私は近年、死刑事件の取材にも取り組んでいるが、今年は新たに高見素直、高橋明彦、伊藤和史、浅山克己、千葉祐太郎、筒井郷太という6人の被告人に対する死刑判決が裁判で確定した。私はこのうち、高橋、伊藤、千葉、筒井の4人について、面会や手紙のやりとりをするなどの取材をしており、高見についても最高裁であった弁論を傍聴している。どの事件にもマスコミ報道されていない問題があったので、ここで報告しておきたい。

高見素直死刑囚が収容されている大阪拘置所

◆本当に責任能力があったか疑問の高見素直

まず、高見について。殺人事件の裁判では、明らかに重篤な精神障害を持つようにしか思えない被告人に対し、あっさりと責任能力が認められ、刑罰が科されているケースが少なくない。高見がまさにそうだった。

高見は2009年7月、大阪市でパチンコ店の店内にガソリンをまいて火を放ち、5人を焼死させた。その動機は詳しく報道されていないが、本人は裁判でこう訴えていた。

「自分に起こる不都合なことは、自分に取り憑いた『みひ』という超能力者や、その背後にいる『マーク』という集団の嫌がらせにより起きています。世間の人たちもそれを知りながら見て見ぬふりをするので、復讐したのです」

こんな奇想天外なことを言っているだけに、高見については捜査段階から3人の医師が精神鑑定を実施している。その中には、高見が統合失調症妄想型だと診断し、「善悪の判断をし、それに従って行動することは著しく困難だった」との見解を示した医師もいた。また、私が今年1月に傍聴した最高裁の弁論では、弁護側は高見が事件から6年半が経過してもなお「今も『みひ』はそばにいる」と言っていることを明らかにした。結果、最高裁は、「精神症状が及ぼした影響は大きなものではない」と断定し、高見の死刑を確定させたのだが、私は高見に責任能力があったと言えるのか、今も疑問を拭い去れないでいる。

髙橋明彦死刑囚と千葉祐太郎死刑囚が収容されている仙台拘置支所

◆裁判員も死刑に否定的だった髙橋明彦

2012年に福島県の会津美里町で夫婦を殺害し、現金などを奪った髙橋明彦については、本人の裁判以上に裁判員が起こした裁判が注目を集めた珍しいケースだった。髙橋は2013年3月、福島地裁郡山支部であった裁判員裁判で死刑判決を受けているのだが、この裁判で裁判員を務めた女性が「審理中、血の海に横たわる遺体の写真を見せられるなどして、急性ストレス障害になった」などとして国に慰謝料など200万円を求めて提訴したのだ。

この国賠訴訟は結局、女性の敗訴に終わったが、実は女性はこの国賠訴訟で、評議の杜撰な内幕を訴え、死刑判決が出たことに否定的な見解を示していた。具体的には、次のように。

「死刑判決を下したことに間違いはなかったのか、反省と後悔と自責の念に押しつぶされそうです」(女性が控訴審で提出した陳述書より)

このようなことはまったく報道されないまま、高橋は今年3月に上告を棄却され、死刑判決が確定した。裁判員が賛同しない死刑判決が確定してしまったことは本来、裁判員制度を続けるうえでも大きな問題として検証されるべきことだろう。

伊藤和史死刑囚が収容れている東京拘置所

◆最高裁裁判官たちも死刑確定に後ろめたそうだった伊藤和史

一方、伊藤については、4月18日付けの当欄で取り上げたが、2010年に長野市であった一家3人殺害事件の首謀者とされている。だが、事件前には被害者らから奴隷的な拘束を受けており、明らかに同情の余地がある被告人だった。

そんな伊藤に対し、最高裁は4月26日、伊藤の上告を棄却し、死刑を確定させた。この時、マスコミはまったく報道していないが、最高裁は判決で「動機、経緯には、酌むべき事情として相応に考慮すべき点もある」と述べざるをえなかったほどで、裁判官たちが死刑を確定させることに後ろめたい思いを抱いていることが窺えた。げんに判決朗読後、傍聴席からは裁判官に「お前ら同じ立場になってみろ!」と罵声が飛んだが、この時、裁判官らが逃げるように法廷を出ていく様子は非常に印象的だった。

◆裁判で事実誤認の疑いが浮上していた千葉祐太郎

千葉祐太郎については、今年6月に最高裁に上告を棄却された際、犯行時少年だった被告人に対する裁判員裁判の死刑判決が初めて確定する事例として話題になった。私は祐太郎とも面会や手紙のやりとりをしていたが、祐太郎の裁判では、明らかに事実誤認の疑いが浮上していた。

確定判決によると、祐太郎は2010年2月、交際していた女性A子さん(当時18)宅に押し入り、A子さんとの交際に反対するA子さんの姉(同20)やA子さんの友人女性(同18)を持参した牛刀で刺殺。さらに居合わせたA子さんの姉の知人男性(同20)も胸を牛刀で刺して重傷を負わせたとされた。この一連の犯行に「計画性」と「残虐性」が認められたことが、死刑が選択された大きな要因だった。

しかし実を言うと、祐太郎は裁判で「A子の家に行くまでは誰も殺すつもりはなかった。牛刀は、A子と話すのをA子の姉に邪魔されたら脅すために持参していた」と殺害の計画性を否定。A子さんの姉に警察に通報されそうになって頭が真っ白になり、知らないうちに3人を殺傷してしまったのだと主張していた。そして実を言うと、こうした千葉死刑囚の主張を裏づける事実が裁判で示されていたのだ。

まず、千葉死刑囚はA子さん宅に入る前に玄関のチャイムを押しており、殺害行為に及ぶ前にA子さんらと会話をしていたことも明らかになっている。これらは、事前に殺害を計画していた犯人の行動としては不自然だ。

また、A子さんの姉に警察に通報されそうになり、頭が真っ白になったという主張についても、精神科医の鑑定により裏づけられていた。千葉被告は犯行時、自分が自分であるという感覚が失われた「解離性障害」に陥っていたというのだ。解離性障害に陥る者の多くは幼少期に親から虐待を受けているが、千葉死刑囚もそうだったという。

この事件は上告審段階で大弁護団が結成されており、確実に再審請求がなされる事案だ。今後の行方も要注目だ。

筒井郷太死刑囚が収容されている福岡拘置所

◆「無罪妄想」の可能性を感じさせた筒井郷太

最後の筒井郷太は、いわゆる「長崎ストーカー殺人事件」と呼ばれる事件の犯人だ。2011年12月、長崎県西海市にある交際女性の自宅に押し入り、女性の母と祖母を殺害した容疑で検挙され、今年7月、最高裁に上告を棄却されて死刑判決が確定した。

筒井は裁判で無実を訴えているが、有罪証拠は揃っており、冤罪の心配はまったくない事案だと言っていい。ただ、私はこの筒井と面会や手紙のやりとりをしながら、筒井本人は自分のことを本気で無実だと思い込んでいるのではないかと感じることがあった。東京拘置所の元精神科医官で、作家の加賀乙彦が言うところの「無罪妄想」ではないかと私は考えているのだが、そのことについては稿を改めて報告させてもらいたい。

死刑判決が出るような重大事件でもマスコミが報道せず、知られていない事実は少なくない。2017年も当欄では、そういう知られざる事実を随時報告していきたい。

▼片岡健(かたおか けん)
1971年生まれ、広島市在住。全国各地で新旧様々な事件を取材している。

「絶望の牢獄から無実を叫ぶ ―冤罪死刑囚八人の書画集―」(片岡健編)

『NO NUKES voice』第10号[特集]原発・基地・震災・闘いの現場

タブーなきスキャンダルマガジン『紙の爆弾』2017年1月号!