1999年から2000年にかけ、大々的に報道された本庄保険金殺人事件。この事件の主犯格とされ、一貫して無実を訴えながら08年に死刑確定した金融業者・八木茂氏(64)は09年1月にさいたま地裁に再審請求し、翌年3月に請求を棄却されたが、東京高裁に即時抗告し、疑惑が最初に報じられてから15年になる現在も無実を訴え続けている。

そんな八木氏の再審請求即時抗告審では、被害者の死因という大きな争点で八木氏に追い風が吹いていることは先日お伝えした通りだが、この事件には大きな争点がもう1つある。それは、「共犯者」とされる女性3人の供述の信用性である。

その3人は武まゆみさん(46)、森田考子(たかこ)さん(09年に獄中で病死。享年47)、フィリピン人のアナリエ・サトウ・カワムラさん(49)。彼女たちは元々、八木氏が95年まで経営していた「ナイトレストラン レオ」という飲食店のホステスだったが、八木氏と愛人関係にあった女性である。

八木氏に対する確定判決によると、八木氏は「レオ」やその後継店「マネキン」の常連客で、経営する金融会社の債務者だった男性3人を彼女たちと偽装結婚させた。そのうえで、彼女たちに指示して連日、トリカブトを食べさせたり、大量の風邪薬を飲ませることにより、男性たちを殺害したり、傷害を負わせたとされている。八木氏が一貫して無実を訴える一方で、この女性3人はいずれも裁判で涙ながらに罪を認め、それぞれ無期懲役(武さん)、懲役12年(森田さん)、懲役15年(アナリエさん)の判決を受けて服役したのだが、このことが八木氏にとって不利な事実であることは否めない。

だが、実際問題、女性3人の自白内容は真実として受け入れがたいものだった。彼女たちが語った殺害方法があまりにも荒唐無稽で、現実離れしていたからである。

たとえば、アナリエさんの戸籍上の夫で、95年にトリカブトで毒殺されたとされる元工員の佐藤修一氏(当時45)のケースを見てみよう。女性3人の自白によると、彼女たちは八木氏の指示により、当初は佐藤氏を「過労死」させようとしたり、「成人病」にしようとしたとされる。そのために毎晩、「レオ」に佐藤氏を呼び出して、午前4時ころまで足を踏みつけたり、背中に氷を入れて眠らせないようにして酒を飲ませ続けたり、ショートピース(煙草)の葉とコーヒー豆を煮出して作った「ニコチンコーヒー」なるものを毎晩飲ませ続けたのだという。つまり、女性たちの自白が仮に真実なら、佐藤氏はそんなひどい目に遭わされながら逃げ出すことなく、懲りもせずに毎晩レオに通い続け、ひどい目に遭わされ続けていたことになるわけだ。

これだけでも不自然極まりないが、佐藤氏をトリカブトで毒殺したくだりに関する彼女たちの自白内容は輪をかけて不自然だった。というのも、3人の自白によると、犯行のほとんどを実行した武さんは2年近く、佐藤氏に少量のトリカブトが入った食べ物を与え続け、最後に大量のトリカブトが入ったあんパンを食べさせてとどめを刺したとされている。しかしこの間、佐藤氏は手のしびれや下痢を訴え、ときには卒倒しながら、武さんを疑う様子は一切なかったというのだ。これほどまでに鈍感で、されるがままになる人間が本当に存在するだろうか?

一方、森田氏と川村氏が被害者とされる「風邪薬事件」についても、女性3人の自白は荒唐無稽というほかないものだった。何しろ、彼女たちの自白によると、森田氏と川村氏は武さんから健康食品だと偽るなどの手口で風邪薬を毎日20~30錠も飲まされ、そのせいでおう吐したり、痩せ衰えるという症状が現れながら、9~11カ月に渡って武さんに与えられるままに風邪薬を飲み続け、逃げも抵抗もせずに体を弱らせ続けたというのだ。

かくも不自然な女性3人の自白について、確定判決は一応、八木氏が《店に出入りする常連客の中から、人を疑うことを知らず、生活環境を変える能力や意欲に貧しい境遇にある者》に目をつけたとして、ありえない話ではないように述べている。しかし、犬や猫でも、食べるたびに吐いたり、手足がしびれるような変なエサを何か月も与えられるままに食べ続けたりはしないものである。

筆者は実際に、佐藤氏が飲食させられたとされるニコチンコーヒー、トリカブト入りあんパンを女性3人が自白した通りの作り方で作ってみた。すると案の定というべきか、ニコチンコーヒーは匂いも味もひどく、口に含んだけで「ウエッ」とえずいてしまった。トリカブトの根を細かく刻み、半分に割ったあんパンのあんこの中に仕込んだうえ、ラップでくるんだというトリカブト入りあんパンも見るからに不気味な様相だった。また、武さんは川村氏に対し、以前から与えていた「つかれず」という健康食品に「イブA錠」という風邪薬を混ぜて計10錠くらいにして飲ませていたというのだが、実際に見比べた両製品の大きさの違いは一目瞭然。こんなものを騙されて飲む人間はいないだろうと思わざるをえなかった。

もちろん、どんなに女性3人の自白内容が不自然でも、彼女たちが重い刑罰を科せられることを覚悟のうえで、公判廷でも涙ながらに罪を認めている事実は決して軽視できない。では、彼女たちはなぜ自白したのか。じつは裁判では、その答えも弁護側から示されているのだが、それはまた別の機会に報告する。

(片岡健)

★写真は、愛人女性たちの自白通りに再現したニコチンコーヒー(左)、トリカブト入りあんパン(右上)、被害者たちが飲まされたとされる健康食品と風邪薬(右下 ※大きいほうが風邪薬)。

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