電通に関する悪事が露見する度に、非常に面白い現象が起こる。同社に関する第一報が報じられた後、いわゆる「後追い取材」が殆どないのだ。通常、業界トップ企業の不祥事はニュースバリューがあるので、独自取材をして続報を流す場合が多いのだが、電通と博報堂、とりわけ電通の場合は追跡取材が本当に少ない。

◆記者会見は週末に設定する──危機管理広報の裏ワザ

ファイナンシャル・タイムズ2016年9月27日付記事

電通が記者会見を開いた9月23日、さすがに日本最大の広告代理店の不祥事だけあって、その日はTV各社とも会見の様子を報じていた。ただ、記者会見は金曜の夕方であり、週末は特に影響力が強いテレビの報道番組やワイドショーが殆どないので、その影響は非常に限定的だった。緊急性がない限り、朝刊掲載を避けるために記者会見は可能な限り遅い時間に、しかも週末に開催するのは危機管理広報の裏テクニックであり、様々な企業の危機管理を扱ってきた電通は、自社にもその法則を適用したのだ。

そしてその戦略は見事に当たり、週明けのワイドショーで電通問題を取り上げたところは一つもなかった。また、各新聞社も社説や特報面で扱ったところは(筆者の見たところ)1社もない。形だけ第一報は報道するが、後追い取材はしない、という各社の電通に対する姿勢が見事に現れている。

しかし、この事件は第一報だけ報じれば良いという性質では決してない。同社が認めている通り、不正請求は110社以上の得意先に拡がり、しかも未だに調査途上だからだ。

もちろんあり得ないが、例えばこれがトヨタ1社だけへの不正であったなら、ことは電通のトヨタ担当チームだけの問題で片付けられた。しかし、現状だけでも110社に被害が広がっているということになると、これは営業から経理を巻き込んだ、完全に全社的な詐欺行為ということになり、関係部門の数百人が関係していたことになる。被害はまだまだ拡大するだろう。

電通の株式分布と主要株主(電通統合レポート2016年)

◆「一人バブル」を謳歌し続ける電通

会見では、デジタル関係業務の高度さや複雑さに対し、恒常的な人手不足がこの事件の原因だとされたが、これは確かに納得できる。ネット広告はその細かさや安価が売りである分、作業が非常に煩雑で儲からない。だから十分な人材を配置できず、結果的に無理な体勢で怒涛のような発注に対応するようになってしまっているのだ。

電通は、今でも一人バブルを体現しているような企業である。そしてその収益の根幹は、未だにテレビのタイムやスポットCMである。その収益力は非常に高く、例えば全国ネットのCM一本(1回)が300万円だとすると、その20-25%が電通の収益となる。この収益率は、戦後テレビ業界の黎明から発展期を一手に担った電通が自ら設定したものであり、その構造が未だに同社の屋台骨を支えているのだ。

しかし、これがネットのバナー広告だと1本が数千円、収益も数パーセントに過ぎない。つまり、ネット上で莫大な量の広告を打っても、収益率はCMにはるかに及ばないのだ。ところが電通内部の社内評価は、相変わらずテレビやプロモーション関連で稼ぐ高収益モデルが当然とされているので、その尺度で人員を配置する。その結果、収益の低いデジタル関連は常に人手不足になるのだ。

◆他の代理店でも一斉社内調査始動

そうはいっても現在の広告業界で売り上げが伸びているのはネット関連分野だけだから、電通もここに注力せざるを得ない。だがテレビCM草創期とは異なり自社で全てのルールを決めるわけにいかず、初期段階で高収益を確保する仕組みを構築することが出来なかった。そして大小の代理店が参入した結果、競争は激化し収益率は低いままだから、十分な人材を配置できず、結果的に「儲けのない繁忙」状態を続けざるを得ない。これが今回の事件の背景であり、第一線で業務に従事している社員の苦労は理解できる。

だが、「儲けのない繁忙」はどの業界にも存在し、だからと言って不正が許されるはずがない。ましてや業界トップに君臨し、高い信用を盾に仕事を受けている企業がこのような不正を働いては、同業他社にも計り知れない悪影響を与える。「業界トップが不正をしていたのだから」という理由で、博報堂以下の代理店でも一斉社内調査が始まっており、他社からはとんだとばっちりだと怨嗟の声も聞こえてくる。
 
◆電通の驕りを是正できない日本の広告業界構造

では、この問題が電通からのスポンサー離反に繋がるかというと、ことはそう簡単ではない。この問題の発端となったトヨタは、年間数百億円にのぼるデジタル関係領域の殆どを電通に任せていたと伝えられている。事件の発覚でトヨタ首脳部の怒りは相当なものだったらしいが、だからといってぺネルティとして全ての扱いを電通から博報堂に移したわけではない。

博報堂はライバル会社の日産の専任代理店となっているから、トヨタとしても全ての業務を任せにくいし、博報堂としても、突然年間数百億円分の業務を移されても、それをつつがなく進行できるマンパワーが足りないからだ。ましてや不正請求が確認された100社以上が一斉に扱いを移したら、今度は博報堂の現場がパニックを起こすだろう。そして博報堂が無理なら、業界3位のADKにも不可能だ。

つまり、電通が突然機能を停止しても、瞬時にその代りが出来る代理店は存在しない。それほど電通は巨大化し、他社との差は広がってしまっている。そして電通幹部はそれを十分承知していて、FTの取材に対し「(不祥事があっても)日本の企業はそう簡単に広告代理店(電通)を切ることはない」などと嘯いていられるのだ。この電通の驕りを是正できない現状こそ、日本の広告業界最大の問題なのだ。

▼本間龍(ほんま・りゅう)
1962年生まれ。著述家。博報堂で約18年間営業を担当し2006年に退職。著書に『原発プロパガンダ』(岩波新書2016年)『原発広告』(亜紀書房2013年)『電通と原発報道』(亜紀書房2012年)など。2015年2月より鹿砦社の脱原発雑誌『NO NUKES voice』にて「原発プロパガンダとは何か?」を連載中。