市民団体に批判されてる? なんだなんだ、と見に行ってしまったマヌケの一人が私である。
六本木ヒルズの森美術館でやっている、会田誠展「天才でごめんなさい」だ。
展覧会自体はおもしろかった。会場に入ってすぐのところに、無数のデリヘルのチラシを貼り合わせた巨大な作品があった。エロライターだった頃に、同様のチラシを私もやはり無数に所蔵していたが、このような作品に仕立てるということは、考えつきもしなかった。ライターだから、どうやってもこういう作品にはできないが、確かに天才だよな、と思った。

問題の「犬」という作品は、18歳未満立ち入り禁止のエリアに展示してある。
美術展に行くと、たいていは、ところどころに椅子にじっと座っている女性がいる。
客が作品に触ったり壊したり、禁止なのに撮影したりしないように、見張っているわけだ。
決まって女性である。記憶をたどってみても、男性だったということは、きわめて稀だ。

18歳未満立ち入り禁止のエリアの入り口にも、女性が座っていた。
私が入ろうとすると、立ち上がって「お客様」と声をかけてくる。
あれっ? 18歳未満と疑われたかな? と運転免許証を取り出そうとすると、
「何かお食べになってらっしゃいますか?」と訊いてくる。
「はあ」
「ガムか何か?」
「何も食べてないですよ」
「失礼いたしました。念のために、声をかけさせていただきました」
「はあ、そうですか」
一応はムッとしながら、中に入っていく。

問題の絵であるが、ネット上にも出回っていて、「会田誠 犬」で検索すれば、見つかるだろう。
裸の「美少女」の両手両脚の肘と膝から先がなく、そこが包帯で包まれている。
「美少女」は、首輪をしている。
様々な姿勢をした絵があるが、四つん這いになっている絵もある。

どこかで見たことがあるな、と既視感に捕らわれるが、中学生の頃に読んだ永井豪のマンガ『バイオレンスジャック』であることを思い出す。そこには、悪の組織から逃れようとして捕まり、四肢を切断されて人犬とされる女性が出てくる。

「ポルノ被害と性暴力を考える会」による抗議文は、「ここには、四肢切断された全裸の少女が首輪をされて微笑んでいる『犬』という題名の連作をはじめとして、性暴力性と性差別性に満ちた作品が多数、展示されています」「これらの作品は、残虐な児童ポルノであるだけでなく、きわめて下劣な性差別であるとともに障がい者差別でもあります」と怒っている。

しかし会田の作品は絵であるから、少女の四肢が切断されたものであるかどうかは、いくら見ても分からない。
女性や男性の障害者が、ヌードやセミヌードを公表することがある。それは、障がい者というフレームで見られることを拒否する、自己表現だと言える。
当然のことながら、会田の作品は絵であるから、それと同じようなものだとは言えない。
だが、障がい者のヌードを描いたから障がい者差別、だとは言えないのではないか。

女性のヌードは、女性を性の対象にしている、ということで、性差別とされる。
それではここに男性にヌードがあればいいのでは、と思って、見渡してみたら、あった。
問題の一連の作品のすぐ横である。
ディスプレイに映される動画だ。壁に、大きな赤い字で「美少女」と書かれている。その前に全裸の男性が立ち、腰を振っている。背中の方向から映しているから、手の動きや股間は映っていないが、明らかにオナニーをしている動きだ。

これは明らかに、山上たつひこのマンガ『半田溶助女狩り』の中のアイディアを動画にしたものではないか。
「娘」と書いた紙を壁に貼って、それを見ながら、半田溶助はオナニーするのだ。
この動画は、現代において「美少女」というものが記号化していることを、見事に表現している。

展示会の中で、唯一、撮影が許可されているのが、冒頭に示した『考えない人』という作品だ。
この作品のみを撮影許可しているところに、会田誠の意図は、はっきりと示されている。
皆が注目するのは、どうせ「美少女」。
己が脱糞した大量のうんこの上に鎮座する、おにぎり顔の男など、どうせお呼びでないのだろうから、どうぞ撮ってください、といったところか。

社会を挑発する会田誠の危険性は、「犬」というような作品そのものにあるのではない。
展示会の中程で、芸術家としての心得が、箇条書きしてあった。
そこには、過去は関係ない、自分の過去も、芸術としての過去の先人の作品も関係がない、というようなことが書いてある。
それをメモしている若者がいる。「おいおい、大丈夫かよ」と思ってしまう。
永井豪や山上たつひこなどの先人に、会田は学び影響を受けているのに。

母国語以外の言葉を喋る人間を軽蔑する、などということが書かれていたが、実は本人は何カ国語も操れるのではないか。
このような会田の言葉の、若者に与える影響のほうが心配だ。
私は、表現の自由、言論の自由を重んじるものであるから、それはもちろん、そのままでいい。
ただ、受け取る側には、注意が必要だろう。

展示会を出るころに、18歳未満立ち入り禁止のエリアの入り口で、なぜ女性が声をかけてきたのか、気づく。
一日中椅子に縛り付けられている私たちは皆女性なのに、なぜ市民団体はそれには抗議せずに、絵に描かれた「美少女」のことを抗議するのか。
それ言いたくて、声をかけてきたのだろう。
これも、会田誠の策略なのだろうか。

★写真は、会田誠の『考えない人』

(FY)