◆二度目の不当弾圧を許すな!

11月26日、大阪府警・西成警察署は、「あいりん総合福祉センター」(以下センター)北西角の監視カメラに対する威力業務容疑で、計4名5ケ所で家宅捜索を行った。11月6日の4名逮捕に続く二回目の弾圧だ。

「あいりん総合福祉センター」の監視カメラ

先の逮捕容疑は、5ケ月前の5月31日、前出の監視カメラに軍手を被せたというものだ。釜ケ崎では、4月1日「センター閉めるな」と訴える人たちが、閉鎖を断念させ、その後自主管理が行ってきた。4月24日大阪府警と国、府が暴力的に排除してきたが、それ以降も団結小屋を拠点に活動が続いている。

問題の監視カメラは、もとは西成労働福祉センターの業者用駐車場に向けられていたが、その後労働者や支援者が多数出入りする団結小屋に向きを変えていた。周辺には野宿する者も多数いるのに。労働者と支援者らは、「プライバシーの侵害、団結権の侵害だ。向きを変えろ」と申し入れてきたが、向きを変えることなく、逆にカメラに軍手を被せただけで逮捕となった。

反弾圧を闘う大勢の仲間の力で、4名は2泊3日で全員釈放された。検事が裁判所に勾留を求め、裁判所が認めなかった決定書には、「同種事案の中では軽微な部類に属する」と書かれてあった。確かに、軍手を被せただけで、カメラを棄損したり、向きを勝手に変えてはいない。今回の弾圧は、5月31日後、再度監視カメラにスーパーのレジ袋を被せたことへの弾圧だというが、前回、長期勾留の嫌がらせに失敗した警察は、さすがに逮捕は出来なかった。

◆警察・行政一体で進む「まちづくり」で、だれが排除されてきたか?

釜ケ崎での一連の不当弾圧は、この間、国と大阪府・大阪市、そして大阪府警が一体になって進める「西成特区構想」を進める過程でおきている。じつはこうした動きは、2011年4月5日、7名が逮捕された釜ヶ崎大弾圧から始まっている。その後4名が「威力業務妨害」で起訴され、裁判で全員に有罪判決が下された。逮捕容疑は、前年2010年7月11日、萩之茶屋小学校で行われた参議院選挙の投票会場で、投票業務に従事している市職員らの業務を妨害したというものだった。

これら夢のような構想はどこへいったのか?

さらにさかのぼる2007年3月、大阪市は、釜ヶ崎地域合同労組が入る「釜ヶ崎解放会館」に置かれていた約2000名余りの住民票を、職権で削除するという暴挙を行った。釜ヶ崎にはドヤや飯場を行き来するため、住民票を置く場所がない者も多く、住民票がなければ、健康保険や免許証が取れない、仕事に必要な携帯電話も購入できないと、困った労働者らが行政に相談したところ、「解放会館へ(住民票を)置けばいい」と指導され、そのやり方が30年以上も常態化していた。

そうしたなか、突然住民票が奪われたのだ。4月の統一地方選挙で投票できないことを危惧した組合や支援者らが、2010年7月11日にも、参議院選挙が行われた萩之茶屋小学校前に出向き、選挙権をはく奪された野宿者の選挙権回復を求めると共に、検挙権を回復する可能性のある人たちに対して、投票業務に従事している市職員らが適正に対応するか監視する活動を行ったのだ。こうした全く正当な行為が、「威力業務妨害」とされ、弾圧されたのであった。

じつは同じ時期、センター周辺と西成警察署裏の屋台が相次いで強制撤去されている。センター周辺の屋台については、年に数回、市の職員と屋台関係者が共同し、屋台周辺の消毒作業をやることで、容認されてきたし、警察署裏の屋台についても、関西電力が屋台毎に正式に契約しメーターをつけるなどしており、営業は事実上容認されてきた。それがいきなりの強制撤去である。屋台で何十年も生計をたてていたおばちゃんらは、「暮れにいきなり閉めろなんて、正月も越せない。せめて次の準備をする時間をくれ」と交渉し、数ヶ月延ばしてもらった。

こうして野宿者と屋台、露店商、そしてヤクザが次々と排除されてきた。この間、ヤクザ、暴力団を反社会的勢力と呼ぶようだが、私はそれには反対だ。「反社会的」の意味が恣意的に拡大され、弾圧の対象範囲をも拡大する危険性を伴うからだ。

釜ヶ崎では長年にわたり、ヤクザと警察はズブズブの間柄だった。当時、三角公園の周辺にずらりと並ぶノミ屋(違法賭博場)の前には、シケハリと呼ばれる見張り番が立っていたが、軽らの警察官が回ってくると、一斉に「ごくろうさまです」と挨拶していた。違法賭博場であることは周知の事実だが、取り締まらず、なかには笑顔で答える警官もいた。1990年には、西成警察署の署員が、暴力団から賄賂を貰ったことが発覚したことに端を発する暴動もおこっているほどだ。こうしてヤクザを利用したり、違法でも放置してきたくせに、「コンプライアンス」云々が叫ばれたり、不必要、邪魔となったら、いきなり首をきる、「ケチって火炎瓶」として話題になった安倍晋三とヤクザの関係と同じではないか。

西成警察主導の「あいりんクリーンキャンペーン」。後ろで手を組む警察官が並ばせた労働者を怒鳴り付けていた

◆次々に弾圧されるのは、大阪維新の進める「まちづくり」に邪魔な人たちだ!

今回の一連の弾圧の背景には、大阪維新の「西成特区構想」で進められる「まちづくり」が大きく関係している。大阪維新は、釜ヶ崎の労働者の唯一の「寄り場」であるセンターをつぶし、広大な更地を確保し、ひと儲けしようと企んでいる。「耐震性に問題がある」として、労働者の「寄り場」は無理やり閉鎖されたが、その上の医療センターは未だに通常営業し、多くの患者が入院している。「危険なセンターにおっちゃんを閉じ込めていいの?」などと言いながら、患者はどうなってもいいのか? しかも「耐震性に問題がある」とセンターをつぶす一方で、耐震性に問題のない第二市営住宅までつぶすという。それも税金を使ってだ。それもこれも使い勝手のいい、きれいな「台形」の更地が欲しいからにほかならない。

かつてゆっくり横になれたスペースはもう作られない

有識者や地域の「代表」らが集まって、その台形に、どんな町をつくろうかという様々な会議が、長年税金を使って行われてきた。10月28日開催された「第45回労働施設検討会議」の議事録(案)によれば、今のところ、その台形の更地に作られる予定であるのは、南海電鉄高架下の仮庁舎に移された国の管理する「あいりん職安」と、大阪府が管理する「西成労働福祉センター」だけのようだ。面積はほぼ、仮庁舎と同じ、つまりもとのセンター内にあった、ゆっくり横になれるスペースや水飲み場、シャワー室、洗濯場、足洗い場、娯楽室などはないようだ。

一方、新今宮駅前の「地価が高い」北側は、広大な駐車場になるようで、ここにも労働者の居場所はない。かつて道路やビルを作り、日本経済を下支えしてきた労働者が、あるいは生活に困窮した人たちが最後の最後にたどり着き、どうにか命を永らえさせてきた釜ヶ崎は、もう必要ないということなのか? 誰も切り捨てない、排除しない町、差別しない町、それが釜ヶ崎ではなかったのか?

「ジェントリフィケーションにならないように」とまちづくり会議の識者らは言うが、前述したように、すでに排除と弾圧は山ほどやられている。いま狙われているのは「センターつぶすな」と主張する、私たち「邪魔者たち」だ。関西生コンへの不当な弾圧など、あらゆる権力の弾圧と闘う皆さん! ぜひ釜ヶ崎の闘いにご注目いただきたい。

▼尾崎美代子(おざき みよこ)
新潟県出身。大学時代に日雇い労働者の町・山谷に支援で関わる。80年代末より大阪に移り住み、釜ケ崎に関わる。フリースペースを兼ねた居酒屋「集い処はな」を経営。3・11後仲間と福島県飯舘村の支援や被ばく労働問題を考える講演会などを主催。自身は福島に通い、福島の実態を訴え続けている。最新刊の『NO NUKES voice』21号では「住民や労働者に被ばくを強いる『復興五輪』被害の実態」を寄稿

月刊『紙の爆弾』12月号

季刊『NO NUKES voice』21号 創刊5周年記念特集 死者たちの福島第一原発事故訴訟