[参考動画]渋谷3・11

大きなガラス越しに見える東京湾方向ビルの上には黒い煙が見える。都心中央の地上6階にあるこの温泉は揺れに揺れた。サウナに入り共有スペースで韓国から遊びに来た友人夫妻とビールでも飲もうかと、飲食スペースに移ったときに揺れは始まった。耐震建築だろうから、それでも崩壊してしまえば運が悪かったとあきらめるしかない。でも地震経験がほとんどないであろう友人の奥さんには、気の毒すぎる経験となる。

友人はほぼ完全な日本語を話すことができるから、「とりあえずじっとしているしかない。天井には落ちてきそうなものはないけど、奥さんを念のためテーブルの下に頭を入れて」と頼んだ。

[参考動画]東京タワー3・11

大きな船に乗って感じる「時化(しけ)」のような揺れは次第に激しさを増す。外が見渡せるようにしつらえられたガラス窓が割れたら、パニックが起こるだろうし怪我人も出るだろう。数分の揺れが少しおさまったのですぐに「急いで着替えて外に出よう」と夫妻に告げた。床のあちこちに水があふれ、そこに腰を抜かしたご婦人が座り込んでいる。

温泉だけでも数百人は入っているだろうから、さらに上位階の人々が非常階段に殺到したら、そこでの将棋倒しが怖い。長く激しい揺れは気持ち悪かったが、私は阪神大震災を経験している。あの時の揺れが体に染みついていて、ある種の耐性のようなものになっていた。

[参考動画]赤坂3・11

非常階段を降りて地上に出た。地下鉄の出口から人波が駆け出してくる。当然地下鉄は止まっている。地下鉄駅近所の公園に多くの人が集まっていた。周囲に高層ビルがなく災害時の「避難場所」に指定されているからだろう。余震は続く。高いビルがお互いの距離を縮めるように不規則に揺れている。隣に立っている会社員風の若い男性がスマートフォンでテレビのニュースを受信し始めた。

「揺れ激しかったですね」
「死ぬかと思いましたよ。でも東北がやばいみたいです。もう津波来てます」

[参考動画]秋葉原3・11

男性の持つスマートフォンからは早くも、東北地方を襲った津波を撮影した映像が映し出されていた。友人はすべてを理解し、奥さんにハングルで状況を説明している。地震体験のない韓国から来た友人の奥さんは、本当に怖かったろうに、思いのほか冷静で、むしろそのことに驚かされた。

「震源が三陸沖でこの揺れだとまだ余震がかなり続く。電車もいつ動くかわからないだろうからとりあえず歩こう」私は友人にそう提案して三人で投宿地、池袋駅へ向けて歩き始めた。

ビルの6階で感じた揺れは、ずいぶん長かったし大きかったから街中の被害はかなりのものだろうと想像していたが、歩きながら街を観察すると、少なくとも外見は思いのほか(と言っては東京でも被災され亡くなった方もいるので失礼にあたるが)被害が少ない。建物の被害は古い民家に集中していて、それも「崩壊」というまでのレベルではない。これまた阪神大震災の経験が無意識に揺れと被害の関係を比較させるのであろうか。

[参考動画]横浜ランドマーク展望レストラン(70階)3・11

小学校からは防空頭巾をかぶった児童たちが集団下校している。その場で取りうる限りの「防災対策」を少なくとも小学校はとっていることを目の当たりにした。しかし訓練ではない防空頭巾を被った小学生集団下校の列には、地震直後にもかかわらず、自然災害と全く無関係な怖さも感じた。

1時間強ほど歩いたであろうか、目的地池袋駅に到着した。しかし多数ある池袋駅の入り口はすべて閉鎖されていて駅構内を通り抜けることができない。私たちが泊まっていたホテルは駅の向こう側である。駅の構内を通り抜けるか、おそらく大きく遠回りをしなければたどりつけないのだが、恥ずかしいことに私は池袋駅周辺の地理がほとんどわからない。迂回するにしても誰かに聞かなければたどり着くことはできないだろう。

[参考動画]液状化3・11

蟻が密集したように、数千人の人が、駅の封鎖解除と電車運転の再開を待っている。日が傾いてきて寒さも増してきた。友人は私と同年齢だ。韓国には兵役がある。かれは徴兵されたときに朝鮮との国境沿い(危険度がかなり高いとされる場所)に配置されたそうで、実戦の経験こそないが夜間に銃撃戦を経験したことがある、と過去に何度も聞いていた。日本に長く住んでいたから小さな地震の経験もある。

「どうしようか。このままでは膠着状態だよ。もしここが韓国だったら市民はどう行動する?」私がそう聞くと
「日本人はおとなしいね。さっきの温泉でも火事があるかもしれないのに精算の列に黙って並んでいたでしょ。あんなこと考えられない。自分の命を守るために脱出すると思うな」

[参考動画]品川3・11

「だから、私が精算係に『こんなことしている場合じゃない、早く非常階段を開放しろと怒鳴ったんだよ』」
「田所さんは日本人じゃないから(笑)。でも駅だって電車が止まっているだけだから封鎖する理由ないんじゃないかな」
「そうだよ。これはおそらく治安対策で、万が一の暴徒化に備えているんだと思う。そうと決まれば答えは簡単だな」
「アリゲスムニダ(わかりました)」
といたずらっぽく答えた友人は、私たちが言葉では相談してはいないけれども内心同意した行動を奥さんに説明し始めた。
「いいかな? もし警察が捕まえに来たらハングルだけをしゃべるようにね。先頭は私が歩く」

[参考動画]靖国3・11

頷いた奥さんの顔を確認して、三人は規制線の最先端まで人波をかき分けて進んだ。
「行くよ」
と声をかけて私は規制線のロープを持ち上げて誰もいない池袋駅構内に足を踏み入れた。友人と奥さんが続く。なんのことはない。警察も駅員も誰も私たちをとがめはしない。やましいことはないので悠々と歩く。規制線の向こう側からは多数の人が私たちを眺めている。でも誰も私たちに続こうとしない。

「これが日本だね。日本の良いところでもあるし、日本人の弱いところでもある」
そろそろ目的の出口に近づいたころ友人が口走った。

[参考動画]池袋3・11

「そうだね。そうかもしれない」
出口では警察官が数人立っていて駅構内への人の入りをけん制している。私たちはその逆からやってきて警察官の背中を見ながら規制ロープを持ち上げて駅の外へ出た。

「しかし考えてみれば怖いね。理由の説明もなく駅が封鎖されても誰も文句を言わない。23区内で今日よりもう少し大きな地震が起きたら自家用車は使用禁止になるらしいし」
「北韓(朝鮮)が攻めてきたらソウルもそうなるよ」
「それは戦争でしょ」
「ああそうか」

「日本では別に大規模な訓練をしているわけでもないけど、市民はこの通り不気味なくらいおとなしい。規制に理由があれば仕方ないけど、あのまま駅の向こうにいたら、夜まで待たされていたよ」

[参考動画]ミヤネ屋放送時3・11

東北地方の惨事を知りながら、まだ原発が危機的状況にあることを知らなかった3・11夕方都心にいた私の最も強い印象は不謹慎にも、人々の行動の過剰なまでの整然さ(不気味さ)であった。不必要に整然とした人々の姿は時に不可視のようでいてますます常態化しているかのような感覚がある。錯覚か。

理由なく規制された池袋駅構内を歩いて通過した人は、われわれのほかにもいたのか、いなかったのか。

▼田所敏夫(たどころ としお)
兵庫県生まれ、会社員、大学職員を経て現在は著述業。大手メディアの追求しないテーマを追い、アジアをはじめとする国際問題、教育問題などに関心を持つ。※本コラムへのご意見ご感想はメールアドレスtadokoro_toshio@yahoo.co.jpまでお寄せください。


[参考動画]NHK3・11

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