パンデミックが始まっていらい、彼女の刻苦奮闘は国民の中にある種の感動を呼んでいた。毎日欠かさず、新たなキャッチ(標語)を考案しつつ、ていねいに都民へのお願いをする。

暗い表情の宰相がつっけんどんに、いかにも素っ気ない「安全、安心」をくり返すのとは好対照であった。

だがそのいっぽうでは、その政治的な野心が、やや強権的な処断によって警戒され、批判も浴びてきた。


◎[参考動画]東京 過去最多5773人感染発表、小池知事「私たちの意思で・・・」(TBS 2021年8月13日放送)

◆都の女帝が仕掛けたこと

思い起こしてみれば、彼女が都知事に転じようとしたとき、自民党のボスたちはまことに古い手法でそれを妨害したのだった。そのいかにも陰険な方法(応援した者を処分する)が、思想信条をこえて女性政治家の健気さにシンパシーを集めた。2016年の小池百合子都知事誕生とは、まさに政治が劇場と化すのをまざまざと見せつけたのである。


◎[参考動画]小池百合子氏が当選 初の女性都知事に」(ANN 2016年7月31日放送)

2017年の「希望の党」の頓挫もまた、劇場的な転落として印象に深い。彼女自身の「排除の論理」で、政権交代の千載一遇の機会は失われたのだった。浮動票のいかに敏感なことか。同情すべき女から、イッキに嫌な女に転落したのだ。彼女に同伴した「民進党のプリンス」は、いまや自民党の同伴者となり果てた。

だがしかし、2020年の都知事選挙に、史上2番目の得票数となる366万1371票で再選。希望の党の崩壊にもかかわらず、自身は国政政権と対等な政治的ポジションを維持したのだった。


◎[参考動画]東京都知事選 小池百合子氏再選 投票率は前回下回る(FNN 2020年7月6日)

はたして、第3の劇場が幕をあけるとは、誰も予想しえなかっただろう。わずかに、都議会選挙直前の「入院」がどう作用するのか。おそらく選挙の帰趨は、その一点だった。くり返すが、どのメディアも都民ファーストの大敗を予想していた。

※[関連記事]「小池都知事「入院」の真相と7月4日都議会選挙・混沌の行方」(2021年6月28日) 

◆悲運のヒロインにはならなかった

しかし、結果は戦前の予想をくつがえす、都民ファーストの善戦だった。自民党は2016年の大敗を回復できずに、小池都政は安泰となったのである。それもほんの「一日」のことだった。彼女は最後の一日に出てきたのだ。病院から――。

わずか一日、10カ所あまりの選挙現場を支援しただけで、大敗をまぬがれたばかりか、神がかり的な選挙での強さを再現してみせたのだ。おそるべし、小池百合子、である。

おそらく彼女の「健在」を確かめたのは、12カ所の応援で数百人にも満たなかったであろう。しかしメディアでそれを知ったのは、数百万におよぶであろう。メディア選挙を十分に意識した「入院」→「退院」「選挙応援」→「浮動票の獲得」だったのだ。

2017年の快挙いらい、あまりにも良すぎる政治的なタイミングの見計らい。自民党およびメディアは驚嘆した。都民と国民は、留飲を下げたのではないか。


◎[参考動画]東京都議選 僅差で自民党が第1党に(ANN 2021年7月5日放送)

※[関連記事]「《速報》2021年都議会選挙 都民ファーストの善戦、自民党の復活は不十分に」(2021年7月5日)

※[関連記事]「この秋、政権交代は起きるのか? ── 『紙の爆弾』最新号を参考に、都議選後の政局を俯瞰する」(2021年7月8日) 

かくして、菅政権は風前のともし火となった。

コロナ禍のもとのオリンピック開催という、およそ常軌を逸した既定方針の踏襲。ただひとつオリンピックだけが、他のイベントに優先されるという政治的な決断は、国民に「オリンピック不信」を植え付けた。

IOC会長トーマス・バッハ(Baron Von Ripper-off=ぼったくり男爵)への嫌悪感とともに、国民は菅政権への忌避を隠さなかった。そこで浮上してきたのが、福田康夫政権時いらいの、ひそかな「大連立構想」だった。政権を失いたくない自民党にとって、それは緊急避難にちかい選択肢であっただろう。

※[関連記事]「五輪強行開催後に始まる「ポスト菅」政局 ── 二階俊博が仕掛ける大連立政権」(2021年7月21日) 

さらに菅義偉の自身の地元である、横浜での市長選挙の敗北。これで命脈は尽きていた。もうボロボロである。二階が仕掛けようとした保守大連立は、小池の国政復帰を見越してのことだった。

※[関連記事]「【速報】横浜市長選挙 野党候補が勝つ! 菅総理の命脈が尽きた日」(2021年8月23日)

※[関連記事]「岸田内閣の二階派排除と衆院選の波乱 小池新党は第三極になれるか」(2021年10月6日)

だが政局がいったん無風となった夏季に、小池百合子および都民ファーストは何も準備できなかった。地域政党「都民ファーストの会」の荒木千陽代表が10月3日に都内で会見し、国政新党「ファーストの会」を設立すると発表したものの、ついに彼女らの出馬はなかった。

◆とん挫した政治構想

総選挙後のこと、「やっぱり、我々も候補者を立てていれば……」都民ファーストの会の関係者は悔しげな表情でそう漏らしたという。いうまでもなく、衆院選で日本維新の会が議席を4倍近くに増やした勢いを、肌で感じたからにほかならない。それどころか、都民ファーストは身動きをとれないほどの問題を抱え込んでいた。木下富美子都議(当時)の問題である。

木下元都議は7月の都議選中に無免許運転で当て逃げ事故を起こし、書類送検されていた。2度にわたる都議会の辞職勧告からも、逃げ続けるという醜態を晒している。9日に都議会に現れ説明を求められたが、事実上のゼロ回答だった。この問題児の「生みの親」こそ、ほかならぬ小池知事だったのだ。

「小池さんの環境相時代、木下さんは広告代理店社員として小池さん肝いりの『クールビズ』のキャンペーンを手掛けました。いらい関係性を深め、2017年の都議選で都ファ候補に抜擢。小池知事の『お気に入り』だからこそ都議になれたのです」(広告業界関係者)。
好事魔多しという言葉を、これほど体現する政治家も少ないであろう。政治的な絶頂期に、わずかな言葉づかいで党は失墜し、身内の不祥事で政治構想がとん挫したのである。(つづく)

▼横山茂彦(よこやま・しげひこ)
編集者・著述業・歴史研究家。歴史関連の著書・共著に『合戦場の女たち』(情況新書)『軍師・官兵衛に学ぶ経営学』(宝島文庫)『闇の後醍醐銭』(叢文社)『真田丸のナゾ』(サイゾー)『日本史の新常識』(文春新書)『天皇125代全史』(スタンダーズ)『世にも奇妙な日本史』(宙出版)など。

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