昨年の秋に、電力総連(全国電力関連産業労働組合総連合)の本部を訪れた時、窓や入り口に貼られていたのは、海江田万里のポスターだった(写真)。この時まだ、民主党は下野しておらず、海江田は代表ではなかった。
この時から、海江田は電力総連にとって、希望の星だったのだ。電力総連は、北海道から沖縄までの、十の電力会社の労組と、日本原子力発電関連企業労働組合総連合、電源開発関連労働組合総連合をくわえた十二の組合で構成されている。
電力総連は原発推進の立場で、福島第一原発事故もその立場を変えていない。

海江田万里は、菅政権で経産相だった2011年6月に、玄海原発を再稼働させようと、佐賀県知事に申し入れを行っている。
九州電力やらせメール事件の発覚などで、これは頓挫したが、原発再稼働に積極的に動いてくれる政治家として海江田万里は、労組を含んだ電力業界から熱い期待を寄せられている。

民主党は言葉としては「脱原発」を口にするが、それは30年後の脱原発であり、それさえも野田政権時に閣議決定はしなかった。民主党が掲げていた多くのマニフェストと同様、脱原発は反故になるだろうし、30年はそのための時間稼ぎの積もりだろう。30年後に民主党があるかどうかは疑問だが。

海江田万里が代表になった時点で、民主党は原発党になったと言える。
そして、辞意を表明した細野豪志幹事長の後任に、大畠章宏代表代行を充てる人事が了承された。
大畠章宏は、日立労組出身である。
「日立製作所に入社。原子力発電所プラントの設計及び建設業務に従事した。1978年より2年間、労働組合専従役員として活動していた大畠は、労組のみならず、企業ぐるみの選挙で、茨城県議会議員を皮切りに議員生活に入り、1990年に社会党から出馬して衆院議員に初当選、それ以来国会議員を務めています。民主党に加わると、それまでバラバラだった原発への考えをまとめ上げ、原発推進にした手腕の持ち主です」(政治ジャーナリスト)

福島原発事故後は党内で、原発再稼働は時期尚早とする原発事故収束対策PTに対抗して、大島が座長となったエネルギーPTは、「再稼働させなければ、国民生活や経済が多大な影響を受ける」として、大飯原発再稼働にこぎ着けた。

代表・海江田、幹事長・大畠で、民主党は、より原発党へと純化した。
「連合の組合員の票が頼りの、民主党。政権交代に期待した一般市民の票は期待できず、組合票の比重はより高まった。だが、政権交代可能な一方の党として存在していた以前ならいざ知らず、弱小野党になった今では、なぜ組合でこれを応援をしなければいけないのか、という声は組合員からも上がってくるでしょうね。変わらす支え続けるのは、電力系の組合や、原発メーカーの組合くらい、ということになるのではないでしょうか」(自治労組合員)

いっそ、党名を「原発党」にでも変えたら、インパクトがあるのではないか。
忌野清志郎の「原発音頭」を党歌にして。

 

(鹿砦丸)