札幌ドームでプロ野球を観戦中、ファウルボールが右目に当たって失明した30代の女性が札幌ドームと札幌市、北海道日本ハムファイターズに対し、約4700万円の損害賠償を求めている訴訟で、被告の3者が請求の棄却を求めたというニュースが先日、いくつかの新聞社のホームページで配信された。そのうち、MSN産経ニュースが9月3日付けで配信した記事によれば、日本ハム球団は答弁書で、以下のように主張しているという。

「大型ビジョンやアナウンスで注意を促していた。ファウルが出た時は警笛も鳴らしている。防御姿勢を取らなかった女性に責任がある」
他社の記事でも同じようなことが書かれていたので、日本ハム球団は大体こういうことを主張し、徹底的に争う構えなのだろう。このニュースに触れ、ふと思い出したのが、「偽コージ」と呼ばれた一人の元プロ野球選手のことだった。

ミスター赤ヘルと呼ばれた広島カープの名選手・山本浩二さんが現役バリバリで活躍していた70年代末から80年代初頭にかけ、巨人にも名前の読みが同じ山本功児さんという野球選手がいた。「偽コージ」というのは、山本浩二さんの愛称が「コージ」だったことから、カープファンが当時、球場で山本功児さんを野次る際に使っていた呼び方である。

筆者は当時、広島市内で暮らす小学生だった。年に何度か、親に連れられて今は無き広島市民球場にカープの試合を見に行っていたが、巨人戦で山本さんが打席に入るたび、「偽コージ、引っ込め!」とカープファンの口汚い野次が飛んでいたものだ。かくいう筆者も山本さんに対し、その呼び名から勝手にダーティーな人物であるかのようなイメージを抱いていた記憶がある。今思えば、自分もまだ子どもだったということだろう。

そんな山本さんに対するイメージが一変する出来事があったのは小4か小5のころ、両親や親戚と一緒に広島市民球場でカープと巨人の試合を観戦した際のことだ。この日、試合前の巨人の打撃練習中に、筆者らが座っていた外野席にホームランボールが飛んできて、筆者のすぐ近くにいた同じ年頃の少年を直撃するアクシデントが起きた。この時、誰よりも早くフェンス近くまで駆け寄ってきた巨人の大柄な選手が山本さんだった。

その少年はしばらく、顔を真っ赤にし、目から涙をボロボロこぼしながら、声を出すこともできず、ただ苦しそうにゲホゲホとせき込んでいた。彼は1人で野球を観に来ていたようで、保護者らしき人の姿はなかった。その様子をグラウンドからフェンス越しに心配そうに見つめる山本さん。駆けつけた球場係員に対し、「胸に当たったのか」「救急車を呼んだほうがいいんじゃないか」「動かさないほうがいいぞ」などと、あれこれ世話を焼くようなことまで言っていた。自分の打球ではないし、この件に関して何か責任がある立場でもないのに、どこの誰だかわからない子供のことが心配で仕方ない様子なのである。

そんな山本さんの様子を見て、子供心に「実はいい人だったんだな」と感じた筆者だが、大人の観客たちも口々に「偽コージ、いい奴なんだな」「見直したよ、偽コージ」などと言っていた。褒めるなら、「偽コージ」と呼ばなければいいのに、と思う人もいるだろうが、カープファンにとって「偽コージ」というのは、それくらい定着した呼び名だったのだ。

その後、山本さんはロッテにトレードされて37歳になる年まで現役生活を送り、引退後はロッテの監督も務めた。選び抜かれた人間だけが集まる世界で大成功した人だと言えるだろう。筆者は正直、山本さんについては「偽コージ」と呼ばれていた巨人時代のことしか知らなかったが、今回改めてインターネットで調べてみると、監督時代の山本さんはロッテの選手からもファンからもずいぶん愛され、慕われていたようだ。筆者が子供の時、山本さんに抱いた「実はいい人」という印象はやはり間違っていなかったのだ。

で、くだんのファウルボール失明訴訟の件だが、山本さんなら一体どう思うだろうか? 自分には何の責任もない打球が、どこの誰だか知らない子供に当たったことをあれほど心配していた山本さんのことである。このニュースを目にしていたら、「日本ハムも冷たいんじゃないか」などとつぶやいていそうな気もするが、あくまで筆者の勝手な想像である。

(片岡健)

★写真は、広島市民球場で打球を胸に受けた観客の少年を心配する山本功児さん。81~82年ごろに筆者の父親が撮影していたもの。