横浜にぎわい座から携帯に電話がかかってきたのは6月7日だった。
チケット購入済みの桂歌丸独演会の内容に一部変更があるという。
公演の正式タイトルは「桂歌丸 語り直して 三遊亭圓朝作 怪談 真景累ヶ淵」である。
今回は第6話「湯灌場から聖天山」・第7話「お熊の懺悔」と発表されていたが、演者の体調都合により、第6話「湯灌場から聖天山」ほか1席に変更するとのこと。
大作である「真景累ヶ淵」を一夜に2席演ずるのは他の演目以上に演者への負担が大きいということで、やむなく演目変更となった。本公演は公演タイトルに演目を明示して発売したため、希望であれば払い戻しに応じる旨の連絡だった。
予定通り鑑賞させていただきますよ、と答える。

桂歌丸は横浜生まれで現在も横浜・真金町に在住しており、「横浜の師匠」とも呼ばれる。長寿番組「笑点」での司会を例に出すまでもなく全国的に知名度の高い落語家であるが、横浜にぎわい座の館長も務めており、地元横浜ではより親しみを持たれている。
かねてから患っている肺の疾患で度々入院することがあり、この春にも肺疾患に続いて帯状疱疹で再入院、5月下旬に退院したばかりである。

昨年10月にも新宿・紀伊國屋寄席にて同じ演目での公演が予定されていたが、前日に肺気腫による高熱を出して入院、急きょ代演になるという事態があった。
歌丸ほどの落語家になると同レベルの存在はなかなかいないもので、代演したのは柳亭市馬、三遊亭小遊三と、落語協会、落語芸術協会からそれぞれ副会長を出し、桃月庵白酒を加えて3人での代演としてしのいだ。
今回も休演しないとはいえ演目を替えるという窮余の策を講じるということは、体調も実は相当悪いのではないか。本当に本人が出演できるのか、当日まで案じられた。

果たして6月12日夕刻、にぎわい座へ行ってみると、歌丸の公演ポスターが掲示されている。大丈夫なようだ。
開口一番前座の雷門音助、二つ目の春風亭昇也が終わると、いよいよ真打登場、と相成るところ、ここで一旦幕が下りた。
ほどなくして幕が上がると高座にはすでに正座した歌丸がいる。異例の出方であるが、高座まで歩いて出られないのであろう。痩せた身体はよりいっそう小さく見えた。

マクラは自身の病気の話からだ。たった一つの咳から肋骨骨折へ、そして肺気腫の症状で入院したことをなんとか笑いに持っていく。「笑点」メンバーが順に見舞いに来てくれた話をひとつの小噺にまとめてネタにしてしまうなどはお手の物だろう。
入院中に、陰気な病院の中にも陽気な人はいる、何にでも陰と陽はあるものだ、と感じたところから、「後生鰻」を語る。筆者は初めて聞くが短く軽い噺で、この類なら負担が少ないというものなのだろう。

中入り後は宮田陽・昇の漫才を挟んで再度幕が上がる。
いよいよ語り始めた「真景累ヶ淵」の「湯灌場から聖天山」では、病に伏す羽生村名主・惣右衛門を妾のお賤とその愛人の新吉が殺す場面に始まり、それを知った土手の甚蔵の強請り、さらに甚蔵殺しへと続く。登場人物は皆悪人で、描かれる場面は一貫して暗い。
しかし病を感じさせない声で、口跡も良く、聞く者を物語の中に引き込む力量に変わりはない。
殺しの場面は2度もあるが、動きも少ないながらに鬼気迫る様子が伝わってくる。
圓朝の作品は速記を元に本が残されており、語られたままが文字になっている。そのため脚注が多く、そのままの言葉ではすんなり理解しがたい部分も多々ある。
そのあたりも現代のわれわれに理解できるように、なおかつ時代の雰囲気を損なわない語りで演じてくれるのだ。
タイトルに「語り直して」とあるのは、そうした歌丸の物語の理解と咀嚼を表しているともいえるだろう。

「真景累ヶ淵」は三遊亭圓朝の処女作であり、現在でも読むことのできる文庫本では460頁以上にも及ぶ大作である。高利貸しの皆川宗悦が金を貸した酒乱の旗本・深見新左衛門に殺されることを発端に、宗悦の娘、豊志賀、園と、新左衛門の息子、新五郎と新吉を巡る多くの登場人物によって織りなされる因縁話だ。
中の一場面である「豊志賀の死」などは単発で演じられることもあるが、すべてのストーリーを通しで語れるのは歌丸の他にいない。
というのも最終話である第7話「お熊の懺悔」については、当の圓朝以来、現代の噺家はおろか、円生や彦六でさえも、誰も語ったことがないのである。
それだけに第1話から聞いてきた者としては、楽しみにしていた最終話が今回また聞けないのは残念であった。
「お熊の懺悔」は10月の公演が決定したという。
ぜひとも体調を回復して、貴重な演目を「語り直して」ほしいものだ。

(ハマノミドリ)