「わしが何を言うても、『家族だから、かばってるんやろ』と思う人もいるからなあ……」
7月28日、大阪市内の会場で開かれた林眞須美さん(51)の支援集会。久しぶりに会った眞須美さんの夫・健治さん(67)が休憩時間中、そんなことを言っていた。
1998年7月25日、和歌山市園部で開かれた自治会の夏祭りで、何者かがカレーにヒ素を混入し、60人以上が急性ヒ素中毒で死傷した和歌山カレー事件。殺人罪などで逮捕・起訴され、一貫して無実を訴えながら2009年5月に死刑判決が確定した眞須美さんは今も無実を訴えて再審請求中だ。

一方、眞須美さんと共謀して保険金詐欺を繰り返していた健治さんは、眞須美さんと共に詐欺罪で逮捕・起訴され、懲役6年の判決を受けて滋賀刑務所に服役したが、2005年6月に出所。以来、マスコミの取材を受けたり、眞須美さんの支援者らが開く集会に参加し、妻の無実を訴えてきた。3年前に脳内出血で倒れて左半身が麻痺し、今は車椅子の生活だが、この日も不自由な体をおして和歌山の自宅から大阪まで妻の支援集会に駆けつけていた。

そんな健治さんに対し、面と向かって、「家族だから、妻をかばっているのだろう」などと言う人がいるわけではない。それでも健治さんは、マスコミ報道を通じて自分の発言に触れる人たちの中には、そう思う人もいるように感じている。その理由の1つには、過去に眞須美さんの裁判で味わった理不尽な経験があるのではないかと筆者は思っている。

眞須美さんは裁判で、カレー事件の犯人と認められたほか、健治さんや知人男性のI氏にも死亡保険金目的でヒ素を飲ませ、急性ヒ素中毒に陥らせていたと認定されている。健治さんは控訴審で、「私やIは保険金をだまし取るため、自分でヒ素を飲んでいた」と証言したのだが、その証言が判決では「被告人をかばっている」として信用されなかったのだ。

健治さんはこの件について、以前よくこんなふうに言っていた。
「裁判官は、『林健治は妻をかばっている』と言いますけど、わしがなぜ眞須美をかばわないといけないんですか? 夫婦なんて、元々は他人です。仮にわしが眞須美にヒ素を飲まされていたなら、恨みこそすれ、かばうわけがない。わしは自分でヒ素を飲んでいたから、飲んでいたと言っているだけです。裁判官の言うことはムチャクチャですわ」

実際、健治さんの言う通りだろう。素直に考えれば、いくら妻とはいえ、自分を殺そうとした人間をかばうほどにお人好しな夫はそうそう存在しないはずである。筆者はこの事件に冤罪の疑いを抱き、6年ほど前から取材を続けてきたが、この事件ではムチャクチャなことが本当に数多くまかり通っている。その中でも、眞須美さんが健治さんにヒ素を飲ませていたことにされている件は最たるものである。

もっとも、かつてはマスコミ総出の犯人視報道により、日本中からクロだと思われていた眞須美さんだが、今では冤罪を疑う声もかなり多くなってきた。その中では、この事件の捜査や裁判がいかにムチャクチャであったかという情報も少しずつ世の中に広まってきた。ここに至るまでには、本人や健治さんら家族、支援者、弁護人ら多くの人の努力があったが、年月が経ったことにより、世の中の人たちが冷静に事件の真相を見つめられるようになったのだとも思う。
事件発生から14年経った28日に開かれた林眞須美さんの支援集会にも、多くの人が集まっていた。まかり通ってきたこの事件のムチャクチャの数々は今後、もっともっと広まっていくだろう。

(片岡健)

★写真は、28日の支援集会で親しいマスコミ関係者と談笑する林健治さん(右)。