記入ミスは許されない公式採点結果の一部

「レフェリー(主審)の方が楽だ。この試合KOで決まってくれないかな!」

打ち合いの少なそうな試合の前、ジャッジ(副審)を務めるある審判員が冗談ながら小声で漏らした本音でした。

キックボクシングの判定結果は、陣営からよく不満が漏れる溜息や、非難、罵声が飛び交うことがたまにあり、観衆の前でかなり強烈な印象が残ってしまう光景があります。主要試合になるほど、ベテラン審判員が裁くのは当然ですが、僅差の攻防戦の場合、未熟な審判が採点しても、ベテラン審判員が採点しても、採点に現れる差は結局、非難・罵声が飛び交うのは同じことかなと思うことがあります。

プロボクシングで見かけた光景ですが、採点が読み上げられ、勝者コールをしたリングアナウンサーに水をぶっ掛けた陣営、後楽園ホールで青コーナーから控室へ引き上げる途中、レフェリー待機場所となっている北西の角の閉鎖シャッターを裏から“バシーン”と思いっきり叩いて行った陣営、世界戦で採点に加わっていない、裁いたレフェリーを突き飛ばした例もありました。業界でかなり有名なベテランの審判が加わっていてもこんな事態です。

キックボクシングでも昔から不満を当り散らす光景はよくあり、ジャッジに詰め寄ったり、採点集計を確認に来る陣営もよく見かけます。

「やっぱりキックは血の気の多い人種の集まりだな」という声も聞かれますが、そういう印象の強くなる観衆の前で騒ぎ立てるのはやはりやめておいた方がいいと言えるでしょう。

◆選手に安心して試合に集中できる公平なルール作り

ジャッジでは緊張感持った採点で、秤を見つめる眼も厳しい和田良覚レフェリー。計量の数値は秤が出してくれる明確さで安心感あり!

まだレフェリー教育が徹底していなかった過去の時代で目立った例は、ジャッジが未熟で認識が疎すぎて、主導権を握った優勢な展開でも5回戦で50-50という採点が付けられる試合がありました。有効打だけを見ていればそんな採点も可能ですが、明らかに手数、積極性が優っていたにも拘らず、主催者側を意識した偏りになったと思える採点でした。

また、接戦で三者の採点が分かれる原因のひとつは、優勢と見極めた個々の思考が違う場合や、ジャッジの位置によってはっきり見える位置と、見えなかった位置との印象点の違いがあるでしょう。

「レフェリーの方が楽だ」とすべての審判が感じている訳ではなく、リング上で裁くレフェリーの方が瞬時に機転を利かす判断が必要で、曖昧な判断は直接非難を浴びるので、楽とは言えないと思いますが、こんな大変な役割を担っているのもキックボクシングが大好きな人達なのだろうと思います。

選手に安心して試合に集中できる公平なルールの下(もと)、そんな過去の頼りないレフェリングや、罵声を浴びる身分の低いレフェリーから脱皮しようという革命を起こしたのが今ある二つのレフェリー協会なのでしょう(他団体レフェリーの参加も可能)。

◆ルンピニージャパン興行で来日したベテランレフェリー、ウドム・ディー・クラチャン氏

ムエタイレフェリー最古参のウドムさん。カメラ(スマホ?)を構える姿もベテラン級?

最近は本場のムエタイが上陸して当たり前の時代、現地プロモーターや公的試合役員が来日する中でのムエタイ・タイトルマッチなどでは、厳密な見極め解釈が一般的に分かり難い中、素人的な説明になってしまいます。

「パンチはほとんど軽視され蹴りに重点が置かれる」という昔からの一般解釈や、「ムエタイ独自の流れの中でポイントが付き難い前半はあまり動かず、中盤から優位に進めポイントを採って勝ちを確信したら最終ラウンドは流す」とか、「蹴られてもすぐより強く蹴り返せば、効いていない証明になり優勢」とか、「組み合って首相撲から転ばせれば優勢」とか、「相手のハイキックを、上体を後ろに反らすスウェーバックで避けるのは有利だが、相手のミドルキックを腰だけ後ろに引いた避け方は不利」などなど──。

これらはムエタイ駆け引きの中でよく聞く優勢を導く見方ですが、この辺の真実味のある話は、本場ムエタイのレフェリーなど、組織役員に聞かなければ分からないムエタイの難しい採点があることも事実で、仮に4人の審判とも日本人で裁いたらタイ側から非難轟々のクレームが来そうな雰囲気です。

7月17日、ルンピニージャパン興行で来日したルンピニースタジアムのベテランレフェリー、ウドム・ディー・クラチャン氏は裁く側のそんな経験値を歴史的にも長く持っている人でしょう。

1990年のMA日本キック連盟でのソンチャイ興行(山木敏弘氏主催)でもベテランレフェリーとして来日していたウドム氏は今もリングに立つことがあるという超ベテラン、驚きの最古参です。我タイ語がしっかり出来ればその経験値をいろいろ訊ねてみたい人物です。

◆どんな好ファイトもレフェリーがミスを犯せば台無しになる

ルールミーティングの様子

ムエタイやキックボクシングはボクシングより多彩な技があって複雑な見極めの採点基準です。仮にレフェリーにも大相撲の行司のような昇格・降格制度が作られ、更に衆議院議員総選挙の際の、最高裁判所裁判官国民審査の「辞めさせた方がよいと思う裁判官に×を付ける投票」のように、ファンや選手による「毎年1人辞めさせた方がよいと思うレフェリーに×を付ける投票」なんてあったらレフェリーも更に緊張感もってレフェリングすることになるでしょう。現状はレフェリー組織も纏まっていないので不可能ですが、そんなシステムもあれば競技発展への手段のひとつかもしれません。

レフェリーがミスをすれば好ファイトも台無しになる場合もあります。また見事なタイミングで試合を止めれば感動の名勝負で終る場合もあります。ラウンドガールやタイムキーパーだけではない、“最も重要な名脇役”という存在の“名レフェリー”と言われる実績を残して欲しい方々です。

1月31日の本コラム「抗議にも罵声にも屈せず闘い続けるキックボクシング界レフェリー列伝」に似たレフェリーに関するテーマとなりましたが、今回は採点の難しさ中心の話題に触れました。また近いうち、採点の振り分け(10-10から10-7の付けられ方)について触れようと思います。

▼堀田春樹(ほった・はるき)
フリーランスとしてキックボクシングの取材歴32年。「ナイタイ」「夕刊フジ」「実話ナックルズ」などにキックのレポートを展開。ムエタイにのめり込むあまりタイ仏門に出家。座右の銘は「頑張るけど無理しない」