この5年間、われわれが問うてきた問題の核心は、何であったのだろうか。松岡にとっては2005年に急襲された言論弾圧の際救援の手を差し伸ばしてくれた方々(社会)への謝意もあったであろうし、自身が学生時代に経験した「内ゲバ」が内因になっていたであろうとも推測される。

 

すっかり有名になったリンチ直後のM君の顔写真。血の通った人間なら、これを見たらよほど酷いリンチが行われたことを窺い知るだろう。本人尋問で「李信恵さん、どう思いますか?」との問いに何も答えなかった

では、松岡よりもかなり世代が下のメンバーで構成された特別取材班を突き動かした動機は、どのようなものに由来していたのであろうか。大まかな打ち合わせを行うことはあっても、個々の思想信条には一切立ち入らずに「一致点」を見つけることは可能であり、その「一致点」が5年以上にわたる継続取材を可能にせしめた、ということであろう。その「一致点」とはいかなるものであろうか。

松岡にもたらされた情報は、鹿砦社の複数社員にも共有され、のちに特別取材班の陣頭指揮を執ることになる田所敏夫にもほどなく伝えられた。「特別取材班」などと書けば、大きな所帯を想像されるかもしれないが、結果的に10名以上の協力者を得ることになったものの、当初より戦略的な布陣が引かれていたわけではない。田所がこの問題に腰を上げた理由についても、自身の口から語られたことはない。

◆世界情勢やコロナとも無縁ではない不条理に満ちた「M君リンチ事件」

顧みるのではなく、今日の世界を見渡してみよう。パレスチナではイスラエルとの全面衝突が発生し、第二次大戦後の表出した矛盾の一つである「中東問題」が依然として解決を見ず、悲劇は繰り返されていることにわれわれは、さらなる注意を向けるべきではないか。停戦がなされたとはいえ、世界の歴史を貫く矛盾の結晶が「パレスチナ問題」には内在されている。あたかも「双方に言い分がある」かのごとく報道し、パレスチナへのユダヤ人「入植」という名の「軍事侵略」についての批判を行わない言説には、まったく意味はない。

第二次大戦後冷戦構造を立ち上がらせた「東側陣営(社会主義陣営)」は20世紀の終末を待たずに消滅し、「東西問題」は「民族問題」へと変化を遂げた。かといって残存した「西側陣営」が勝利者であったかと言えば、そうは言い切れない。中国の台頭に怯え、軒並み国家財政が破綻レベルに累積赤字が膨らんだ「先進国」では、産業の成長などは見込めるはずもないのである。ひたすらITの可能性に活路を見出そうとするか、あるいはまったく実体経済とはかけ離れた、担保のない「仮想マネーゲーム」に没頭するしか、未来像は描けていない。つまり西側陣営も、明らかに危機に瀕している。

新型コロナウイルスは、中国の奥地に生息するコウモリに宿る(「宿主」と呼ばれる)ウイルスが人間界に入ったことで生じた疾病であると、ほぼ原因は判明した。その感染症が世界的に広がったことに、われわれは困惑し大騒ぎしているのだ。

こんなことと「M君リンチ事件」がどのように関係するのか、と訝しがられる読者も少なくないであろう。しかし、一見まったく関係のなさそうな「中東情勢」と「新型ウイルス」のパンデミック、さらには「M君リンチ事件」の間には、今となれば幾つもの共通項を見出すことができる。

控訴審から鹿砦社の代理人に就いた森野俊彦弁護士を『週刊金曜日』今週号に3ページにわたり紹介、掲載発売中の号なので1ページのみ紹介、特集は「これでいいのか裁判所」、購読し全体をご覧ください。森野弁護士は元裁判官、大阪高裁にも勤務。1971年任官、この年、同期の7名が任官拒否され異議を申し立てる。「もの言う裁判官」として青法協(青年法律家協会)、「裁判官ネットワーク」などで積極的に活動。宇都宮健児、澤藤統一郎、梓澤和幸弁護士らは同期

◆本質は「体感の痛み」だ

まず、初期対応のまずさだ。「反差別」を標榜する団体なり集団が、暴力事件を起こすのは非常に具合が悪い。差別者に付け入られる隙を与えかねないし、運動内部からも「何をやっているんだ!」との声が上がってくるだろう。だから、加害者(3名)は、被害者M君に宛て「謝罪文」を書いた。そこまでは正しかったし、そのまま被害回復へ向かえばM君が困り果て、鹿砦社に相談してくることはなかったのだ。

同様の初期対応のまずさを「新型コロナウイルス」に対する、日本政府の姿勢に照らしてみよう。2019年冬には武漢での集団発生が、日本でも報じられていた。しかしその時点でウイルスの詳細情報は伝わっていない。感染症予防の原則は、感染者、あるいは感染した可能性のある人の隔離と、徹底した検査だ。しかし、日本は武漢をはじめ、中国全土やその他の国との航空機発着制限を行う意志はまったくなく、結果として2020年初頭から統計に表われる感染者が増加する。

志村けんや岡江久美子が亡くなり、急激に庶民の危機感は高まるが、政府の対策はすべて後手後手であった。「アベノマスク」のバカらしさは誰にでもご理解いただけるだろう。そして無能どころか有害な政府は、あろうことか「Go Toトラベル」などという、税金を注ぎ込んだ「感染拡大策」までを強行してしまった。高校の生物学レベルの知識で判断すれば、「無謀にもほどがある」と簡単にわかる愚策は、当然感染拡大を招いた。

「謝罪文」を書き「活動自粛」を約束しながら、それを一方的に反故にして、被害者の気持ちを踏みにじる行為を選択した李信恵と「李信恵さんの裁判を支援する会」の卑劣さは、わかりやすく例えれば「Go Toトラベル」と同じように大きな間違いであった。

しかし、一度方向を定めると、方針転換は容易ではない。見るがいい。誰が今「東京五輪」開催を望んでいるのか。どの調査を見ても、質問項目にバイアスがかかっていなければ8割以上の人が開催を望んでいない。そうでありながら、日々馬鹿げた「聖火リレー」を感染拡大というおまけ付きで、止めることのない「反知性」はいったい何者なのだ。

ユダヤ人はナチスにより虐殺された。筆舌に尽くしがたい民族浄化の歴史は、世界に知れ渡っている。なのに、どうしてそのユダヤ人の国家・イスラエルがパレスチナの人々を虐殺し続けるのだ。被害者としてユダヤ人は「体の痛み」を持っているはずだ、とわれわれは思うし、思いたい。「体の痛み」は「差別」と置き換えてもよい。ここでイスラエル情勢と「M君リンチ事件」は結び付くのだ。

長く差別されてきた「体の痛み」の歴史を持つのは、在日コリアンとて同様だ。大日本帝国侵略により祖国を蹂躙され、多数が日本に強制連行、あるいは仕方なく渡った歴史は消しがたい。その史実により受ける差別への反対運動は、健全な方向と方法で継続されるべきであるとわれわれも認識する。歴史修正主義者の跋扈は、近年ますます目に余るのだから。

けれども、「M君リンチ事件」のように、誤った(つまりユダヤ人がパレスチナの人々を攻撃し続けるように)事件を起こしてしまう、そしてそれを隠蔽してしまうことは、「反差別」を標榜する団体だからといって、許されるものではない。むしろ反差別をめざす人々には、崇高な思想と行動が伴わなければ、空疎な形骸と化してしまう危険性がある。

李信恵代理人の神原元弁護士(左)。右は師岡康子弁護士

つまり、李信恵や、事件隠蔽の中心的役割を担った「コリアNGOセンター」の幹部たち、または、これらの支持者や隠蔽に関わった者らの「M君リンチ事件」への対応は、極めて不適切であるのだ。「反差別」「人権」に立脚した崇高な思想などは破片も見当たらず、自己保身のために、場当たり的な対応の連続であり、それは「狡い」といわれても仕方のない姿である。そして、「反差別」に立脚していながら、厳しい忠言でも発する一部の人々以外の人間の中には、口には出さずともかえって「差別」感を深める人もいる。在日コリアン全体が狡いと認識し、差別意識は拡大してしまうのだ。これこそわれわれが最も危惧し、それゆえ「火中の栗」を拾わなければならなかった理由でもある。取材班の内部や周囲の在日コリアンの方々も、同様の懸念を示されていた。この点で、リンチ事件を惹き起こした李信恵、その後の対応を誤ったコリアNGOセンターや隠蔽に関わった者らの責任は重いのだ。

 

闘いの舞台は大阪高裁に移る

特別取材班は、2021年5月においてこうしたことを確信できているし、約5年前の松岡の判断も、そのような体験を含んでいたのではないかと想像するのだ。

明日はいよいよ、鹿砦社に対し名誉毀損で賠償金165万円もの支払いと、本通信の記事削除を命じた一審大阪地裁判決に対する控訴審の第1回目期日である。一審原告(被控訴人)は李信恵(当然、一審被告・鹿砦社は控訴人として、くだんの一審判決の取り消しを求めている)。お時間のある読者諸氏は、本文の左側に《M君リンチ事件》とのタグがあるので、是非過去の記事を見返していただきたい。われわれが名誉毀損に当たる記事を書いたかどうかを、裁判所だけではなく、「一般市民」の感覚からもご判断いただきたい。

われわれは、名誉毀損に当たる記事は絶対に書いていないと確信している。思い込みではない。カネとヒトを動員してスクープを連発する「文春砲」にも負けない、徹底した証拠の確認と取材により判明した事実を積み上げた上で、すべての記事を書いているからだ。飛ばし(裏付けを取っていない記事)は一つもない。すでに6冊にまとめ世に問うた関連書籍をお読みいただけた皆様方には、おわかりいただけるだろう。

本件に、引き続きご支援とご注目をお願い申し上げたい。

《関連過去記事カテゴリー》
 M君リンチ事件 http://www.rokusaisha.com/wp/?cat=62

『暴力・暴言型社会運動の終焉』

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