やはり、冤罪なのだろうか。今月5日、福岡地裁で始まった福岡県警の元警察官・中田充被告(41)に対する裁判員裁判の報道を見ながら、そんな思いを強くしている。

中田充被告の裁判員裁判が行われている福岡地裁

2017年6月、当時は現職の警察官だった中田被告は、妻と子供2人を殺害した容疑で福岡県警に逮捕された。この時、事件は「県警史上最悪の不祥事」と言われた。

しかし、このほど始まった裁判員裁判では、中田被告は「事実無根です」「間違いなく冤罪です」とかなり強い言い方で無実を主張。これに対し、検察側は「被告による犯行を直接証明する証拠はない」と明言したという。

もちろん、検察は中田被告を起訴した際、有罪を立証するに足る証拠が揃っていると判断してはいるだろう。しかし、報道を見る限り、「冤罪の疑いが濃厚」と言うのが現時点での私の見解だ。

◆無理心中を装った殺人だとみられたが・・・

では、この事件がなぜ、冤罪の疑いが濃厚だと言えるのか。まず、前提となる事実関係を整理しておきたい。

事件発生は2017年6月6日のことだった。この日の朝、中田被告の妻由紀子さん(当時38)の姉であるA子さんは、勤務中の中田被告から電話で「子供が登校していないと学校から連絡があった。様子を見に行って欲しい」と頼まれた。そして午前9時20分頃、中田被告の家の台所で由紀子さん、2階の布団の上で長男涼介くん(同9)、長女実優ちゃん(同6)がそれぞれ亡くなっているのを見つけた。由紀子さんのそばには練炭のようなものがあり、煙が充満していたという。

一見、由紀子さんが子供2人を道連れに無理心中したような状況だ。しかし、司法解剖の結果、涼介くんと実優ちゃんの首にヒモで絞められたような跡があったばかりか、由紀子さんの首にも圧迫されたような内出血の跡があった。そのことから中田被告が疑いの目をむけられる。そして8日、中田被告は由紀子さんに対する殺人の容疑で逮捕されたのだ。

さらに8カ月余りが過ぎた2018年2月、中田被告は子ども2人に対する殺人の容疑でも逮捕される。つまり、中田被告は、妻の由紀子さんが子供2人と無理心中したように装い、妻子3人を殺害した疑いをかけられたのだ。中田被告は当時、由紀子さんと仲が悪く、同僚に「妻に死んでほしい」と話していたという。ただし、容疑については一貫して否認してきた。

◆有罪を裏づける確たる事実は何も無し

では、検察は裁判で、どんな根拠に基づき、中田被告が犯人だと主張しているのか。毎日新聞が11月5日、ホームページ上で配信した記事によると、検察側は有罪の根拠として主に5点の間接事実を挙げているようだ。しかし、そのいずれもが有罪の根拠としては、はなはだ心許ないのだ。以下、順番に指摘しよう。

〈検察が示した有罪の根拠① 被告が事件当日は家にいた〉
事件当時、中田被告は残業と偽り、家に帰らなくなるほど夫婦関係が悪化していたそうなので、「事件当日に家にいたこと自体が怪しい」という趣旨の主張なのだと思われる。しかし、それだけでは単に「犯行は可能だった」という意味しか持たないだろう。

〈検察が示した有罪の根拠② 携帯電話のアプリに死亡推定時刻の6日未明に被告が活動していた記録がある〉
中田被告は「午前6時45分頃に出勤した際、3人はまだ寝ていた」と証言していたが、3人の死亡推定時刻は、午前0時から6時までの間なのだという。そのため、中田被告が死亡推定時刻に活動していた記録は、3人を殺害するために活動していた記録だと検察は言いたいわけだろう。しかし、そもそも、死亡推定時刻というのは、法医学者によって見解が大きく分かれがちで、事実認定の根拠とするには頼りないものである。

〈検察が示した有罪の根拠③ 妻子の周りにライターオイルがまかれており、被告の勤務先のロッカーに使い残しのライターオイルが保管されていた〉
中田家にあった複数の同種のライターオイルについて、妻の由紀子さんと中田被告がそれぞれ所持していたと考えても説明がつく。そもそも、中田被告が本当にライターオイルを犯行に使ったのなら、勤務先のロッカーに入れておかず、さっさと捨ててしまうほうが自然だ。

〈検察が示した有罪の根拠④ 第三者の犯行がうかがえない〉
家に侵入して犯行に及んだ第三者がいないとしても、由紀子さんが子どもたちと無理心中をしたと考えれば、中田被告が犯人でなくとも説明がつく。由紀子さんの首の内出血について、検察側は「首を圧迫された跡だ」という見解の法医学者を証人出廷させ、由紀子さんの自殺を否定しようとするとみられるが、法医学者の見解は分かれがちなので、弁護側も独自に法医学者の証人を用意できていれば、充分に対抗できるだろう。
 
〈検察が示した有罪の根拠⑤ 妻の首から被告と妻の混合DNAが検出された〉
事件とは何の関係もなく、中田被告のDNAが由紀子さんの首についたと考えても、夫婦なのだから何もおかしくないだろう。

以上、毎日新聞の記事で示されていた検察の主張に基づき、検証してみたが、有罪を裏づける証拠が乏しいのは間違いないと思われる。

◆子供たちまで殺す事情が見当たらない

一般論を言えば、被告人がクロでも有罪の証拠は乏しい場合もある。ただ、中田被告については、無実だと考えたほうがしっくりくる事情もいくつかある。

まず何より、中田被告には、子供を殺さないといけない事情が何も見当たらないことだ。中田被告が由紀子さんと夫婦仲が悪く、離婚も考えていたのは事実のようだが、それは子供たちまで殺す事情にはならないだろう。

第2に、いくら無理心中を装ったとしても、妻の首を圧迫して殺せば、解剖により犯行が露呈する可能性が極めて高い。そのことは、警察官である中田被告がわからないはずがない。こういう言い方は変だが、中田被告が妻子を殺害し、完全犯罪を狙うなら、他のやり方を考えるほうが自然だ。

以上、報道の情報をもとに検証してみたが、筆者は裁判の後半からでもこの事件の取材に動くことを検討中だ。有力な情報が得られたら、当欄で改めて報告させて頂きたい。

▼片岡健(かたおか けん)
全国各地で新旧様々な事件を取材している。近著に『平成監獄面会記 重大殺人犯7人と1人のリアル』(笠倉出版社)。同書のコミカライズ版『マンガ「獄中面会物語」』(笠倉出版社)も発売中。

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「絶望の牢獄から無実を叫ぶ ―冤罪死刑囚八人の書画集―」(片岡健編/鹿砦社)