神奈川県逗子市であったストーカー殺人事件をめぐり、警察が昨年、被疑者を脅迫容疑で逮捕した際、逮捕状に記載された被害女性の「結婚後の苗字」や「住所の一部」を被疑者に対して読み上げていたことがマスコミで一斉に批判的に報じられている。被疑者がここで得た情報をもとに女性宅を探し出し、犯行に及んだ可能性が指摘されているわけである。

産経新聞によれば、ある警察庁幹部はこの件に関し、「逮捕状を示すのは容疑者がどのような事件で逮捕されるのか、本人によく理解してもらうことが目的。容疑者に示さないのは法律上、難しい」と述べているそうだが(11月10日7時55分付けヤフーニュース配信記事より)、この見解の当否はいちがいに言えない難しい問題と言うほかないだろう。

というのも、警察が捜査の際、いつも杓子定規に法律に従っているかと言えば、決してそんなことはないというのは今や一般常識であるはずだ(たとえば、警察が被疑者から任意で事情を聴くというのが、現実的には強制的な取り調べであるというのは今や一般常識だろう)。その点からすると、今回の逮捕状執行の際にも、警察は何かしら「融通」を利かせられたのではないかと思えるのが人情というものだろう。
とはいえ、警察に対し、「逮捕状の呈示なんて、曖昧にすればよかったろう。調書の読み聞かせだって、いつもそうなんだから」などと違法捜査を勧めるわけにもいかないし・・・・・・そうやって考え出すと、筆者の思考はいつまでも結論にたどり着けず、堂々巡りしてしまうのだ。

と、思考を堂々巡りさせていたら、警察が個人情報の取り扱いに神経質になり過ぎると、じつは筆者自身、自分の普段の取材活動に支障が出るのではないかと思い至った。

というのも、記者クラブに所属している報道機関の記者ならともかく、筆者のようなフリーのライターが個別具体的な事件に関する取材を警察に申し込んでも、警察が提供してくれる情報はきわめて限定的である。ただ、これもケースバイケースで、事件関係者のプライバシーに関わることまで含めて、警察からそれなりに詳細に情報提供してもらえることもないわけではない。また、わざわざ警察まで足を運ばずとも、記者クラブに配布した報道メモ程度の情報なら、事件関係者の個人情報に関わる部分まで隠さずに電話口で読み上げてもらえたり、ファックスしてもらえる場合だってある。そう考えてみると、よく言えばおおらかで、悪く言えば無防備なところもある警察の情報管理のあり方から、筆者自身、多少なりとも恩恵を受けているのである。

また、警察の広報に限らず、裁判の証拠調べなども事件関係者の名前や住所を何もかも隠して行われると、刑事事件の取材活動は大なり小なり、不自由になることは間違いない。とくに警察に(そして、検察からも)情報をリークしてもらえる立場にない筆者のようなフリーのライターはそうである。そう考えると、今回のことをきっかけに、刑事事件の関係者の個人情報の管理について、警察にあまり神経質になられても困るかもしれない。

「それはお前の勝手な都合だろう」という感想を持たれる人もいそうだが、警察が「個人情報だから」という理由で事件関係者の情報を何でもかんでも隠せるようになれば、それは警察が自分たちに不都合な情報を隠せる余地も大きくなるということである。個人情報の取り扱いというのは、杓子定規に「ここまではセーフ。ここから先はアウト」という感じにはできない難しい問題だと今回の一件は改めて教えてくれている。

(片岡健)

★写真は、「ストーカー行為は犯罪です」と警鐘を鳴らす神奈川県警のホームページ