2010年の総選挙以後、「民主化」したミャンマーで国民の生活を変えた要素の1つは、インターネットの普及だ。それまで民主化勢力が中心に主義主張を訴えるインターネットメディアをミャンマー国内で見ることはできなかったが、「民主化」後は一部が解禁された。また、富裕層を中心に、自宅でインターネットを見る環境が整いつつある。

この流れに乗ったミャンマー人の義妹は、数カ月前にiPadを入手した。いままで海外への連絡に、電話と郵送の手紙でしかできなかったのに、2~3カ月間でインターネット電話の使い方をマスターし、Facebookを始めた。義妹の環境の変化は、鎖国から開国した国を見るかのようだ。

しかし、社会環境が激変しても、人の心はそう簡単に変わるものではない。ミャンマー人は市場開放や行動の自由が増える「民主化」を歓迎しながらも、同国政府がいまだに国民に牙を向けるのではないかと脅えつつ生活している。

実際、政府による国民生活への深刻な影響は続いている。少数民族州のカチン州では、政府軍と少数民族勢力との衝突で、8万人以上の難民が発生。いまもなお苦しむ住民がいる。
同じく少数民族州であるラカイン州では、イスラム教徒と仏教徒の対立が激化し、死傷者が出続けている。
こうした衝突は、これまでミャンマーの軍事政権が少数民族やマイノリティ住民の権利を剥奪し、人権を無視する政策をとり続けたことに起因している。
私はヤンゴンのカーショールームで働く、ラカイン州から逃れてきた若い女性に会った。彼女は故郷での住民同士の対立や、就職先がないことを理由に、つい最近、ヤンゴンに出稼ぎに来たという。
「ラカイン州のイスラム教徒と仏教徒の対立が終わるまで、自分たちの安全は保証されません。だから親は、しばらく故郷に帰ってくるなと言っています」
彼女はこう語ったのち、熱心に仕事をしていた。

また、「民主化」後も、ミャンマー人が深刻な政治不信を抱えていることは、彼らの言動からよく分かる。
私は、ヤンゴン滞在時に、夫がかつて近所づきあいをしていた年配の女性に会った。私の職業を聞いた彼女は、深刻な表情をして、こう言った。
「あなたがジャーナリストであることは、この国にいる間、決して口にしないようにしなさい」
軍事政権がジャーナリストを弾圧してきた歴史を鑑みての発言だ。
「民主化」後、民主化活動を行ってきた国内のジャーナリストや政治囚は、すべてではないが、刑務所から釈放されつつある。しかし彼女は、今も民主化活動を推進する人間にミャンマー政府が寛容でないと信じている。

ミャンマーで、人々の生活やビジネスの様子をよくよく眺めると、どこかに大幅な利権を握っている人間がいる。たいがいその人間は、政府か軍の関係者だ。
同国最大のショッピングセンターのオーナーは、軍人だった前・国家元首の孫である。
また輸入業では、一例として、日本で30万円の日本製中古車が、ミャンマー政府の税金などにより、現地価格が200万円に跳ね上がる。
私が体調不良で病院に行った際には、こう言われた。
「軍で病人が出たので、医者は軍隊施設に行きました。だから今、医師はいません」

一部で急速に「民主化」する動きがありつつも、旧態依然とした社会状況が存在するミャンマー……。だが最も変わっていないのは、一般の人々の「仕事に対する考え方」かもしれない。次回は、日本人の私に衝撃を与えた、ミャンマー人の職業意識を紹介する。(続く)

(深山沙衣子)

ミャンマーの『民主化』は本当か!? ヤンゴンで生活してみた(1)