◆温暖化説に基づいた物語『グスコーブドリの伝記』

宮沢賢治(1896-1933)が1932年に発表した童話『グスコーブドリの伝記』は、CO2温暖化説に基づいた物語である。主人公ブドリは、生まれ育った農村が冷害に苦しむのを目の当たりにし、火山を噴火させCO2を噴出させて温暖化を起こすことを考えつく。しかし火山を人工的に噴火させる作戦を実行するにはチームの最後の1人が犠牲にならなければならない。ブドリは進んでその役を担い自らが犠牲となって火山からCO2を噴出させ、その結果起きた温暖化によって村は冷害から救われる、というのがこの物語のあらすじである。

1970年代までは寒冷化説が主流生態学者、吉良竜夫が1971年に著した『生態学からみた自然』(河出書房新社)には、CO2温暖化説が以下のように紹介されている。

「氷期のCO2生因説をとるプラスは、いまの燃料消費の増加が持続するとすれば、30年後の21世紀初めには、大気中のCO2濃度が50%高くなり、地表気温は2度上がるだろうという。……いまより2度高温というと、BC5000年ごろの縄文時代中期がそれで、そのころの貝塚の分布から推定した海面の位置は、現在より10mほど高く、関東平野のおく深くまで東京湾が侵入していた。こんなことが起こっては大変で、世界のおもな都市は全部水没してしまう。炭酸ガス危機説とよぶゆえんである。」

この記述から、この頃までにCO2増加による温暖化を「危機」とみなす学説が唱えられていたことがわかる。

しかし吉良は同書の中で続けて以下のように書いている。

「じつは、人間のCO2放出による地球の気温上昇の問題は、現時点ではかなり影がうすれている。というのは、大気汚染、とくに自動車排気が原因で、微小な凝結核が世界の大気中に激増したために、雨をもたらす過冷却状態の雲が少なくなり、その結果、微氷晶からなる安定した雲がふえて降水量を少なくし、またふえた雲の反射や微粒子の吸収によって、地表にとどく太陽輻射量をへらしているらしいことが、問題とされはじめたからである。現にここ数年は、世界各地で気温の低下と降水量の減少が注目されており、アメリカでは豪雨・豪雪がへり、霧雨やほこりのような雪がふえているという。」

つまり、1970年代初頭までにCO2増加による気温上昇を「危機」とみなす学説が一定唱えられていたが、それは決してメジャーではなく、1971年当時はむしろ衰退傾向にあったのである。

実際、1970年代には『冷えていく地球』(根本順吉著、家の光協会、1974年)、『ウェザー.マシーン気候変動と氷河期』(N.コールダー著、原田朗訳、みすず書房、1974年)、『氷河時代-人類の未来はどうなるか』(鈴木秀夫著、講談社、1975年)、『大氷河期-日本人は生き残れるか』(日下実男著、朝日ソノラマ、1976年)など、氷河期の到来による「危機」を示唆する書籍が相次いで出版されていた。

◆転機となった「チャーニー報告」

1979年3月28日、米ペンシルバニア州のスリーマイル島原発で重大事故が発生した。2号機がメルトダウンを起こし、放射性物質を含む水蒸気が外部に漏れ出したため、14万4000人の住民が避難する事態となった。この事故の起きた1979年、米国大統領行政府科学技術政策局は全米科学アカデミーに対し、「気候に対する人為起源CO2の影響」について諮問を求めた。マサチューセッツ工科大学のジュール・グレゴリー・チャーニー教授を座長とする臨時調査委員会がこれに答えた学術報告をまとめ、7月に「チャーニー報告」と呼ばれる報告書を公表する。

この報告書は「21世紀半ばに二酸化炭素(CO2)濃度は2倍になり、気温は3±1.5℃(1.5-4.5℃)上昇する」という予測を示した。そして報告書は以下のように結論付ける。

「大気中のCO2濃度が実際に2倍になり、大気と海洋の中間層がおおよその熱平衡に達するのに十分な長さのままである場合、地球の気温は3℃程度の変化が起こり、これらが地域の気候パターンの大幅な変化を伴うと推定される。」

この報告書は「地域の気候パターンの大幅な変化」という漠然とした表現ながら、温暖化を否定的にとらえる視点に立っている。温暖化の弊害を指摘する学説は以前から存在していたが、このチャーニー報告は一国の権威ある学術機関が温暖化を「危機」と見る視点を打ち出したという点で、画期的なものであった。(つづく)

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▼「気候危機」関連年表

1760年代  イギリスで産業革命起こる
1896年   スヴァンテ・アレニウス、CO2の地球温暖化効果を指摘する論文を発表
1906年   アレニウス『宇宙の成立』を発表、CO2の地球温暖化効果を一般向けに解説
1932年   宮澤賢治『グスコーブドリの伝記』発表
1979年 3月 スリーマイル島原発事故
1979年 7月 米国アカデミー「21世紀半ばに二酸化炭素(CO2)濃度は倍になり、
      気温は3±1.5℃(1.5-4.5℃)上昇する」とする「チャーニー報告」を公表
1986年 4月 チェルノブイリ原発事故
1988年 6月 アメリカ上院公聴会にてジェームズ・ハンセンが「最近の異常気象、
      とりわけ暑い気象が地球温暖化と関係していることは99%の確率で正しい」と証言
1988年 6月 トロント・サミット開催
1988年 11月 国際連合気候変動に関する政府間パネル(IPCC)発足
1989年 3月 ハーグで環境サミット開催、「温暖化防止への国際協力」を盛り込んだ
      「ハーグ宣言」を採択
   11月 英サッチャー首相、国連総会で
      「CO2を削減して人為的地球温暖化を阻止すべき」とスピーチ
1991年   ソ連崩壊
1992年 6月 ブラジルで地球サミット開催、「気候変動枠組条約」採択
1995年   第1回気候変動枠組条約締約国会議(COP1)開催
1997年   COP3開催、「京都議定書」採択、排出量取引制度創設
2001年   IPCC第3次評価報告書を発表、マイケル.マン作成のホッケースティック曲線を採用
2002年   サッチャー元首相、地球温暖化を否定する著書『Statecraft』を発表
2005年   EU、世界で初めて「排出量取引制度(EU-ETS)」を開始
2006年   アル・ゴアのドキュメンタリー映画『不都合な真実』公開
      (ゴアは翌年ノーベル平和賞を受賞)
2007年   英国裁判所で『不都合な真実』には誇張があるため
      学校内での上映に際しては注釈を付すよう命じる判決
2008年   ハンセン、地球温暖化防止のため原発を推進するようオバマ大統領に提言
2009年11月 クライメートゲート事件(マンのホッケースティック曲線は捏造であるとの疑惑が浮上
      英国下院は「問題なし」とする調査結果を公表)
2011年 3月 福島原発事故
2011年 7月 ドイツ、脱原発を決定
2015年   COP21開催、「パリ協定」締結
2017年   韓国、脱原発を決定
2018年   グレタ・トゥーンベリ、気候ストライキを開始
2021年 8月 IPCC第6次評価報告書を発表、
      人間の活動により温暖化が起きていることは「疑う余地がない」と断定
2021年11月 仏マクロン大統領、原発新設再開を宣言
2022年   EU、タクソノミーに原発を含めることを決定
2022年   韓国、脱原発を撤回し原発推進に回帰
2023年 5月 日本、国会でGX推進法を可決、成立

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本稿は『季節』2023年冬号掲載(2023年12月11日発売号)掲載の「『気候危機』論の起源を検証する」を本通信用に再編集した全3回の連載記事です。

◎原田弘三 「気候危機」論の起源を検証する[全3回]
〈1〉CO2増加による気温上昇は、本当に「地球の危機」なのか
〈2〉転機となった「チャーニー報告」

▼原田弘三(はらだ こうぞう)
翻訳者。学生時代から環境問題に関心を持ち、環境・人権についての市民運動に参加し活動している。

3月11日発売 〈原発なき社会〉を求めて集う 不屈の〈脱原発〉季刊誌『季節』2024年春号 能登大震災と13年後の福島 地震列島に原発は不適切

〈原発なき社会〉を求めて集う 不屈の〈脱原発〉季刊誌
『季節』2024年春号(NO NUKES voice 改題)

能登大震災と13年後の福島 地震列島に原発は不適切

《グラビア》能登半島地震・被災と原発(写真=北野 進

《報告》小出裕章(元京都大学原子炉実験所助教)
 能登半島地震から学ぶべきこと

《報告》樋口英明(元福井地裁裁判長)
 地雷原の上で踊る日本

《報告》井戸謙一(弁護士・元裁判官)
 能登半島地震が原発問題に与えた衝撃

《報告》小木曽茂子(さようなら柏崎刈羽原発プロジェクト)
 珠洲・志賀の原発反対運動の足跡を辿る

《報告》山崎久隆(たんぽぽ舎共同代表)
 「大地動乱」と原発の危険な関係

《講演》後藤秀典(ジャーナリスト)
 最高裁と原子力ムラの人脈癒着

《報告》山田 真(小児科医)
 国による健康調査を求めて

《報告》竹沢尚一郎(国立民族学博物館名誉教授)
 原発事故避難者の精神的苦痛の大きさ

《インタビュー》水戸喜世子(「子ども脱被ばく裁判の会」共同代表
 命を守る方法は国任せにしない

《報告》大泉実成(作家)
 理不尽で残酷な東海村JCO臨界事故を語り継ぐ

《報告》後藤政志(元東芝・原子力プラント設計技術者)
《検証》日本の原子力政策 何が間違っているのか《2》廃炉はどのような道を模索すべきか

《報告》森松明希子(原発賠償関西訴訟原告団代表)
すべての被災者の人権と尊厳が守られますように

《報告》平宮康広(元技術者)
放射能汚染水の海洋投棄に反対する理由〈後編〉

《報告》漆原牧久(脱被ばく実現ネット ボランティア)
「愛も結婚も出産も、自分には縁のないもの」311子ども甲状腺がん裁判第八回口頭弁論期日報告

《報告》三上 治(「経産省前テントひろば」スタッフ)
本当に原発は大丈夫なのか

《報告》佐藤雅彦(ジャーナリスト/翻訳家)
日本轟沈!! 砂上の“老核”が液状化で沈むとき……

《報告》板坂 剛(作家/舞踊家)
松本人志はやっぱり宇宙人だったのか?

《報告》山田悦子(甲山事件冤罪被害者)
山田悦子の語る世界〈23〉
甲山事件五〇年目を迎えるにあたり誰にでも起きうる予期せぬ災禍にどう立ち向かうか〈中〉

《報告》再稼働阻止全国ネットワーク
能登半島地震と日本の原発事故リスク 稼働中の原発は即時廃止を!
《老朽原発》木原壯林(老朽原発うごかすな!実行委員会)
《規制委》木村雅英(再稼働阻止全国ネットワーク)
《志賀原発》藤岡彰弘(志賀原発に反対する「命のネットワーク」)
《六ヶ所村》中道雅史(「原発なくそう!核燃いらない!あおもり金曜日行動」実行委員会代表)
《女川原発》舘脇章宏(みやぎ脱原発・風の会)
《東海第二》久保清隆(とめよう!東海第二原発首都圏連絡会)
《地方自治》けしば誠一(反原発自治体議員・市民連盟事務局長)

《反原発川柳》乱 鬼龍

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