400回目のコンサートというのは、正確な数字ではない。過去に何度も同じ日に2回、3回のコンサートをこなした経験が彼女たちにはある。しかし、同日に複数回のステージをこなしたものも「1回」としかカウントしていないので、正確にはコンサート自体の数は400回を大きく上回る。

通常のコンサートは1時間から1時間半だが、彼女たちはその中に全精力を注ぎこむので、2回、3回のステージをこなしたあとは、気を失いそうになるほど心身のエネルギーを使い果たしたという。また刑務所の講堂や体育館には、ほとんど冷暖設備がない。そこに多い時には1000名以上の受刑者の皆さんがぎっしり席を埋めるので、夏期は当然猛烈な暑さとなる。だからPaix2は7月から9月の間には受刑者の方の体調も考慮してコンサートを行うことは控えているという。

コンサート開始午前10時が近づいて来たので、Paix2をはじめわれわれ取材陣も控室から会場の体育館に移動する。刑務所の中は建物の出入り口が必ず施錠されているので、いくつもの開錠、施錠を繰り返し、ようやく体育館に到着する。天気は快晴だ。会場後ろの入り口から入場すると、すでに受刑者の方々が着席している。この日取材陣が撮影を許可されたのは、会場最後部からだけだった。

午前10時になると、刑務官の方が注意事項を口頭で伝え、ステージに降りていた幕が上がり1曲目『いのちの理由』からコンサートが始まった。

通常、刑務所の慰問やコンサートで、受刑者の方は曲のはじめと終わりの拍手以外は一切の動きを禁じられている。横を向いてもいけないし、肩より上に手を上げることも禁止されている。もちろん私語は一切禁止だ。ちなみにこの日も受刑者の方はコンサート開始の直前まで、全員目を閉じるように指示を受けていた。

「元気出せよ」を歌い始めると、刑務所内では通常、許されないアクションが起る
400回記念公演の幕が閉じる
刑務所長から感謝状授与されるPaix2の二人
感謝状を手に

1曲目が終わるとManamiさんが「皆さん!おはようございます!」と観客席に声をかける。観客席からも「おはようございます」と控えめな声が上がる。本来「こんにちは」であっても私語に該当するので、厳密には許されないのだが、Paix2は前述の通り千葉刑務所だけで5回、トータル400回以上の活動実績があるので「特別」に挨拶や手拍子が許されるのだ。

ちなみに千葉刑務所は初犯で懲役10年以上の受刑者の方が収容されている施設だ。無期懲役の方も収容されている。だから受刑者の方の中にはPaix2を見るのが5回目という方も少なくない。

Manamiさんは「ちょっと元気ないですね。もう一回。皆さん! おはようございます!」と再度観客席に声をかける。先ほどよりかなり大きな「おはようございます!」の声が上がる。受刑者の方の中には初めてPaix2のコンサートを聴く方も当然いるので「私語」についての特別扱いが受刑者の皆さんに認識されると、徐々に拍手や手拍子も大きくなる。

この日のコンサートでは合計9曲をPaix2は歌い上げ、大拍手の中で成功裏に記念すべき第400回目、節目のコンサートは幕を下ろした。終了後控室に戻ったPaix2のお二人に朝日新聞、毎日新聞と私が20分ほどインタビューを行い、次いで、テレビ朝日、フジテレビの順でインタビューが続いた。

その間受刑者の方が退場した体育館では、あの膨大なPAやミキサーなどの後片付けを、片山マネージャーがお一人で完了していた。改めてその体力と手際の良さに驚かされた。

私は12月9日の東京出発から10日コンサート終了後東京帰着まで同行させていただいた。2日間で普段は見られないPaix2の活動のすさまじさと、人柄に接することができた。そして実はコンサートの最中にハプニングが起こっていたことを帰路知ることになる。詳細は次回報告しよう。

Paix2(左からManamiさん、Megumiさん)と二人を支える片山マネージャー(右)

▼田所敏夫(たどころ としお)
兵庫県生まれ、会社員、大学職員を経て現在は著述業。大手メディアの追求しないテーマを追い、アジアをはじめとする国際問題、教育問題などに関心を持つ。※本コラムへのご意見ご感想はメールアドレスtadokoro_toshio@yahoo.co.jpまでお寄せください。

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