◆寺の堅苦しさは無くなり

ついにやって来たタムケーウ寺と藤川さんとの再会。お坊さんになったなら大人しく、真面目一辺倒の会話をするだろうという想定をいきなり裏切ってくれた藤川さん。大声で話し大声で笑ったバンコクのM&K食堂を経営していた頃と何も変わらないではないか。でもそれが堅苦しさをほぐす安心感を私に与えてくれるのでした。こんなんでもやっていけるのだと。藤川さんを通じて和尚さんにもお会いし、楽観的に捉えてしまう出家の道へ繋がりました。

トイレ、水周り掃除をする藤川さん

トイレ掃除する藤川さん

他の比丘も率先して清掃する者もいる

◆トイレ掃除は修行の一環

お喋りに付き合い、午後3時を回り、藤川さんは日課というトイレ掃除を始めました。洗濯洗剤と便器ブラシ、竹ぼうきを使って水浴びスペースとなるホンナーム(水の部屋=トイレとシャワー)を掃除。寺のクティにトイレは3箇所ほどあり、それを1時間ほど掛けて丁寧に掃除していきます。

トイレは外から入れるので、サンダル掃きで皆が利用します。常に泥汚れが溜まるトイレ。寺を訪れた俗人も使えるので一概に言えませんが、便器やその周辺はいつもタバコの吸殻が落ちており、仏門の世界でもモラルが欠落した寺の裏側が見られる場所でもあります。

藤川さんは寺に居る日で、立て続けに葬儀等が無い限りは毎日トイレ掃除をこなす様子。和尚さんや先輩比丘からそういう任務を命ぜられている訳ではなく、率先してやっているのでした。「毎日掃除しても翌日にはしっかり汚れとる。自分がやってきた若い頃のヤンチャな喧嘩や法律違反スレスレの建設営業、地上げ屋など人を騙したり脅したり、一日二日掃除しただけでは罪は消えんほどの悪行があったんや。お釈迦さんはそれをトイレの汚れで毎日教えてくださってはる、という思いで掃除するんや」と言う藤川さん。

そんな真面目な姿を見て、これが地上げ屋をやっていた人かと思うほど、変わりように驚くばかり、かつての不良や不動産屋仲間が見れば同じように思うことでしょう。トイレ掃除するのは藤川さんだけ。「他の奴は寝てるもんも居るし、勉強しとるもんも居る。皆、好き勝手に何かやっとるけど、これが誰も干渉せん寺の姿。修行は己でやるもんやから。これが葬儀やニーモン(比丘を招いて葬儀や結婚式、建築完成祝いなどでの寄進)が無い日はのんびりした一日や」という藤川さんの話しでした。

経文を覚える藤川さん

◆蚊避け線香!?

部屋に戻ると藤川さんのもうひとつの日課の一人読経が始まりました。今は本当の修行の身、日々お経を覚えているようで、仏陀の像の前で、その教科書となる経文を読みながらの読経を30分ほど続けた後、更に30分ほどの瞑想。

そうして夕方になると当然ながらイヤな蚊が出て来ます。生きものを殺すことが禁じられている戒律があるので、蚊は殺さないはずと思っていると、ここまで修行の顔を見せていた藤川さんは蚊取り線香を三つ出し、頭と尻尾にそれぞれ火を点け、部屋の隅々に置かれました。計6本点けたに等しい煙。やがて部屋中真っ白の煙だらけ。燃え尽きるまで3時間ほど掛かったかと思いますが、「蚊取り線香使っていいんですか?」と聞いても、「追い払ったんや、これで朝まで蚊は出て来えへん、蚊はこの部屋を避けて、しばらくすると左隣の部屋に集まってとなりの坊主が“パチン”と蚊を叩く音が聞こえるんや、時々嘆いとるわ、ワッハッハッハ!」と笑う藤川さん。この論点ずらしがオモロかった。

◆牛乳の力

比丘は午後食事をしてはならない戒律の下、藤川さんは当然何も食べていませんが、私には「寺の外に屋台があるけど、今日は食わんでもええやろ、牛乳でも飲んどき!」と言い、冷蔵庫から托鉢で寄進された紙パックの牛乳を出してくれました。
これが一本でも意外とお腹いっぱいになるもので、屋台に行く気も無くなり、「これは自分で空腹をごまかせるなあ」と何やら安心してしまう牛乳の力。贅沢な日々を送っているからデニーズなどでステーキやハンバーグ定食やパフェなど腹一杯食べたくなるもので、質素に暮らせば夜は小食で充分なような、藤川さんの勝手気ままな言い分に呑まれているのか、そんな気がしてしまうこの夜でした。

◆興味津々、覗き部屋!

ふと気が付けば、比丘の部屋には壁にところどころ穴が開いており、壁が劣化している訳ではなく、お互いが隣の部屋を覗けるようになっているのでした。つまり、一人で居ては隠れて何でも出来る。エロ本見ることもオナニーすることも、午後にお菓子を食べることも出来てしまう、それをさせない抑止力的覗き穴がところどころにあるのでした。

テレビや冷蔵庫を所有していても、修行の一環と認められれば必需品と拡大解釈されるものの、寺の外でも中でも至るところから厳しい目で見ているのが寺の日常であることが分かります。

その隣の部屋の穴から覗いたのがデックワット。すぐ藤川さんが「オイ、こっち来い」と呼び、こちらの部屋に来させたところ、この寺から小学校に通う男の子。親元を離れ、寺に居住しながら比丘の世話をすることで日々の生活費はタダ。日常生活に不自由はない寺でのデックワット生活の様子。しかし欲しいものが手に入るような贅沢はできないのは想像に難しくないところです。

夜も9時を過ぎ、朝も早いので寝る準備に入り、板の間に薄いタオルケットと古い黄衣の余りものを借り、硬い床の上で寝ることになります。こんな寝床はムエタイジムでも同じだったので苦痛ではありませんでした。ただ寝る前に、右隣の副住職の部屋からムエタイ中継が聞こえてきました。寺とはどういうところなのか。テレビは見れるし、蚊は殺せるし、牛乳は飲めるし、そんな自由奔放な寺の環境を見た一日。この日は安心しきって眠ってしまいましたが、節々に厳しさも垣間見れる寺であることもわかりました。

明日は、タイに居ながら身近で見ることが滅多に無かった托鉢に同行します。

デックワットを呼んで御挨拶

▼堀田春樹(ほった・はるき)[撮影・文]
フリーランスとしてキックボクシングの取材歴32年。「ナイタイ」「夕刊フジ」「実話ナックルズ」などにキックのレポートを展開。ムエタイにのめり込むあまりタイ仏門に出家。座右の銘は「頑張るけど無理しない」

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