人々が本を読まなくなったということは、出版業界にいる身として我田引水になるからあまり言わないようにしている。が時々、そうまでして読まないのか、と驚くことがある。
高校の同級生4~5人で飲んでいた時のこと。娘が大学を卒業し就職するという、主婦が言った。
「娘が幼い時、遊ばせていた公園で、同じようなお子さんを連れてきていた主婦の人と話していて、彼女がこの公園の仲間で文学サークルを作ろうって誘ってきたことがあったの。その人その後、芥川賞取ったのよ」
「芥川賞? 誰々? なんていう人?」と、私は身を乗り出した。
「川上弘美っていう名前」
「え? か・わ・か・み・ひ・ろ・み~!?」私の声は裏返った。
川上弘美は、今や芥川賞の選考委員ではないか。
「『センセイの鞄』ってドラマにもなって大ヒットしたのよね。なんか、年老いた先生を看取るって話でしょ」と、彼女。
「え? それだけの縁があって、読んでないの!?」二度ビックリしてしまった。

しかしそもそも、文字を書くのが職業のライターでさえ本を読んでいないのだ。
同じ編集プロダクションで働いていた、ライターのアパートに遊びに行った時のことだ。
本自体が少なかったが、『龍馬がゆく』がずらりと並んでいた。
彼はそれを指して言った。
「いつか、これを全部読もうと思っているんですよ」
この調子だから、『罪と罰』さえ読んでいないライターなど、ざらにいる。

教科書にさえ作品が載っているほどの歌人と、話したことがある。
ドストエフスキーを始め主立った文学は子供の頃に読んでしまい、大人になってからは小説を読んでいないという。村上春樹などは手に取ったこともなく、伊坂幸太郎などは聞いたこともない、という。
それでいて、さかんに中村うさぎや岩井志麻子をこき下ろす。現代小説を読まないのになぜ彼女たちを知っているのか疑問だった。後で分かったが、テレビによく出ているから知っているのだ。もちろん彼女たちの小説は読んでいない。

ライターを育てる、ライタースクールの講師も本を読んでいない。
「若い娘が2人芥川賞取ったことがあったが、あれはおもしろいのか?」と彼は私に聞いた。
綿矢りさと金原ひとみの同時受賞から、いったい何年経っていると思っているのだろう。
「同時受賞はマスコミ受けを狙ってで芥川賞に価するのかの疑問はありますが、おもしろいとは思いますよ」と答えると、「いや、うちの生徒はつまらないと言っていた」と言う。そんなに気になるなら、生徒の評価など頼りにせず、自分で読めばいいではないか。
なぜ、そんなにまでして、本を読まないのだろうか。

挙げ句の果てに、彼は言った。
「君はずいぶん本を読んでいるようだが、執筆がおろそかになるから、ほどほどにしたほうがいい。俺はこの30年間、本を読んでいない」
彼がこの30年間に発表したのは、小説2作である。

書き手からして本を読まないのだから、出版不況も当たり前だろう。

(FY)