筆者はこれまで様々な冤罪事件を取材してきたが、その経験を通じて思うのは、冤罪取材では被告人本人の話を聞くのが何より重要だということだ。被告人が白であれば、被告人の話をもとに事実関係を調べるのがたいていは一番効率的で、確実だからである(当然だが、それは被告人の主張を鵜呑みにするという意味ではない)。

そういう意味で、あまりに理不尽な立場に置かれていると思うのが冤罪の死刑囚たちだ。

死刑囚は懲役囚に比べ、外部との交流が厳しく制限されている。面会や手紙のやりとりが認められるのは親族や再審請求の弁護人などごく一部の人だけで、支援者や報道関係者との接触が認められることはほとんどない。そのため、冤罪の死刑囚たちは自分の無実を世間に訴える機会を著しく制限された状態で、いつ処刑されるかわからない極限的な生活を強いられている。

そんな事情もあり、筆者はかねてより、冤罪死刑囚たち本人の声を何らかの形で世間の人たちに直接伝えることができないかと考えていた。それを具現化したのが、このほど鹿砦社より発行された編著「絶望の牢獄から無実を叫ぶ ――冤罪死刑囚八人の書画集――」だ。

片岡健編『絶望の牢獄から無実を叫ぶ――冤罪死刑囚八人の書画集』(鹿砦社2016年2月)

◆冤罪死刑囚八人の貴重な書画

本書では、筆者が冤罪だと確信する計八人の死刑囚を取り上げている。冤罪の死刑をテーマにした本はこれまでに色々あったが、本書の特徴は、冤罪死刑囚たち本人の手による様々な書画を紹介していることだ。筆者自身は冤罪死刑囚たち本人と直接接触できないため、企画段階では書画の収集に苦戦するのではないかと予想していたが、結果的に多くの心ある人たちの協力が得られ、貴重な書画が多数集まった。

そんな中、まず心揺さぶられたのが、三人の冤罪死刑囚が本書のために獄中で書き下ろしてくれた手記だった。その三人とは、埼玉愛犬家連続殺人事件(1993年発生)の風間博子氏、鶴見事件(1988年発生)の高橋和利氏、山梨キャンプ場殺人事件(1997年発生)の阿佐吉廣氏(いずれも東京拘置所に収容中)。わが子への思いをあふれさせた風間氏の手記、故郷の年老いた母親との再会を一途に願う阿佐氏の手記には、一読者として純粋に胸が熱くなった。一方、自分を冤罪死刑囚に貶めた警察、検察、裁判所に対する「満腔の怒り」を綴った高橋氏の手記はなんとも言い難い迫力に満ちていた。

その他に取り上げた五人の死刑囚たちは、すでに雪冤を果たせぬままに獄死している。しかし五人が生前に残した書画からは、極限世界の人間模様が生々しく浮かび上がってきた。

「冤罪処刑」の疑いが根強く指摘される飯塚事件(1992年発生)の久間三千年氏は、処刑の三カ月前に綴っていた遺筆で再審無罪を確信する思いを示していた。獄中で脳腫瘍に冒され、凄絶な最期を遂げた三鷹事件(1949年発生)の竹内景助氏は、無実を見抜いた伝説の弁護人・布施辰治氏に宛てた書簡で、過酷な密室取り調べの全容を克明に綴っていた。30年に渡り、敬愛する支援者に感謝の絵を贈り続けた帝銀事件(1948年発生)の平沢貞道氏や、両目の光を失いながら無実を訴え続けた三崎事件(1971年発生)の荒井政男氏、獄中で8万字の控訴趣意書を書き上げた波崎事件(1963年発生)の富山常喜氏らの凄絶な生きざまも各人が生前に残した書画から圧倒的な迫力で伝わってきた。

◆冤罪処刑の全過程を記録した法務省の内部文書も掲載

本書では、制作過程で入手できた久間三千年氏に対する冤罪処刑の全過程が記録された法務省の内部文書も掲載した。この冤罪処刑に関与した裁判官、法務官僚、捜査責任者、国会議員たちへの直撃取材も慣行し、取材結果は彼らの実名を公開しながらレポートしている。この取材を通じて、久間氏への冤罪処刑が驚くほど機械的に行われていたことも明るみになった。

三鷹事件については、日本評論社の元社長・会長で、竹内氏の弁護人・布施氏の孫である大石進氏(三鷹事件再審を支援する会世話人)が事件の実相や竹内氏の実像を活写した原稿を寄稿してくれ、また、山梨キャンプ場殺人事件については、毎日放送の記者時代から数多くの優れたテレビドキュメンタリーを制作してきた里見繁氏(関西大学社会学部教授)が追跡取材の記録をもとにこの事件がいかに理不尽な冤罪であるかを詳細にルポタージュしてくれている。

国家がひた隠す冤罪死刑囚たちのリアルな姿が本書によって、少しでも多くの人に伝わってほしいと願う。

▼片岡健(かたおか けん)
1971年、広島市生まれ。早稲田大学商学部卒業後、フリーのライターに。新旧様々な事件の知られざる事実や冤罪、捜査機関の不正を独自取材で発掘している。広島市在住。

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