屁世滑稽新聞(屁世26年11月20日)

おしゃべり委員長サツキちゃん……の巻

全国の大きなお友だちのかたがた、ごきげんよう。
屁世滑稽新聞のお時間です。

さて、この屁世26年も狂おしいほどに慌(あわ)ただしい日々が
続いておりまして、とくに東京永田町の国会動物園の界隈(かいわい)
では、もうほんとうに昭和20年、終戦直前の東京を連想させるかのような
慌ただしさです。まるで自滅の直前に、すっかり自暴自棄になって、
パニック状態を起こして死に果ててしまう重症の麻薬患者の末期みたいで、
声もでませんわ……。

それはともかく、国会動物園を占拠していたハイジャッカーたちが
政権を投げ出し、だれも予想していなかったような年末総選挙が
いきなり浮上してきた昨今でございますが、肝心のわれらがニッポンは、
どうやら男女差別という観点からみると世界的に底辺のちかくで
さまよい続けている“劣等生”グループだということでして、
100年前から日本の子供たちの精神と情操のすこやかな発達を願いながら
教育の仕事をしてきたわたくし花子先生といたしましては、とっても
悲しく感じておりますのよ。

世界じゅうの政界・経済界・産業界・学者知識人・ジャーナリストなど、
文字どおり“明日の世界”を決めていくようなトップリーダーたち2500名
が結集した“世界経済フォーラム”という民間国際団体がありまして、
彼らの年次総会である「ダボス会議」は、それに参加できるというだけで、
みごとに立身出世をやりとげたニッポンの“成り上がり”の皆さまにとっては
ヨダレがだらだら、まさに垂涎(すいぜん)の的なのですけれども、この世界経済
フォーラムが2006年から毎年、『グローバル・ジェンダー・ギャップ・
レポート(Global Gender Gap Report)』というものを発表しております。
日本語に直訳しますと『世界の男女格差の報告書』ということになりますね。

この報告書は、政治・経済活動・教育・健康の4分野において、
男女の差別がどのくらい残っているかを、さまざまな国際機関の
公式な統計数字にもとづいて調べた結果をのせております。

すなわち、政治分野なら国会議員や閣僚の男女比率や、国家元首の
在任年数の男女比率。
経済分野については、雇用機会や賃金の男女格差とか、管理職や
専門職の男女比率。
教育分野では、識字率の男女比や、初等・中等・高等教育に
就学している男女の比率。
健康分野では、無事に出生できた子供たちの男女比率と、
平均寿命の男女比率です。
……つまり、日々の生活と、究極的な生存の場面での“機会均等”と、
その結果について、世界の国々の男女差別の現実を客観的に
調べ上げたデータブックなのです。

この『世界の男女格差の報告書』で注目すべきなのは、毎年
発表される「世界の男女格差ランキング」です。いまのべた
さまざまな男女比率から、「男女格差指数(Gender Gap Index)」
という数字を導き出し、その数字の大小から、世界じゅうの国々を
男女格差が劣悪な順番にズラリと並べたものが、「世界の男女格差
ランキング」にほかなりません。

ちなみに、この“男女格差指数”は、男女格差がない理想的な
男女平等社会では「1」になり、逆にもっとも男女格差が劣悪な
男女絶対差別社会では「0」になるように調整されており、
現実社会のすべての国は、この「0」から「1」のあいだに
一列に並んでいるわけです。

……で、われらがニッポンは、この「世界の男女格差ランキング」
でどのあたりに居るかというと、最初にこれが発表された2006年には
80位(115ヵ国中)でしたが、その後はどんどん墜落していき、
2007年は91位(128ヵ国中)、08年は98位(130ヵ国中)、09年には
101位(134ヵ国中)と、100位圏外まで落ち続けたのです。
2010年に94位(134ヵ国中)までちょっと這(は)い上がりましたが、
翌11年は98位(135ヵ国中)と、またまたズリ落ち、2012年には
101位(135ヵ国中)とふたたび100位圏外に転落し、昨2013年には
105位(136ヵ国中)とますます速度をあげて墜落が続いておりました。
そして最近発表された2014年版のランキングでは、142ヵ国中の104位に
なっています。
(出典:http://reports.weforum.org/global-gender-gap-report-2014/economies/#economy=JPN

この「世界男女格差ランキング」は、こんなふうに見るとわかりやすいワ。

今年の場合はぜんぶで142ヵ国が参加しているのだから、女性のからだを
142等分にして、目盛りを当ててみるのよ。理想的な男女平等社会に近い国
は「男女格差指数」が「1」にちかい“頭のてっぺん”、そして逆に絶対的
な男女差別に近い国はこの指数が「0」にちかいので“足の裏の土踏まず”に
あると想定して、どの国がどのあたりにあるのか図に描いてみたのです。
こうして描いたものは、男女平等国家が上にきて、男女差別国家が下にある
から、「世界男女差別ランキング」ということになるわネ。
……さて、世界経済フォーラムが発表したランキングで、われらがニッポンの
位置をみると、ちょうど“膝(ひざ)の裏”あたりをさまよっていることが
一目みてハッキリわかるわけです。
(出典:http://reports.weforum.org/global-gender-gap-report-2014/rankings

世界経済フォーラムは「世界男女平等ランキング」を
2006年から毎年発表しているが、日本は世界の約140の
国々なかで、つねに100位以下の低い順位に甘んじている。
2014年版ランキングでは142ヵ国中、104位である。
(出典:http://reports.weforum.org/global-gender-gap-report-2014/rankings

ひざの裏の“くぼみ”には、「膕(ひかがみ)」という名前がついて
います。あまり聞いたことがない日本古来の言葉ですが、「ひかがみ」
という呼び名は、「ひきかがみ(隠曲)」に由来します。
「ひきかがみ(隠曲)」というのは、読んで字のごとく、ひざを曲げて
屈(かが)むときに“ひっこむ”部分を指しています。
……で、現在のニッポンは、その自己主張ができない性分にふさわしく、
“男女が同等の機会にめぐまれて公正かつ幸福に暮らせる”社会条件
という観点から見たときに、まるで“ひざの裏”の「ひきかがみ(隠曲)」
みたいに、世界のなかでは“ひきこもって”いるということね。

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「世界男女平等ランキング」で100位圏外をさまよい続ける日本では
ありますが、分野によってはすごく良好な、世界の優等生のような
場面もありました。唯一ですが、健康分野では2006年、10年、11年に
堂々の全世界1位に輝いておりました。ところがそれ以外の年には
いきなり30位以下に落ちてしまい、2014年版では37位です。
(参考:http://reports.weforum.org/global-gender-gap-report-2014/economies/#economy=JPN

わたしたちは犬HKニッポン放送協会などの強要番組……もとい、教養番組
や政府公報などにだまされて、自分たちの国が「世界一しあわせな長寿国」
であると錯覚しているようですが、世界ランキング1位がいきなり30位以下
に落ちるというのは、どういうことなのでしょうか?
平均寿命とか出生児の男女比率というのは戦争や饑饉(ききん)などの突発で
いきなり大きく変わりうるものですし、世界にはそういう不幸にいきなり
襲われる国も多いわけですから、世界ランキングを作れば健康分野の順位
に激変がおきても不思議じゃないわけですが、まがりなりにも全世界1位
だった栄誉が、いきなり30位以下に落ちて、そのあたりをさまよっている
のは、ふつうに考えてものすごく心配なことですわよね。

それはともかくとして、とにかく総合ランキングで2014年現在は
142ヵ国中の104位に甘んじているニッポンではありますが、こと
健康分野については現在37位と、なかなか健闘しているわけです。
さっきのランキング図で37位がどのあたりかというと、ちょうど
オッパイのあたりです。頭のてっぺんからオッパイまで日本の
ランクがズリ落ちたわけですが、これからどこに向かうのかしら?

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健康分野では37位で健闘しているのに、なぜニッポンは、総合成績で
104位に甘んじているのか? ……答えは簡単。他の分野で男女差別が
ひどくて、それが足を引っぱっているから。

とくに男女差別がひどいのは政治分野だということがハッキリしています。
2006年には115ヵ国のうちで83位だった「政治参加での男女機会平等」の
ランクが、それからどんどん墜落をつづけ、第1次安倍政権のころには
110位まで落ちました。その後の民主党政権のときに101位まで盛り返し
ましたが、第2次安倍政権になるや、いきなり110位に落ちて、それから
は落ちるいっぽうで、昨2013年は118位(135ヵ国中)、2014年現在は
129位(142ヵ国中)にまで転落しました。これは女体に見たてれば、
ほとんど“足首”のところまで落ちたということです。
(参考:http://reports.weforum.org/global-gender-gap-report-2014/economies/#economy=JPN

そんなわけですから、安倍総理が、能力や資質の有無なんてろくすっぽ
考えもせずに、この9月の内閣改造で大あわてで手近な女性議員を5人、
自分の内閣に強引に引き入れたのは、世界にむけての体裁の悪さを改める
小手先の便法として、どうしても必要だったわけです。

アタマが悪い人ほど、こういうどうしようもない小手先の取りつくろいを
するんですよネェ……。
まあ、アベッチサンだからしょうがないわね、フランス語で、そのまんま
「馬鹿野郎(Ab?tissant)」ですから。(笑)

……これら5人の女性閣僚が、揃いもそろってロクでなしだったことは
改造内閣が発足したとたんに誰の目にも明らかになりました。政治資金を
あらぬ方面に使い込んでいたのに、自分は正しいと開き直った“エリマキ
トカゲの法務大臣”とか、多額の公金を不正な用途に使い込んでいたこと
がバレた“田舎の親の七光りの経産大臣”とか……。司法のトップにいる
法務大臣や、産業行政のトップにいる経産大臣が、使い込みをしていた
ことがバレて、なおかつ開き直ったりしていたのですから、ヒドイものです。

もちろん、女だからというだけでこういうロクでなしどもを閣僚に引き入れた
主犯……もとい、首班は、やっぱり総理大臣としての能力も資質も、もとより
ない人だったのですから、アレがコウしてコウなったのは当然の成り行きでした。

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このように、日本の政界における女性の政治参加の現状は、いろいろな
意味で、目も当てられないほどヒドイのですのよ。
……だけど、わたくしは、そんなヒドイ日本の政界のなかで、ひときわ
光っている女性政治家に注目しておりますの。

その政治家とは、かつて10年前のいまごろは、大蔵省および現在の財務省が
はじまって以来の「女性主計官」として大活躍していた片山さつきさんです。

残念なことに、このかたは2005年9月の総選挙の直前に、財務省をやめて
“小泉ファミリー”の一員として、郵政民営化に反対する現職候補の
城内実さんを潰す刺客(しきゃく)の役目をおびて静岡の選挙区から
立候補し、僅差(きんさ)で勝って国会議員になりました。
……将来を期待されていた有能なお役人だったのに、人気者の総理大臣
から“お声”がかかったくらいで簡単にキャリアを投げ出して、刺客
の鉄砲玉になった人ですから、よっぽど冒険好きだったのでしょう。

永田町界隈の政界ダヌキ租界はべつとして、ふつうの地域であれば
ヤクザの親分に諭(さと)されて敵方のヤクザを刺す役目なんて、
暴力団末端の若いチンピラがやることですからね。(笑)
キャリア官僚の出世コースを投げ出してまで、そういう“刺客”を
やった片山さつきさんは、絶対に、極道にあこがれる冒険好きだったに
ちがいありませんわ!

……そうよ、たしかに冒険好きだったのでしょうね。
だってまだ頭髪がフサフサで、博多っ子純情みたいな“ご当地のヤンチャ気”
を売りものに、抑えきれぬリビドーを丸出しにしていた頃の、今では
都知事に成り上がった某東大教員と簡単に結婚して、いろいろと言葉に
できないような「家庭内暴力」をふるわれたあげくに、離婚したという
悲惨な“キャリア”まであるのですから。

まあ、それはともかく、もともと“お勉強秀才”で、官僚のデスクワークは
きわめて有能にこなしてきた片山さつきさんを、わたしはニッポン女性
のエリートの在り方として、一目おいてきましたから、ここでは
愛着をこめて「サツキちゃん」と呼ばせていただきますわネ。

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サツキちゃんは“小泉チルドレン”の有力な一員でした。
あの時代に一世を風靡(ふうび)した「なんとかチルドレン」といえば
わたくしなどは、小室哲也さんを中心に回っていた「小室ファミリー」
を連想しますのよ。

「小室ファミリー」といえば、わたくしは、悲劇のヒロインとして
華原朋美(かはら・ともみ)ちゃんを連想します。朋美ちゃんは
乗馬や将棋でものすごい才能をもっている女性ですが、芸能界入り
してからは、しばらくのあいだ、下品なバラエティ番組に繰り出されて
いたのです。ご本人としては、さぞや不本意なことだったでしょう。
しかし、そうやって中途半端なアイドルとして下積みをしているうちに、
当時絶好調だった小室哲也さんに見初(みそ)められたのでした。
じつは小室さんって、もともとロリコンの人でしたから、ロリータ風の
朋美ちゃんに目をつけて、それで彼女を“小室チルドレン”として
売り出したのでしょうね。じっさい小室さんは当時、週刊誌の記者に
こう語っていたそうですのよ――「アーティストに手をつけたのではない。
恋人に曲を書いてデビューさせただけだ」。

こうして今から20年ほど前、阪神大震災の直後で、オウム真理教騒動で
ニッポンじゅうが大揺れしていたさなかに、華原朋美ちゃんは小室哲也と
同じイニシャルの「T・K」で音楽界に華麗なデビューを果たし、1995年
から98年までは文字どおりの歌姫として一世を風靡したわけですが、
世紀末が迫ったころに小室さんとの恋人関係が破局を迎え、ここから
つらく苦しい日々を暮らすことになりました。

『平家物語』はのっけから「祇園精舎(ぎおんしょうじゃ)の鐘の声ぇ~♪、
諸行無常の響きありぃ~、沙羅双樹(さらそうじゅ)の花の色~、盛者必衰の理
(ことわり)をあらわすぅ~♪」と唄っていましたが、20世紀末に沙羅双樹の
花のように咲き乱れた“小室ファミリー”旋風も、ほどなく終わりを告げ、
小室さんは“小室ファミリー”の一員だった奥様と、今ではかつての栄華など
想像すらできない暮らしをしています。

華原朋美ちゃんは、小室ブームが廃(すた)れた今、みごとな復活をとげました。
わたくしは、過去のしがらみから吹っ切れた彼女の、これからの活躍を
願ってやみません。

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……あゝ、片山サツキちゃんのお話でしたわね。
すっかり脇道にそれてしまいました。
これを聴いていらっしゃる、お小さい方々。どうもすみません。

片山サツキちゃんも、“小室哲也ファミリー”のなかの
華原朋美ちゃんみたいに、長いあいだ、幸うすい境遇にいたかたなのです。

なにしろ“小泉チルドレン”一派に所属する「刺客」として政界デビュー
してからも、ずっと大臣に抜擢(ばってき)されずに、「大臣政務官」という
最近になって新たに設置された、大臣に仕える“家政婦”役に甘んじてきた
わけですから。

でも、わたくしは断固として、サツキちゃんを応援しておりますのよ。
なぜかって?
それはね、サツキちゃんは「日韓議員連盟」や「日本の領土を守るため
行動する議員連盟」のメンバーであるばかりでなく、なによりも
「日本エレキテル連合」の国会支部長として活躍しておられるからです。

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日本エレキテル連合 「未亡人 朱美ちゃん」


日本エレキテル連合 朱美ちゃん(きゃりーぱみゅぱみゅバージョン)


日本エレキテル連合 田所先生

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サツキちゃんは参議院外交防衛委員会の委員長として、
先日、みごとなパフォーマンスを見せてくれました。
そのときの活躍ぶりを、あらためて見てみましょうね!

第187回国会 参議院外交防衛委員会
議事録(屁世26年10月21日)

○委員長(片山サツキちゃん) 「ただいまから外交防衛委員会を開会します。外交防衛等に関する調査を議題といたします。質疑のある方は順次ご発言ねがいます」
★理事(追野守尋クン) 「委員長っ!」
○委員長(片山サツキちゃん) 「追野守尋(おうのもりひろ)クン!」
★理事(追野守尋クン) 「今日は、外交防衛委員会に一年ぶりで戻って参りました。さらに、委員会運営の責任の一端を担う理事として初めて質問に立ちますので、委員長に対して、まずは一言申し上げたいと思っております。すなわち、御嶽山の噴火に際して、委員長は御自身のツイッターで全く根拠のない野党批判をされたわけです。こういうウソの主張は極めて醜(みにく)いものですが、それ以上に、生存者を必死に捜索しているさなかにそれを特定政党の罵倒につかうような発言をされたというのは、この罪は重いと思っています。しかし我が党としては、あのような事態に対して、我々まであなたのレベルに降りていって低俗な政局にしてしまうというのは、これは低劣きわまる愚行ですから、ここであえて委員長の公正・公平さを期待することにして、今後も審議に応じることに致しました。ですから今後の委員会運営を公平・公正・中立になさるよう、委員長に対しては求めておきたいと思います」
○委員長(片山サツキちゃん) 「それはどうもイカんの金玉でございました。あのときは便秘が続いていてカンシャクが爆発し、あらぬことをツイッターで口走ったのでございます。腹のなかで暴れていた疳(カン)の虫のせいですから、あたしには責任はございません。けれどもご指摘がありましたから、さよう心得て、公平・公正に進めたいと思います」
★理事(追野守尋クン) 「続けて、防衛大臣にお伺(うかが)いをさせていただきたいと思います。防衛大臣が不適切な処理を行ったとされる案件についてお伺いをさせていただきます」
◎国務大臣(餌渡恥得クン) 「ゲゲっ!!」
○委員長(片山サツキちゃん) 「ちょっちょちょっ! 追野クンっ! 申しわけないですが、議事資料をトイレに忘れてきました。いま秘書にとりに行かせますから、ここでいったん委員会を中断します」
★理事(追野守尋クン) 「そんなバカなことがありますか? そんなことで議事を中断していたら会期がいくらあっても審議できないでしょ!」
○委員長(片山サツキちゃん) 「ハイ! コマーシャル行ってみよう! はい一旦CM!」
★理事(追野守尋クン) 「あんた、いかりや長介ですかっ? 国会は『8時だよ!全員集合』じゃないっての!」
○委員長(片山サツキちゃん) 「いいこと思いついたっ! ここで急きょ、委員会幹事の立川談志クンに、長生きする健康法について説明をしていただきます。国を守るまえに国会議員はテメエを守らなきゃなりません。なにせカラダが資本ですからね!」
★理事(追野守尋クン) 「委員長っ! 談志センセイはとっくに死んでますけど、なに血迷ったこと言ってるんですか?!」
○委員長(片山サツキちゃん) 「まあとにかく、ここは立川談志クンを召喚します! エロイムエッサイム! エロイムエッサイム! われは求め訴えたり!」
★理事(追野守尋クン) 「じぇじぇっ! それは悪魔くんが魔王メフィストを召喚するときの呪文……!」

ここで委員会室中央の床のモザイク模様がとつぜん回転しはじめ
ものすごい雷鳴と猛烈な悪臭のけむりが床から噴き出して
煙のなかから紋付き姿の人影が現れた

●委員会幹事(立川談志クン) 「てめえ馬鹿野郎っ! 冥土で朝寝してたらとつぜん呼び出しやがって! 俺はコールガールじゃねえんだぞ馬鹿野郎!」
○委員長(片山サツキちゃん) 「談志センセイ、ご無沙汰しておりました。片山サツキでございます。本日おこしいただいたのは……」
★理事(追野守尋クン) 「オコシいただいたジャねえよコノヤロー! こっちはオコサれたんだぜ迷惑千万だっての! さつきだかサクラだか知らねえが五月祭とか気どってる歳じゃねえだろ、あんたも……」
◎国務大臣(餌渡恥得クン) 「談志センセイ、初めまして。防衛大臣の餌渡(えわたり)でございます。本日は天国からわざわざお越しいただき……」
●委員会幹事(立川談志クン) 「エワタリだか不渡りだか知らねえが、ふざけんじゃねえよ! だいたい俺が天国に行ったんなら、こんな簡単に戻ってこれるかっての! どこかのババアが悪魔召喚の呪文を唱えたせいで、おらぁ地獄から引きずり戻されたんだバカヤロー!」
○委員長(片山サツキちゃん) 「談志センセイ、本日国会にお招きしたのは、センセイのお話しで間(ま)を持たせて頂きたいと思いまして……」
●委員会幹事(立川談志クン) 「間を持たせるだって? 俺は幇間(たいこもち)じゃねえぞバカヤロー! だいたい国会は新宿末広亭とか上野の鈴本演芸場じゃねえだろ、このバカ何いってんだ?」
○委員長(片山サツキちゃん) 「ですから、ちょっとのあいだ、小咄(こばなし)でもして間を持たせて欲しいんです」
●委員会幹事(立川談志クン) 「ふざけんな、この野郎! だいたい国会議員だった俺を沖縄開発政務次官にしておいて、おまえら自民党の犬どもが俺の足を引っぱって辞めさせたじゃねえか! 39年前の屈辱をおれは忘れてネエぞこの野郎!」
○委員長(片山サツキちゃん) 「そんな昔の話は、あたしは知ったこっちゃないわ! 談志さんが酔っぱらって政務次官をやめさせられた頃は、あたしは東京教育大付属で東大めざしてガリ勉していましたから」
●委員会幹事(立川談志クン) 「験勉(けんべん)してる? ウン!親指大ね! ……って、東大一直線かよテメエは! それで税金に寄生して賤業(せんぎょう)やってんだからテメエらなんてサナダムシと変わらねえじゃねえか!」
○委員長(片山サツキちゃん) 「国会議員は賤業じゃございません! それに職業に貴賎なんてないんですっ!」
●委員会幹事(立川談志クン) 「ウソつくなよ、コノヤロー! あんたの前の亭主、あのハゲオヤジが、『賤業としての政治家』っていう本を堂々と出してたのを、知らねえワケじゃねえだろ?」

政治学者だった舛添要一センセイは、田原総一朗司会のテレビ朝日
『朝まで生テレビ!』で顔を売り、テレビタレントとして全国に
知られる存在になった。タレント人気絶頂期の1989年7月20日に
『賤業としての政治家』(飛鳥新社刊)を出し、政治家の実態と理想
を語っている。その10年後の1999年4月、青島幸夫知事の後任をきめる
東京都知事選に立候補して実際に政治家を志したが、石原慎太郎が圧勝
した。今やその石原が「老兵」ならぬ、政界に悪臭を吐き散らすだけの
「陋弊(ろうへい)」と化し、彼が独断で都政に引き入れた猪瀬直樹も
公職選挙法・政治資金規正法違反の収賄疑惑で都知事のイスから逃げ出して、
いまや念願の都知事のイスを手に入れた。

○委員長(片山サツキちゃん) 「談志センセイ、あたしのまえで、あいつの話をするのはやめてっ! その話題を出すだけでもハラスメントですからねっ!」
●委員会幹事(立川談志クン) 「何いってんだコノヤロー! そもそもオマエら国会議員なんぞ、憲法違反の選挙もどきで票を手に入れて国会の赤ジュータンを踏んでるだけの盗賊だってことを、忘れんじゃねえぞ! オマエら法律違反の税金ドロボーでしかねえんだぞ! ……とマァ、ひととおり毒舌を吐いたら、ちったぁ滑舌もよくなったんで、ここで一席バカ咄(ばなし)でもして帰ろうか」
◎国務大臣(餌渡恥得クン) 「よっ! 待ってました大将!」
●委員会幹事(立川談志クン) 「バ~カ! てめえ防衛大臣だろ。テメエんとこの自衛隊は、市ヶ谷の幕僚監部で寄席でもやってんのか? 幕僚監部にいるヤツらは“三ばか大将”なのかよ!」

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元祖「三ばか大将」
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○委員長(片山サツキちゃん) 「こりゃまた一本とられました。エワタリくん、談志センセイに座布団やって!」
◎国務大臣(餌渡恥得クン) 「ハイハイ、承知いたしました」
●委員会幹事(立川談志クン) 「バカ野郎! てめえオレがむかし笑点で司会してたのを知らねえのかよ?」
○委員長(片山サツキちゃん) 「談志センセイ、悪態ついてばかりいないで、小咄でもひとつ聞かせてくださいな」
●委員会幹事(立川談志クン) 「まあキャンキャンとかいう犬っころみたいに無駄に吠えまくるギャル雑誌で、大昔に“ミス東大”とか呼ばれて絶賛されたおネエちゃんにお願いされたんだから、浮き世に化けてでたお土産として、ここで一席しゃべってもイイぜ」
○委員長(片山サツキちゃん) 「では元沖縄開発政務次官・立川談志クンのお話しをここでお聞きいたします」

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●委員会幹事(立川談志クン) 金玉医者について26分にわたる説明
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○委員長(片山サツキちゃん) 「談志センセイからキンタマ医者の貴重なお話をうかがいましたが、お話がおわるや、たちまち消えてしまいましたので、ここで審議を再開します」
★理事(追野守尋クン) 「委員長!」
○委員長(片山サツキちゃん) 「オウノくん」
★理事(追野守尋クン) 「トイレに忘れてきた議事進行の資料は、もうお手元にあるのですか?」
○委員長(片山サツキちゃん) 「ご心配なく。汚物入れに捨てられていたそうですが、無事に取り返しました。ではオウノ理事、質問を再開してください」
★理事(追野守尋クン) 「質問を再開します。餌渡防衛大臣の政治資金の処理にかかわる問題でございますが……」
○委員長(片山サツキちゃん) 「ダメよ~! ダメ!ダメ!」
★理事(追野守尋クン) 「委員長? どうされたんですか?」
○委員長(片山サツキちゃん) 「ダメよ~!
ダメダメ!」
★理事(追野守尋クン) 「質問をつづけます。餌渡大臣は自分の後援団体をトンネルに用いて政治資金を不正に着服し……」
○委員長(片山サツキちゃん) 「ダメよ~!
ダメダメ! ダメよ~! ダメダメ! ダメよ~! ダメダメ!!」

★理事(追野守尋クン) 「委員長? こわれたんですか?」
◎国務大臣(餌渡恥得クン) 「委員長がダメだって言ってっぺよ! やめろその質問!」
★理事(追野守尋クン) 「委員長! 被疑者の餌渡大臣があんなヤジを飛ばしてますが、いいんですか! これで?」
○委員長(片山サツキちゃん) 「イクイクイク~! いっちゃういっちゃう~!」
◎国務大臣(餌渡恥得クン) 「おい!オウノ! てめえの質問は的はずれなんだよ! “外交防衛等に関する調査”が議題だって、最初にババアが宣言したじゃねえか? 耳がきこえねえのかテメエは?」
★理事(追野守尋クン) 「委員長! 大臣があんなこと言ってますよ! 許しておくんですか? “外交防衛等に関する調査”を論じる以前に、防衛大臣のネコババ問題を論じるのが先でしょ?」
○委員長(片山サツキちゃん) 「そっちじゃない! こっち~!」
★理事(追野守尋クン) 「こっち~って、“外交防衛等に関する調査”ってことですか?」
○委員長(片山サツキちゃん) 「そこそこ、そこよ~! イクイク! いっちゃう~!」
◎国務大臣(餌渡恥得クン) 「ほらオウノ! 委員長がヨガってっぺよ! もっと委員長をイカセてやれや兄(あん)ちゃん!」
○委員長(片山サツキちゃん) 「イクイク~! いっちゃう~!」
★理事(追野守尋クン) 「そんなことやってて、いいんですか? 委員長、あと5分で昼休みですよっ! やる気あるんですか?」
○委員長(片山サツキちゃん) 「……ではここで一旦休憩します。再開は13時からです」
★理事(追野守尋クン) 「……信じられない。狂ってる……。」
◎国務大臣(餌渡恥得クン) 「おらオウノ、わしが寿司おごってやるから、さっさと昼飯食いに行こうぜ」
★理事(追野守尋クン) 「ありゃ? 委員長、あなたの議事進行の資料ですけど、そのハンコがついてるのは何ですか?」
○委員長(片山サツキちゃん) 「見ちゃダメよ~! ダメダメ!」


サツキちゃん万事休す!
国会想定問答どおりに議事進行していたことが発覚!

〔午後になり審議再開〕

○委員長(片山サツキちゃん) 「ただいまから外交防衛委員会を再開いたします。ただいま追野理事の方から、政府側の答弁要領につきまして、あたしがそれを所持しておりましたことにつきまして、クレームが付きましたので、御注意がございましたので、今、理事会を再開し、暫時これから休憩して国対に持ち帰るということで……」
★理事(追野守尋クン) 「委員長!委員長!」
○委員長(片山サツキちゃん) 「なんだよ?」
★理事(追野守尋クン) 「委員長、まず自分がやったことを認めて下さいよ! 認めなきゃ、指摘あったじゃなくて、あなた、そうだったというふうに言ってくれないと持ち帰れないでしょ?」
○委員長(片山サツキちゃん) 「はぁ?(ヤジ多数あり) ええ~っと、たしかにあたしは~本日の答弁要領を持っておりましたぁ~。はいはい。それはどうもスンマセンでした。うるさいぞ外野! 委員長発言中だぞおい! ……収拾がつかないので、ここで一旦休憩します。 ハイここで休憩~!」

〔休憩後開会に至らなかった……〕

……お話のおばさんです。
このようにサツキちゃんは、国会のなかで日本エレキテル連合もビックリ
するような大活躍をして、おもしろみのない国会議事堂を、浅草の演芸場
なみに変えてくれたのでした。

立川談志師匠までも地獄から呼び出して、秋の演芸祭みたいなお祭りを
演出してくれたサツキちゃんには大いなる拍手を送りたいと思います。
……が、そのサツキちゃんが頼りにしてきた安倍政権が、いきなり
衆議院の解散と総選挙を宣言しました。

改造内閣の顔ぶれが犯罪者ばかりで外交も失敗つづき……。

こういうやり方で遁走(とんそう)するなんてネェ……(苦笑)
下痢を理由に総理をやめた第一次安倍政権のときと同じ手口で、
バカな犯罪者はおなじ手口を繰り返すって言いますけど、
まったくその通りですわね。(笑)

さて、そのアベッチさんですが、解散総選挙を決断してから
サツキちゃんをこんな具合に口説いているとか……

アベッチサン 「ねえ~サツキちゃ~ん。いいじゃ~ないの~? この際だからさぁ~、参院から衆院に乗りかえてさぁ~、いま選挙に出ない~?」
サツキちゃん 「ダメよ~! ダメダメ!」
アベッチサン 「そう言わないでさぁ~。衆院に乗り替えたらさ~、今度ワネ、大臣にしてあげるからさぁ~。だから~、いいじゃ~ないの?」
サツキちゃん 「ダメよ~! ダメダメ!」
アベッチサン 「そんなこと言わないでさぁ~。あっ、そうだ。サツキちゃん、朝鮮旅行は好き? 選挙が終わったあとの内閣では、サツキちゃんを拉致対策担当の大臣にするからさぁ~。……ボクは飛行機はほんとは苦手でね。だってトイレが狭いから、下痢するとウンコがお尻に跳ね返ってくるんだもん。だからさぁ~。ここにフエ~リーの、フエ~リーの切符があるんだけどさぁ~。二人でフエ~リーのマンギョンボン号に乗って北朝鮮に行こうよ? ねえ、いいじゃ~ないの?」
サツキちゃん 「ダメよ~!ダメダメ! ダメよ~!ダメダメ! ダメよ~!ダメダメ!」
アベッチサン 「…………」
サツキちゃん 「ダメよ~!ダメダメ! ダメよ~!ダメダメ! ダメよ~!ダメダメ!」
アベッチサン 「(ため息) ……モシモシ、わたし総理大臣のアベッチサンですけど。読売グループのナベツネさんですか? はいはい……。今ねぇ、サツキちゃんに次の朝鮮担当大臣はどうかって口説いているんですけど、ダメダメばかり言ってるんですよ」
サツキちゃん 「ダメよ~!ダメダメ! ダメよ~!ダメダメ! ダメよ~!ダメダメ!」


アベッチサン 「ナベツネさん、もうサツキちゃん壊れちゃったみたいだから、今度はオシャブリ人形レンホーちゃんに取り替えてくれませんかね?」
サツキちゃん 「ダメよ~っ! ダメっダメぇ~~っ!」

*:-.,_,.-:*’“’*:-.,_,.-:*’“’*:-.,_,.-:*’“’*:-.,_,.-:*

きょうはこれでおしまい。
また今度、お話しましょうね。
では皆さん、ごきげんよう。 さようなら。

 

(屁世滑稽新聞は無断引用・転載を大歓迎します。
ただし《屁世滑稽新聞(http://www.rokusaisha.com/wp/?p=5757)から引用》と明記して下さい)

 

11月9日、同志社大学学友会倶楽部の主催でニューヨーク州立大学教授、矢谷暢一郎さんの講演会「新島襄の良心と今日のアメリカ」が行われた。前日の「浅野健一ゼミ」にもゲストとして登場され、連日の講演ながら会場には同志社大学卒業生を中心に約200名の聴衆が集まった。

矢谷さんはベトナム反戦運動が燃え盛る中、同志社大学で学友会(全学自治会)の委員長として活躍し、京都府学連委員長も経験されている。いわば同志社大学学生運動の花形だ。

私自身は矢谷さんと面識はなかったが、何人も知人を介せば必ず行き当たる、いつかはお会いしたい方だった。講演前に昼食をご一緒させて頂いた。面構えはジェントルマン、隠岐の島ご出身とのことで特有の語り口をなさる。受け答えは軽妙、気さくで優しい方だ。

講演の内容は矢谷さんが米国当局に不当逮捕された「ヤタニ・ケース」も含めて、米国でのご経験から現在日本の危険な状況、特にアジア諸国への侵略視点を失って80年代以降の繁栄を享受してしまった過ち、更には福島原発事件で日本が国際的に「加害者」となった。など卓越した視点から今日の日本、世界の危機を鋭く浮かび上がらせる内容であった。そのエッセンスは今月、鹿砦社から発刊された『日本人の日本人によるアメリカ人のための心理学』にもおさめられている。

矢谷暢一郎(やたに ちょういちろう)ニューヨーク州立アルフレッド工科大学教授(心理学)。同志社大学在学中の1960年代末、学友会中央執行委員長としてヴェトナム反戦デモの指揮をとった

◆米国を揺るがした「ヤタニ・ケース」

先に触れた「ヤタニ・ケース」は、米国全土を揺るがした大事件だ。

「ヤタニ・ケース」は1986年、矢谷さんの過去に因縁をつけた米国当局が当時、ニューヨーク州立大学講師だった矢谷さんを海外の学会から米国に戻った際、空港で逮捕したことに端を発する。これに対し、オノヨーコをはじめ多数の支援の輪が広がり、ついには米国議会の公聴会に矢谷さんは呼ばれることとなり、米国の法律がこの事件を機に変更を余儀なくされたという前代未聞の大事件だ。矢谷さんは望んでこのような闘争に引き込まれたのではなく、あくまで米国による嫌がらせに端を発している事件である。

講演は「ヤタニ・ケース」への言及も含め、独自の語りと内容の深さに於いて極めて卓越していた。矢谷さんが大学教授となった今も、立場は異なれ「闘い」を放棄していないことの宣言のようでもあった。

しかしこの日、私にとって最も印象的かつ胸に迫ったのは「質疑」の時間だった。矢谷さんは講演の中でも自身がかかわった運動で、「運動にかかわった為に後輩が命を落とすことになった。せめてその落とし前として大学を卒業しないこととした」と語られていた。それに関連してた問いが投げかけられた。

「あの当時の運動が内ゲバなどを引き起こしたことの原因は私達自身の中にあるのではないか」

質問者はたしかこのような趣旨を聞かれたと思う。矢谷さんは檀上でしばし黙した。2、3回軽く肯いたようにも見えた。絞り出すようにして一言、「そうだと思います」とだけ答えた。矢谷さんが黙している間に会場からは「そんなこともうどうでもいいだろう!」、「未来をみろよ!」などいくつかの声が交錯した。

質問者が問いを発してから、矢谷さんが「そうだと思います」答えるまでの数十秒、自分が何の関係もないはずなのに、私は自身に矢のような質問を突き付けられた気がして気脈が乱れた。「そうだと思います」と答えた矢谷さんの目には涙が溢れていた。自分の責任から逃げない。過去から逃げない。後悔した過去を軽く忘却しない。闘う人間の誠実な心が「そうだと思います」たる短い答えに凝縮されていた。ああ矢谷さんはあの人に通じているんだな、と姓を同じくする私の先輩を思い出した。胸が熱くなった。

◆良心を継ぐ者たち

矢谷さんはこの日の講演でご自身が学友会の委員長や府学連委員長を経験された「事実」は語られたけれども、それを自負したり、自分が如何に闘ったなどは一言も語られなかった。「責任者になったものは責任を取らんといかんのです」と述べられただけだ。あの先輩もそうだった。矢谷さん同様、学友会委員長、府学連委員長に就き、学内で学生による殺人的なリンチを受け瀕死の状態になっても「あくまで学内問題です。後は任せてください」と病院で語り警察の大学介入を断固阻止した田所伴樹さん(故人)。

加害学生を裁く法廷に証人として呼ばれたが「宣誓」を拒否し、被害者が逆に逮捕されるという歴史に残る闘いを貫いた田所さん。警察権力・国家権力の大学介入を身をもって阻止した彼も、こちらが余程酔わせても滅多に「昔の話」には乗ってこなかった。

『日本人の日本人によるアメリカ人のための心理学』では、矢谷さんが敬愛した藤本敏夫さん(故人)への思いが綴られている。加藤登紀子さんのお連れ合いであった藤本敏夫さんも、矢谷さん、田所さんと同様、学生運動経験者の中で知らないものはいない。矢谷さんと藤本さんは、藤本さんと田所さんがそうであったように、頼れる先輩を持った共に重責を苦悩する若き闘士だったのだろう。

威勢のいいデモやアジテーションの話なんて彼らはそうそう簡単にはしてくれない。「わしらの若いころはな!」と口角泡を飛ばし懐古趣味を語る老人にはない迫力がその沈黙の中にある。久しぶりに本物の「闘士」に出会った気がした。私の知る「闘士」は皆優しい。

▼田所敏夫(たどろこ としお)
兵庫県生まれ、会社員、大学職員を経て現在は著述業。大手メディアの追求しないテーマを追い、アジアをはじめとする国際問題、教育問題などに関心を持つ

◎《大学異論18》「過激派」は学生でなく今の日本・安倍政権!──京大集会見聞記
◎《大学異論19》警察が京大に160倍返しの異常報復!リーク喜ぶ翼賛日テレ!

 

 

闘う心理学者、矢谷暢一郎さんの書き下ろし最新刊『日本人の日本人によるアメリカ人のための心理学━アメリカを訴えた日本人2』(鹿砦社)

 

ちあきなおみと言えば、もはや伝説的な歌手だ。1978年、郷鍈治との結婚を機に芸能界の第一線から退き、92年に郷と死別すると、引退状態となってしまった。

ちあきは1947年に東京都板橋区で生まれた。10代のうちは米軍キャンプやジャズ喫茶、キャバレーなどを回って歌を歌う下積み生活を送ったが、69年、21歳の時に『雨に濡れた慕情』で日本コロムビアからデビューした。

72年、代表作の『喝采』でレコード大賞を受賞し、歌手としての最高の栄誉に浴したが、次第に芸能界での居場所を失っていった。

1972年日本レコード大賞に輝いた「喝采」は昭和歌謡の名曲

◆捏造スキャンダルの嵐で芸能活動から遠ざかる

75年6月、ちあきはそれまで所属していた三好プロから独立し、交際していた郷鍈治が俳優業を廃業して、ちあきの個人事務所の社長に就任した。三好プロとは、以前からギャラなどで揉めていたという。ちあきが13歳の頃からマネージャーを務めた、三好プロの吉田尚人社長は、ちあきとにしきのあきらと熱愛し、何度も中絶したことなど、でっち上げを含めた過去のスキャンダルを暴露し、ちあきにダメージを与えた。

ちあきとコロムビアの関係悪化は、ニューミュージック路線を行きたいちあきと演歌路線で売り出したいコロムビアの間で衝突から始まり、77年春ごろには、ちあきが担当プロデューサーを更迭するよう主張するという事件が起きた。

そして78年4月28日、ちあきは郷と二人だけで東京、目黒の氷川神社に参拝し、その足で目黒区役所に入籍届を提出して、結婚した。結婚の事実は5月に入ってから報じら、ちあきは結婚の発表をしたが、コロムビアは入籍の事実も結婚の発表も事前に知らされていなかった。

さらにちあきは、結婚発表の記者会見の席上、コロムビアと再契約する意志がなく、1年間の休養に入ること宣言した。7月、メンツを潰された格好のコロムビア側は「私どもとしては、歌手を断念したと判断せざるをえなかったわけです」として、ちあきに契約解除を申し渡した。

◆レコード業界の自主規制?──カムバック作は発売直前にお蔵入り

7月末、ちあきと郷は港区南麻布に喫茶店を開き、しばらく芸能活動から遠ざかったものの、カムバックの機会を窺っていた。新しいレコード会社と交渉をしていたとも伝えられたが、話はなかなかまとまらなかった。

これについて、『週刊朝日』(78年9月8日号)は、「このほど、所属のコロムビアレコードから、契約の『解除』を申し渡され、おまけにレコード業界の暗黙の協定とかで、当分は他社での吹き込みも困難。歌手生命までが危ぶまれている」とし、また、『女性自身』78年8月24日・31日合併号)は、「コロムビアが先手を打って解約書を発送したのは、“うちは、ちあきなおみを切ったんだ”という姿勢を明らかにして、ほかのレコード会社を牽制したんだと思う。これで、ほかのレコード会社は、ちあきなおみと契約しにくくなった」という関係者の声を紹介している。

80年には、映画『象物語』(東宝東和)のテーマソングとして、ちあきの『アフリカのテーマ・風の大地の子守唄』『アフリカン・ナイト』の2曲が採用され、CBSソニーから2月25日に発売される予定になっていた。

当時の報道によれば、ソニーはちあき起用を決めた際、夫の郷に対するアレルギーがあるとか、ちあきと郷が別居状態になったといった報道もあったが、業界全体でちあきと郷を離婚させようという動きでもあったのだろうか。

だが、結局、カムバック作は発売直前になってお蔵入りとなり、映画ではちあきが歌っているにも関わらず、レコードは黛ジュンが代役として吹き込んだものが発売されるという異常な事態となった。さらに発売されたレコードは、制作現場の混乱により、初回プレス7万枚のうち5千枚が「A面・黛/B面・ちあき」というミスが発生し、回収騒ぎまで起きるというおまけまで付いた。この騒動について、マスコミでは「ソニーがコロムビアに遠慮した」と囁かれた。

◆芸能界に幻滅した伝説歌手の隠棲

その後、ちあきは女優として芸能界に復帰し、歌もビクター、テイチクから何曲かリリースしたが、92年に郷が死去すると、芸能活動を完全に休止した。

ちあきなおみは、どうして芸能界から去ってしまったのか。『週刊文春』(2011年10月6日号)で、元音楽関係者は次のように指摘している。

「当時、ちあきが個人事務所だから“横取りされた”というキナ臭い話が出た。それを耳にしたちあきは、『芸能界はこんなに汚い世界なの』と泣き叫んだという。そこで芸能界そのものに幻滅したのが、隠棲の遠因でしょう。夫の死後は、芸能界の人と話をする気もなくなったという話です」

郷が死んで以来、都心にある郷の墓を喪服を着て訪れる、ちあきの姿がたびたび目撃されているが、マスコミの取材には一切応じようとしない。

▼星野陽平(ほしの・ようへい)
フリーライター。1976年生まれ、東京都出身。早稻田大学商学部卒業。著書に『芸能人はなぜ干されるのか?』(鹿砦社)、編著に『実録!株式市場のカラクリ』(イースト・プレス)などがある。

「紅白」出場歌手をめぐるNHKと“芸能界のドン”癒着の構図など注目記事満載の『紙の爆弾』最新号!

 

前回に引き続き、たばこは何でできてるの?ランキングの後半に突入!

◆第6位 糖類

糖類 5-17mg(平均使用重量) 1-2%(シガレット一本あたりを占める割合)

コーンシロップ、デキストリン、フルクトース、ブドウ糖、転化糖、ショ糖、ソルビトールなどが保湿剤・香料としてタバコ葉に添加されている。JTの場合だとタバコ農家から葉を集荷して、ブレンドする際に添加され、乾燥、貯蔵して1年以上熟成するのを待つようだ。

糖類によって、吸わないでおいたままタバコの火が消えなくなる。保湿もするが、燃焼を維持するような役割も持っている。大航海時代にタバコと出逢った西ヨーロッパ各国でタバコの香料添加は始まっているが、中でも砂糖の類を添加した記録が多い。

 

◆第7位 プロピレングリコール

プロピレングリコール 2.6-8mg(平均使用重量) 0.3-0.9%(シガレット一本あたりを占める割合)

 

こちらもなんだか『?』な添加物である。某辞書ペディアによれば、

・無色・無味・無臭で吸湿性の油状液体。
・生物への毒性が低く、無味無臭であることから、保湿剤、潤滑剤乳化剤不凍液、プラスチック中間原料、溶媒として用いられる。
・ 保湿性や防カビ性に富み、医薬品化粧品おにぎりの品質改善剤。
注射剤・内服薬・外用薬の溶解補助剤として調剤に用いられている。
・ 皮膚および眼に対して軽度の刺激性を持つ。低用量では慢性毒性が見られない。

保湿剤・防カビ剤として使用されているということですね。JTの電話の人も、「おにぎり、うどんに普通に使ってるから安全です」みたいなこといってました。モチモチっとした湿潤な感じを維持するんですね。

 

◆第8位 セルロース

セルロース 4-6mg(平均使用重量) 0.1-0.7%(シガレット一本あたりを占める割合)

粒子が絡み合い容易に成型できるなどの理由から錠剤の結合剤の医薬品添加物として広く用いられている。
化学式がC6H10O5で炭水化物の一種。巻紙も同様の成分だが、こちらは結合剤としてタバコの葉の中に添加されているセルロースだ。紙や木のクズがつなぎとして入っているようなものだ。

 

◆第9位 その他たばこ添加物

その他たばこ添加物 0.6-1.6mg(平均使用重量) 0.06-0.1%(シガレット一本あたりを占める割合)

その他ってなによ?ってな話だが、おそらくJTが成分を公開したくない(タバコ添加物表示の義務がない)ものなのだろう。ほんの少量であることから化学合成のケミカル香料などが「その他」としてこの中に含まれているのだと思われる。
電話取材でも、各銘柄の香料の配分に関しては「わかりかねます」の一点張りであった。

 

◆第10位 巻紙のり

巻紙のり 0.2mg(平均使用重量) 0.014%(シガレット一本あたりを占める割合)

JTの巻紙のりの成分は酢酸ビニルですな。これはつまり木工用ボンドのようなものだ。某辞書ペディアによれば、「特徴的な甘い香りを有する」「ヒトへの発がん性が疑われる物質と評価されている」「マウス実験で食道がんを発生した報告があるが、実際にヒトで発がん性を示す証拠は得られていない」。

ヨーロッパのタバコメーカーだと天然のアカシア樹液を原料とした糊が使用された巻紙もあるが、JTではボンドを使っているというわけだ。

第1位 タバコ葉
第2位 フィルター
第3位 水
第4位 巻紙
第5位 グリセリン
第6位 糖類
第7位 セルロース
第8位 プロピレングリコール
第9位 その他たばこ添加物
第10位 巻紙のり

以上がJTで製造している全てのシガレットに使用されている添加物の重量別ランキングである。

 

◆番外編 ハチミツ、ハチミツエキストラクト

ハチミツ、ハチミツエキストラクト 0-2.3mg(平均使用重量) 0-0.3%(シガレット一本あたりを占める割合)

英国には、「The history of honey is the history of mankind. (はちみつの歴史は人類の歴史)」という古いことわざがあるようで。食用、薬用、蜂蜜酒、芳香剤、化粧品など、ハチミツは食べる以外のいろんなことに使われているんですな。タバコ添加物としては砂糖と同じく保湿剤と香料の役割を果たす。

古代エジプトにはキフィーという煉香(お通夜の時に燃やす、お焼香のようなもの)にハチミツを使用していたそうな。

「タバコにハチミツが添加してあるんですよ!」
と聞いたら現代人はびっくり、古代人は納得ってか。

日本で最も売れているシガレットであるメビウス(マイルドセヴン)はハチミツの使用量が多いですから、ハチミツの香りは日本人好みなんですかね。

セヴンスター、ピース、キャビン、わかばなどにもハチミツは使われている。

もっとこういう具体的な銘柄ごとの個性を知っていたら、タバコの楽しみ方も広がるのになあ。やはりタバコ産業に関しては事実上の専売制で、各家庭で手作りするなんてこともありませんから、たばこの工場が何をしているのか想像もつきません。

JTがシガレットをどのように作っているのか、この目で確かめるため、いよいよJTタバコ工場に見学に行って参ります!

◎ランキング前半記事
《紫煙革命09》シガレットは何でできてるの?ランキング前半

▼原田卓馬(はらだ・たくま)
1986年生まれ。幼少期は母の方針で玄米食で育つ。5歳で農村コミューンのヤマギシ会に単身放り込まれ自給自足の村で土に触れて過ごした体験と、実家に戻ってからの公立小学校での情報過密な生活のギャップに悩む思春期を過ごす。14歳で作曲という遊びの面白さに魅了されて、以来シンガーソングライター。路上で自作のフンドシを売ったり、張り込み突撃取材をしたり、たまに印刷物のデザインをしたり、楽器を製造したり、CDを作ったりしながらなんとか生活している男。早く音楽で生活したい。
ご意見ご感想、もしくはご質問などはこちらまで twitter@dabidebowie
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どうも。タバコライターの原田卓馬です。これまでの稿でタバコの添加物について具体的に正体をあぶりだしてきたわけではあるが、中間報告として紙巻タバコの材料の使用割合をランキング形式で発表しちゃうぜ。

たばこは何できているか。使用重量順に発表していきますよ!

第1位 タバコ葉

タバコ葉 480-600mg(平均使用重量) 60%(シガレット一本あたりを占めるだいたいの割合)

これは正解率99%になるでしょう。タバコ一本あたりの60%がタバコ葉だというわけだが、これは予想に反して少ないような気もする。

タバコ以外の部分が40%、シガレットはタバコと呼ぶには工業製品的な性質が強すぎるとも思える。葉巻やパイプなどのようなタバコ葉100%の喫煙方法に比べたら、余計なパーツが多いのではないか。

JTさんに電話で聞いたら、「日本国内だと33県で作っています。詳しい産地については言えませんが、放射能に関しては自社基準で管理しているのでご安心ください。」というマニュアル化されたような四角い回答を得た。

国産のタバコ葉、輸入のタバコ葉どちらも銘柄ごとの独自ブレンドで配合されるという。
さあ、ここからはなかなか予測の難しい部分ですぞ。

第2位 フィルター

フィルター 140-180mg(平均使用重量) 19%(シガレット一本あたりを占めるだいたいの割合)

木炭チップで煙を濾過する部分とアセテート繊維の二層構造のデユアルチャコールフィルター、アセテート繊維のみのアセテートフィルターなどいくつか種類があるがフィルター周辺のフィルター巻取紙、チップペーパー、フィルターのりもまとめてカウントすると

180-250mg(平均使用重量)
30%(シガレット一本あたりを占めるだいたいの割合)

フィルターを構成するパーツがシガレットの30%を占めているわけだ。

アセテートは植物繊維のセルロースを化学合成して作られている。不完全燃焼すると有害物質をまき散らす。

第3位 水

水 70-85mg(平均使用重量) 9%(シガレット一本あたりを占めるだいたいの割合)

タバコは湿気ってしまうとまずくなると思う方は多いのではないだろうか。雨で濡れて煙が気持ち悪くなったことがある。しかしタバコに欠かせないのは保湿なのである。

高級な葉巻の湿度管理が必要な『プレミアムシガー』の場合だと、ワインセラーのようなヒュミドールという保湿ケースで保管する。湿度70%を維持した状態のタバコ葉が、最も煙が甘く香しく吸える温度で燃焼するのに適しているというわけだ。

手巻きタバコでも保湿用のヒューミッドパックというものがあり、ビスケットの缶なんかに入ってる乾燥剤のシリカゲルなんかと真逆の加湿剤をタバコケースの中につっこんだりするわけだ。

シガレットの燃焼温度は820℃、葉巻790℃、パイプ600℃というのが平均的な温度のようだが、炎の温度は低い方が香りが豊かになる。

第4位 巻紙

巻紙 38-40mg(平均使用重量) 5%(シガレット一本あたりを占める割合)

巻紙の素材は麻やパルプの植物繊維セルロースを主体として、石灰でおなじみの炭酸カルシウムと、燃焼促進剤のクエン酸塩が入って、酢酸塩などアルカリ性の化合物が添加されている。これらが燃焼する際の焦げ臭さというのが、タバコ臭さの主な原因なのではないかというのが私の持論だ。

スローバーニングの無漂白の麻紙だとゆっくり均等に燃焼するのだが、JTタバコの巻紙は燃やすと臭い。

第5位 グリセリン

グリセリン 12-16mg(平均使用重量) 2%(シガレット一本あたりを占める割合)

グリセリンの使用は広く知られていないように思う。グリセリンは市販のタバコのほとんどに添加されている。ヤシの身の油脂から天然グリセリンが、石油から合成グリセリンが作られる。水をよく蓄える性質があるので、保湿剤として使用される。

特筆するような有害性は発見されていない。
化学式がC3 H8 O3なので、炭素と水素と酸素の有機化合物ということになる。
特性は保湿性、吸湿性、粘稠性、熱安定性、溶解性、可塑性、安全性ということだ。

医薬品(パップ剤、浣腸、坐薬、軟膏など)、化粧品(クリーム、ローションなど)、トイレタリー、食品、モノグリセライド、カプセル、アルキッド樹脂 、ポリウレタン、セロファン、フィルム、ハミガキ、マウスウオッシュ、インキ、香料、タバコ、タバコのフィルター、火薬、不凍剤、石鹸、繊維、紙、溶剤、コンデンサー

やはり油脂なのでしっとりしなやかにするようなイメージだろうか。

だんだんマニアックに、わけがわからなくなってきた。次週、シガレットは何でできてるの?(ランキング後半に続く)

▼原田卓馬(はらだ・たくま)
1986年生まれ。幼少期は母の方針で玄米食で育つ。5歳で農村コミューンのヤマギシ会に単身放り込まれ自給自足の村で土に触れて過ごした体験と、実家に戻ってからの公立小学校での情報過密な生活のギャップに悩む思春期を過ごす。14歳で作曲という遊びの面白さに魅了されて、以来シンガーソングライター。路上で自作のフンドシを売ったり、張り込み突撃取材をしたり、たまに印刷物のデザインをしたり、楽器を製造したり、CDを作ったりしながらなんとか生活している男。早く音楽で生活したい。
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11月13日、先の記事で私が予想した通り、京都大学への「反動」攻撃が始まった。学生寮である熊野寮に、多数の公安警察と160人の機動隊(日本テレビによる)が捜査の名の下「侵入」した。

捜査令状は11月2日東京のデモで公務執行妨害で逮捕された学生の捜査を口実にしているようだが、公務執行妨害は、計画的犯行に適応されることは稀であり、仮に学生が警察の主張通り機動隊をデモの際に引っ張ったり、押したとしても、そんなものを計画した証拠などある道理がない。第一公務執行妨害程度の嫌疑で京都府警ではなく、警視庁が出動してくるのはかなり異例の事態だ。

◆屈辱の暴走──警察が学生を引きずり倒す違法行為

そもそも、至近距離から逮捕の状況を撮影したビデオを見ると、明らかに警察が学生を引きずり倒している。これは公務執行妨害ではなく、特別公務員暴行陵虐罪(警察官などの暴行を裁く法律、最高刑は懲役7年)に該当する行為ではないのか。

京都府警公安2課の井上裕介が京大内で取り押さえられたのが、警察には耐え難い屈辱だったことの反証だ。

でも、私が驚いているのは警察の行動ではない。世には「暴力団」と呼ばれる集団があるが、詳細に分けると2種類に区別できる。民間人で構成され時に「ヤクザ」と呼ばれる人々と、公営(税金で賄われた)の「警察官」と呼ばれる連中だ。「ヤクザ」は時に包丁を持っているだけでも銃刀法違反で逮捕されるが、警察官は拳銃を携行していても決して捕まらない。

民間の「ヤクザ」は常に悪事を働くと報道され、多くの市民は恐れているのに対して、公営の「暴力団」である警察官は常に「正義の味方」であるような誤解がある。だが、民間・公営双方組織の原理原則は変わりはしない。それは「暴力と恐怖」による支配だ。警察官が暴力的であるのはヤクザが刺青をしている程度に普通の事なのだ。

◆30年前の「化石」映像を流し、「現場は混乱」と叫ぶ日本テレビの「狂気」

私の暴論は平安な暮らしをしている善男善女の皆さんには奇異に聞こえることだろう。

だが、削除されない限り下記の映像をご覧頂きたい。

◎「速報 京都大学の熊野寮に家宅捜査入る!」(2014年11月13日)

これは日本テレビで流された映像だ。熊野寮前からの中継映像も含まれていた。中継映像の中でアナウンサーは「たくさんの公安の方が」とか「機動隊の方々が」あるいは「部隊の方々」と敬語用法上明らかに誤った発言を繰り返していた。

公安や警察官、機動隊はそれ自体が職務の名前なので余程の敬意を払う時以外には「公安警察」、「警察官」、「機動隊(もしくは機動隊員)」と呼ぶのが妥当だ。が、このアナウンサーは本心を吐露してしまったのだろう。それはどういうわけか通常では事前に知る由もないガサ入れ現場に、事前から待機していた日本テレビを含むマスコミ各社の人間の共通した声かもしれない。警察=「善」、学生=「不届き者」と いう救い難く、理に堪えない低劣思考である 。

私はマスコミが警察のリークにより、ガサ入れが行われることを事前に知っていたと確信する。

そして、アナウンサーは「現場は大変混乱しています」とも繰り返した。それは当たり前だろう。例えば、貴方の家にいきなり数十人の暴漢達が訳もなく侵入しようとすれば、普通はドアを開けないだろう。それでも暴漢達が怒号を発しながらドアを開けようとすれば、内側からドアを開けられまいと必死で抵抗するのではないか。

その光景をテレビが中継していて「現場は大変混乱しています」と報じられたら貴方はどう思うだろう。「混乱」を引き起した責任が貴方(若しくは双方)にあるような報道をされても平然としていられるだろうか。アナウンサーが「暴漢の方々が次々と集結しています」と報じられた日にゃ、テレビを蹴飛ばしたくなりはしないか。

日本テレビのアナウンサーが熊野寮前から中継で発した言葉は、提示した例と何変わらぬ光景である。狂っていると思う。

そして、その光景を如何にも深刻そうな顔をして覗き込んでいるコメンテーターの中に元防衛大臣森本敏の姿があるではないか。自民党をこよなく愛し、改憲の必要性や日本の軍事大国化を熱心に説いていた森本は民主党政権からお声がかかると、これ幸いと防衛大臣のいすに収まった人間だ。

こんな軍国主義者(かつ変節漢)をコメンテーターとして出演させる番組の司会は「原発が止まったら江戸時代に戻っちゃうじゃないですか」と発言した宮根誠司だ。こんな連中からまともな(少なくとも中立な)コメントがなされる道理がない。宮根が何の恥じらいも反省もなく司会を務める番組は、中継映像の後に30年前の三里塚闘争(成田空港建設反対闘争)の際の映像を流し、学生たちがあ たかも現在も暴力行為を続けている集団かのように宣伝した。

「アラー怖いわね」と事情を知らない視聴者はまたしても権力の思う壺、「学生は過激派だから仕方わ」と世論誘導されてゆくのだろう。しかし、見逃してならない事実がある。日本テレビは、学生の一部が所属する組織の暴力性の証として約30年前の事件を提示することしかできていない点だ。30年前に学生は生まれていなかった。そしてそれ以降、彼らの一部が属する組織が「暴力的事件」を起こしているのなら日本テレビは必ず最新の事件を使ったに違いない。しかし、そのような映像は準備できなかった。なぜならそれ以降マスコミが喜ぶ「暴力事件」自体がないからだ。

私はテレビを見ない。この習性はかれこれ30年ほどになる。今まで人に勧めたことはない。でも今日はそうしてもいいかな、と少し感じている。

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▼田所敏夫(たどころ・としお)
兵庫県生まれ、会社員、大学職員を経て現在は著述業。大手メディアの追求しない問題をフォローし、アジアをはじめとする国際問題、教育問題などに関心が深い。

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10月12日正午から京都大学で「11・12抗議行動実行委員会」主催による「全学緊急抗議行動」が行われた。京都大学全学自治会同学会が中心となり、様々な大学の旗や団体の旗がはためく集会だった。

◆制服姿の高校生も長時間、耳を傾けた

同学会の学生諸君にお目にかかるのは初めてであったが、現在、日本や世界についての状況分析からデモにおける学生の不当逮捕、それに続く京大への公安警察侵入を捕捉した意義と問題点などが基調演説で語られた。うんうん。最近の現役学生にしては非常によく勉強しとるわい、と感心させられる(こんな表現は失礼か)。続いて各団体の発言となり、熊野寮や学部自治会、まるっきりの個人からの発言も相次いだ。学生だけでなく労働団体や市民団体も参加していた。

ざっと見渡したところ参加者は主催者発表で300人、警察発表で70人というところであろうか。印象的だったのは制服姿の高校生が長時間集会に耳を傾けていたことだ。

京大全学自治会が所属する「全学連」委員長も駆けつけており、強い調子のアピールを行っていた。別の学生は「今日もこの中に公安がいると思いますけど」と冗談交じりに発言した。私の後ろにはちょと怪しいスーツ姿が2人いたが一瞬彼らはたじろいだように思う、勘違いかもしれない。

京都大学で11月12日、不当逮捕と公安の侵入に抗議する「全学緊急抗議行動」が開かれた(筆者撮影)

◆学生に「過激派」のレッテルを張る国家こそが究極の過激組織

そして私は思いを巡らした。目の前で発言する学生は「戦争に向かう安倍政権を許せないし、それに対抗する学生を逮捕する弾圧は許せない」、「日米ガイドライン見直しと特定秘密保護法の施行が迫っている。この国は戦争に向けてまっしぐらだ」、「なぜ、大学との約束を破り大学に潜入した公安を拘束したのが『行き過ぎ』と言われて、なんの暴力も振るっていないデモ参加者を引きずり倒して逮捕するのが正当化されるのか? 『過激派』だからというが、どっちが過激なのか?」と。

最後の発言は、ここ20年ほど私の頭の中で行きつ戻りつしてきた疑問でもあった。警察や公安調査庁は「過激派」、「極左暴力集団」と呼ぶけれども、ゲバ棒どころかヘルメットすら被らなくなった、彼らのどこが一体「過激」なのだと。私は特定党派の擁護をしているのではない。むしろ彼らにはある種の歯がゆさすら感じる。無責任の誹りを恐れずにいうなら「革命」に相応しい行動してくれよな、という内心がないわけでもない。いやダメだ。こんな発言に私は1ミリも責任を持てない。

だが、断言できる。レッテル張りで「過激派」、「極左」という警察用語を恥もなく用いる、あるいは疑わない新聞記者やマスコミの連中の頭脳の方が「反動に乗じる」という力学の中で余程「過激」であることを。凡そどれほどの動員力や資力を保持しようとも、この国において「国家」を超える「過激派」など存在しえた歴史はない。国家こそが戦争を、死刑を、資本を、些細な公務執行妨害(ほとんどのケ―スはでっち上げ)を独占しうる究極の過激組織ではないのか。

◆森喜朗政権と安倍政権の温度差──15年弱で蔓延した御用マスコミ・文化人

例えば、その補完機能として日本テレビ系列に最低クラスの情報番組として「バンキシャ」という番組がある。この番組に出るコメンテータは全員御用学者か、検察出身の弁護士、あるいはおでたい御仁で「早く国粋主義を!」と主張する連中ばかりだ。

そこに先週作家で法政大学の島田雅彦が登場した。島田の名前が世に出たのは「優しいサヨクのための嬉遊曲」(1983年)だった。「この弱虫め、お前のような奴が敗北を呼び込んだのだよ」と若気の至りに怒りながら読んだ記憶があるが、番組の中で島田は「公安の人たちが容易に身分が分かってしまうと職務上問題があるんじゃないのか」と発言をしている。いや、正確に訳せば「公安の人達はもっと身分が分からないようにして職務を遂行すべきです」と訳せるじゃないか!

かつて「オットセイの体に蚤の脳味噌」と比喩された森喜朗という首相がいた。森は麻生と同程度に日本語が苦手なので失言を繰り返し、最後は支持率が一桁になった。森と比べて安倍の支持率はたぶん実質の10倍以上水増し操作されている。ありがたくも賢く相成ったマスコミのお蔭だ。

京都大学の帰路立て看板に学生サークルが「青山繁晴」の講演会を開くという宣伝があった。私が知る限り「安全保障の専門家」を自認する青山は共同通信勤務時代に海外出張の際、経費をごまかした咎で自主退職に追い込まれた輩だ。「テレビアンカーでおなじみの!」と学生は青山をテレビ出演の実績で讃えていたが、京大に合格する能力があっても青山の吐く明白な嘘と恫喝の羅列の本質には思いが至らないのか。その点ではこれも「過激」な現象だといえよう。

こと戦争に向かう方向性においては我らが偉大なる首相「安倍」同志が畏くも「解釈改憲」という妙案を用いて近道を作り出してくださった。その「安倍」同志が間もなく解散総選挙に打って出るという。所費税が8%になり、大臣が金銭疑惑で辞任しようが、景気が冷え込んでも何ってことない。マスコミは順風満帆、いつでも「安倍」同志の露払いであり懐刀だ。

過激なのは、公安を取り押さえた学生なのか? それとも時代なのか? この問いは重い。

※関連記事=《大学異論16》京都大学が公安警察の構内潜入を拒否するのは100%当たり前!(田所敏夫)

▼田所敏夫(たどころ・としお)
兵庫県生まれ、会社員、大学職員を経て現在は著述業。大手メディアの追求しない問題をフォローし、アジアをはじめとする国際問題、教育問題などに関心が深い。

 

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当欄で過去4回取り上げた宮崎家族3人殺害事件。殺人罪などに問われた奥本章寛被告(26)は宮崎地裁の裁判員裁判で死刑判決を受けたが、地元では死刑回避を求める支援運動が盛り上がり、被害者遺族が最高裁に「第1審からのやり直し」を求める上申書を提出するなど、異例の事態となった。だが10月16日、最高裁は奥本被告の上告を棄却。奥本被告はその後、判決訂正の申立も退けられ、ついに死刑判決が確定した。

奥本被告はこれまで1日に1回の面会、2通の手紙の発信が認められていた。が、死刑判決の確定後は処遇が変わり、弁護人や親族以外とは面会、手紙のやりとりがほとんどできなくなる見通しだ。そこで筆者は10月31日、奥本被告に現在の心境や今後の予定などを聞くため、宮崎刑務所を訪ね、面会してきた。

前回面会した際は初対面にも関わらず、どんな質問にも率直に答えてくれた奥本被告。今回は死刑判決の確定を間近に控えた中での面会だったが、前回同様、1つ1つの質問に率直に答えてくれた。奥本被告が妻、生後5カ月後の息子、養母(妻の母)という家族3人の命を奪ったことは紛れもない事実だが、そこに至るまでには複雑な事情が重なっていたことが思い返された。以下、この日の奥本被告との面会室でのやりとりを取材メモに基づいて紹介しよう。

宮崎刑務所は宮崎市郊外ののどかな田園地帯にある

◆死刑でおかしくないと思っていた

── 上告が棄却されたのをどうやって知りましたか?
「上告棄却は夕方6時のラジオニュースで知りました」

── その時はどう思いましたか?
「ああ、やっぱりな、と思いました。自分のしたことを考えれば、死刑でおかしくないと思ってましたから」

── ショックを受けたり、落ち込んだりはしなかったですか?
「少しは動揺しましたよ」

── 上告が棄却され、何か生活に変化はありますか?
「とくに変化はなく、生活はいつも通りです。本を読んだり、写経・書写をしたり、絵を描いたり。手紙を書くのは増えました。手紙は平日2通しか出せないのですが、今までお世話になった方々の全員に出せるだけ出そうと思っています」

── お世話になった方々とは?
「主に支援者の方々で、その他に文通だけしていた方々もいます」

── 上告が棄却されてから、色んな人が面会に来ているのでは?
「上告を棄却されてからは今のところ、一般面会はほぼ毎日、誰かがお越しくださっています」

── それはやはり嬉しい?
「嬉しいですね。お礼の手紙を送るのが間に合いませんが」

── 死刑判決が確定すると、どういう処遇になるかはもうご存知ですか? たとえば、家族や弁護人以外とはほとんど面会も手紙のやりとりもできなくなることとか?
「本を読んだりして知っています」

── 面会や手紙のやりとりが制限されることはどう思いますか?
「制限はされたくないですね。でもあきらめています」

死刑判決が確定すると、外の世界と隔絶された生活になることは承知していた奥本被告。だが、その語り口はとても落ち着いていた。もしも自分が同じ立場に置かれたとして、ここまで平静を保っていられるだろうかと、ふと考えさせられた。

翌日から矯正展があるため、いつもと雰囲気が違った10月31日の宮崎刑務所

◆絵は被害者を想いながら描いている

上告棄却後もとくに生活に変化はないという奥本被告。被害者遺族に弁償するため、獄中でポストカードの製作に励んでいることは前回お伝えした通りだが、その作業も変わらず続けているようだ。

── ポストカードにするための絵は現在どうですか?
「自分は技術がなくそんなに上手くは描けません。でも今、描き上がっている絵は前回のもの(ポストカード)より少しはマシな絵になったと思っています」

── あれはどうやって描いているんですか?
「以前は昔見たことがある花や風景を思い出して描いていましたが、それには限界がありましたので、今は花の図鑑を観たり、写真などを見て、絵を描いています。見る写真は花や私の古里の風景、その他の風景です。写真は父に頼んで送ってもらい、その他に支援者が送ってくれます」

── 私が見たポストカードの絵はほのぼのとした暖かみが感じられましたが、こういう絵を描こうと何か考えながら描いていることはありますか?
「暖かみのある、やさしい、やわらかい絵を描きたいとは思っています」

── 心の琴線に触れたものをそのまま描いているような感じでしょうか?
「そうですね。絵を描く時は写経や書写をする時と同じような心境です。被害者3人のことを想いながら描いています。とくに妻と息子のことを想って、心の琴線に触れたものを2人に重ねて描いています」

── それが、償いの気持ちを持ちながら絵を描いているということですか?
「命を奪ってしまい、申し訳ないと思いながら描いています。僕は、絵を描くことは被害者3人に対する償いの1つだと思っています」

── 本はどんな本を読んでいますか?
「最近読んだのは、『ゲドを読む。』というゲド戦記に関する本です。色んな人がゲド戦記を読み、感想を言っているような内容の本です。支援者の中にジブリファンの方がいて、先日もジブリ関連の本を4冊差し入れてくれました」

◆再審と恩赦を考えている

上告棄却後もこれまでと変わらぬ生活を送っている奥本被告だが、死刑確定後のことも色々考えているようだ。

── 再審の請求をされることなどは考えていますか?
「再審の請求と恩赦の出願を考えています。10月16日に上告が棄却され、その日の夜まではこの結果(死刑)を潔く受け入れて死のうと考えていましたが、色々と考えた結果、その考え・気持ちはまったくなくなりました。今後も内省を深め続けるために、恩返しのために、償いのために最後までしぶとく生きることにしました。なので、そのためにできることはすべて行うつもりです」

── 反省をするとか、償いをするというのは、具体的にはどういうことをしようと考えていますか?
「反省は、僕が犯した罪と自分自身に最後まで向き合い続けることで、それが一番大切だと思っています。よりよく反省するために、主に浄土真宗ですが、仏教を学び続けます。償いは、被害者遺族に命ある限り、謝罪し続けることと、被害弁償金をお渡しし続けることです。被害者遺族に対する償いはこれくらいしか思いつきません」
「僕は、被害者3人の尊い命を奪うことによって、仏教によって、命の大切さ、尊さを明確に知らされました。なので、自分の命を大切に守るようにできる限り努力すべきだと考えています。それが、奪ってしまった被害者3人の尊い命に対する償いの1つだと思っています」

── ひとくちに償いと言っても難しいですね。
「難しいです。謝罪するのは大切なことだと思いますが、謝罪するだけではいけません。お金を払ったからと言って、とくに何も変わりませんが、何もしないよりはいいと思うんです。絵を描くという方法でお金を払えるのは、支える会の方々や黒原弁護士がチャンスをつくってくれたからです。まさか自分の描いた絵が売れてお金になるとは思ってなかったですから。せっかくつくってもらったチャンスですから、絵は描き続けたいと思っています。また、死刑が確定しても請願作業というのがあるそうなので、絵がダメな場合、それをしてお金を払うことも考えています。報酬はとても安いので、あまり大きな金額は払えないかもしれませんが」

── あと、恩返しとは?
「支える会の方々や黒原弁護士らに対して、何か恩返しがしたいと思っていました。死刑確定者になりますので、僕にできる唯一の恩返しは、最後まで償おうとする姿を、必死に生きようとする姿を見せることだと思っています」

◆死ぬ時も福岡がいい

── 先日面会させてもらった際、奥本さんは「死刑が怖いという思いは今のところ、あまりない」と言っていましたが、上告が棄却されて死刑判決が確定することになり、死刑への恐怖は出てきていますか?
「それはやっぱり少しありますね。これからはいつ死刑執行されてもおかしくないですから。不安や恐れはありますよ」

── ただ、こうして話していて、あまり落ちこんでいる感じにも見えませんけど?
「そうですか(笑)。黒原弁護士は最後まで付き合ってくださるようなので、僕も最後まで償おう、生きようと思っています。それに、しなければいけないことがたくさんあるので、落ち込んでいる暇がないです」

── 上告が棄却された後、お父さん、お母さん、弟さんたちとは会いましたか?
「父と母は面会に来てくれました。母は普通にしっかりしていましたが、父がショックを受けていましたね。涙目になっていて、落ち込んでいるのがよく顔に出ていました。あの父の様子は、僕もつらかったですね」

── Yさん(筆者注:第1審からのやり直しを求める上申書を最高裁に提出した被害者遺族。奥本被告の妻の弟)も面会に来てくれたんでしょうか?
「10月20日に来てくれました。嬉しかったですね」

── 死刑判決確定後はYさんとも面会や手紙のやりとりができるように請求するのでしょうか?
「そのつもりです。福岡拘置所に移送になれば、Yさんも他の拘置所よりは面会に来やすいはずです。福岡拘置所に行きたいです。福岡で生まれ育ったので、死ぬ時も福岡がいいです(筆者注:奥本被告は高校卒業後、自衛隊に入隊してから宮崎に移り住んだ。死刑判決確定後は現在の宮崎刑務所から刑場のある施設に移送されるが、管轄的に福岡拘置所に移送される可能性が高い)」

以上、奥本被告と面会した際のやりとりだが、この面会後に奥本被告から届いた手紙の一節も紹介しておきたい。奥本被告は面会の際、「内省を深め続けるためや恩返し、償いのために最後までしぶとく生きることにした」と語っていたが、手紙ではその真意が改めて次のように綴られていた。

《私が今、考えていること(再審や恩赦)はまったく潔くありませんが、間違っていないと思っています。私は、被害者3人の命をある日突然奪ったのですから、私が死ぬ心の準備をするのはおかしいです。私も死ぬ時は、死ぬつもりがまったくない状態で死ぬべきです。最後までしぶとく生きるつもりです》

死刑確定後も生き続けようとする奥本被告に対し、反感を抱いた人もいるかもしれない。しかし、奥本被告が生き続けようとするのは、死ぬ時は被害者たちと同じ恐怖や苦しみを味わうべきだという覚悟を決めたうえでの選択なのだ。死刑判決が確定し、筆者も奥本被告と接点を持つのが難しくなることは確実だが、今後も奥本被告の動向は可能な限りフォローしていきたい。

【宮崎家族3人殺害事件】
宮崎市花ケ島町の会社員・奥本章寛被告(当時22)が2010年3月1日、自宅で妻(当時24)と長男(同生後5カ月)、妻の母(同50)を殺害した事件。奥本被告は同年11月17日、宮崎地裁の裁判員裁判で死刑判決を受け、さらに2012年3月22日、福岡高裁宮崎支部で控訴を棄却され、死刑判決を追認される。現在は最高裁に上告中だが、あす16日、判決公判が開かれる。地元では減刑を求める支援活動が盛り上がり、被害者遺族も最高裁に「第一審からのやり直し」を求める上申書を提出する異例の事態になっている。

▼片岡健(かたおか けん)
1971年、広島市生まれ。早稲田大学商学部卒業後、フリーのライターに。新旧様々な事件の知られざる事実や冤罪、捜査機関の不正を独自取材で発掘している。広島市在住。

みずほ銀行・司法官僚天下り利権!など注目記事満載の『紙の爆弾』12月号発売中!

「ミスコンテスト」(ミスコン)は下火になったものの町おこしや、企業のPRで相変わらず行われている。かつての「ミスコン」は女性が容姿を主に競うものであった。フェミニズムのみならず女性を「商品」として見るていると問題視する人々から批判を浴び、最近では女性の知識や能力を加味した選考を行うと謡っているものが増えたが、それとて実際は女性の「美人競争」の感がぬぐえない。

◆一味違った某大学の「女王」

毎度、手前味噌で恐縮だが、私の勤務していた大学の学園祭にも(このコラムの過去記事をご覧の読者にはその学園祭が一般大学のそれとはかなり趣が異なることはご理解いただけているとは思うが)「ミスコン」があった。ただし、その「ミスコン」は最初からストーリーが出来上がっていて、ステージに登場する「女性」の半数以上は女装した男子学生だったり、優勝者はあらかじめ決められており、舞台上でのやり取りも「吉本新喜劇」みたいな出来レースであった。

フェミニズムの世界で知らない人のいない、○野千鶴子先生はじめ、多数のフェミニズム教員が在籍していた大学だから、通常の「ミスコン」など行えるはずもないし、大学も女性の差別は許さないのは分かり来ている。学園祭を主催する学生たちの感性は我々教職員のそれをはるかに凌駕する鋭さがあった。

私が着任した年に行われた学園祭での「ミスコン」では、その年に入学した学生(つまり1年生)が優勝者に内定していた。確かに顔立ちはそこそこ整っているが、口数も少ないし、どうしてこの学生を学生たちが「女王」に選んだのか、実際の舞台を見るまで私にはよくわからなかった。彼女は恥ずかしそうに舞台に登場すると、司会者からいくつか質問を受け、音楽に合わせてゆるやかに踊り出した。すると驚いたことにそれまでの恥じらいの表情が、徐々に変化を見せ出した。全身から人を引き付ける不思議なオーラのようなものを発し始めたのだ。「自分が多数の人から見られていることに対しての喜び」のような表情に変わっていく変化を今でもはっきり覚えている。決して踊りが上手でも、振る舞いが派手なわけでもない。下手な芸人より面白い話をする参加者も他にいたが、なぜか輝いている。そんな彼女が予定調和ながらその年の「ミスコン」では彼女が「女王」に選ばれたのが何となくうなずけた。

◆学生の慧眼をなめてはいけない

それから約1年半後、私は彼女から相談を受けることになった。彼女は3年次に半年海外留学が決定していたのだが、それを取りやめたいという。海外留学は彼女が個人で計画したしたものではなく、大学が選考して派遣する制度を利用したものだった。その留学手配業務が私の仕事だったので彼女は相談に来たのだ。理由を聞いてみると「テレビの深夜番組へ出演できるようになった。将来は芸能界の仕事がしたいのでこのチャンスを活かしたい」という。しかし詳しく聞くと「テレビ出演」と言っても深夜のローカル番組で、タレントが話す後ろに座って場を賑あわす、「ひな壇」の一人に過ぎないらしい。私は彼女の才能は知らないものの、芸能界で成功することの難しさは予想できた上に、半年間の留学で大いに成長した学生を何人も見え来ていたこともあり、彼女に再考を促した。が、彼女の意思は固く結局留学は取りやめることとなった。

担当していた教員にも相談に行った。「あんな馬鹿番組に出ただけで売れるわけないわよ、っていくら諭しても聞かないから仕方ないわ」というのが指導教員の話だった。

数年後、彼女は松竹芸能所属の漫才師として全国に名が知られる存在になっていた。白と黒の駒の色の数で勝敗を競うゲームがコンビの名前だった(え?わかりにくい?オセロだよ!オセロ!もうネタバレ覚悟だ!)。

私はテレビを見ない。それでも週刊誌や知人の話に頻繁に登場するくらいの売れっ子になっていた。留学を止めたいと相談に来た時に強引に説得しなくて良かった、と彼女の成功を喜んだ。

その後、あれこれトラブルがあって急激に太ったとか、洗脳されて引き籠りになったとか、井上陽水と出来た(事実ならあっぱれ!)などあまり芳しくない噂を聞くにつけ「やっぱり、止めといた方がよかったのかな」とも思うことがないでもなかったが、彼女の選んだ人生だ。あとはよろしくやってってくれとしか言いようがない。

それにしても、大学1年で彼女に宿る「才能」(運?)を見出して、「ミスコン」の「女王」に選び出した学生たちの慧眼に恐れ入る。学生をなめてはいけない。

 

▼田所敏夫(たどころ・としお)

兵庫県生まれ、会社員、大学職員を経て現在は著述業。大手メディアの追求しない問題をフォローし、アジアをはじめとする国際問題、教育問題などに関心が深い。

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拙著『芸能人はなぜ干されるのか?』では、日本の芸能界の腐敗の象徴として日本レコード大賞を採り上げている。

レコード大賞は、1959年に始まってほどなくして、賞を獲った歌手のレコードの売上が伸びることが分かって審査員の買収の噂が囁かれるようになり、80年代になると工作資金を抑えるため談合が横行し、2005年には審査委員長が変死するという異常事態まで起きた。

◆ラジオDJ=アラン・フリードのペイオラ・スキャンダル

だが、アメリカの音楽業界もかつては同じような問題があった。ヒット曲をお金で買う「ペイオラ」と呼ばれる悪しき慣習だ。

ペイオラというと、アラン・フリードとともに語られることが多い。アラン・フリードは、50年代に人気を博し、アメリカでもっとも有名だったラジオDJで、「ロックンロール」という言葉をアメリカに広め、その普及に大きな貢献をした人物として知られるが、晩年はペイオラのスキャンダルでもみくちゃにされた。

◎Alan Freed’s Go Johnny Go trailer (1959)

ペイオラとは、支払いの意味の「pay」とRCAビクターが販売していたレコードプレイヤー「ビクトローラ(Victrola)」を掛け合わせた合成語で、レコード会社がDJにリベートを払い、その見返りとして番組でそのレコードをオンエアしてもらう賄賂のことだ。もともと、ラジオDJは生活が不安定で賃金も低かったために、ペイオラに頼っていたが、50年代になると業界中に蔓延し、DJにカネを握らせなければ、レコードはオンエアされないという状況にまで陥っていた。

インターネットのない当時、メディアはレコード業界で絶大な権力を持っていた。そして、選曲の権限を握るDJたちに、レコード会社のプロモーション担当者が群がった。

それを象徴するのが59年5月にフロリダ州バルハーバーのアメリカーナ・ホテルで開催さたディスクジョッキー・コンベンションという大会である。

大会は50社近くのレコード会社が協賛し、アメリカ中から2500人ものDJが招待され、4日間にわたって24時間、レセプションやパーティー、コンサート、ハバナへの旅行を賭けたゲームなどがすべて無料で提供される大盤振る舞いが行なわれた。

会場に着いたDJには、RCAから100万ドルの疑似通貨が「遊興費」として手渡され、それを元手にギャンブルをすることができた。その疑似通貨と引き替えにステレオセットやカラーテレビ、洋服、ヨーロッパ旅行のチケット、高級車などが提供された。そればかりではなく、会場となったホテルでは、マリファナや多数の売春婦が溢れ、文字通り、酒池肉林の観を呈していた。

だが、ヒットチャートをカネで操作するペイオラは、アンフェアで非アメリカ的であるとして、世間から非難を浴び、58年、下院議会はペイオラを違法とする法律を制定した。

1960年5月19日、アラン・フリードは収賄の疑いで逮捕された。その後、アラン・フリードを含む多くの有名DJが公聴会に召喚され、数十年にわたって業界でペイオラが浸透していた事実が明るみに出た。62年、アラン・フリードには、罰金と執行猶予付きの実刑判決が下され、業界から追放されてしまった。経済的にも困窮したアラン・フリードは、アルコール依存症となり、65年、肝硬変などを患い、43歳という若さで死んだ。

とはいえ、この一連のスキャンダルでペイオラが完全になくなったわけではない。レコード会社が独立系のプロモーション会社と提携し、そのプロモーション会社がラジオ局に賄賂を渡せば違法とは認定されないという抜け道があったからだ。

だが、2000年代に入ると、この抜け道も問題視されるようになり、連邦通信委員会(FCC)は違法性を認定。大手のレコード会社やラジオ局が次々と、司法当局によって告訴され、ぞれぞれ巨額の罰金を支払わされた。

◆日本レコード大賞──事務所間のパワーゲーム

翻って日本の芸能界はどうだろうか?

その年のもっとも優れた楽曲に与えられることになっている日本レコード大賞は、1964年の第6回目から「黒い霧」と呼ばれるスキャンダルが持ち上がって以降、何も変わっていない。

今年もライジングプロダクション所属の西内まりあが8月にCDデビューすると、その直後にレコード大賞の最優秀新人賞に内定したと報じられた。実力は未知数のほぼ無名の新人だが、ライジングプロでは安室奈美恵の独立騒動が持ち上がっており、安室の後継者として西内を育成したいという強い意向があるという。

日本の芸能界には「実力主義」という言葉はない。そこで繰り広げられているのは、事務所間のパワーゲームでしかないのである。

▼星野陽平
フリーライター。1976年生まれ、東京都出身。早稻田大学商学部卒業。著書に『芸能人はなぜ干されるのか?』(鹿砦社)、編著に『実録!株式市場のカラクリ』(イースト・プレス)などがある。

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