われわれはすでに、偶然発見した月刊『創』の東電広告掲載について公にした。これは大きな波紋を呼んでいる。
しかし、ことは『創』に限らない。このブログでは、これを機に原発事故で明らかになった“マスゴミ”と“インチキゲンチャー”の醜態について追及していく。

『週刊現代』や『フライデー』元編集長で、現在も多角的な動きを見せている言論人・元木昌彦氏が昨年の3月11日の大震災直前、中国への「大手マスコミ東電接待ツアー」に参加していたのには、皆驚いた。
この「東電接待ツアー」は東電、関電、中電などの幹部のほか、元内閣特別顧問の笹森清(故人)などたいそうなメンバーがズラリと並んでいた。

「東電が、マスコミにばらまく広告費、対策費を含めて使う250億円の、ほんの一部にすぎません。なにしろ、銀座で高級寿司、しゃぶしゃぶ、懐石料理と、毎週のように東電の幹部たちはマスコミをせっせと接待していました」(経済紙記者)
いまだに放射能除染で苦しむ福島の住民たち、風評被害で生計が立たない農家が聞いたら、怒り心頭である。
この「中国への旅」は、25万円ほど費用がかかり、参加者の自己負担は5万円。差し引き20万円を東電が負担している。2011年のツアーは上海、南京、北京へと回った。勝俣会長はこのツアーの渦中で震災の報を聞き、東電の北京事務所へと向かった。
「後に、参加したマスコミ人たちは、あちらこちらで『このツアーは10年続いており、参加者は全額ではないにせよ、一部負担金も出しています』などと言い訳しています。元木氏もそのひとりです。ジャーナリストならば震災のあと、中国にいる間に勝俣会長に緊急インタビューすべきですが、ツアーに行った人たちの中には、そのようなまともなジャーナリスト魂の持ち主はいなかったのでしょう」(識者)

そもそも、2001年に江田五月参議院議員を初代団長にしてスタートした「愛華訪中団」は、電力会社やゼネコン幹部、新聞社のOB、労組関係者などが常連だった。日本側のオーガナイザーは、ツアーを主催している月刊誌『自由』(09年に休刊)の元発行人、石原萌記氏である。
「石原が東電に深く食い込むことができたのは、故・平岩外四との付き合いからです。東電は、平岩の鶴のひと声で、石原氏を緩衝地帯にして、マスコミ対策を行ってきたといっても過言ではありません」(元自民党秘書)

そのような「マスコミを籠絡する」人物の手中に堕ちておきながら、元木氏は「反原発の記事をやめてくれといった話は聞いたことがない」としている。
その後、この騒ぎが収まりを見せたころ元木氏は、どういうわけか「放射線量を計るメーカーの宣伝役を買って出ました。福島県内に設置する放射線量計測機の発売をアナウンスする記者会見のPR役となったのです」(新聞記者)
元木氏を尊敬してやまなかった、鹿砦社の松岡社長は怒り心頭で語る。
「元木さんも晩節を汚しましたね。彼のジャーナリスト生命はこれで終わりです。悪いことはできませんわ。私は自らを『ジャーナリスト』と呼んだことはありませんが、こういう人を『ジャーナリスト』というんなら、私は暴露本屋のオヤジでこれからも行きますよ。尊敬していた元木さんでしたが、いま私の中では敬称ナシの“モトキ”です」

元木氏の最近のブログは、掌を返したように東電への攻撃一色である。
「こういう風見鳥はもうたくさんです。まともなマスコミ人はいないのですか」(被災者)
東電マネー漬けになったマスゴミたちに明日はない。
元木氏は、ブログ「編集の学校」で偉そうに講釈をよく垂れるが、まず基本から教わるべきは、誰あろう元木氏本人ではないのか。「デジタル鹿砦社通信」では、東電マスコミツアー参加者を許さない。片っぱしから吊るし上げていきたい。

(渋谷三七十)