宝塚音楽学校では4月16日、第100期生の入学式が行われた。「清く正しく美しくの教えを守り、芸の道に精進します」と新入生代表が誓いの言葉を述べた。
清く正しく美しいはずのタカラヅカで、万引きの罪を着せられるなど、壮絶なイジメの果て、学園を追われた生徒がいる。それは、裁判にまで発展した。
その経緯がすべて分かるのが、山下教介著『ドキュメント タカラヅカいじめ裁判~乙女の花園の今~』(鹿砦社)である。

この物語の主人公となるSさんは、高校1年在学中に宝塚音楽学校を受験し、20倍を超える超難関を突破して合格。平成20年、タカラジェンヌへの道を歩み出した。顔立ち、高身長、ずば抜けたダンスセンス、とスターになる素質を兼ね備えていたという。
入学早々、「私たち96期生の中でSさんが一番きれいだ」と自分のブログに書き込んだ同期生もいた。
イジメは嫉妬から始まったのだろうか……。

宝塚音楽学校のすみれ寮内で、4月下旬、ボイスレコーダー、デジカメ、ブラウス、はかま下黒帯、食券、時計、現金10万円などの盗難事件が発生する。被害者は、17名に上った。
皆が疑心暗鬼にとらわれる中、Sさんの部屋に、他の生徒のドライヤーやボディファンデーション、食券などがあるのが見つかる。
常日頃、生徒たちはそれぞれの部屋を行き来していて、Sさんの部屋に泊まることも多かった。貴重品ではないドライヤーなどはその時に持ち込まれたものかもしれない。だが、皆はSさんを責め立てた。
苦し紛れにSさんは、中学生の時から気づかないうちに他の人のものを使ってしまったことがあり、精神科にかかったことがある、とウソを言ってしまう。
その後は、盗難事件がある度に、Sさんに嫌疑がかかることになる。

9月になると、コンビニで万引きしたという疑いを、Sさんはかけられる。
なんと2人の生徒が、Sさんを監視していたのだ。2人は万引きを目撃したといって委員に知らせ、それは学校に報告される。
宝塚南口駅高架下の「SHOP99」というコンビニで、Sさんは海鮮サラダを買い物カゴに入れた後、ジュースのコーナーに行き、ファンタオレンジをカゴに入れた。しばらくして、自分の冷蔵庫に買い置きがあったのを思い出して、ファンタオレンジを棚に戻した。買ったのは、海鮮サラダだけだった。
カゴに入れたはずのファンタオレンジが精算時にはカゴになかった、として、2人の生徒は万引きだと思ったのだ。

生徒のそんな騒ぎを諫めるのが教師ではないのか。だが、宝塚音楽学校は違った。
学校の事務局長から相談を受けた宝塚警察署の刑事課は、コンビニに対して防犯ビデオの記録を提出するように求める。
署がビデオテープを見た結論は、万引きは確認できない、ということだった。
それにも関わらず学校は、Sさんが万引きしたと決めつけたままだった。

その後も様々な疑いをかけられ、11月22日、Sさんは退学処分を告げられる。
Sさん側は12月22日、神戸地方裁判所に、退学処分を無効として生徒としての地位確認を求める「仮処分命令申立」を行う。翌平成21年1月6日、神戸地裁はそれを認める判断を下した。すると学校側は、1月17日、2度目の退学処分を通知してきたのだ。

自宅待機していたSさんだが、裁判所が地位確認を認めたのだから、登校する権利がある。
2月7日、Sさんは母親と一緒に、学校側に通告した上で登校した。すると校門では、事務局長や職員らが立ちはだかっていた。「入れてください」「入るな」と、押し問答になったのだ。

問題は大阪高裁に持ち込まれたが、退学処分は不当という判断は変わらなかった。
平成22年7月14日、Sさんと宝塚音楽学校との和解が成立する。
学校側は退学処分を撤回し、平成22年3月1日付でSさんの卒業資格を認める。ただし、Sさんは宝塚歌劇団への入団を求めない、というものだった。

Sさんは19歳になっていた。
生徒間で発生したイジメを解決することができず、一人の少女の夢を、宝塚音楽学校はつんでしまったのだ。
舞台の上でなら、光と影は美しい彩をなす。
だが現実の世界では、影に置かれる人間は、哀しいばかりだ。

(FY)