尚坂に言われたからではないが、職探しを始めた。先の見えない会社に長居したくないのは当然だ。他にも数人、求職中だとほのめかす社員はいる。

「大丈夫ッスよ。そこまでヤバくないッス」
堀口はどうも危機感がない。某一流大学を出ているらしいが、そうは見えない適当さだ。背が高く、顔も長いのでより高く見える。昔NHKに出ていたのっぽさんに少し似ている。馬面ののっぽさん。営業なのに取引先を増やすのではなく、一部の取引先の人間と友人のように仲良くなって、そこから案件を回してもらっている。

やり方は人それぞれだからいいのだが、突然喧嘩して高額案件がストップしたりするので、毎月不安定な数字しか出せない。客と喧嘩して取引停止って、営業としてはどう考えても失格だ。しかしいい加減な者同士、気が合うのか社長とは一番仲がいい。

堀口はリスクが読めないのか、ある時突然アダルトサイトの広告枠を取った、と大喜びして出先から会社に戻ってきた。確かにアダルトサイトは利益率が高い。だがその運営を堅気の人間がやっているわけがない。私も尚坂も危ないから止めた方がいい、と忠告した。売上不安定な堀口が粗利率の高い案件を取ったことで、社長は簡単にOKを出してしまう。

相手先はやはりまともな会社じゃなかった。最初の1ヶ月は問題なく過ぎたが、翌月からこんな電話が来るようになった。
「広告の効果が全然出ねえ。堀口の奴がだましやがった。金返さなきゃ堀口をウチの事務所に監禁するからな」
堀口は最初こそ抵抗していたが、監禁されると聞いた途端怯えきってしまい、結局広告料全額返金することで決着する。2ヵ月分の売上も消え、また赤字だけが残った。

堀口はまた、ペニーオークションの広告を取ってきたこともある。最近ペニーオークションの某運営会社が詐欺で摘発されたが、以前から業界では知られていたことである。堀口が広告案件を取ってきた時、素朴な疑問として聞いたことがある。
「これって実際、落札できるんですか?」
堀口は何も答えなかった。「言わなくてもわかるでしょ」といった態度だ。リスクと引き換えに利益率は高いのだが、こんな広告を貼っても会員がそうそう増えるわけではない。

しかし堀口は、会社のPC、自宅のPC、あるいは漫画喫茶等から広告にアクセスし、フリーのメールアドレス、いわゆる捨てアドを取って会員登録をするのだ。会員が増えれば報酬が払われるが、当然架空の会員達はお金を払ってオークションに参加することはない。広告主からは怪しまれてすぐ広告掲載を打ち切られてしまう。

堀口はこんなことを繰り返していたので、一時的に売上が増えても続かない。真っ当な案件をなぜか取り扱わないので、リスクも多くトラブルが絶えない。結果的に利益は大して生み出せないのだ。

ただ、堀口のような社員が居るのも仕方がない。元々社長が社員教育をする気も無ければ、教育に費やす金も時間も無いのだ。

(続く)

※プライバシーに配慮し、社名や氏名は実際のものではありません。

(戸次義寛・べっきよしひろ)

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