かつて、マスコミが「第2の和歌山カレー事件」と騒ぎ立てた事件があったことを読者は覚えているだろうか。
舞台は埼玉県本庄市。1999年から翌2000年にかけ、市内で金融業を営む八木茂さんという男性が愛人女性らと共謀の上、トリカブトや風邪薬を凶器に使って保険金殺人を繰り返していた疑いをかけられ、凄絶な犯人視報道にさらされた。その後、殺人罪などに問われた八木さんは2008年に死刑確定したが、八木さんらが保険金殺人疑惑に関連する公正証書原本不実記載・同行使の容疑で最初に逮捕されたのが2000年3月24日のことだった。つまり、この3月24日で八木さんらの身柄拘束期間は丸13年に及んだことになる。

この間、八木さんは一貫して無実を訴え、死刑確定後に再審請求もしているが、冤罪を疑う声はあまり聞こえてこなかった。だが、実はこの事件の捜査や裁判は、非常に問題が多いものだったのだ。

「この事件は客観的な証拠はないのに、自称共犯者の証言と社会の熱狂により、死刑の冤罪になってしまった事件なんです」
3月15日、「人権と報道・連絡会」が東京都内で開いた定例会で、この事件の報告をした八木さんの弁護人、松山馨弁護士はそう言った。読者の中には今、「そんなことないだろう」「色々有力な物証や科学鑑定があったはずだ」と思った人もいそうだが、それは社会を熱狂させた報道の嘘が刷り込まれているためだ。事件が話題になった当時、たしかに八木さんたちの疑惑を裏づける有力な証拠の存在が次々報じられていたが、そのほとんどは実は虚報、誤報だったのだ。

たとえば当時、八木さんたちが佐藤修一さんという男性に保険金をかけ、トリカブトで殺害したとされる疑惑をめぐり、捜査本部が八木さんらの「関係各所」からトリカブトを押収したなどと報じられていた(読売新聞東京本社版2000年10月20日朝刊)。だが、これは完全な誤報で、本当は八木さんらの「関係各所」と形容しうる場所からトリカブトなど一切見つかっていないのだ。

また、1995年に佐藤さんの遺体が川で見つかった当初、自殺として処理される根拠の1つとなった「遺書」を捜査本部が筆跡鑑定したところ、佐藤さんの筆跡とは異なり、八木さんの共犯者とされる女性の筆跡と酷似していたことがわかったなどとも当時報じられていた(朝日新聞東京本社版2000年10月20日夕刊)。しかし、これも誤報、もしくは飛ばし記事であり、この遺書は佐藤さん本人が書いたものであること自体は裁判で何ら争いのない事実だったのだ。

筆者は約1年前からこの事件を細々と検証しているのだが、報道がつくった社会の熱狂が冷めたいま、冷静に振り返ってみると、実はこの事件はそもそも本当に「事件」だったのかも疑わしい。

まず、前出・佐藤さんについては、遺体から猛毒のトリカブトの成分が検出されたとされるが、トリカブトは医薬品の材料にもされているものだから(とくに漢方製剤によく使われている)、人の体内からトリカブトの成分が検出されても別に何らおかしくない。しかも佐藤さんは川で遺体が見つかった当初、司法解剖が行われた上で「溺死」と判断されていたのだ。遺書の存在と併せて考えると、川で自殺したとみるのが素直だろう。

また、凶器に「風邪薬」が使われたとされる別の保険金殺人事件、同未遂事件をめぐっては、そもそも風邪薬で人が本当に殺せるのかという疑問も裁判で浮上している。検察のストーリーを鵜呑みにした確定判決によると、2人の「被害者」は9~11カ月に渡り、大量の風邪薬を連日飲まされ続けた結果、1人は死亡し、もう1人は急性肝障害などの傷害を負ったことにされているのだが、冷静に考えれば、「被害者」たちがそんなに長期間、大量の風邪薬を連日飲まされ続けること自体があまり現実味のない話だろう。

もっとも、この事件には客観的な証拠は存在しない一方で、八木さんの愛人である「自称共犯者」の女性3人がそろって詳細な自白をし、それぞれ懲役12年、懲役15年、無期懲役という重い刑を科せられている。その事実が持つ意味は決して小さくないが、実は女性たちの証言も問題だらけなのである。当欄では今後もこの事件のことを取り上げる予定なので、その点に関してもまた別の機会に詳しくお伝えしたい。

(片岡健)

★写真は、人権と報道・連絡会で、この事件の報告をする松山弁護士