昨年来、「東京五輪が終わるまで無いだろう」と言われていた死刑執行だが、新型コロナの感染拡大により、東京五輪の中止が正式に決まるのも時間の問題となってきた。となると、久しぶりに死刑執行が行われる日もそう遠くはないだろう。

そんな情勢の中、筆者が個人的に心配している死刑囚が2人いる。今回はその2人について、書いておきたい。

◆冤罪なのに、再審請求していない死刑囚

1人目は、新井竜太死刑囚(51)である。

確定判決によると、新井死刑囚は従弟の高橋隆宏(47)という男と共謀し、2008年3月、高橋の「養母」を保険金目的で殺害し、さらに2009年8月、金銭トラブルになっていたおじの男性も殺害したとされる。2件の殺人はいずれも高橋が実行したが、罪を認めて深い反省の態度を示した高橋は無期懲役判決を受けるにとどまり、容疑を全面否認した新井死刑囚が犯行の首謀者と認定され、死刑判決を受けたのだ。

しかし、筆者が取材したところ、実際には新井死刑囚は「冤罪」だった。高橋が2件の殺人をいずれも自分1人で勝手に実行しながら、「すべては新井に命令されてやったことだ」と供述し、新井死刑囚に罪を押しつけ、まんまと死刑を免れたというのが真相なのだ。

何しろ、殺害された高橋の「養母」の女性は、そもそも高橋が出会い系サイトでひっかけ、養子縁組して借金をさせるなどし、金をむしり取っていた女性だった。2009年8月に殺害されたおじの男性と金銭トラブルになっていたのも高橋であり、新井死刑囚におじを殺害しなければならない動機は何も無かったのが現実だ。

もっとも、筆者が新井死刑囚のことを心配するのは、「冤罪」だと思っているからだけではない。心配する一番の理由は、新井死刑囚が再審請求をしていないことだ。

そのへんが新井死刑囚の変わったところなのだが、死刑を怖がるそぶりを見せたくないのか、筆者が何度も家族を通じて再審請求するように言ったのだが、聞き入れてくれないままなのだ。そして再審請求をしていないがゆえに、死刑執行の人選をする法務・検察官僚たちから狙われるのではないかという気がしてならないのだ。

新井死刑囚と伊藤死刑囚はいずれも東京拘置所に収容されている

◆最高裁にも同情された死刑囚も再審請求をしていない……

筆者が心配する2人目の死刑囚は、伊藤和史死刑囚(41)である。

確定判決によると、伊藤死刑囚は2010年3月、会社の同僚らと共謀し、勤めていた長野市の会社の経営者とその長男、長男の内妻を殺害し、金を奪ったとされる。そう書くと、とんでもない凶悪犯のようだが、実際はかなり複雑な事情があった。

被害者一家は、地元ではヤクザ顔負けの怖い人たちで、伊藤死刑囚や共犯者の男らを家に強制的に住み込みにさせ、自由を奪い、奴隷のように働かせていたのだ。そのせいで追い詰められた伊藤死刑囚たちが被害者一家から逃げ出すため、犯行を決意したというのが真相だった。

そのような複雑な事情があったため、2016年4月に伊藤死刑囚の上告を退け、死刑を確定させた最高裁の裁判官たちも判決(https://www.courts.go.jp/app/files/hanrei_jp/924/085924_hanrei.pdf)で、「動機、経緯には、酌むべき事情として相応に考慮すべき点もある」と言わねばならなかったほどだ。

伊藤死刑囚の上告を退け、死刑を確定させた最高裁判決(2016年4月26日)

そして実を言うと、この伊藤死刑囚も筆者の知る限り、再審請求をしていない。再審請求さえしておけば、最高裁の判決内容から考えても、法務・検察官僚たちが死刑執行の対象に選びづらい死刑囚であるにもかかわらずに、だ。

当欄の1月5日付けの記事で書いた通り、現法務大臣の上川陽子氏は非常に死刑執行に積極的な人物だ。今はおそらく菅内閣最初の死刑執行を早く実現したくてたまらないはずである。それだけに、私はこの2人が心配で仕方ないのだが、万が一、この2人が死刑執行されるようなことがあれば、読者の方は「誤った死刑執行」だと受け止めて頂きたい。

▼片岡 健(かたおか けん)
ノンフィクションライター。原作を手がけた『マンガ「獄中面会物語」』(画・塚原洋一、笠倉出版社)がネット書店で配信中。分冊版の最新第15話では、寝屋川中1男女殺害事件の山田浩二死刑囚を取り上げている。

月刊『紙の爆弾』2021年2月号 日本のための7つの「正論」他

「絶望の牢獄から無実を叫ぶ ―冤罪死刑囚八人の書画集―」(片岡健編/鹿砦社)