ピョンヤンから感じる時代の風〈46〉反ユダヤ主義を掲げてのガザ大量虐殺反対運動への弾圧 赤木志郎

昨年10月ハマスによる奇襲攻撃を契機にイスラエルによるガザ無差別爆撃と侵攻により、これまで8ヶ月間にパレスチナ民衆が6万人以上殺害され、そのうち多くは女性と子供だ。現在、イスラエルはハマス壊滅を掲げガザ北部攻撃の後、ガザ南部のラファへの爆撃と侵攻をすすめている。周知のようにガザ地区は周囲を高い壁に囲まれており、逃げ場のない刑務所のような地区だ。そして、食料と医薬品の搬入も妨害しているため飢えで死者も出ている。つまり、イスラエルはガザ地区にいるパレスチナ人民の大量虐殺、全住民の殺戮を目的としているとしか言いようがない行為をおこなっている。

これに対し、国際司法裁判所はラファ侵攻の即時中止命令とネタニヤフ・イスラエル首相の逮捕命令を出し、国連でもアメリカを除いてほとんどの国が即時停戦を求める決議に賛成し、欧米ではガザ大量虐殺反対の学生運動が巻き起こった。日本でも東大で50名による抗議キャンプと500名の集会をはじめ各大学に広がっている。

これらのガザ大量虐殺反対運動にたいする弾圧の名目は、それが「反ユダヤ主義」だからだという。

 4月パレスチナ民衆に連帯するためにコロンビア大学の学生たちがキャンパス内にテントを張って野営していた。ごく平和な運動だった。同17日、コロンビア大学のシャフィク学長が米下院公聴会に呼び出され、議会で「反ユダヤ主義は私たちの大学に居場所はない」と宣言し、翌日、警察による強制措置に踏み切り、学生150人以上を逮捕した。大学当局は学生たちを停学処分とし、出席するには年間6万㌦約930万円以上という途方もない授業料を支払うという条件をつけた。同様に昨年から学内でパレスチナ連帯の行動がおこなわれているハーバード大学、ペンシルベニア大学の学長が公聴会で共和党議員たちから「反ユダヤ主義だ」と厳しい批判に晒されて辞任に追い込まれてきた。

同じようなことがドイツ、フランス、イギリスなどで起こっている。

「反ユダヤ主義」という言葉は、日本ではあまりピンとこない。もともと反ユダヤ主義とは、ユダヤ人に対する憎悪や偏見のことだ。欧州ではイエス・キリストを売ったのはユダヤ人として「ユダ」が裏切り者の代名詞となり、シェークスピアの劇「ベニスの商人」でユダヤ人があくどい商人として登場するように、ユダヤ人が異端者のように扱われてきた歴史があった。そのうえきわめつきにナチ・ドイツが、「ユダヤ人などの『劣等民族』は、隔離するか絶滅するほかない」という人種主義を説き、ユダヤ人を強制収容所に閉じこめ600万人もの大虐殺(ホロコースト)を敢行した。ここから、欧州でユダヤ人を蔑視、憎悪する「反ユダヤ主義」は絶対許されるべきでない犯罪、悪として扱われるようになったという経緯がある。

◆学生運動が「反ユダヤ主義」なのか

しかし、今、起こっている学生運動が「反ユダヤ主義」なのだろうか? それはイスラエルによるパレスチナ人大虐殺に抗議しているのであって、ユダヤ人そのものを否定、差別していないのは明白だ。だからユダヤ人学生も数多く学生運動に参加している。アメリカのユダヤ人団体「平和のためのユダヤ人の声」も学生たちの抗議行動を支持しており、これらは反ユダヤ主義(ユダヤ人差別)ではなく、パレスチナ人の権利を守り、戦争に抗議する平和的な運動だと主張している。

にもかかわらず、イスラエル政府やアメリカ、欧州各国政府は、イスラエルに反対すること自体が「反ユダヤ主義」としている。とくに、43カ国が参加している「国際ホロコースト記念同盟」(1998年設立)において2016年に採択した「反ユダヤ主義の定義」では、11項目中7項目が現在のイスラエルを扱っており、「イスラエル国家の存在が人種差別的だと主張するなどしてユダヤ人の自決権を否定すること」「現代のイスラエルの政策をナチスの政策と比較すること」などが「反ユダヤ主義」として糾弾の対象となるとした。

この「定義」は欧米諸国に受け入れられ、アメリカでこの定義による「反ユダヤ主義」から学生が守られていない大学は連邦政府からの資金提供を停止するとの行政命令が出され、ドイツでは、政府が「イスラエルの安全保障は国是」としており、イスラエル批判やパレスチナ連帯の言動は「反ユダヤ主義」とみなされ、法律で禁止されている。つまり、「反ユダヤ主義」とイスラエル批判が同一視されているのだ。

なぜ、イスラエルを批判することが「反ユダヤ主義」とされるような馬鹿馬鹿しい論理の飛躍がまかりとおるのか。

その要因は複雑にからんでいると思う。

◆イスラエルと反ユダヤ主義

まず、イスラエルの人々にとって「反ユダヤ主義」はどう受け止められているのか。イスラエルの多くの人々がイスラエルに対する批判を許さないという特別意識をもっているといえる。その意識はユダヤ民族が600万人ものの虐殺という唯一無二の戦争犯罪を受けた民族であり、格別に尊重されるべき民族だというのがある。

そのうえにユダヤ民族の中では長い受難の歴史を経てエレサレムにあるシオンの地に建国した神に選ばれた「特別な存在」だという選民思想が右派を中心にひろく浸透している。だから、イスラエルが特別な存在であるがゆえに「反ユダヤ主義」との戦いを旗印にパレスチナ人を追放し占領地を拡大しつづけ、ガザにたいする大量虐殺を敢行しつづけることが正当だというのである。

実際、これまでイスラエルは周辺諸国を攻撃し占領してきた。今日においてもパレスチナ人を追放してしまえという世論が多数を占めている。その結果、かつてナチがおこなった大量虐殺をみずからおこなうことになっている。それどころかイスラエルの政策に反対するハマスや学生運動がナチと同じだと非難している。反ユダヤ主義撲滅を掲げながらナチス・ドイツとまったく変わりない人種主義、植民地主義をやっている。イスラエルはパレスチナの地を占領し、パレスチナの国家建設に反対し、パレスチナの人々を虐待してきた。

しかし、国家主権をとりもどすことはなんびとも否定できない正義の闘いだ。ハマスがパレスチナの独立をめざし果敢に戦い、それを多くのパレスチナの人々が支持している。今や、世界の多くの国、人々がイスラエルの占領政策と大量虐殺を非難し、パレスチナ民衆に連帯を表明している。イスラエルの独断的な「反ユダヤ主義」で正当化しているパレスチナの人々にたいする人種主義、植民地主義は、必ず破綻の運命を免れることができないだろう。

◆アメリカ覇権主義と「反ユダヤ主義」

アメリカの支援と庇護なしにイスラエルは世界を敵に回しての大量虐殺と占領政策をおこなっていくことはできない。パレスチナ連帯運動とガザ大量虐殺反対運動を無慈悲に弾圧するのは、その運動が本質的にイスラエルにたいし軍事的経済的支援をおこなっているアメリカの覇権主義に反対する運動であるからだ。このことが決定的要因だといえる。アメリカの学生運動はユダヤ資本の大学への投資に反対し、アメリカのイスラエル支援を反対している。

ユダヤ人の哲学者で、米カリフォルニア大学バークレー校大学院で教鞭をとるジュディス・バトラー氏は、「イスラエルによるガザの家・病院・学校にいるパレスチナ人への攻撃、逃げている人々への攻撃はジェノサイドだ。その暴力は、組織的な強制退去・殺害・投獄・勾留・土地の収奪・生活の破壊を特徴とする、75年間にわたる暴力の一部である。イスラエルのパレスチナ占領における入植者植民地主義は人種差別の一形態であり、パレスチナ人は人間以下の存在として扱われている。そしてアメリカ政府は実際に武器や支援、助言を与え、大量虐殺という犯罪に加担している」と指摘している。

 
赤木志郎(あかぎ・しろう)さん

そもそもイスラエルは英米がアラブ民族のイスラム主義諸国を抑えるために作った代理戦争国家だ。イギリスが統治していたパレスチナの地を一つはユダヤ人に委ね、一つはパレスチナ人に委ねるという二つに分割案を決定し、事実上、ユダヤ人国家であるイスラエルの建国を保障した。そして、建国したイスラエルはパレスチナ人を追い出し虐殺し、占領地、植民地を拡大してきたのが現在のイスラエルだ。しかも、英米支配層、言論界にユダヤ人が大きな影響力をもっている。ユダヤ民族が自らの国家をもつのは当然の権利だが、イスラエルはアメリカの覇権主義が作った残忍な侵略国家だといえる。

だから、イスラエルの侵略と植民地政策に反対する戦いはすなわち欧米、とくにアメリカの覇権主義に反対する戦いと直結している。そのアメリカの覇権主義に反対する闘いを弾圧するために「反ユダヤ主義」という理由にもならない理由をこじつけているといえる。

ユダヤ人という理由で差別や蔑視、迫害を受けるいわれはない。それはパレスチナ人、アラブ人という理由でパレスチナから追い出され、迫害を受けるなんら正当な理由はないのと同じだ。しかし、イスラエルではユダヤ人だから他の民族にたいし殺人、爆撃、封鎖、占領など何をしても構わないとしている。

今、「反ユダヤ主義」をもっての学生運動弾圧の過ちを明らかにし、人種主義と植民地主義そのもの、その根源であるアメリカの覇権主義を排撃し、一掃するときがきているのではないだろうか。アメリカを始め欧米諸国でのガザ大量虐殺反対、パレスチナ連帯運動が新たに起こったことがそこのことを示していると思う。

最終的な解決は、パレスチナ国家の独立とイスラエルとの平和共存しかないと思う。パレスチナ国家の独立についてはアメリカとイスラエルを除く世界のほとんどの国が支持している。この場合、これまでの暫定自治政府(西岸地区、ガザ地区)ではなく、パレスチナ領土を回復した国家の建設であり、それをイスラエルが認め、不当に占領した地域(ゴラン高原など)から撤退し、パレスチナ国家との友好平和協定を締結することだと思う。

▼赤木志郎(あかぎ・しろう)さん
大阪市立大学法学部中退。高校生の時は民青、大学生のときに社学同。70年赤軍派としてハイジャックで朝鮮に渡る。以来、平壌市に滞在。現在、「アジアの内の日本の会」会員

『抵抗と絶望の狭間 一九七一年から連合赤軍へ』(紙の爆弾 2021年12月号増刊)
『一九七〇年 端境期の時代』