◆「民主主義に対する挑戦」とは位相が異なる事件

7月8日、奈良市で参議院議員選挙に立候補した自民党候補者の応援演説を開始してまもなく、安倍元総理が男性に手製の銃で射殺された。日本で政治家の「暗殺」は少なくない。有名なところでは、現役の首相、犬養毅が銃弾に倒れた「5・15」事件や複数大臣が暗殺された「2・26事件」、社会党(当時)の浅沼稲次郎委員長が演説中に刺殺された事件などが、わたしの年齢の層には思い浮かぶ。

安倍元総理射殺事件の直後、与党も野党も、おそらくはどのマスコミも(マスコミのすべてを検証はしていないが)「民主主義に対する卑劣な攻撃・挑戦であり断固として許せない」旨のメッセージを発していた。選挙期間中に首相在位期間最長者である、安倍晋三氏が殺されたのであるから、なんらかの「政治的背景」があるのではないか、と考えても無理はない。というよりも時期や状況から判断すれば、動機は判然としないものの「政治的な背景を持ったテロ」だとの推測が大勢であった。

しかし、容疑者(とはいえこの事件の場合、現在明らかになっている供述から「容疑者」との呼称ではなく「犯行遂行者」と呼ぶ方が適切かもしれない)からは、与野党・マスコミ・おそらくは警察当局も想定していなかったであろう、意外な供述が発せられた。

「統一教会に家族(人生)をバラバラにされたので、統一教会を日本に連れてきた岸信介の孫である安倍元首相の殺傷を狙っていた」、「統一教会最高幹部が来日した際に、暗殺を計画したが果たせなかった」……。

犯行遂行者は長期間にわたり、自分の家族が崩壊させられ、自分の人生も狂わされた「敵」として統一教会(現・世界平和統一家庭連合)を捉え、復讐の機会を探っていたようだ。そうであれば、事件の直接被害者は安倍元総理ではあるが、犯行の動機は政治的なものではない。むしろ自分の人生を壊した統一教会に本来は向かっていたものを、それが果たせなかったために、統一教会の支援者と考えられる安倍元首相への攻撃へターゲットを切り替えたと推測される。

ここで事件が帯びる性質の全体像が大きく変化するのである。仮に「犯行実行者」が「安倍元首相の政治姿勢」あるいは「政治手法」などについての批判を動機として持っていれば、たしかに、「政治テロ」事件としての色彩からの捜査が進行するであろうが、「犯行実行者」は現在伝わっている情報の限りにおいて、まったく「政治」と無関係にひたすら統一教会による被害(「犯行実行者」が感じる被害)が、事件実行の動機だったと述べているようだ。

そうであれば、この事件は結果として安倍元総理が暗殺されたとはいえ、冒頭に述べた「5・15」、「2・26」、「浅沼委員長刺殺事件」と衝撃においては似ていても、動機においてはまったく位相が異なる事件である可能性があるのではないだろうか。

7月14日岸田総理は安倍元総理の「国葬」を行うと発表したが、同時に原発9基の再稼働を経産大臣に指示したことも表明した。

弱小党派や少数野党がときに「自民党政権は議席を多数保持していても、内心では極限まで追い詰められている!」というような定型文的なアジテーション文章や声明を出すことがある。7月中盤参議院選挙終了直後の自公政権は、奇しくもその状態に陥っているのではないかと感じる。

◆権力中枢に浸透し、暗然たる力を保持していた統一教会

若年層はともかく、50代以上の人々にとって、統一教会は桜田淳子や元体操選手・山﨑浩子が「合同結婚式」で結婚したことはまだ記憶の中にあるだろう。ところが統一教会の活動は70年代から各界で広がりを見せ、80年代には「霊感商法」などで大々的に問題にされるも、21世紀に入ってからめっきり報道が減っていた。これは統一教会が活動を縮小したからではなく、想像するに95年のオウム真理教事件をピークにマスメディアが意識的に扱わなくなったことと関連があるのではないか。マスメディアにおける統一教会の扱いが減っていた原因は、統一教会がそれだけ権力中枢に浸透し、暗然たる力を保持したからだと言い換えられる。

当選回数の少ない議員と統一教会の関係が断片的に報じられているけれども、元総務大臣で安倍元首相同様タカ派の急先鋒であり後継者ともいわれた、事件発生地奈良出身の高市早苗氏と統一教会についての関係は、地元だけでなく、政界・報道関係者であれば周知の事実である。不思議なことに事件発生後、安倍元首相の搬送された病院と東京にいながら連絡を取っていたというにいたといわれている高市氏と統一教会の関係にフォーカスが向いたマスメディアの報道は大々的に行われていない(総務大臣はテレビ局免許の認可権を持つ)。

◆矛盾を顕在化を恐れる岸田政権

さらに不思議なのは、韓国の右翼とKCIAがその活動を援助したといわれる韓国右翼団体である統一教会は教義に「韓国語(ハングル)による世界統一」など偏狭な主張を持つ団体であるにもかかわらず、日本の右派、特徴的には「日本会議」から批判が聞かれないのはなぜであろうか。

皇室を持ち上げ「日本民族の優秀性」を強調する日本の右派と、韓半島統一は良いにしても「韓国語(ハングル)による世界統一」を教義の一部に持つ団体とは、主張においてまったく相容れないのではないか。それらの矛盾を顕在化させないために、岸田は早期に「国葬」決定と原発再稼働命令との、まったく理解不能な煙幕の如き選択肢しか思いつかなかったのではないだろうか。

最後にわたし自身が経験した統一教会との接点を紹介しておこう。80年代半ば、米国に半年ほど滞在したことがある。数か月間は毎日マンハッタンに電車で通った。グランドセントラルステーションは多くの映画にも登場する、著名な場所だが、電車を降りて構内をあるいていると、わたしはアジア系と思われる若い女性からしばしば声をかけられた。

“ Are you looking for purpose in your life ? “

発音には日本語のなまりがあり、年齢は当時のわたしと変わらないひとたちだった。

「あなた、原理(原理研)でしょ!」

と日本語で吐き捨てると、すぐに離れていった。80年代から統一教会が引き起こす各種の問題を放置したから、皮肉にも安倍元首相殺傷事件は引き起こされたのではないか。


◎[参考動画]全国霊感商法対策弁護士連絡会 記者会見(2022年7月12日)

▼田所敏夫(たどころ としお)
兵庫県生まれ、会社員、大学職員を経て現在は著述業。大手メディアの追求しないテーマを追い、アジアをはじめとする国際問題、教育問題などに関心を持つ。※本コラムへのご意見ご感想はメールアドレスtadokoro_toshio@yahoo.co.jpまでお寄せください。

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