昨年の11月19日(土)、東京・渋谷のHMVBOOKSイベントスペースで芥川賞作家・羽田圭介の受賞後第一作『コンテクスト・オブ・ザ・デッド』刊行トークショー・サイン会が行われた。主催は講談社。

 

主催者側とみられるスタッフは7、8名いたが特に動きは無く、あくまで会場立会いに徹していた模様。客の会場への誘導などをHMVBOOKSの店員に頼り切っている印象を受けた。

会場は50~60名規模で9割ほどの入り。全体の8割が女性で、20代から30代の一人客が多く見られた。男性は大部分が40代から50代。男女に共通するのは落ち着いた恰好の人が過半数を占めていたこと。熱心なファンか、そうではないとしても普段から読書に親しんでいる人が集まっていたように思える。

羽田はテレビでもおなじみの、自作の装丁をペイントしたTシャツをジャケットの下に着込んで登場。「テレビだと自分の作品を紹介する時間なんて全然無いんです。それなら僕が画面に映っている時間は目に留まるように宣伝しておいた方が良いな、と思って着始めた」と言う。

羽田とは10年来の知り合いだというライターの武田砂鉄が司会・トーク相手という形式。武田の突っ込んだ質問には困惑する様子を見せながらも羽田は、「機械的な進行をする人だと僕が四六時中話していなきゃいけない。武田さんが相手でありがたいです」と終始上機嫌だ。

『コンテクスト・オブ・ザ・デッド』にゾンビが登場することに関連して、トークはゾンビ論へ。羽田にとって「ゾンビ」は元々親しみのある存在だったようだ。
「ゾンビ映画ってお決まりのパターンが多くて、僕が身を置いている純文学の世界に似ているんですね。単に好きというだけではなく、決まりごとが多い中でどれだけ面白くできるかというところが執筆の参考になる部分も多いので、ゾンビ映画はよく観ていました」

また、新作には登場人物として売れない作家が登場するが、この描写には17歳で文藝賞を受賞してからの不遇な時代の羽田自身が反映されているという。

「でも、本が売れなくても原稿料とかお金は入ってくるのが出版業界の仕組み。なんとか食べていくくらいは貰えていたんで出版業界に感謝しています」

作中に「最寄り駅まで編集者が出向くくらいの作家」という表現があるが、「これはリアルな表現。作家の方から出版社に出向かなきゃいけないのとは歴然とした違いがありますよね。編集者も作家ごとにランクをつけていて待遇に差が出るようになっている。羽田さんなんて今や最寄り駅まで編集者がバンバン来るでしょ?」という武田の問いには、「最寄り駅って、言ってしまえば縄張りみたいなものですからそこに来てもらうのは何だか落ち着かない。最近は特に僕が出版社に行くようにしています」と羽田は笑う。

新作には時代風刺も散りばめられている。風刺に留まらず、もっと現代という時代に肉薄して書いていく気は無いのかと問われると、「あまりにも時代にコミットしているものは小説である必要が無くなりますから。東日本大震災の時も地震をモチーフにした作品が大量に出回ったけれど、だったらノンフィクションで良いんじゃないかと思っていましたね」
少し「ズラして」書くのが羽田流なのだろう。

そして今の羽田には切っても切り離せないのが「芥川賞」である。昨年芥川賞受賞の知らせをカラオケボックスで悪魔メークのまま受けてからというもの、注目度はうなぎ上りだ。しかし意外にも受賞するまでは興味の無い賞だったらしい。
「芥川賞に限らず文学賞なんて受賞しない限りは興味無いですよ。最終選考まで残っても落ちることの方が多いんだから」

自分が書いた作品の内容を忘れることもしばしばあるという。この素っ気無さも人気の要因か。羽田自身がメディアに重宝されていることにもいたって冷静な見方をしている。

「作家でメディアにどんどん出る人という枠にたまたま自分がぴったりはまっただけでは。特別なこととは思わない。テレビで言いたいことも特に無いです。言いたいことは作品の中で言いますんで」

トークショーという場で「言いたいことは小説の中で」と言い放つのは元も子も無い話かもしれないが、羽田圭介というキャラクターが描き出す世界を端々に感じ取れる。何事に対しても冷静な眼差しが羽田を支えているのだ。彼のフラットな眼は作品の中で精緻な描写を生み出す。そして単に描写が巧いというところに留まらず、そこから少し「ズラして」書くことでオリジナリティーに富む作品ができあがるのだろう。

テレビ業界の良い部分としては「請求書があるところ」と言う羽田。
「出版業界って基本的に請求書が無いからお金の支払いの時期がいい加減になっている場合がある。その点テレビはきっちり。こちらが請求書を書けば、期日通りにギャラを払ってくれる。そういう几帳面なところは良いですね」

テレビ出演時、ギャラ交渉をしっかりやるという羽田らしい意見である。
さらに出版業界に一家言あるようだ。これから長く出版業界に携わっていく若手という自覚があるからこそ、問題意識を常日頃から持っている様子がうかがえた。
「今、新刊は確かに買われていない。ただ図書館を利用する人は増えているんです。つまり金銭的に新刊を買う余裕が無くなっているってことかな、と。ブックカフェで読書啓蒙のための催しとかをやっているのを見かけますけどそれじゃあ変わらない。末端にしか響かないですし。経済政策をしっかり打ち出せる人を選挙で選ばないと。出版業界を盛り上げるために皆選挙に行きましょうって言うのはアリだと思う」

1時間半に及ぶトークショーの最後にはこれからどういうものを書いていきたいか、という問いに答えた。「金太郎飴のようにどの部分を切り取っても面白いと思えるような小説を目指す」と羽田。よりわかりやすい面白さを追求しようとする姿勢に、彼が作家として求道者であることが感じられた。お茶の間ウケする現役バリバリの作家として、邁進していく羽田圭介の姿を追うことは、これからの日本の文学界の行方を見つめることなのかもしれない。

(伊東北斗)

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