ドイツは、第二次大戦で犯した蛮行を反省し、戦後はナチ戦犯を徹底的に訴追したことで、本当にナチスと決別し、反省したと世界に評価された。しかし、それは戦後すぐにできたわけではなかった。敗戦直後、戦勝国によるニュルンベルク裁判が行われナチ高官らは裁かれたが、将官クラス以下の元ナチ党員らは市井に紛れ、政府の要職や教職につく者までいた。その数は膨大で、誰が元ナチなのか、口にできない雰囲気が国民の間に立ち込めていた。

それを破り、アウシュビッツをはじめとするユダヤ人虐殺を指揮したルドルフ・アイヒマン逮捕に執念を燃やし、元ナチ党員の徹底追及に道を開いたのが、ヘッセン州検事長であったフリッツ・バウアーである。現在公開中の映画「アイヒマンを追え!」は、バウアーが元ナチ党員たちの妨害に耐えながら、命をかけてナチ戦犯を追い詰めていった過程を描いている話題作だ。

 

 

◆検事長バウアーに立ちはだかったドイツ社会の「集団忘却願望」

だが映画の中でバウアーが戦うのは、元ナチ党員だけではない。新生ドイツの復興を急ぐあまり、ナチの蛮行に触れたくない、できれば忘れたいとする政府や国民の「集団忘却願望」も大きな壁となって立ちはだかった。自身はユダヤ人で戦時中はスウエーデンに潜伏していたバウアーは「これは復讐ではなく、正義のために行うのだ」と調査を嫌がる若い検事たちの尻を叩く。その執念は凄まじく、アルゼンチンに逃亡したアイヒマンを自国で裁けないと知ると、当時まだ国交が無かったイスラエルのモサドに情報を流し、彼らにアイヒマンを捕まえさせることさえ厭わなかった。

あの世紀のアイヒマン裁判の裏には、そんな驚愕の事実が潜んでいたのだ。そしてアイヒマン裁判を機にナチの蛮行が世界に発信され、ドイツ人自身によるアウシュビッツ裁判を筆頭としたナチの徹底的な追及が行われる事になるのだが、その流れを作ったのがバウアーだったのだ。

 

 

 

 

◆原発ムラの面々を裁けなかった日本

この映画を見ながら、敗戦直後にナチを追及できなかったドイツ社会が、原発事故後に原発ムラの面々を裁けなかった日本とダブって見えた。広範囲な国土を放射能汚染させ、千人以上の原発事故関連死を引き起こした法的責任を、まだ誰も取っていない。それは、東電を主犯とする原発ムラの裾野が広大で、実に多くの人々が共犯者だからだ。現に、今も活動を続ける「原子力産業協会」名簿に記載された企業の多くが、日本を代表する一流企業である。これら原発ムラは、311以前は巨額の宣伝費で原発プロパガンダを展開していたが、事故直後に一斉に証拠隠滅に走った。そして事故後2~3年経つと、ほとぼりが冷めたとしてまたぞろ原発礼賛をあちこちで再開し始めた。

これは結局のところ、彼らの悪事がきちんと記録されず、多くの国民がその悪行を知らないため、時間の経過とともに集団的忘却に陥っているためではないだろうか。敗戦直後にナチスの蛮行の詳細を多くのドイツ人が知らず、その後それを忘却しようとしたのと酷似している。現在、福島県は避難地域の縮小を急ぎ、自主避難者への生活支援を今年3月に打ち切ろうとしているが、これなどは「早く原発事故を忘れたい、無かったことにしたい」という忘却願望の表れそのものだ。いまだ9万人を超える避難者の数を減らし、一刻も早く原発事故を想起させる対象を消去したいというグロテスクな集団願望が蠢いている。

 

 

◆原発事故を起こした私たちは、過去と向き合わなければならない

こうした加害者側の忘却願望に抗するために、私はこれまで311以前のメディアの論調や原発礼賛広告を調べ、記録してきた。その成果を「原発広告」や「原発プロパガンダ」などの著作にまとめてきたが、近い将来、記事や広告掲載の日時データに加え、高額の報酬を貰って原発広告や推進イベントに出演していたタレントや学者などの氏名を網羅したデータベースを作り、ネット上で公開したいと思っている。彼らは笑顔で原発礼賛を繰り返し報酬を得ていた「原発ムラの共犯者」なのに、事故後はその事実を語らず、事故で苦しむ人々に何の援助もしていない。もちろん、貰った報酬を返却したという話も聞いたことがない。これは、日本社会がそうした事実を記録せず、責任追及もせず忘却するがままにしているからだ。しかし、そのまま放置していて良いはずがない。データベース公開によって関心のある誰もが事実を知ることが出来るようになるのが、私の願いだ。

完成形としては当時の雑誌や新聞の紙面も全部見せたいのだが著作権上の問題もあり、当初はテキストデータだけになるだろう。しかし検索機能を備え、例えば「星野仙一」で検索すれば「福井新聞2009年12月12日掲載・15段・関西電力」と分かるような設計にしている。もちろん、全部で何回、どこの広告に出演していたかも分かる。そして名前を掲載される規模は数百人に及ぶだろう。いわば原発事故版オデッサ・ファイルのようなものだ。

 

私はこの作業をほぼ個人でやっていて、ここ数年はある大学の補助も受けたが、実に膨大なデータ量と作業量と格闘している。データ取得は国会図書館でのマイクロフィルム精査、コピーの連続であるから当然お金もかかり、資金の欠乏で作業に遅れが出ている。しかし、「アイヒマンを追え!」を見てバウアー検事長を知り、この作業を絶対に完遂させるという決意を新たにした。

原発事故を起こした私たちは、過去と向き合わなければならない。そのためには過去を振り返る資料を誰もが見ることの出来る環境が必要だ。私に出来ることは小さな事だが、それが社会正義に繋がることを願って、今日も作業を続けている。


◎[参考動画]『アイヒマンを追え! ナチスがもっとも畏れた男』予告篇

▼本間龍(ほんま りゅう)
1962年生まれ。著述家。博報堂で約18年間営業を担当し2006年に退職。著書に『原発プロパガンダ』(岩波新書2016年)『原発広告』(亜紀書房2013年)『電通と原発報道』(亜紀書房2012年)など。2015年2月より鹿砦社の脱原発雑誌『NO NUKES voice』にて「原発プロパガンダとは何か?」を連載中。

『NO NUKES voice』10号本間龍さん連載「原発プロパガンダとは何か?」新潟知事選挙と新潟日報の検証

タブーなきスキャンダルマガジン『紙の爆弾』