横堀要塞の抜け穴トンネルが警備陣に気づかれていたのは、すでに書いたとおりだ。場所までは特定できなかったものの、その存在は知られていた。あるいは推定されていた。そして検察官が抜け穴トンネルから脱出した者がいなかったことを、立証しないというドジを踏んだのも前述したとおりだ。ために刑事裁判を厭う裁判長は、殺人未遂被告にも執行猶予を与えてくれた。

抜け穴トンネルが予期されていたのは、交通課の刑事たちのレベルでも「過去の例(第一次・第二次強制収用阻止闘争)をみれば、すぐにわかるじゃないか」「あそこから、外に出た者はいないんだ。君たちが『自分たちは逃げなかったが、ほかに逃げた者がいる』とか言っても通用しないぞ」と事態は判明していたのに、検事はあえてトンネルからの脱出の有無を立証しなかった。ぎゃくに言うと、警察と検察の連携のなさは明らかだった。そして「逃げられなかったのは、指導者が悪いからだぞ」(取り調べの刑事)というのは半分は当たっているが、半分は「前日に脱出しなかった」のは、党派間の政治の問題なのである。

◆名作『男組』(雁屋哲原作・池上遼一作画)

獄中で読んでおもしろかったのは、漫画『男組』の物語の展開のなかに、関東少年刑務所の脱出用トンネルが登場したことだ(78年5月「少年サンデー」連載分)。あきらかに、わたしたちの横堀要塞の脱出用トンネルをヒントに描かれたものだ。その証拠に要塞化した少年刑務所の上空には、三里塚の地を思わせる飛行機が描かれている。わたしたちへの「応援しているぞ」というメッセージであろう。

『男組』(雁屋哲原作・池上遼一作画)

原作者の雁屋哲は東大時代に教養部自治会の役員をやっていた元活動家で、代表作『美味しんぼう』で知られるとおり、反米・反TPP・反原発の思想の持ち主である。『男組』は1974年の4月連載開始で、当時高校生のわたしは、受験勉強のかたわら読んでいた。大学に入って、アルバイト先の暇な時間にコミック化した『男組』を読んでいると、いつもは大学の教科書を読んでいると、にこやかな表情をする英語の堪能な女性事務員は、何となく軽蔑した視線を寄越したものだ。まだマンガが市民権を得ていない、それはいまでも同じかもしれないが、知的な層からみれば上から目線で見られていた。

そうであったとしても、『男組』は読み返してみるに、じつに政治的で扇動的なマンガだと思う。闘わなくなった若者に「闘え」と何度もアジる。アジるのは主人公の流全次郎だけではなく、ライバル(もうひとりの主人公)の神竜剛次もだ。剛次は「ブタのように奴隷労働の対価をむさぼる父親たちを乗り越えて、俺の理想の国家づくりに協力しろ」と、高校生たちを扇動する。そして闘わない大衆をも「ブタ」とののしる。その神竜剛次の危険な野望である独裁国家づくりを阻止するために、流全次郎も「いま神竜と闘わないで、いつ闘うのだ?」と、同級生たちの覚悟のなさを批判する。わたしたちは「三無派」(無関心・無責任・無気力)とも四無派(+無感動)とも呼ばれた世代で、雁屋にしてみれば「喝」を入れたいのはよくわかる。雁屋のメッセージを少なくとも、わたしは正面から受け止めた人間のひとりだと自負する。

『男組』(雁屋哲原作・池上遼一作画)

◆あらゆる政治的計画は破綻する

けれども、そのあまりにも過剰なボルテージは、池上遼一の巧みでダイナミックな描画によって、抜き差しならないところまで物語を引っぱってしまう。後段、流全次郎とその盟友である堀田正盛と倉本は「機動隊をせんめつせよ!」と呼号する。どこかで聞いたスローガンではないか。

『男組』(雁屋哲原作・池上遼一作画)

特命機動隊なる非合法としか思えない警察集団が、殺人の許可をえて取り締まりに当たっているのだから、高校生番長グループが「機動隊をせんめつせよ!」と叫ぶのも不思議ではないが、これは70年闘争の中核派の主張である。物語全体に、たとえば影の総理を児玉誉士夫や岸信介、あるいは田中角栄、三島由紀夫をダブらせてみせる人物設定が巧みで、読む者を政治のリアリイズムのなかに誘う。それゆえに、ボルテージを上げすぎても破綻しないギリギリのシナリオが成立している。とはいえ、政治のアジテーターがけっして政治的な結末まで準備できないのと同じで、物語はアジテーションで終るしかない。なぜならば史実をなぞる物語でないかぎり、政治的計画は第一の命題である「政治は結果がすべて」であることによって、かならず裏切られる運命にあるからだ。

それでは、三里塚芝山連合空港反対同盟とわれわれ支援の政治的な計画は、どこで何に裏切られ、あるいはどの地点で僥倖に遭遇したのだろうか。それは陥穽に落ちたと評価されるべきものなのだろうか。80年代に複数の回路で行なわれた「話し合い」は、90年代にいたって学識者の調査団、さらには円卓会議(上下のない立場での会話)として形になってゆく。(つづく)

『男組』(雁屋哲原作・池上遼一作画)

▼横山茂彦(よこやましげひこ)
著述業・雑誌編集者。3月横堀要塞戦元被告。主著に『「買ってはいけない」は買ってはいけない』(夏目書房)、『軍師・黒田官兵衛に学ぶ経営学』(宝島文庫)、『山口組と戦国大名』(サイゾー)など。医療分野の著作も多く、近著は『ガンになりにくい食生活――食品とガンの相関係数プロファイル』(鹿砦社LIBRARY)

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